作品タイトル不明
第四百四話 努力をしよう
それは弓花が凶刃イジカと、そしてジンライがマドルと対峙するより少し前まで時間は 遡(さかのぼ) る。
マドルの策略により弓花とジンライとが離れてしまった不滅の馬車組のティアラたちだったが、結界が閉じた状態となっていたために当然彼女らにもボルジアナのピエロたちは手を出せてはいなかった。そして何も起こらなかった間に彼女らが何もしていなかったのかといえばそうではなかった。
「やっぱり無理ねえ」
ルイーズがそう呟く。そこは道ばたで止まっている不滅の馬車から少し離れた開けた場所だ。ルイーズはそこで複雑な紋様がいくつも描き連ねられていた魔法陣の中心に立っていた。そして、魔法陣はつい今まで魔力が通っていたために若干の魔力光が放たれている。
「あれは何をしてるのティアラ?」
それを不滅の馬車の中からエミリィが眺めながら、ティアラに尋ねてみた。先ほどから何かをしているのは分かっていたのだが、弓専門のエミリィには門外漢だったので口を出していなかった。それでもさすがにこうも何もない状況が続けば気にはなってくるもので、終わったところで横に一緒に座っているティアラに尋ねてみたというわけである。
「わたくしも詳しいことは分かりませんけど、召喚門を経由させて結界の中と外の世界を開けようと試している……のかしら。ねえお爺さま?」
ティアラは自分で口にした後、不安になったのか抱き抱えているグリフォンの幼体姿のメフィルスに尋ねてみた。
『大体そんなところよの』
そしてメフィルスが孫にそう返す。ルイーズは男を選んではつまみ食いをする巨乳のエロいエルフ、通称エロフに見られがちだが、いや実際にそうではあるのだが、魔術のエキスパートという側面も持っている。
だからこそティアラの護衛にもなっているし、本来はメインではない召喚術もティアラに教えることも出来るわけだ。そしてメフィルスもかつてはツヴァーラ王であり、同時にルビーグリフォンを従えていた強力な召喚術士でもあった。故にその手の知識については並の術士よりもよほど詳しい。
「それが成功すると外に出れる……んですか?」
エミリィが恐る恐るメフィルスに尋ねる。ティアラとは打ち解けているが、メフィルスは仮にも他国とは言え元国王である。その相手に平然と話せるほどエミリィの神経は図太くはないようだった。
『人間には無理であろうよ。ただ召喚体ならば抜け出せる。余が外に出れればアウディーンとも連絡が取れるのだから、助けも呼ぶことが出来るようになるだろう』
そうメフィルスは言う。連絡を付けるだけならば弓花も出来る。だが居場所が判明しない限り、閉じこめられているティアラたちの救出は難しい。現在の居場所を知るために外に出る。それが今、メフィルスたちには求められていた。
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「散ッ!」
ルイーズは術で地面に描いた魔法陣を破壊する。
術式は基本的に秘するもの。ましてや敵にヒントを与えるような真似をルイーズがするわけもなく、こうして使用していた魔法陣を跡形もなくルイーズは消滅させていた。
「ダメね、こりゃ。術の綻びがほとんどないわ」
馬車に戻ってきたルイーズが御者席にいるライルにそう口にする。
「そんじゃ外に助けを呼ぶのは難しいってことか」
ライルはルイーズにタオルを渡しながら、そう尋ねる。ルイーズもタオルを受け取って顔を拭きながら、ライルの質問のことを考える。
「そうねえ。ユミカならこの中でもカザネと連絡は取れるんだから、あたしたちが捕まったのは多分外にも伝わってはいると思うけど」
ルイーズは苦笑する。
「肝心の場所が分からないんじゃね。この結界の設置が固定で移動してなければ、ツヴァーラの軍が探してくれると思うけど、そう考えるのは虫が良すぎるかもしれないわね」
風音が竜体化で飛んで向かっていることを弓花は現時点では知っているが、ルイーズたちはまだ知らない。
「もしくはナオキのアレか」
