作品タイトル不明
第四百六十二話 拠点を造ろう
◎ミンシアナ王国 王城デルグーラ 女王の寝室
「……ふぅ」
それは日が地平線に落ちる少し前、夕刻の頃。
公務を終えてゆっこ姉は自らの寝室へと戻っていた。
昼までは愉快な友人とその気持ち悪い弟もいたのだが、ふたりともつい先ほど仲間たちの元へと帰っていった。そしてゆっこ姉は今、その友人から渡された大量の書類を眺めていたのだが、窓際からの気配に気付いてその視線を外へと向けた。
「イリアか。戻ってたのね?」
「ええ、陛下はお疲れみたいっすねえ」
ゆっこ姉は椅子に座りながら、顔だけを向けて話しかけ、外にいるクノイチが言葉を返す。
そしてバルコニーにいるクノイチは、女王の間に張られている結界を破壊することなく、すり抜けて部屋へと入ってきた。それはジン・バハルのバハル流奥義『森羅万象』と同系統の結界通しの忍術である。
「ご苦労様。首尾はどうだったかしら?」
ゆっこ姉の影武者であり諜報の要でもあるイリア・ノクタール。
その正体については僅かな者しか知らないのは当然として、ミンシアナの王城の中であってもその存在を知っている者自体がほとんどいない。女王の元に来るときも基本的には警備の隙を見ての自力侵入である。
そんな頼りになる部下にゆっこ姉が問いかけた。そして、それにイリアは答える。
「んーとりあえず、トゥーレ王国のゴーレムマスター教会周辺を洗っておきましたけど相変わらずの状況っすね。ゴーレムマスターたちが仕切って、女王様は幽閉状態っす。後はまあ、ちょっとゴタゴタしてたみたいっすけど」
「ゴタゴタ?」
ゆっこ姉が眉をひそめて尋ねる。
「ゴーレムの秘術を盗んだとかどうとかで冒険者のパーティと揉めてるそうっすよ。一応、他の草には、そこらへんを探るようには言っておいたっすけど」
「相変わらずのところみたいね。ディオスの方も抗議を受けるばかりで話にもならないそうだし」
「なるほどー」
マッスルクレイの製法と術者の引き渡し。未だにその要求と抗議が続いているのである。そして、マッスルクレイは軍事機密に該当するため、やむなく対応しているディオス将軍も心底辟易としているようであった。
「てことは、潰すっすか?」
そのイリアの言葉は非常に物騒なものではあったが、それは既にゆっこ姉が口にしていることでもある。
このフィロン大陸内で唯一ゴーレム使いを輩出できる国、トゥーレ王国。そこは今は王家が飾りのように扱われ、その実体はゴーレムマスター教会によって牛耳られている傀儡王政である。ゆっこ姉はその教会を潰し、王家の復権と同時に良好な関係を結び、ゴーレム使いの輸入を計画していた。
「少し前……というよりは昨日まではそのつもりだったのだけれどね。状況が変わったから、しばらくは放置することに決めたわ」
ゆっこ姉は持っている書類に目を通しながら、そう返した。イリアと話しながらその視線は書類に向けられている。それも、イリアから見ても相当に真剣な様子である。もっとも、今のゆっこ姉の言葉にはイリアも口をへの字にした。
「事情が変わった? 放置って、私、無駄骨っすかね?」
ショボンとするイリアにゆっこ姉は苦笑する。
「いや、引き続き探りは入れてもらいたいわね。状況が変わったってのは、別の事情が出てきたからよ。ゴーレム使いを輸入する必要がなくなるかもしれない。であれば、わざわざ他国の問題に首を突っ込む意味はなくなるわ」
ゆっこ姉はイリアにそう返す。そして妙に含み笑いでもあった。
「はぁ……まあ、いいっすけどね。ところで何を読んでるんすか?」
「これよ」
イリアの質問に、ゆっこ姉が読んでいる紙をペラッと前に出した。
「なんすか。これ?」
「友人の力作。こういうのを見せられると、変わってないように見えて、その能力が改めて強化されているんだと驚かされるわ。知力の増加、それに直感力かしら。的確なものを見定める能力の向上が無駄を省いて適切な解を得させているのね。まあ、昔から集中力はあるけど、興味のあるものにしか反応しなかったし、それが良い方向に働いたのかしらね。いや、私も既存の魔術をなぞらずに、こうしたアプローチをかけることも必要かもしれないわ」
ゆっこ姉はそこまで口にすると、それからは静かにまたその書類を読み続けた。そしてイリアは首を傾げる。
(……グリモアっすか?)
