軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百九話 弟を抱きしめよう

◎大竜御殿 神竜帝の間 正面

「ぐあああああああ!!!」

ジンライの叫び声が響き渡った。もはや彼の右腕の肩から先は存在していなかった。

「……し、師匠」

血を吐きながらも目を覚ました直樹がそのジンライの様子を見て呻いた。だがそれは、ジンライの右腕がなくなっていることに嘆いたから……ではない。

「嘘でしょ?」

あの少年の声が怯えに変わる。戦況が変わっていた。戦いはここに来て一方的なものとなったのだ。そう、ジンライの『圧倒的な攻勢』に変わっていたのである。

「ぉぉぉお!!」

その叫び声は痛みによるものではない。恐怖によるものではない。猛りの叫びだ。今のジンライは止まらない。止まることはない。

(たかだか腕一本ではないか)

今までただ運が良かっただけだ。戦いの場において『右腕』などいつだってなくなって当然のもの。そんなことでジンライは後悔などしはしない。

(それよりも今は)

見えるのだ。ジンライには目の前の悪魔のすべてが。

右腕を喰った不意打ちは見事だろう。だが反撃も行った。突き刺したままの槍を蹴り上げてその胴を切り裂かせてもらった。それに腕を喰らった大口はもう『見た』。再度大口を使われた際には今度はそれごと竜牙槍で輪切りにしてやった。

「なんだお前? なんなんだ?」

その怯える目を見てジンライは理解する。目の前のそれがただの子供だと。子供の純粋さと残酷さを併せ持つ悪魔。そのナイフさばきも自分のものではないのだろう。使うだけの者に使いこなしている者が負けるはずもない。

故にいくつかのフェイントで対処できなくなり切り裂かれる。

右腕を飛ばし、左手首を切り落とし、右足の関節を砕き、頭部を切り裂いたが、死なない。だがダメージはあるようだ。当然だろう。この竜牙槍は例えアストラルボディであろうとも確実にダメージを与えることが出来るのだ。

(ならば手数を増やすか)

「ヒッ!?」

少年の目から涙が浮かぶが、だがジンライはそれを見て寧ろ笑う。ざまあみろと愉快な気分で満ちる。そして獰猛な笑みを見せながら殺意を込めた視線を射殺すように向けた。

そこから放たれるのはただの連続突き、しかしそれらのすべてはかつて弓花に教えた最速にして強力無比な槍術『閃』だ。『千なる閃き』と呼ばれるラッシュの究極型。それは確実に少年を切り刻み、その内なる魂を破壊し、そしてほどなくすべてを破壊しかけたところで……

ジンライは崩れ落ちた。

「ジンライ師匠?」

直樹は信じられない気持ちでそれを見ていた。

あれほど有利に戦いを進めていたハズのジンライが何故?……そう直樹は思ったが、だが無理もない。ジンライが動けなくなったのはちぎれた右肩から血が流れすぎたためだ。人間としての限界がきてしまったのだ。

「は、はははは」

それを少年が目を見開いて恐怖にかられた顔をしながらも爆笑していた。

「凄い。凄いよこの人。あはははは、僕が怖くなったのって久しぶり!本当に凄かった!!」

それは純粋な賞賛だったのだろう。だが続く言葉はこうだ。

「それじゃあ食べようか」

その言葉を聞いた途端に直樹は怖気が走った。そして操者の魔剣を手に取ると、すべての魔剣を操って一気に少年を狙う。

「あれ、お兄ちゃん。まだ意識あったんだ?」

そう言いながらも少年の目はひきつっているが、だがそれは直樹に対してではない。先のジンライの攻撃がまだ頭から離れないだけだ。今の直樹の魔剣程度では最上位の悪魔を倒すことなどは出来ない。

(串刺しになれッ!!)

直樹の思念に従ってすべての魔剣が少年に突き刺さる。直樹は思わず「よしっ」と口にしたが、だが少年は澱んだ笑みで直樹を見た。そして突き刺された魔剣を「フッ」と力を入れてすべて破壊した。なんのことなく、すべての魔剣がバキリと壊れた。

「そんな……」

その様子に直樹は絶句する。

「バカじゃないのかな。弱いくせに。プレイヤーのくせに」

そう言いながら少年は直樹の元へと飛んで、そのまま蹴りつけた。

「ぐっ!?」

両腕をクロスして腹はどうにか守ったが、だがその腕の骨が軋み、そして直樹は勢いのままに地面に転がっていく。

「弱いな。本当に弱い。あのおじさんと一緒にいるのがお前とかバカじゃないの?ただの足手まとい?お荷物?」

再び蹴りつけられる。直樹の意識が跳びかける。その身体はバウンドして通路側に投げ出される。

「ぐ……う」

痛みはある。だが意識は少し戻った。だから呻きながら、立ち上がろうとして

「エイジ、終わった……ぞ?」

そして意識も絶え絶えの直樹の耳にその言葉が届く。

「ああ、ゆきと兄ちゃん、こっちも完了だよ。予想外に手こずっちゃった」

「魔力の残量が少ない……そこのドラゴンたち。とっておいた……食え」

「気が利くなあお兄ちゃん」

もはやエイジと呼ばれた少年はこちらを意識していなかった。その言葉に直樹はもう終わりだと言うことを感じた。情けない。こんなにも自分は弱かった。守れない。姉の涙を防げない。直樹の心が深く沈んでいく。

