軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百五十五話 宿に泊まろう

ソラエの村唯一の宿屋ティノアの看板娘イリーサがそれを見たのはまだ昼を過ぎて大して経っていない頃だった。

まだ17を超えたばかりのおぼこい娘のイリーサだが、この地域ではもうそろそろ嫁ぐことも考えなければならない年齢ではある。だがイリーサは宿屋の一人娘であるため、宿屋を継ぐことが決まっていた。

となると、この宿屋を任せられる旦那を探さなければならないが、今のところ有望な男はいない。この村の若い男はすでに相手が決まっているか、或いは都会に出ようとしている者ばかりである。ミルラ婆さんが都会から良い条件のを拾ってくるとは言っていたが、今のところは見つかっていないようだった。

実はそのミルラ婆さんにはイリーサとわりと近い歳の孫カールがいたのだが、4年前に冒険者になると言って出て行ってしまった。イリーサの良き兄のような少年であったし、出来れば結婚するならばカールが良いとイリーサは思っていたので、引き留めなかったこと、或いは付いていかなかったことを後悔していた。

カールはかつて村を出て武名を轟かせた男によく似ていることだから、多分同じように有名になってもう村には戻ってこないのだろうな……と、そんなことを考えながらイリーサは時折空を見上げてはため息をはいてしまう。イリーサがそれほどにカールを気にするのは父に似ていることも理由のひとつだろう。

イリーサの父は寡黙だが、頼りになる男だった。またカールの父ジランもイリーサの父とまるで兄弟のように似ていて、仲がよい。いっそ婚約でもしてればなーとはイリーサは今更ながら考えてしまう。親同士の決めごとはこうした田舎の村ではなかなか効果のある約束なのだ。

「あーもう、もう4年も経ってるんだもんなぁ」

ここ一年は連絡もないが、以前の手紙ではミンシアナでそこそこの名を上げていると聞いている。きっと良い人も出来ているだろう。

そんな風にイリーサが年頃の娘らしくウダウダと恋愛ごとをアタマの中で転がしながら、いつも通りに家の手伝いの薪割りをしていると、村の入り口の方が騒がしいようだった。

「何かしらね?」

そう思ってイリーサはタオルで汗を少し拭いてその騒ぎの方へと足を運んでいく。途中、怯えた村人の声も聞こえてきたので魔物の襲来かとも思ったがその割には逃げてくる者もなく落ち着いていた。

(鉈、置いてきちゃったのは不味かったかな)

イリーサは先ほどまで持っていた薪を割る道具を放ってきたのを少し後悔したが、戦闘になったらイリーサなど足手まといだ。余計なことをせずすぐさま逃げるべきだという父の教えを思いだして、とりあえず様子を見に行くことにする。

そうしてイリーサが村の入り口の前まで行くとそこには異様な光景があった。

まず、そこには普通よりもかなり大きい上に全身を漆黒の甲冑で覆った馬がいた。殺傷することを目的としていると思われる巨大なギザギザの角が胸から突き出ていて、たいそうな迫力があった。

またその馬は漆黒の巨大な馬車を引いていた。馬車は全体を黒い鉄板で覆っており、巨大な車輪が横から突き出ている。それは都会でも見たことがないような戦闘に特化した馬車であった。

さらにイリーサを驚かせたのは馬車の御者席に乗っている男だった。その男の顔にイリーサは覚えがあった。

(お父さん?)

似ているのだ。イリーサの父よりはかなり痩せ型で若いようだが、その顔は父親にそっくりであったのだ。

また馬車の上には巨大な猫のような化け物がいた。ただ大の字で仰向けに寝転がって寝ているようだった。魔物の一種のようなので、おそらくは召喚獣かテイムされた魔物なのだろうとイリーサは考える。うにゃーと寝言を言う姿は可愛いかった。

(あんなにデカいのにちょっと触ってみたいかも……)

そんなことを考えて見ているイリーサの後ろから声が聞こえた。

「まだ、いたのか……あの男の子供は」

気が付けばイリーサの後ろに父がいた。

「お父さん?」

イリーサの声に父ライオも娘がいることに気付いたようだ。

「なんだ、イリーサか。薪割りまだ終わってないだろう。さぼるんじゃない」

父の咎める声にイリーサは首をすくめる。だが目の前の状況が分からないのでは、気になって仕方がない。

「でも、あれ?」

「後ろにライルの坊ちゃんもいる。あれはバーンズ家の関係の方々だろう」

「ああ!?」

イリーサが父の言葉を聞いて馬車の後ろを見るとそこには以前に見かけたことのあるバーンズの跡取り息子がいた。ハイヴァーンの武門の筆頭であるバーンズ家の長男のライル・バーンズ。

