作品タイトル不明
不滅の虜
わたくしの名はユーイ・ツルーグ・ツヴァーラと申します。
このツヴァーラ王国の王族として生まれた身の上ですが、わたくしにはティアラというお姉さまがおります。
もっとも、お姉さまとは言っても本当の姉ではなく従姉妹なのですけれども。とてもお優しくて、包容力があって、なんでもこなせるわたくしの憧れの人でした。
けれども、そのお姉さまが半年ほど前に王都を離れ、旅に出てしまわれたのです。
それは、お爺様がお亡くなりになったり、アウディーン叔父様が王様になり、お父様が自棄太りをしていた頃のことでした。
お姉さまは出がけにわたくしに挨拶こそしてくれたのですけれども、当時のわたくしはあまりにも突然のことに頭が回らず、ただうろたえているばかりでした。そして、お姉さまがいなくなった後に、ようやくその意味を理解して大泣きしてしまったのも今でも覚えております。
そのお姉さまが半年ぶりにこのツヴァーラに帰ってこられました。
アウディーン叔父様の戴冠式に、ようやく戻ってきてくださったのです。
それも、国の救世主であらせられるアオ様よりもお偉い神竜帝ナーガ様のお后様と共に……です。
宝石の如き竜、神竜皇后様。秘密にとは言われておりますけれども、お名前はカザネ様というらしいです。
まるで宝石のようなお姿から、人化すると一転して小さな子供のようなお姿に変わってしまわれる。
美しい……というのとは違うけれども、愛らしい笑顔を見せる方で、お姉さま曰く、天使様でもあるそうな。それに、ミンシアナの王族でもあったりするらしいのですけれども、まだ幼いわたくしにはそうした事情はよくは分かりません。なんだかすごい人なのだろうというのは確かなのですけれども。
その神竜皇后様……いえ、カザネ様ですが、なぜだか、事もあろうにわたくしの、あの情けないお父様をたいそうお気に入りのようでした。
本当に嬉しそうにお父様のあの贅肉を揉みしだいてウットリしている姿を何度かお見かけしましたし、一緒にミンシアナのユウコ女王様も揉みしだいていたので、どうやらミンシアナの王族はそうした趣味がおありなのかもしれません。わたくしには理解できないことです。
十分に揉んだ後にカザネ様はお父様を包容力があると褒め讃えていたけれども、本当によく分かりません。お偉い人たちともなると、お父様のようなのが魅力的に映るのでしょうか?
そういえば、あのお美しいお母様がお父様をお好きな理由もわたくしにはまったく分からないのですけれども、それと同じ理由なのかもしれません。
わたくしからすればお父様みたいな方は当然ありえませんし、理想はアウディーン叔父様です。カザネ様の弟君のナオキ様も素敵だと思います。時折、カザネ様とおふざけになるところも、年上の殿方に言うべき言葉ではありませんが、その、可愛らしくて良いのではないかと思うのです。
とはいえ、わたくしも人の恋路を邪魔するほど野暮ではございませんし、お姉さまにご遠慮して、あまりお話はいたしませんでしたが、ああしたお方が理想の殿方というのではないでしょうか。
ああ、お話が逸れてしまいましたわね。
わたくしはお姉さまと久方ぶりの再会をして、オーリオル海岸の別荘のことが話題に出ましたの。なんでもソルトヤキソゥバーをカザネ様たちがお召し上がりになりたいとのことで、お姉さまも大変乗り気になっておられて、別荘への旅の話がトントン拍子にまとまっていきました。
わたくしもお姉さまと旅に出れるのならばとはしゃいでしまったのですけれども、話が進んでいくうちに、なんとカザネ様に乗って海に行くことに決まりました。
お父様は心配そうでしたけれども、お父様の言う事なんて聞いてあげる必要はありません。なにしろ神竜帝ナーガ様のお后様のお言葉なのですから。
その心配顔のお父様のお肉をカザネ様はまた揉み揉みしておりました。それにしてもカザネ様はお父様のお肉を揉みすぎではないかしら?
ともあれ、お父様も諦めたらしく、わたくしはドラゴンに戻ったカザネ様の背に乗って、空の旅に出掛けましたの。
空はどこまでも青く、カザネ様がアウディーン叔父様に贈られたアウディーンの塔もよく見えておりました。あの塔の頂上はこの光景よりも素晴らしいのだとお姉さまも言っておりましたし、旅から戻ったら是非ともわたくしも塔の頂上に行ってみたいものだと思いました。
そして、旅の初日はカザネ様の天使宮殿に泊まることになりました。突然空中から現れたことにも驚きましたけれども、その中はこれまた、まるで異世界のようなところでした。
全体的にこじんまりとしてはいましたけれども、そのすべてが洗練された美しさ、お姉さま曰く機能美に満ちあふれた構造だったのです。
入り口は魔法の力なのか、わたくしが前に立つとスーッと開き、玄関には水晶竜の噴水があって、すべての階が昇降機での移動になっているようでした。
その中は水晶で出来た大浴場や、水晶竜の噴水を中心とした屋上のラウンジや、それに食堂の保管庫にはなぜだか宝石のような透明な果物やお肉などがゴロゴロとしていて、とても不思議な光景でした。
なんでもカザネ様のお力で、新鮮なまま水晶で固めているそうなのです。
それと特に驚いたのはおトイレでした。ええ、水が出てきたのです。噴水みたいに。分からないけれども、なんだかとても分からない気分になりました。それに際してビデという謎の言葉も教わりました。なんでしょうビデって?
