作品タイトル不明
第四百二十四話 海底を見よう
「風音丸、出航ぉぉ!」
その風音のかけ声と共に水晶船『風音丸』がオーリオルの街の港を出航する。それは前日に予定していた通りにジンライのいる島亀へと向かうためだ。
そして風音たちが乗っている船は、風音がゴーレムメーカーで作っていたもので、その正体は水晶で作られた小型ガレー船であった。
動力となるオールを動かすのはロクテンくん、タツヨシくんドラグーン、タツヨシくんノーマル、量産型タツヨシくんA、B、ヒポ丸くん、ヒッポーくんハイ、クリア、クリスの、風音のリビングアーマー一体とゴーレム8体の無機物軍団である。ヒポ丸くんたち馬型もオールを漕いでいる光景はかなり奇妙ではあるが、別に馬そのものではないのでそうした動きも可能なのであった。
「お姉さま、お魚がほら、あんなにたくさん」
その出航した船の上ではユーイがはしゃぎ回っている。水晶で出来た船の甲板から海中がよく見えているのだ。
今回は執事のベンハーも搭乗していたが、ベンハーにはその素晴らしい光景への喜びよりも唐突に出来上がったこの船の存在そのものへの驚きの方が大きいようだった。
「水晶化の応用性が高過ぎる」
そして船の端で肘を突いて弓花がそう口にしていた。目の前の光景は確かに素晴らしい。しかし、それをお手軽に作れる水晶化や、風音のその他のスキルが及ぼす価値が高すぎると弓花は改めて感じていた。
(ま、世間に露見する前にゆっこ姉やナーガ様の後ろ盾が出来たことは喜ぶことだよねえ)
そうでもなければ、どこで変なのに目を付けられるか分かったものではないと弓花は考えていた。元の世界でも、達良くんと愉快な仲間たちや西鳩宮ゲートボールチームというお爺ちゃん軍団など、おかしな大きなお友達との付き合いがあった風音である。後、気持ち悪い弟もいる。
そうした連中と付き合っていけていたのだから、ある意味では手慣れているとも言えたが、弓花から見た場合の元の世界の風音は非常に危なっかしい存在だったのである。
「元の世界で造るとして、水晶はまず無理だからな。それにガラス製にするにしても金が掛かりすぎるしなあ」
その弓花の横で、風音作成のクリスタルグラサンを外して直樹がそう弓花に口にしていた。自然と決まっているポーズとキラーンと光った白い歯がイケメンオーラを発していたが、弓花がそれを見て出すのはため息だけであった。
「なんだよ?」
「別に……」
直樹は見事なまでのクール系イケメンである。その肉体も決して筋肉に覆われたものではないが、均整の取れたスラリとした引き締まったモノだ。欠点でもある多少の馬鹿っぽさはむしろ近づきがたい雰囲気を抑えているし、チャームポイントであるともいえるだろう。
顔も良くて、運動も出来て、コミュ力も高い、表面上は非常に優良物件ではあると分かる。だが、弓花の中で完全に、もうドキドキする気持ちはどこにもなかった。
「昔の気持ちは終わってるんだなって思っただけよ」
「?……よく分かんないこと言うな」
直樹は首を傾げるが、弓花は少し笑うだけだ。弓花にとって直樹はもう弟のようなものだった。シスコンという要素がなければ……と常々思うが不治の病は治らない。悲しい話だがもうアレは手遅れなのだ。生理的に受け付けない。
そう思って弓花がさらにため息をついた。
「良い男が欲しいわね」
「……はぁ。んじゃライルとかはどうなんだよ?」
「いい人といい男は違うからなぁ」
弓花の言葉を聞いてますます首を傾げる直樹である。
実のところ、ライルはこの大陸の優良物件ランキングにおいてはトップクラスにかけ上がっていた。また、あまり知られてはいないことだが、褐色肌で銀髪になるとイケメン度が上がる。オールバックでさらに倍プッシュとなる。身近にいるとあまり気付かないものだが、ライルは今イケメンの扉に立っていたのだ。弓花はそれを見逃していた。深刻な女子力不足が招いた悲劇である。
「よーそろー」
そして、そんな周囲の様子を特に気にせずカラカラと舵輪を回している風音がいた。なお、情報連携で無機物軍団に指示を出して動かしているし、その舵輪はただの飾りである。風音は形から入る女であった。なんとなくこうカラカラしていると気持ちがよいのだ。
『おおーー、ぐるぐるーー』
「にゃーにゃーーー」
それをユッコネエとタツオが目をキラキラさせて見ている。動いているモノを見るのが好きなのだ。
そんな各々が船の移動を満喫していると、しばらくしてからライルの声が挙がった。
「あ、なんだ。これ?」
その声に風音たちがライルを見る。
「どったの?」
「いや、下を見ろよ。ほら、これ」
そう言ってライルが透明な水晶の船底の先に見える何かを指さす。それを風音を含んだ仲間たちが「なんだ?」と寄ってきて確認する。
「海の底になんか見えるね。んーロクテンくん、ちょっとストップ」
風音の言葉で船がゆっくりと動きを止めた。
「あら、本当になんかあるわ。建物かしら?」