何度か村に来たのを見かけたことがあったが、村の男たちにはない都会らしい洗練された顔立ちと仕草に村の少女たちからは黄色い声が聞こえたものだった。

以前に比べてさらに大人びたライルにイリーサも目を奪われるが、だが一緒にいる少年はさらに顔立ちも整って、落ち着いた大人の雰囲気を出していてイリーサも心臓がドクンッと跳ね上がったように感じた。

もっとも周囲の視線はそんな少年たちよりも、彼らの乗っている白亜の石で出来た馬と水晶で出来た馬に向けられていた。

「都会ってのはあんな凄いモンに乗ってるんだな」

「おう兄弟、来てたのか」

ライオの横にはミルラの息子であるジランが立っていた。イリーサの父であるライオとジランは互いを兄弟と言い合う。同じ村の出身だからだろう。二人の顔立ちはよく似ていて、まるで本当の兄弟のようだった。

「おい、あの男……」

そしてジランが驚いた顔で御者席の男を見る。

「ああ、俺たちよりも若いな。多分俺たちの……だろうな」

イリーサは父の言葉の一部が聞き取れなかったが、どうも御者席の父に似た男はふたりの知っている相手なのだとは理解できた。

「ライル坊ちゃんが一緒にいるってのは、ワケアリってことだろう」

ジランの言葉にライオは頷く。

「お父さん、知り合いなの?」

イリーサの言葉にライオが少し困った顔をしてから「多分な」と返した。

「どのみち、この村に来たって事はウチに泊まるんだろう。お前は母さんに声をかけて準備だけはしておくようにしておけ」

「うん。分かった」

イリーサは父の言葉にそう返事をして宿屋へと戻っていった。そして、母に村の入り口のことを話して準備をしていると、さきほどの馬が宿屋の前に止まるのが見えた。

そして入り口からイリーサの父のライオと、8人ほどの白いマントの一団が入ってくる。

イリーサが外を見ると馬車は消えていて、全身甲冑の黒馬とこれまた全身甲冑の黒い大きい従者と白い小さい従者が宿の裏の簡易厩舎へと向かっていくようだった。馬車はどこに消えたのだろうとイリーサが首を傾げたが、まずはお客の案内である。

そしてイリーサが「いらっしゃい」と声をかけると、どうみても子供が一番最初に「よろしくっ」と声をかけてきた。それどころか、どうやら一団を仕切っているようである。とはいえイリーサも客の都合にどうこう言うほど間抜けではなく、そのまま男女で別れて部屋に泊まるとのことなので、それぞれの部屋に案内していった。

ライルやエミリィも従っているのを見て、イリーサは案内の後に、父親にあの子供が公族か何かなのではないかと尋ねたのだが、ライオの返答は「どうやら『白き一団』という名の知れた冒険者のパーティらしい」というものだった。その名前はイリーサも半月前に来た行商団から聞いていたものだった。

(確かミンシアナ王国の王子様の竜退治のお供をしたパーティの名前だったよねえ)

とイリーサは行商団の話を思い出す。

王子のお供なのだからハイヴァーンでも身分の高いライルたちがそのパーティにいるのも当然で、それを従えているあの子供はやっぱり身分の高い人なんじゃないかと父に再度尋ねるが、ライオからは「知らんがあまり近付くなよ」と念入りにイリーサに注意をしていた。

この時点でのライオの認識はイリーサとはかなり違っていたのだ。

あの子供からは貴族特有の躾けられた行儀の良さを感じなかったし、ライオはあの子供が化け猫と馬車の召喚を解除した姿を見ている。耳は伸びてはいないしエルフではないだろうが、だが見た目通りの年齢には思えない。

(もしかして、人化した竜とか? いや、まさかな)

ニアミス的な憶測がライオの頭をよぎったのは竜と共に生きるハイヴァーンの民ならではだろうか。もっとも、さすがにないな……とライオ自身が突飛過ぎる己の考えをすぐさま捨てたのは、まあ当然のことでは在ろう。

それよりもライオが、もっと気になるのはジンライと名乗る30半ばほどの男のことだった。ライオの推測が正しければ、自分と同じなのだろうとは思う。なに故にあの男と同じ名を名乗りライルやエミリィと共にいるのかは分からないが、複雑な事情があるには違いない。

もっともライオも、そしてジランも今の生活に不満はない。下手な火種が起こらないように、あまり接触すべきではないかもな……と、ライオは考えながら、久方ぶりの大口の客の夕食用の仕込みをしに、厨房へと向かうのだった。