軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百七十六話 意識改革をしよう

◎ゴルディオスの街 冒険者ギルド隣接酒場

それは風音たちがジローたちとダンジョン内で出会った翌日の昼のことである。

冒険者ギルドに隣接している酒場は夜は酒がメインだが、昼は当然のように昼食を出す。

冒険者たちもこの場には見知った顔も多い。それに基本的に荒くれ者として認識されている彼らは、風音たちほど極端ではないにしても恐れられ疎まれる傾向にある。故に同類のいる場所に集まることが多く、酒場はそうした場所のひとつとなっていた。

そんな冒険者たちが集まりにぎわう昼の酒場に噂のふたりがやってきていた。

それは片や英雄と称される期待の男ジロー、片や鬼殺し姫と恐れられる悪徳の女傑カザネ。そのふたりが仲良く並んで酒場に入ってきたのである。

「なんだ?」「鬼殺し姫と英雄が並んでる?」「なにがあった?」

その様子に冒険者たちも面食らいつつも、警戒しながらふたりを眺めた。

不倶戴天の宿敵であるはずの鬼殺し姫カザネと英雄ジロー。決して並び立つことはない両者が今、酒場の中心に立っていた。次の瞬間には殺し合いが始まってもおかしくはない。誰もがそう感じた。

そんな一触即発の空気が漂う中で、ふたりは声を出して宣言したのだ。

「私たち結婚」

「しません!」

突然のふたりの言葉に場内がシンッと静まりかえる。そして、訪れた静けさの中で誰も彼もが言葉を発することが出来なかった。

(外した……?)

(やっぱり、特におもしろくもないって言ったのに)

その様子にボソボソと風音とジローが話し合う。掴みを取るためのボケはどうやら失敗だったようだ。こうなることを見抜いていたジローは慧眼であり、イケると確信していた風音は愚かであった。

(しかし、今のでジローくんと私が仲良しさんだというのはアピール出来たはず。大局的に見れば成功と言えるのではないだろうか?)

風音はそう考えた。ポジティブシンキングである。

そして、ふたりが行っているその茶番が何かと言えば、昨日に決定した風音ジロー仲良し大作戦であった。

風音が英雄ジローと仲が良いことをアピールすることで白き一団の評判を上げ、邪悪な集団である白き一団と英雄ジローが繋がりがあると示すことでジローの上がりすぎた評価を下げるという、どちらにとってもメリットのある作戦である。

もっとも、いきなり妙なことを言われた冒険者たちは騒然としていた。

「どういうことだ?」

「ケッコン? いや決闘といったのか?」

「しかし、しないらしいぞ」

彼らは戦慄していた。いつかは起こるであろうと思っていた善と悪との闘いが今、目の前で起こりそうなのか起こらなさそうなのか分からない状況になっているのだ。故に困惑しているのだ。ワケが分からないと。

そんなざわつく酒場の中で、窓際で飲む隻眼の老戦士バルザー・イゴットが鋭い目で風音とジローを見て、ただひとり頷き呟いた。

「なるほどな……あえて火中に飛び込み栗を拾うって腹積もりかい」

「どういうことだ?」

冒険者のひとりが老戦士に尋ねる。老戦士はその視線をジローに向けて口を開いた。

「分からないのか。まあ、そうだろうな。お前等はまだ若いからな。だがな、ジローの顔を見な。ヤツは何かに耐えている。それぐらいはヒヨッコのお前らでも理解できるはずだ」

冒険者たちがジローを見る。事実としてジローの顔は青かった。巻き込まれるばかりで自ら矢面に立つことがほとんどなかったジローにとって、今の状況は拷問にも等しかったのだ。その姿を見ながら老戦士は話し続ける。

「本来、あのような邪悪の戯言に耳を傾けたくもないのだろう。目を背けたいに違いない。にも変わらず、ヤツはああして邪悪と並んでいる。その理由は一つしかあるまい」

老戦士のひとつしかない目が見開かれる。

「あいつは 殺(と) るつもりなんだよ」

その言葉に冒険者たちがざわめいた。

「英雄になるってのは綺麗事だけじゃあない。見えないところで人々に代わって薄汚れなきゃならない時だってある。それが今だと気付いたんだろう。あいつはすべてをひとりで背負う気であの場に立っている」

そこまで言うと老戦士は「馬鹿な男さ」と呟いて、目の前に注がれていた酒を一気にあおった。

「馬鹿やろう」

「ジロー。お前がそんな汚れたことをする必要はないんだよ」

「そんな魔女とお前が関わることなんてないんだジロー」

「お前の恋人のメロウのたわわな乳を思い出せ。そんな貧乳は乳じゃねえ!」

老戦士に煽られた冒険者たちが次々と声をあげる。それを見て風音が首を傾げた。

「あれ、なんか酷いこと言われてる?」

「俺はなんでこんなに持ち上げられてるんだ?」

想定と違うリアクションに風音もジローも愕然としていた。風音の頭の中ではこのままみんなで仲良くワッショイする予定だったのである。それがこの様だ。後、ジローは何でも良いから早く帰りたかった。

しかし、風音たちの思惑とは離れ、冒険者たちの声はエスカレートするばかりであった。

なにせ、ここまで好き勝手やってきた白き一団だ。町中を武装した馬車で走り、大量の魔物を連れて闊歩し、朝方に街の外で凄まじい騒音を立てながら暴れ回り、あの有名なバトロイ工房を事実上独占し、アウターを使って情報を操作し、この街の領主に圧力をかけて土地を奪い、地味にギルドに圧力をかけて自分たちの待遇を良くさせようとしているのである。