「ごめん、姉貴……」

そう直樹がつぶやき、目を閉じかけたところで、

唐突に抱きしめられた。

**********

聞こえた。聞こえてしまった。

まるでか細い声で姉の名を口にして謝る弟の声が届いてしまった。

風音の耳に届いてしまった。

そして目の前で崩れ落ちる弟を風音は抱きとめる。この世の慈愛をすべて集めたような微笑みを直樹に向けながら、愛おしくてしょうがないと強く強く抱き締める。その身体の熱を、生きているのを感じて、風音は間に合ったと理解した。涙と鼻水でグチャグチャになった直樹の顔を不滅のマントで拭って頭を撫でてやると直樹は安心したように笑ってそのまま意識を失った。良かったと風音は思った。生きていて本当に良かったと。

ジンライも失血がヒドいがどうにかまだ間に合う。直樹にはハイヒールを、そしてアイムの腕輪を通してユッコネエからジンライにもハイヒールと傷口を水晶化をかけて止血すると、風音は神竜帝の間を見た。

「ああ、風音ちゃんか」

目の前にいるのは黒髪、黒目の少年。エイジと呼ばれていたのは先ほど聞いている。

「……」

そのエイジに対して風音は口を開かず、殺意を込めた目で睨みつける。足下からギチギチと音が聞こえる。竜鬼の甲冑靴が今この場で風音の殺気に当てられて進化している。

(ああ、あんたも出たいんだ。いいね、それ)

そして足から響く声に風音は頷いた。

一方で風音の狂気すら感じさせる目にエイジは一瞬気圧されたが、だが余裕の笑みは崩れない。確かに先ほどのジンライにはやられたし、恐怖を感じた。だがエイジの背後には雪人がいる。対して相手は高々プレイヤーひとり。怯える理由がない。だが、その余裕はわずか数秒で崩れる。

「 殺(や) れ『狂い鬼』」

唐突にエイジの下から黒い拳が突き出てきた。

「えっ?」

訳が分からない。そうエイジが思いながらも、気が付けば空へと殴り飛ばされていた。

「貫けユッコネエ!」

そしてエイジは上空から迫る化け猫が白い骨のような剣を咥えているのを見た。

「ヒッ!?」

そしてそのままエイジは切り裂かれ、絶叫が響き渡る。傷口が痛い。再生しない。

「魔法殺しの剣、やっぱり効くよね」

そしてこちらに飛びかかってくる少女の声に、エイジは恐怖する。

(なに、そのバケモノじみた足の装甲は!?)

ベンゼルのときに見たものとは明らかに違うそれに恐怖する。

そして、エイジはその場で死を覚悟したが、だがそれは訪れない。

ガンッと音がしたと思えば、エイジは抱き留められていた。

「チッ」

その場から風音は弾き飛ばされて、空中で一回転すると、そのまま床に降りた。その左右に巨大な化け猫と、そして手足にまるで竜のような爪を持つ巨大な黒いオーガが並び立つ。

「それ、弟を泣かせたんだよ。折檻の邪魔しないでもらえる?」

ギリギリと歯軋りをしながら風音が口を開いた。

「これは俺にとっても……お、弟のようなの。折檻、ダメ」

対するエイジを抱き抱えているのは雪人だった。風音の蹴りを受け止めた右腕がシュウシュウと煙を噴いている。

「ゆきと兄ちゃん、それ?」

「数十の魂が溶解した……あれ、危険だ」

雪人が風音を指さした。風音の足の装甲の竜爪部が白く光っている。それは『魂を砕く刃』の光だ。悪魔に惑わされたある老人の最後の怒りが体現した輝きだった。

『カザネか……来たのか』

奥から声が聞こえる。そこには神竜帝ナーガが無惨な姿で倒れていた。

「一応奥さんだからね。そっちは大丈夫かな?」

『いや、もう心臓を壊されてな、後少しで動けなくなるだろう』

その言葉に風音の表情がゆがむ。

『風音、子を……我らが子供だけはお前が……』

風音はナーガの左手を見た。激しい戦いだったろうに、その左腕は綺麗なままだった。そして光に包まれた卵を守っていた。

ギチギチと風音の脚甲が変化し続ける。怒りが止まらない。

「任せて」

風音は一言そう口にして駆けた。