軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百五十七話 黒豚と会おう

アングレー・メッシ。それは今やリンドー王国内でも知らぬ者はいないというほどに知られたメッシ商会の会長の名である。

わずか20年でこの王国内でも指折りの大商人へとのし上がった彼は、元々は別の大陸から戦奴として売られてきた男だった。しかし、自らの力で自由を勝ち取ったアングレーは、その後に僅かな金銭を元手に商売を始めて僅か数年で自らの店を持つまでに成功を収めてきた。

だが一介の商人がそこから現在の地位に登り詰めるには、ただの才と運だけで難しい。さらにもう一手が必要だった。そしてアングレーには、その一手となる人に知られていない秘密があった。いや、正確には彼に秘密があると言うよりは、彼の相棒に秘密があるといった方がよいだろうが。

その相棒とは、20年前にとあるキッカケで知り合った『刀神』オウギ・ゼンジューロー。この男との出会いによりアングレーの人生は大きく回り始めたのだ。

そして、今またアングレーの転機となるやもしれない時が迫ってきていた。

◎リンドー王国 交易都市ウーミン アングレーの屋敷 賓客室

「改めて、ようこそ我が屋敷へ。歓迎しますぞ、白き一団の皆様方」

「なーご」

にこにこ顔で褐色肌の丸い中年が高級そうな椅子に腰をかけている。その服装も妙に豪奢である。さらには指に色とりどりの大きな宝石の指輪を付けて、そしてその膝の上には品の良さそうな白い猫を乗せていた。

その猫をジンライが「ほぉ」と見て頬をゆるめていた。この男、見境がなくなっている。

(なんというか、悪い人っぽいね)

(印象だけで判断しちゃダメだけどね)

目の前の悪人面のまん丸おじさんに言われるままに席に着いた風音と弓花はそうボソッと口にしあっていた。くわえた葉巻が尚更そんな感じである。

現在、風音たちは、侍女に案内されて賓客室へと通されていた。そして、そこにいたのはアングレー・メッシ本人であり、こうして席について話すことになっていたのである。なお、オウギはここにはいないようだった。

しかし、席に着いた風音の後ろには何故かユッコネエがいた。背もたれに手を掛けながら、アングレーの膝に乗っている白い猫を凝視していた。

「あーすんません。なんかこの子、急に出てきちゃって」

思わずギョッとなってユッコネエを見た風音だが、すぐさまアングレーの方を向いて謝罪する。風音はそうしている間も手振りで戻るように指示するがユッコネエは戻らない。

「いや、元気の良さそうな子ですな」

風音の言葉にアングレーは特に表情を崩さずにニコニコと笑いながら言葉を返す。そして風音は再度アングレーに頭を下げると振り返り、普段とは違うユッコネエの態度に心配げな顔で尋ねる。

「どうしたの、ユッコネエ?」

「にゃー」

風音の言葉にそう一言返すユッコネエではあるが、風音にはそのユッコネエが何を言いたいのかが分からない。何かを訴えたそうにしているのは分かるが、風音に猫語は理解出来ない。

『羨ましいんだろうさ、アタシがさ』

しかし、風音のその疑問の答えが思いも寄らぬところから突然返ってきた。驚いた風音が振り向いた。その声がしたのはアングレーの方向からであったが、だが聞こえたのは女性の声だった。

『母上、猫がしゃべりました!?』

そして風音の頭の上に乗っているタツオがそう指摘する。確かに今、声を出したのはアングレーの膝で丸まっていた白猫だった。

『ドラゴンがしゃべるのだって大概なもんさ。とはいえ、その年で言葉がしゃべれるのは珍しいと思うけどね』

アングレーの膝の上でスクッと立った白猫が、そのまま視線をタツオに向けた。

『父上から知識をいただきました』

そのタツオの言葉を聞いて白猫が目をパチパチとさせる。

『ああ、転生竜かい。ふーん、まあドラゴンがしゃべるのなら、猫だって喋るのさ。喋りたくなくてもね』

「にゃー」

「ユッコネエ?」

白猫の言葉に、抗議の声を上げるユッコネエに風音が驚く。風音は、こんなに反抗的なユッコネエは初めて見る。

『ハッ、お嬢さん。アタシに憧れるのはよしときなよ。人間の言葉がしゃべれても良いことなんてなんもないよ。この宿六は使えるものなら猫でも使うって言ってこき使うしねえ』

