作品タイトル不明
第四百二十一話 あの空を進もう
『海ー海ーー』
『楽しみですねー』
風音の鼻歌にタツオがくわ~っと鳴いた。実に上空500メートルでの会話である。
その日、大空を舞う虹色に輝く青いドラゴンの姿がツヴァーラの一部の地域で目撃されたというが、その正体は当然風音であった。
風音が天使化と竜体化を行い、天使の羽のドラゴンとなって空を飛んでいるのである。スキルレベルが上がったことで以前に比べて全長も9メートルに成長し、その鳥のような白き翼も進化しより大きくなって以前よりも速く飛べるようになっていた。そして風音ドラゴンの横にはタツオが併走して飛んでいた。
『タツオ。まだアンタは飛ぶのに慣れてないんだから、疲れたら私の背中に乗るんだよ』
風音のその言葉にタツオがくわーっと鳴いてから『大丈夫です母上』と応える。
タツオにしてみれば、これはようやくの高空飛行である。それはすなわち、タツオの成長が母に認められたということでもある。
すでに東の竜の里ゼーガンに帰っているアオとのメールを介してナーガも了承済みであるため、実際には両親に認められてのタツオ自身による空の旅だ。タツオは地面近くの低空飛行ではなく、ついに大空を自由に飛んでいるのだ。
未だ風音ドラゴンの『風の加護』の影響下の中ではあるもののタツオは自らの翼で空高く飛んでいることに感動していた。その、生まれて初めての高空飛行はタツオの心を大きく満たしていた。母の横で飛べる自分を誇っていた。そしてくわーっと鳴いていた。
「まあ、アウディーンの塔が見えますわよお姉さま」
「あら、本当ね。あんなところの上にわたくしたちいたのですわねえ」
その風音ドラゴンの背の上では、ティアラの従姉妹であるユーイがはしゃいでいて、ティアラと会話を楽しんでいた。そして他に一緒にいるのは弓花とエミリィである。
「あの塔って結局、今はツヴァーラの管理下にあるんだっけユミカ?」
「うん。風音がチャイルドストーンを王様からもらって昇降機をさらに3つ追加したから階層移動もしやすくなったみたいだね。とはいっても一番上まで昇るのはやっぱり時間は掛かるだろうけど」
エミリィの問いに弓花がそう答える。現在ツヴァーラの重鎮たちが揃って、あの巨大なアウディーンの塔の運用方法を相談しているところであるらしい。何しろ、馬鹿デカい上に中の部屋も数千と存在している。なんにでも使えるだろうし、普通に運用していては使い切ることは無理だろうという広さだ。
また現状では可か不可かは別としても王都移転まで話に上がっているようだった。
「そういえばお父様に聞いたのですけれど、塔を造る際に削られた周囲の岩の窪みに近くの川から水が流れてきているそうですわ。なので今はまるで巨大な湖の上に塔が建っているようになっているそうですわよ」
弓花とエミリィの会話にティアラがそう口にして加わった。現在も王国軍のグリフォンライダー部隊が塔の周囲を巡回しているため、そうした情報も王城にはよく入ってきていたのである。また、実際に頂上にいったことのあるティアラ自身への質問も時々あった。
「そりゃあ見てみたいわね」
そのエミリィの素直な言葉に弓花も頷いた。頂上からの景色も絶景だったが、弓花たちは直樹の転移で頂上から王城に直接移動しているため、塔を降りたところの光景はまだ見ていない。それはそれで見応えがありそうではあった。なので弓花が口を開いた。
「えっと、それじゃあ帰りに寄ってみてもいいんじゃないの?」
『そうだねぇ。一応作った責任もあるし、塔の状態の確認のためにも一度は行ってみる必要もあるしね』
「キャッ!?」
その風音の突然の会話の参加に、ユーイが驚きの声をあげる。
『ショボーン』
その驚きように怖がらせてしまったかと思った風音ががっくりと首を垂れるが、ユーイが慌てて頭を下げる。
「いえ、その。申し訳ありません。神竜皇后様からお言葉をいただけるなんて思ってなくて、私……」
「まあ、その凶悪な顔で口出されたら驚くわよね」
そう言って弓花が軽く笑ったが、横でエミリィが(え、ユミカがそれを?)と目を丸くしていた。エミリィは、マリーとの戦いの時の完全竜化の弓花こそ鬼気迫る感があって怖かったのを覚えていたのだ。ティアラに駆け寄ったときなど、そのままガブリといくんじゃないかと思って叫びそうになったほどである。というか弓の弦に手を伸ばしかけた。
「いえ。だって、こんな近くに皇后様と一緒にいられるとは思わなくて」
「ユーイ。最初に言ったようにカザネはカザネですわ。ここではそうした立場は忘れなさい」