そりゃあ、風評被害以前の問題で日銭稼ぎに汗水流している冒険者たちの青筋がブチ切れるのも当たり前なのだ。権力を軽んじて使う者が庶民に疎まれるのは当然のことなのである。

だが、唖然とするふたりの前でひとりの男が立ち上がる。

「いい加減にしろよみんな」

男が周囲に叫んだ。突然のことに冒険者たちも視線を男に投げかける。

「もう分かってるだろう?」

男が風音に向かって指を指す。

「あの人の顔を見ろよ。目をそらすなよ」

なんのことだか分からぬ風音、ジロー、そのほかの冒険者たちだったが、中には顔を下に向けて何かに耐えている者たちがいた。その内のひとりが顔を上げた。

「もう限界だ。そうだよ、俺にも分かってたよ。俺たちの天使はあの人だってことを!」

「そうだ。俺も確信した」

「噂だけで別人だなんて判断されてたけど、やっぱり俺の見たのはあの人だ! カザネさんだ!!」

何か振り切ったような顔の男たちが次々と声をあげる。

(流れが……変わった?)

その様子に首を傾げつつも、風音は目の前の状況が変わりつつあるのを感じた。それは風音にとっての追い風のようだった。

「あのカルラ王の軍勢との戦いの後、俺たちの傷を癒してくれたのはカザネさんだ。あの人こそ俺たちの天使なんだ」

「馬鹿野郎。翼の色が違うって言ってただろ。やつはカルラ王の手先なんだよ」

別の男が声を荒げて抗議するが、しかし他のところから反論が飛んだ。

「それはギルドで説明があっただろ?」

「元々カザネさんの翼は白かったんだよ。カルラ王の呪いで金色になっちゃったんだよ」

「貧乳だぞ。お前たちはボインボインだと言っていただろ?」

擁護の声は一度は高まったが、だがさらなる反論の前に男たちは続く言葉を出せなかった。確かに彼らを救った天使のおっぱいは揺れていた。ロリフェイスとボインボインのギャップに萌えたことは否めない。

しかし、静まった酒場の中で別の男が立ち上がった。

「聞いてくれ、みんな。俺は南のリンドー王国のウーミンって街にいた」

その言葉に周りの人間が声をあげる。

「知ってるぜ。白き一団はドラゴンを倒したってな」

「街の外の魔物も焼き尽くしたって聞いてるぜ」

ウーミンにいたという男は頷いた。そして言ったのだ。

「それだけじゃねえ。あの人は悪魔にヒルコにされた俺たちを救ってくれたんだ」

風音はその言葉で目の前の男が、風音たちに……というよりも直樹の英霊フーネによって救われた冒険者のひとりであることを知る。

「あの人は乳にため込んだ莫大な魔力を使って俺たちを救ってくれた。あの貧乳は力を使った影響なんだ」

風音がその言葉に「えーと」と困惑した顔をしている。

魔力が溜まるとボインボインになれるなら風音は苦労してない。毎日、頑張ってマッサージをしてもいないのである。

「あれからまた魔力を溜めていたんだろうに……それがあんな貧相な胸に戻ってまで俺たちを救ってくれたんだぞ」

その言葉を聞いて先ほどまで顔を下に向けていた男たちが一斉に立ち上がった。

「そうだ! 俺たちはカザネさんを支持する!!」

「あの人は俺たちに必要な人なんだ!」

「俺はカザネさんが猫と戯れているのを目撃したぞ!」

「ギャオが子供にトランペットを渡したのもカザネさんの指示だったんだ!」

「パフェとアイスクリームのどちらにしようか悩んで、結局両方食べたカザネさんを俺は見た」

「その後、トイレに籠もってたぞ」

「貧乳サイコー!AAAサイコー!!」

わっしょいわっしょい

怒濤の風音アゲがその場で広がり、酒場の雰囲気が一変していく。もはや、先ほどまで風音のことを貧乳だのなんだのと罵っていた声を押しのけ、貧乳サイコーと褒め讃える声に変わったのである。

「なんだ、これ?」

「ええと……さあ?」

それを風音とジローは呆気にとられて見ていた。なんだかよく分からないが、当初の予定での最高の形に結果が出ているようだが、状況の変化に頭が追いついてこない。

そんなふたりの横をふらりと男が通り過ぎた。

「すべては天使様の御心のままに」

(ッ!?)

一言呟いた男はするりと酒場を出ていった。

風音はその言葉を聞き、それから周囲を見て気が付いてしまう。この場にいる冒険者たちの中に『天使の翼を象ったブレスレット』をはめているものたちが妙に多いことに。

よく見れば最初に「いい加減にしろ」と叫んだ男も、ウーミンで救われたという男も、みんなブレスレットを身に付けている。

そして、風音は悟ったのである。

目の前で起きた茶番はすべては誘導されたものだということを。彼らは自らの崇める天使を救うために、人を仕込み、機を待ち、最大の効果の発する場所で冒険者たちの意識を変革させたのだということを。

天使教。

その存在はウォンバードの街、交易都市ウーミン、カザネ魔法温泉街だけではなく、すでにミンシアナを含んだこの地域一帯へと広まりつつあったのである。