ライルの口にしたのは『 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) 』による一日一度の長距離転移のことだ。転移先であるクリスタル風音ちゃん人形は不滅の馬車の中で今も踊っている。癒し系なのか苛立ちを増長させるかは見ている人間の心の余裕によって変わりそうであった。
「一日縛りは厳しいわね。後どれくらいかしらね?」
ルイーズの言葉にライルが「10時間くらいかな?」と答える。
この世界でも時計は存在しているが、街に2,3個程度といったところである。それで時間を確認しながら正午などの時間にあわせて街の鐘が鳴り響くのが、この世界の日常の光景であった。
しかし時計などなくとも時間は日の高さである程度は普通は分かるものなのだが、この結界内は薄暗いままで時間の経過を示す太陽が上がることはなかった。
「一応カザネと合流できればこの結界を崩すことは出来ると思うのよね」
「マジで?」
ライルの言葉にルイーズも「マジよ、マジ」と返した。
「術で破れないなら力業でどうにかする方法だってあるわ。ミンシアナの王都でカザネが狂い鬼と闘って結界を破壊できたって言ってたでしょ。同じことをここでやれればいいわけだけど……」
「だけど?」
言いながらルイーズが迷っているようだとライルは感じた。そしてルイーズは少しうなりながら言葉を続ける。
「実はあたしのジャッジメントボルトなら結界を崩せるかもしれないのよねえ」
「ああ、その手段が……でも、撃ってないのは理由があるんだろ?」
「そうね。さっきも言ったとおりカザネがくればなんとかはなると思う。それに別れちゃったけどジンライくんなら 雷神砲(レールガン) で結界を破ろうと考えると思うのだけれど、今のところ結界が崩れていないのが気になるわ」
「ああ、そうだなぁ」
ライルも頷く。
「だから『ジャッジメントボルト』でも結界を崩せるとは限らないわ。単に徒労に終わるかも知れない。そうなるとあたしたちは手札をひとつ失うことになるのよ」
そう言いながらもルイーズが眉をひそめているのは己の考えが正しいか迷っているからだろう。上手く行けば、ここを抜け出せるかも知れない……が、確証はどこにもない。その上にジンライと弓花を欠いた現状で『最大クラスの攻撃魔術』という切り札を失うのは厳しかった。
「ナーゴ」
そう話していると、ジンライから離れて今は不滅の馬車の周りで警戒をしてくれているシップーが鳴き声をあげた。
「どうした、シップー?」
それにライルは尋ねる。その言葉に反応して、シップーは「ナオン」っと鳴きながら、ライルを一度見ると上を向いた。
「何がって……おいおい、今は昼だろうに」
ライルがシップーに併せて視線を上空に向けるとそこには、いつの間にやら赤い巨大な月が出ていた。
「不味いわね、活動が再開されたのかもしれないわ」
周囲からの魔力の活性化を感じながらルイーズはそう口にした。何かが動き出したのは間違いない。そして問題は相手がどう出るかということだった。
(今まで止まっていたのが急に動き出した。もしかして、結界ごとどこかに連れ去られた可能性もあるわね。もしかして移動が完了した?)
そうルイーズは思考する。ここまで敵が動けなかったのは弓花の槍とジンライの 雷神砲(レールガン) が原因だということをルイーズは当然知らない。であれば、そこに敵の意図があると考えてしまうのは当然のことだろう。
「ルイーズさん、どうする?」
馬車の中からエミリィが顔を出して尋ねてきた。その言葉にルイーズは少し考えてから「留まりましょう」と口にする。
「 腐食鬼(グール) たちが相手なら、どのみち最初の時と同じことになるわ。どうせ復活するんだから、手足でも破壊してこの場に留めておいた方が良いでしょうね」
時間軸的には弓花がこれから実行する戦法をルイーズは口にする。だが 腐食鬼(グール) は来なかった。その代わりにこのループする道の正面と後ろ側に、いつの間にやらそれぞれ何かが存在していた。
「グルゥ」
「は……はははは…… 猫(ねご) ぢゃんがいる…… 綺麗(ぎれい) な馬車もある…… 素敵(ずてき) ……」
馬車から見て正面にはマントに覆われた大きな人物と、そして後ろからは肉の塊らしき何かが立ってた。正面から迫る野獣のような気配も、後ろからの異様な気配もどちらも危険だとライルは感じた。