「あ、はい。申し訳ございませんお姉さま」
ティアラの注意にユーイが素直に頭を下げる。風音としても神竜皇后などと呼ばれ慣れていないので、なんとも言い難いモノがあった。
『母上は母上ですので』
『そうだねタツオ』
息子の言葉に風音が頷く。
そんな風音ドラゴンの空の旅だが、その後ろには別の飛行体も飛んでいたのだ。それは直樹操る小型竜船である。そして、その竜船の腹にはユッコネエ作成のサンダーチャリオット2号が設置され、中にはユッコネエ、シップーと、その二匹に囲まれ今まさに人生を謳歌しているジンライがいた。ジンライはこの世の天国にたどり着いていたのだ。
「あのー、ジンライ師匠の笑い声がずっと聞こえてくるんですけど」
小型竜船の中で直樹がそう口にする。その後ろの助手席にはライルと、ルイーズとメフィルスがいた。
「あーまあ、ジンライくんも楽しんでいるようだし、いいんじゃないかしらね」
『昔のあやつはあんなではなかったのだがな』
ルイーズとメフィルスがそう答えて苦笑いをしている。またライルは無視して空を眺めていた。スルーこそ正義だ。
「しっかし、前よりも随分と速く移動してるよな」
『あのカザネの風の加護がこの船にまで掛かっているからな。だから竜船の能力以上の速度が出ているのだろうよ』
ライルの問いには、ジーヴェの槍がそう答える。ライルとジーヴェはいつかは融合するのだが、そのいつかまでは100年程度は猶予があるらしいと直樹は聞いていた。少なくとも直樹が生きている間はこの漫才コンビみたいな状況は続いていくようなのだ。
「はー、そっちもすっかり仲良くなっているようだな?」
「あん? 仲良いっていうか、まあ独り言みたいなもんだぜ」
直樹の問いにはライルがそう答える。それに続いてジーヴェも口に出す。
『根っこは繋がってるからな。まあ、まだ完全には融合されていないから個性が分かれてはいるが』
「そう言われてもな。変な感じだぜ」
『ふむ。弟のくせに生意気な』
「弟じゃないからなッ!」
そのジーヴェの言葉に直樹が軽く突っ込むが、現時点において、ジーヴェ因子の兄弟竜である風音とライルは、西の竜の里の門番アカと同じように兄妹と呼べる関係であった。よってライルと直樹を義兄弟とする関係性も成立する。
「というか姉貴の関係がややこしくなり過ぎるんだよ。弟の俺だけで十分だってのにさ」
そう直樹はぼやくが、その直樹にしても今ではミンシアナ王国の王族の仲間入りしていたのだ。本人の気付かぬ内に。
現時点でそういった背景が何もないのは弓花くらいではないだろうか。
「ま、色々あったものねえ。それに久々じゃない? こうしてのんびりと旅をするってのも」
「ああ、確かにそうだな。ルイーズさんたちとあってから、ずっと何かに巻き込まれ続けてたしなあ」
ルイーズの言葉にライルがそう返した。そしてここまでのことを考える。
「ええと、暗殺集団でしょ。その前はブルートゥザで、その前は悪魔とドラゴンと魔物の集団で、ええと、それより前は王都でノンビリは出来てたっけ?」
「けどそれの前は大蜘蛛の集団に、悪魔とオカマに、ヒルコ退治もあったよなぁ」
「さらに、それより前は六本腕のスケルトンにワイバーンにオダノブナガに、魔狼とか、悪魔とか……ああ、思い出しただけで気が滅入ってきた」
ルイーズにライル、そして直樹がそこまで言って、全員がため息をついた。
『……酷いな』
そしてメフィルスの言葉に全員が頷かざるをえなかったのである。
「まあ、大体は悪魔が悪い」
そして、直樹がそう締めくくることでその話題も終了した。
ちなみに、その直樹の言葉を悪魔が聞いたら大いに抗議をしてきたかもしれない。
ハガスの心臓の件を除けば、悪魔側から風音たちに積極的に仕掛けてきたのは交易都市ウーミンぐらいしかない。それもウーミンも元々予定していたところに風音たちが突っ込んだ形である。その上に七つの大罪も次々と撃破されている現状を考えれば、悪魔にとって白き一団という存在は疫病神以外の何者でもなかった。もっとも当然のことながら直樹たちはその事実を知らなかった。
「あ、姉貴が降りるみたいだ」
そして、目の前の風音が尻尾をフリフリさせながら降りていくのを見て直樹も小型竜船を降下させていく。直樹も目の前のドラゴンのお尻に欲情できるほど高いレベルの変態ではなかったため、特に問題なく着陸が出来た。
本日は海に着く少し手前の高原で宿泊である。そして、一行は風音が用意した風音コテージの中に入り、夜を過ごすことになったのである。