軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百五十六話 屋敷に入ろう

◎リンドー王国 交易都市ウーミン アングレーの屋敷前

「うわ、でっかーー」

その屋敷を見上げながら風音は思わずそう口にしてしまった。

そんな風音の様子にオウギは微笑みながら「こっちじゃよ」と言って、門番に声をかけてから、風音たちを屋敷の敷地内へと案内する。

ここは交易都市ウーミンの中心部にある上級住宅街、貴族や大商人といった、力ある者たちの住む居住エリアである。そしてその中でもひときわ大きい屋敷の中へと風音たちは案内されていた。

「アングレー殿はこれと同じ規模の屋敷をリンドー王国内に12軒持っておるんじゃ。ミンシアナやツヴァーラにもあるしのぉ」

そういって笑うオウギに風音が「へー」と感心する。

「儲かってるんだね」

「ああ、お陰様でワシも随分と懐が暖かくなったもんだよ」

風音の言葉にオウギは「ほっほ」と笑いながら答える。

その様子を弓花は後ろから(相変わらずお爺さんと仲良くなるの早いなぁ)と思って見ていた。もっとも、確かに儲かってはいるのだろうということは、周囲を見れば弓花にも理解できる。庭に咲き誇る花々に、飾られた調度品。弓花たちはここまでに城の中などに入る機会はあったし、当然手入れも行き届いてはいたのだが、しかし、こうした上流階級の屋敷に入ったことはなかったために、これはこれで感心するモノがあった。

「ふむ……」

そして弓花の隣でジンライがひとり考えている。その視線は時折オウギに向けられていたが、敵意というものはなく、どこか戸惑っているようだった。

「どうしたんですか師匠?」

「いや、あのオウギ殿というご老体の名をワシは聞いたことがあるのだが、しかし、本当にご本人なのかと思ってな」

そう口にしたジンライは、珍しく浮き足だった感じがあった。

「有名な人なんですか?」

その弓花の問いにはジンライは「そうだな」と返した。

「刀神、或いはイアイマスター……と言われていたランクA冒険者だ。20年ほど前にはギルドの酒場でもよく名が出てくる方だったのだが」

「へぇ。刀神とは……それはまた随分と大仰な名ですね」

弓花は自分につけられた二つ名を完全に棚に上げてそう口にした。イアイマスターの方は居合い術のことだろうとは分かるが、刀の神とはよほどのことがなければ付きそうもない二つ名だった。

「そう呼ばれるに相応しい人物だったということだ。会ったことはなかったが、だがその武勇伝にはワシも胸を熱くしたものだったからな」

「武勇伝?」

弓花の問いにジンライがニヤリと笑みを浮かべて話を続ける。

「もっとも有名なのは、害竜となった成竜をたった一撃、一刀両断で切り裂いたというものだろう。ドラゴンと共にその場の大地をも真っ二つに割ったと言われておる」

そのジンライの言葉には弓花も「本当ですか!?」と驚いたが、ジンライはその弟子の反応にさらに笑った。弓花もここまでに何度もドラゴンとは対峙している。そして成竜と呼ばれるドラゴンの力も理解はしていた。それを一撃で切り裂いて倒したというのは尋常ではない話だ。

「ああ、当時のワシも正直信じられなかったが、しかし実際に左右に真っ二つにされたドラゴンの頭蓋骨を見せられてはな。その余りにも鮮やかな切り口を見れば、納得するしかなかったさ」

ジンライがそこまでいうのだから、どうやら事実であるらしいと弓花も理解して、そしてオウギの方を見る。

「そんな人がなんでここにいるんでしょう?」

「さてな。さきほど、アングレー・メッシの商売のパートナーと言っておっただろう。護衛ではないというのがよく分からないところだが」

ジンライもそれは不可解ではあるようだった。だからこそ、本当にオウギ・ゼンジューロー本人なのかが気にかかったのだろう。

「しかし、纏う気配はまごうことなき強者のソレよ。今も我々はあの老人の斬撃圏内におる。ワシにも果たして攻撃された場合にそれを防げるかどうか」

その言葉に弓花はピンとこない。そうした気配を弓花は感じていなかった。その弟子の顔を見てジンライは告げる。

「覚えておけユミカよ。その二つ名に『神』と付くほどの人物は、殺気や闘気などというものを発さずとも最大の力を瞬時に振るえるものだ。イリアの言葉によればジャパネスではそれを明鏡止水の境地に至ると言うらしいがな」

「金色に輝きそうですね?」

弓花の言葉にジンライは首を傾げたが、気にせず話を続ける。

「だからといってワシが勝てぬかと問われれば、まあそうとは言わんが、しかし己が心の不純物を限りなく消した高みのひとつにあの老人は到達していると考えておくべきだろう」