イリアが見せられたもの。それは魔力の通されていない、保存用の 魔導書(グリモア) のようであった。それが『何の』かまでは不明ではあったが。
◎ゴルディオスの街 西地区
「スキル・ゴーレムメーカー・風音コテージプラス」
ゆっこ姉が風音の渡した書類を読み進めている頃、風音はと言えば、ゴルディオスの街に戻って仲間たちと共に西地区へとやってきていた。
そして、風音が目の前の何もない土地に杖『白炎』を突き立てゴーレムメーカーを発動させると、地面が動き出し次々と土がせり上がっていったのである。
やがて、その土地の中央に四角い建物ができたかと思えば、周囲に次々と他の建物も現れていく。同時に周りの家々と分け隔てるようにこの空き地だった場所の四方に壁が出来上がっていった。それは外から中が見られぬように3メートルは伸びて止まった。さらにはすべてが出来上がると続けて土色だったそれらの表面が真白い色に染められていった。
「ふぅ。こんなものかな」
そして、術が発動してすべてが終わったのは5分程度のことだっただろう。風音が杖を離したときには、何もなかった土地に白亜の建造物が建ち並んでいた。
風音が、王都デルグーラからゴルディオスの街に戻ってまず行ったのが、この拠点づくりであった。場所はゴルディオスの街の西地区。親方たちのいるバルロイ工房の真隣である。
「相変わらず見事なものね」
近いからという理由で野次馬に来ていた親方や工房員が呆気にとられて見ている中、ルイーズがあきれた顔をしながら中に入っていく。そして、玄関の扉を開き、中庭まで進むと周囲を見渡した。
「庭も結構広いじゃない」
「まあ、軽く特訓は出来るようにしておきたかったしね」
ルイーズに続いて中に入った風音がそう返す。
そこは緑がないという意味では殺風景ではあったが、整地された綺麗な庭だった。また、目の前の建物も今やただの土塊ではなく、コーティングという魔術によりその表面もつるつるに白く出来上がっていて、泥臭さのかけらも感じない。
(魔術は本来ここまで万能なものではない筈なんだけどねえ)
そうルイーズは思うが、風音はそれを異常な制御能力でこなしてしまう。もっともそれは、風音個人の能力ではなく『ウィンドウ』の力である。プレイヤーの異常性はそのほとんどがウィンドウから来ているのだ。
「あれ、いつもの風音コテージは使わないの?」
ふたりの後に中庭に入ってきた弓花からそんな言葉が出る。弓花が見る限り、建物は全部で4つ。中央の大きい建物とその左右と正面にそれぞれ建物ができている。
「いんや、そんなことはないよ。風音コテージはあの真ん中の建物の中に入るんだよ」
風音が指を指したのは一番大きい中心の建物だ。確かにそれはちょうど風音コテージと同じくらいのサイズであった。
「風音コテージにはいろいろと高価な物も入ってたりするし、置いとくのも不安だしね。かといって毎回家があったりなかったりするのも不審でアレかなーと思ったんで、ダミーの建物と別館も作ってみたんだよ」
「あーなるほど」
それが正しいのかどうかはともかく、理屈は理解できたので弓花も頷いた。
「正面のが玄関と応接室と控え室があって、右はお客さん用の寝室。左は浴場だね」
「浴場? 風呂はコテージの中にあるよね?」
「温泉を掘ります」
風音はグッと拳を握ってそう言った。その気合いの入ったチンチクリンに弓花がうさんくさげな視線を送る。
「温泉って、そうほいほい出てくるもんでもないでしょう」
その弓花の言葉に、風音の横で微妙にそわそわしていた直樹が声を上げる。
「いや、そんなことはないぜ。実際、東京付近でも1000メートル掘れば出てくるらしいからな。地質的に問題なければ十分に可能性はある」
直樹が昔テレビで見た豆知識を披露する。どうも、それが言いたかったのでそわそわしていたようだった。
その後ろではエミリィとティアラが直樹の博識ぶりに少しときめいていた。イケメンのウンチク披露は好感度が上がるのである。腹立たしい。
そして、直樹の言葉にいっしょに入ってきた親方が補足する。
「そういや、ここから東にあるロンロクの街でも以前にはお湯が湧いてたって話を聞いたぜ。もう随分前に枯れちまったようだが」
その親方の言葉に風音が強く頷いた。
「うん。一応、事前に確認した限りでは地質的に温泉が掘れてもおかしくはない感じなんだよね。まあ、前みたいに地上近くに流れてたのを掘り当てた時とは違って今回は普通に掘らないといけないし、直感も微妙にしか感じられないけどさ。とりあえずは1000メートルか2000メートルくらいは掘ってみるつもり」
思ったよりも考えて行動しているらしい風音に弓花も「そうなんだ」と返した。
「うーん。まあ、それで温泉に入れるんなら私としても万々歳ではあるし、頑張ってね」
弓花も温泉が出なければよいと思っているわけではないのだ。風音ほどではないが温泉万歳ではあるのだ。なので、それなりの気持ちで弓花は風音にエールを送ったのである。
「うん。まあ、今回は私のゴーレムメーカーだけじゃなくて、こっちの子にもやってもらうんだけどね」
そう言いながら風音がアイテムボックスから取り出したるは、不滅のスコップを握ったクリスタル風音ちゃん人形であった。他の風音ちゃん人形に比べて若干大きく、その内側にはブルーリフォン要塞で手に入れた『ベビーコアの欠片』ではなく『竜の心臓』が仕込まれている。
さらには『ベビーコアの欠片』動力により動くミニクリスタル風音ちゃん人形も5体ほど出してきた。省魔力の動力ながら、それなりに動く人形たちである。
「穴掘り風音ちゃん人形は24時間フルで活動出来るからね。労働ゴーレムの試験運用的なものも兼ねて、掘り掘りさせるつもりよ」
「試験運用? 売りにでも出すの?」
「そういうのも考えてる。まあ、素材さえあればすぐに作れるしね」
そう風音は返す。もっとも動力にチャイルドストーン等が必要となると量産化は厳しくはあるはずだが、24時間フル労働できるゴーレムは確かに便利ではあった。弓花は(ロボット革命でも起こす気かしら?)と内心で微妙な危機感を感じてはいたが、そのクリスタル風音ちゃん人形を見ながら別の気になる点もあった。
「あれ、余った竜の心臓は、コテージ用のお手伝いゴーレムを作るって言ってなかったけ?」
「ああ、あれは止めた。温泉の方が大事だし」
「そう。まあいいけどね」
友人の気紛れは今に始まったことではないし、温泉も捨てがたいので弓花もそれ以上は特には何も言わなかった。そして、ゴルディオスの街における白き一団の住居がここに完成したのである。