そして、最後にお布団です。これがどうしようもなく寝心地が良かったのです。お姉さまはここでしか味わえないものなのだと言っていましたけれども、あれを覚えてしまってはもう、私は他のお布団で眠ることは出来なくなりそうです。ふんわりして、本当に気持ちよかったのですもの。
けれども、楽しかった思い出とはまた別の恐ろしい体験がその翌日に待っておりました。わたくしにとっては初めての魔物との遭遇が待っていたのです。
出会ったのはクラーケンにリヴィアタンという魔物でした。それはとてもとても恐ろしい怪物で、後でお城の者に聞いたのですけれども、どちらも海の上で遭遇したら生きて帰れることはないという最悪の魔物たちだったそうです。
本当に怖かった。もう二度と出会いたくもなかった。まあ、翌日にはまた出会ってしまいましたが。
ともあれ、わたくしたちは魔物たちから逃げ切ってオーリオルの街の別荘にたどり着きました。
ソルトヤキソゥバーも美味しくいただけましたし、海でもカザネ様のお力でいろいろと面白いものも見れました。
ジンライ様という方が島亀の方に行ってしまったのですけれども、その日は魔物たちと遭遇したこと以外は特に何事もなく、そのまま就寝となりました。
けれども、少し困ったことがありました。別荘の布団は悪くはございませんでしたが、やはり天使宮殿でのアレが忘れられないのです。アレはこんなものではなかったのに、お姉さまたちは宮殿からお布団を取り出さずに寝てしまわれました。それだけが不満でした。
そして、翌日のことです。
私はカザネ様のお造りになられた水晶のお船に乗って、島亀に向かうことになりました。ゴーレムというもので動く水晶ガレー船カザネマル。それはそれは、見たこともないなんとも優雅な乗り物でした。
船の内側が透けて、海の底が見えるのです。
その船旅の途中で、カザネ様は600年前に沈んだ街の探索を始めました。唐突ではありましたが、わたくしもここ半年で磨き上げた召喚術をもってお手伝いすることになりました。
それが 水騎士(ウォーターナイト) 。
お姉さまのように複数を動かすほどの魔力も才能もないわたくしですが、水の中はわたくしの召喚騎士の領域です。また、ユミカ様という方も竜族の方だったようです。大きさはともかく、そのお姿はどう見ても人間ではございませんでした。恐ろしいお顔にお口をしておりました。
その獰猛な瞳を見れば分かります。おそらくわたくしをお食べになられるのを堪えていたに違いありません。恐ろしかった。カザネ様やアオ様は温厚な方ですが、やはり竜族というものはわたくしたちとは別の種族なのだと思いました。
そして、カザネ様が海に潜ると、そのお力で金貨や希少な金属、果ては神々の種火というトンでもない宝物を次々と見つけていきました。さすが竜族の皇后様です。恐るべきお方です。
しかし、探索は途中で中断してしまいました。
その後のことは、わたくしはひどく曖昧にしか覚えていないのですけれども、かつてのツヴァーラ軍の亡霊たちや、昨日のクラーケンやそれよりも大きなクラーケンとカザネ様たちが戦うことになったようです。
わたくしは震えているばかりでしたが、気がつけばすべては終わっておりました。そして目を開けると、恐ろしい黒い鬼を従えているカザネ様がそこにおりました。
それに大きなお船もいつの間にか目の前にあったのです。それも二隻も。
ともに乗っていた執事のベンハーは水晶船でオーリオルの街へと戻ることとなり、わたくしはそのままその船に乗って島亀へと向かうことになりました。
それはまるで揺れることなく、非常に速度のある船でした。
魔動船というらしいのですが、わたくしは聞いたこともございません。もっとも船の種類などわたくしは元々あまり存じてはおりませんが。
それから先のことは、魔物との遭遇もありませんでしたし、非常に快適な海での休日であったと思います。
大きな猫のユッコネエやシップーとも仲良くなりましたし、別荘には一週間泊まって、そのまま帰路に着きました。
そして、帰りの天使宮殿でのあの布団。ええ、忘れられません。
本当に良かったのです。
アレに包まれたまま身も心も委ねたい。あのまま、ずっと眠っていたい。
そう思えるほどに。
アレが欲しい。ええ、お姉さまは、アレがあの場所でしか使われていないものだと言っておりました。それにアレで眠れるのは基本的には白き一団だけなのだとも。
そして、お姉さまたちはまた旅に出ていかれてしまわれました。
このわたくしの身体に睡眠の快楽という喜びを与えたまま、去っていってしまったのです。
それから毎日、私の体は疼くのです。
毎夜、アレを思うたびに私は切なくなって仕方ないのです。
もうアレなしで夜を過ごすことが耐えられません。
自分がどうにかなってしまいそうです。
いったいわたくしはどうしたら良いのでしょうか?
白き一団に入ればアレにまた包まれる事が出来るのでしょうか?
であれば、どうすれば白き一団に入れるのでしょうか?
お父様のお肉を差し上げればよろしいのでしょうか?
ああ、お姉さま。わたくしは一体どうしたら良いのでしょうか?