ルイーズがもはや裸同然の水着でのぞき込む。そして布というか紐というかモザイクよりも少ない面積の何かで辛うじて大事な部分だけ隠れた、肉厚のあるお尻が突き上がり、それをライルと直樹と執事のベンハーが無意識にのぞき込もうとして、互いの動きを察知して固まった。さらに周囲の視線にも気付き、その表情が凍った。
「ア、ホントウダ。タテモノガミエル」
「オーマジダナ。ハハハ、ナンダロウ?」
「ドレドレ」
白々しくお尻を通り過ぎる男たちが白々しく船底の先を見ながらブツブツ言っていたが、女子率の高い船の上での冷たい視線がその背に突き刺さり続けた。特にユーイの冷たい視線が刺さっているベンハーは己の職が明日まで残っているかが非常に不安になっていた。
『良いケツのようだな、ルイーズよ』
『素晴らしい限りだ。最高のヒップがそこにあった』
「あら、ありがとう」
その横ではメフィルスと、続いてジーヴェの槍が自重せずにナイスヒップを褒めて、それをルイーズが微笑みながら感謝の言葉を返していた。ちなみにジーヴェの槍の意志はライルと繋がっているため『最高のヒップ』はライルの本音がダダ漏れた言葉である。
「そんで、下になんかあるわけだけど、なんだろコレ?」
ともかく話題を変えるべく直樹がそう口にする。見る限りは建物が建ち並んでいる街のようであった。海底の街がそこにあったのだ。
「あれはおそらくトォール海底遺跡ですな」
執事のベンハーがそう口にする。
「トォール海底遺跡?」
風音が首を傾げるが、ベンハーは「左様です」と答える。
「かつて、オーリオル海岸から地続きで繋がっていた都市です。英雄王タツヨシ様の時代より前には軍港として活用されていたそうですが、ジルベリア帝国の竜帝ガイエルの手の者によって沈められたと聞いております」
その言葉に風音と弓花、直樹は見知った人物の名前が出て、複雑な思いに駆られていた。
「達良さんかぁ」
達良は直樹に慕われているようであった。横からサクランボが見えているのにゲーム画面に集中して見向きもしなかった達良を自制が出来る大人として直樹は尊敬していたのである。
「ふーむ。軍港ってことはなんか色々と残ってるのかなあ?」
オルドロックの洞窟やゴルディ黄金遺跡などのようなおかしな力が働いているダンジョンではなく、天然物のダンジョンがそこにあるのだ。風音の心に期待が膨らんでいた。
「まあ600年は経っておりますし、何度も冒険者の方々も潜ってはおられます。ですが、なにぶん都市ひとつが沈んだわけですから。何かしらのものが残っている可能性はありますな」
ベンハーはそう口にする。
「なるほどー」
ベンハーの言葉に頷きながら、風音はその遺跡をのぞき込んでいた。
「海中だろ? なんか手はあるのか姉貴?」
もう、潜る気満々といった顔の風音に、直樹が尋ねる。
「昨日、タツオが海中を潜れるって言ってたんで、メールでアオさんに聞いたんだよね。そんで青竜の私ならドラゴン化すれば水の加護でかなり潜っていられるらしいって返信もらった。タツオもなんだけど」
「だったら私も風音かタツオの竜気で完全竜化すれば行けるかな?」
風音の言葉に弓花が挙手してそう口にする。
「一応、私もウィラルの力を借りれば潜ることは出来るわねえ。まあ大した作業は出来ないけど」
ルイーズも挙手して答える。ウィラルとはルイーズの使役している水の精霊である。戦闘用ではないのであまり表には出てこないが、色々とルイーズの役に立つ精霊らしかった。
「後はー」
風音の視線に、ティアラが申し訳なさそうに首を横に振る。
「わたくしの召喚体は火属性ですから潜れませんわねえ」
「お姉さま、わたくしの水騎士ならば行けますわ」
残念そうな顔のティアラの横でユーイが力強く手を挙げて答えた。
「あら、ユーイはもう覚えましたの?」
「お姉さまが出てからは、お父様が自衛のためにもと言って、お勉強だけではなく、実践もしておりましたの」
「さすが、シェルキンさんだねえ」
風音が嬉しそうに頷いていた。それをユーイが多少苦い顔をする。反抗期であるユーイは父が褒められることを良しとはしていないようである。
「凄いよゆっこ姉。この弾力、このつかみ具合。凄いよ。まんまだよ」
「あら、本当。素晴らしいお肉をお持ちね。ああ、安らぐわ」
などと、風音とミンシアナの女王にお腹を掴まれまくってオロオロしていた父の姿を思い出してユーイはため息が出た。
本当に嬉しそうにふたりはあの脂肪の塊を摘まんでいたのだ。なに故にあれほど嬉しそうに、懐かしそうに、そして少し悲しそうにお腹を摘まんでいるのか。ミンシアナのユウコ女王などは顔を赤らめて、熱心に摘まんでいた。シェルキンが既婚者でなければ持って帰りそうな勢いだったのである。なに故に父のお腹がそこまで風音たちを魅了するのかはユーイには分からなかった。
ともあれ、島亀も良いが探索も良い。特にジンライと合流する約束をしたわけでもないので風音たちはここでひとまず遺跡探索に入ることを決めたのだった。