白猫の視線がアングレーに向けられる。そして風音たちの視線もアングレーに向いた。それにはアングレーも苦笑いしながら答える。

「人間よりも信頼が置けますからな。エリザベートは頭も良いですし」

その言葉にエリザベートはなーごと鳴いて『猫は丸くなって寝るのが一番なのさ』と反論する。

「まったく、また餌の交渉でもしたいのか。お前はちょっと黙っていなさい」

アングレーはエリザベートにそう言って頭を撫でる。そしてエリザベートが『しょうがないねえ』と言って、またアングレーの膝の上で丸くなった。

「うにゃー」

それを見てユッコネエが悲しそうな声を上げる。それを風音が心配そうな顔で見る。

「ユッコネエ?」

それには再びエリザベートが顔を上げずに答えた。

『その子はアタシを羨んでいるのさ。同じ召喚猫なのに、アタシと自分の境遇の差にやっかんでるんだろうねえ』

そして風音はユッコネエを見る。そのユッコネエの表情から風音は自分がユッコネエの気持ちが分かって上げられていなかったことをなんとなく気付いてしまう。

実のところユッコネエはもう限界であった。主である風音の元ではなく、ジンライに乗られる日々にストレスが溜まり続けていた。ジンライが嫌いというわけではない。だが、メインの召喚体としての地位を狂い鬼に奪われて久しく、それがユッコネエを焦らせ、苦しめていた。それでも健気に風音の言葉に従い、ユッコネエはここまでやってきていた。

しかし、ユッコネエは見てしまったのだ。目の前の白い猫を。なーごと鳴きながら何の苦労もなく主人の寵愛を受けているエリザベートを。座ったアングレーの膝の上で丸くなり、その背を主に撫でられている。なんとうらやましい。なんと妬ましい。

そしてユッコネエは気が付けば飛び出していて、エリザベートに魅入っていたのである。

「カザネよ。ワシからも言わねばならんとは思っていたのだ」

そう口にしたのはジンライだった。それは懺悔の言葉のようだった。

ジンライも、ユッコネエの気持ちを薄々ながら気付いていた。気付いていて、気付かない振りをしていた。それを言ってしまえば、自分がユッコネエから離されてしまうと恐れていた。だが、目の前のユッコネエを見て、己のエゴで己の愛する猫を傷つけていたことを理解し、ジンライは堰を切ったように口にせずにはいられなかった。

「ワシは……ワシはもう、ユッコネエには乗らん。あれはお前の猫なのだ」

ジンライは血を吐く思いでそう口にした。

「うにゃあ」

ユッコネエがそのジンライを見て鳴いた。

「いいのだ、ユッコネエ。分かっていたのだ。ワシが、ワシが言い出さなかったばかりにお前に辛い思いをさせていたのだな」

ジンライは涙を流しながらそう言った。ジンライはユッコネエに乗っているから気付いていたのだ。ユッコネエの頭部に十円ハゲがあることを。ストレスがユッコネエに溜まっていることを。その原因までは特定していなかったが、そうではないかという予感はあった。

「でも、ジンライさん。それだと良いの?」

風音は戸惑いながら、そう口にする。

戦力から考えれば、ジンライとユッコネエのコンビはとても強力ではあるのだ。

確かにジンライは強い。だがそのスペックはあくまで人間のモノであり、ユッコネエの機動力がなければ、敵の元へと向かうのにタイムロスが発生する。それ故に実力があろうと撃破数ではジンライ単体では弓花に劣ってしまう。

「何、いざとなればジンに乗るさ」

ジンライの持っている槍を納めている不思議な袋から、抗議の気配が漂ったがジンライは無視した。ジンライに対するジン・バハルの好感度が1下がった。

しかし、そうジンライに言われては風音も何も言えない。

「カザネ、分かってあげなさい。愛する男に言われるがままに、別の男に抱かれるしかない女の気持ち……それをあなたは考えたことがある?」

思い悩む風音に、ルイーズから凄く重い例えが出た。的確っぽいので尚更風音の心が沈んだが、だが本当に辛いのはユッコネエなのだ。風音はユッコネエに抱きついて頭を撫でる。

「うん、そうだね」

そして風音はユッコネエに向き合った。

「私、気付けてなかったよ。ユッコネエの気持ちをもっと考えておくべきだったのに」

「にゃっ、にゃあ……」

ユッコネエはその風音の言葉に、とても申し訳なさそうに、だが嬉しそうな鳴き声を上げた。

「だから、これからはもっと一緒に頑張ろう。私ももっとユッコネエのこと考えるから」

「にゃー」

その風音の言葉に、ユッコネエが嬉しそうに鳴いて風音に飛びついた。ライオンふた回りほどはあるユッコネエだが今の風音のレベルならば受け止められる。そして風音はガッシリとユッコネエと抱き合った。ユッコネエは嬉しそうに風音の顔を舐めてくる。

それを見てティアラがもらい泣きをしながら、手をパチパチと叩く。それに弓花が続く。ジンライも、ルイーズも、タツオも……そして、アングレーとエリザベートも拍手を送る。

ひとりと一匹に祝福の拍手が鳴り響く。それに風音は照れくさそうに涙を浮かべて笑うのであった。そして、もう大切なことを見落としたりはしないと心に誓うのだった。

なお、ここに何をしにきたのかはみんな忘れていた。