もっともその後に「本人であるならな……」と付け加えたところをみれば、ジンライ自身も正確に把握しているというわけでもないようだった。

◎リンドー王国 交易都市ウーミン アングレーの屋敷 待合室

「それじゃあ、少しお待ちくだされ」

オウギはそう口にして、部屋から出ていった。

現在風音たちは、屋敷内の待合室へと通されていた。そしてアングレーに報告に行くと言ってオウギが部屋を出ていくと、その部屋の中にいるのはパーティーメンバーだけとなったのである。

「なんか、あっさりとここまで通っちゃったねえ」

風音が閉じた扉を見ながらそうつぶやいた。

外には護衛が二人いるようだったが、特に聞き耳を立てられているという様子もなかった。

「ふむ、まああちらもお前から温泉を購入したいという立場なのだ。印象をよくしておくに越したことはないだろうし、そもそも余計なトラブルなどないのが一番だ」

ジンライの言葉に風音を抜かす一同が頷いた。その反応に風音が「ムゥ」と唸ってプクッと頬を膨らませた。別に風音も何かあって欲しいわけではないのだ。大人は何も分かってくれない。

「それよりも風音よ。屋敷の室内に入ったときに顔をしかめていたな。何かあるのか?」

そしてジンライはさきほど気になったことを思い出して、風音に尋ねた。

「んー、嫌な臭いがしたんだけどね。まあ、さっきの様子を見ると分からない話でもないなーと」

「嫌な臭い?」

そのジンライの再度の問いには後ろから答えが届いた。

「ブラックポーションの臭いね?」

それはルイーズの言葉である。そして、それに風音は頷いた。

「うん。やっぱりルイーズさんも気付いたんだね」

「あたしが感じるのは、あんたみたいに臭いじゃないけどね。とはいえ、さっきみたいに町中で押収したものじゃないかしらね?」

「だろうね」

ルイーズの言葉には風音も同意した。

さきほどオウギから聞いた話によれば、主に海洋ルートからブラックポーションが王国内に広まっているらしく、常習用の薄いブラックポーションから、ザックスが使用したブースト狙いの濃いブラックポーションなど、様々なモノが裏の市場に流れてこのリンドー王国を蝕みつつあるということだった。深刻なのは不老長寿の薬として貴族も常用している高級品もあるらしいということだろう。悪魔化によるアストラル体への変異、それを狙った金のある老人たちにもバカみたいに売れているのだという。

加えて今回の風音たちが救ったキャラバンの中にいた商人のひとりが、ブラックポーションをミンシアナから運んでいたのが発見されたということだった。

風音が気付かなかったのは、竜船の時のように封印の呪布で覆われていたためで、もしかするとそれは風音たちが発見する前の竜船定期便で運ばれていたものかも知れなかった。

そのオウギから聞かされた内容を風音が仲間たちに話すと、移動中に話に参加していなかった面々は顔をしかめて聞いていた。

「問題なのは実際にブラックポーションは効力があるってことなのよねえ」

そう口にしたのはルイーズである。先の戦闘のように確かにブラックポーションは効力があるし、上手く悪魔化すれば不老不死という状況も形の上では適う。悪魔信奉者が各地に存在するのも不老不死に憧れて悪魔化を願っているためではあるが、それをブラックポーションは安易に実現できてしまうようなのだ。

もっともそれは悪魔の眷属となり操られるということでもあり、自分自身の魂を手放すに等しい行為だ。なお、似たような事例として北西のノバールという国が吸血鬼による不死化によって 不死者王国(ノスフェラトゥキングダム) となり周辺国によって滅ぼされたこともあり、リンドー王国もそうなりかねない状況だとオウギは口にしていた。

「まあ、そういうこともあって、上の権力持ってる人のせいでブラックポーションを禁止するのに色々とストップかかっちゃってて、それでアングレーさんも私兵を動かして対応しているらしいよ」

そして集められた私兵はブラックポーションによって不幸な目にあった人間が中心なのだという。さきほどの私兵の隊長が横柄な態度であったのも、オウギ曰く、ブラックポーションを飲んだ仲間が狂ってパーティが全滅したためだそうだ。ならばブラックポーションを運んでいる者を敵視もしたくなるだろう。

そしてそこまでの話を聞いて一同は唸らざるを得なかったが、しかし、だからといって自分たちがそれをどうにか出来るというわけでもない。

差し当たっては現在の状況を風音は纏め上げてゆっこ姉にメールで送ることにしたのであった。

そして、しばらく風音たちが待っていると、この屋敷の侍女が部屋にやってきて、風音たちはようやくアングレー・メッシの元へと案内されることとなったのであった。