軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四話 涙を流そう

◎東の竜の里ゼーガン 竜洞温泉

「婚姻かあ」

弓花がぼやいた。無論風音のことだ。玉の輿である。相手が人間ではないけどファンタジーならそれはそれでありかなーと弓花は思っていた。

「あくまでも形の上でのことです。それがカザネ様の負担にならぬよう最大限の配慮もいたしましょう」

弓花にピットリと寄り添うビャクがそう応える。離れる気はないらしい。風音はそれに「お願いねー」と返す。

「それにしても驚きました。カザネ様がまさかあそこまで美しい竜となるとは」

ビャクはさきほどの神竜帝の間で見た竜体化した風音を思い出す。竜となった風音の姿は以前と同じ青ベースではあったが、現在は虹色の輝きを帯びている。所々に水晶を生やし、そして蒼い炎の竜気を散らしながら見事なまでに美しい虹色の髪を揺らしていた。その姿にビャクは見惚れてしまったようだった。

その姿はナーガのような重厚な圧倒されるような威光ではないし、まだ成竜ですらない。だが風音の竜体は竜の世界においては超絶な美形だった。何故人間の姿がチンチクリンなのかが意味不明なほどである。

そして竜となった風音はナーガと共に転生竜の儀式もその後終えていた。

転生竜の儀式は対となる竜と、核となる竜の心臓を必要とするが、術式さえ使えればどの場でも行うことは可能なためそのままあの場を使って儀式を行ったのだ。もっとも術者であるナーガはその場に留まる必要があるため現在ナーガは大竜御殿に篭っており、東青候セイと南赤候スザというこの里の守り手である二体の竜が護衛についている。

そしてその中の一体である東青候セイが風音を見て、眼がハートマークになっていた。主の妃だぞとビャクが注意しなければ確実にくどく勢いであった。

ちなみに人に戻った風音を見たセイは「?」となった後、周囲をキョロキョロして人化した風音を探していた。人に戻った風音がどれだけアピールしてもついにセイは自分の想い竜の正体が風音だとは認めなかったのである。とても失礼な話だった。

ともあれ、転生竜の儀式は完成した。現在レインボーハートは卵の形を取ってナーガに護られている。肉体の形成はすぐに完了するが、そこから少し時間がかかるのだそうだ。

実は転生竜は通常の生まれとは違い、魂に本能などが記録されていない完全なる無垢の存在なのだという。故に別の個体からそうしたものもコピーし転写する必要があり、それはナーガが行うことになっている。

なお、気絶していた直樹は目を覚ますと「俺、不思議な夢を見たんだよ。姉貴が結婚するって言うありえない夢」とか言っていた。とりあえずみんな真実は一旦黙っておくことにした。目がヤバかったので。

「それで今後はどうするの?」

温泉に浸かりながら弓花が尋ねる。白き一団としてゆっこ姉とアオからのクエストは達成した……がここから先の予定もある程度は決まってはいるのだ。

とりあえずの予定としてはディアサウスに一度戻ってからドルムーの街で直樹の武器を引き取り、そして浮遊島を探索したらミンシアナに戻る……という感じである。だがここに来て風音の皇后問題が出てきてしまった。

「うーん。あの子が目を覚ますまで取り敢えずはここに泊まってく。一旦はディアサウスに戻ろうとは思うけど、状況次第かな。あとゆっこ姉の様子も見に行ってもらってるから、それも待たないといけないし」

ここからミンシアナまでは遠い。なので竜族にお願いしてゆっこ姉の様子を一度確認しに行ってもらっている。

「まあ、カザネ殿はこの里で二番目に偉い方ですから、別にずっといていただいてもよろしいのですよ」

ビャクの発言に風音は「その二番目って形式的なものだよね」と返すと「形式的なものですが」とビャクも返答した。それにエミリィが思い出したように余計なことを口にした。

「あれ? でも、それってもしかしてライノクス大公陛下よりも立場上なんじゃないの?」

ライノクスとはハイヴァーンの一番偉い人である。あとルイーズの孫でもあった。

「どゆこと?」

風音が目を丸くする。

「ほら、ハイヴァーンって公国じゃない」

「で、ハイヴァーンを治めてるのがライノクス大公。大公ってことは仕えてる相手がいるってことなのよ」

エミリィの言葉にルイーズが続く。

「それで、仕えてる相手ってのがナーガ様で、ナーガ様の奥さんがカザネ」

エミリィが風音を指差す。そして風音がビャクを見るとビャクが頷いた。

「形式的なものですが」

「マジで?」

それは風音の考えているものと違う。想定してたのはあくまでこの竜の里限定のポジション。巫女さんが神様のお嫁さん的な、そんなものだと思ってたのだが。

「あー皇后さまと呼んだ方がよいですかね?」

「あれ?」

もっとも風音の認識は間違いではないのだ。少なくともビャクもナーガも同じ考えだし、そのように風音にも説明してある。

ただ竜族という存在は、普通の人間や竜たちの元で生きている竜人には途方もなく大きい。たった一体でも街を壊滅できる存在なのだ。故に竜の社会においては風音が皇后になったことは形式的なものとして済ませられたとしても、人の社会においてそれが風音の立場にどのような影響を及ぼすのか、今はまだ誰にも分からなかったのである。

◎大竜御殿 神竜帝の間

そして温泉で風音が呆然としている頃、風音たちが去った後の神竜帝の間には現在三体の竜がいた。

一体は神竜帝ナーガ、この部屋の主である。そしてその左右には東青候セイと呼ばれる青いドラゴンと南赤候スザと呼ばれる赤いドラゴンがいた。この二体に西白候ビャクと、未だ風音が姿を見ていない北黒候ゲンを合わせ、東の竜の里を護る『護剣の四竜』と呼ばれている。

防衛力としても強力ではあるのだが、彼らはこの里を護る結界の楔でもあった。

『しかし、驚きましたな』

赤い竜スザがそう口にした。それは先ほど見た、途方もなく美しい竜のことだ。

『はっはー、とんでもない美人だったな。まったく人の姿も見てみたかったが残念だぜ』

蒼い竜セイがスザにそう返す。

『それにキップもいいじゃねえか。まさかレインボーハートを無条件で寄越すたぁ、まったくいい女過ぎて惚れちまうぜ』

至宝十二選に選ばれるほどに稀少であり金銭的価値を持つレインボーハート。これを用いて転生竜を産み出す際に風音は『対価』を求めなかった。産まれてくる子はナーガと風音の子であり、それを売り渡す真似はしない……というのが風音の考えであり、それには白き一団と竜の里の面々も頷いた。

そしてセイはそんな竜と化した風音に一目惚れしたようだった。風音の竜体化した姿は竜族の基準においてはまさしく美の化身として映るものだった。元人間のアオと力に生きるアカは無頓着ではあったが、一般的な竜の美的感覚を持つスザとセイは竜となった風音に猛烈に惹かれていた。セイなどは元の姿に戻ったチンチクリンを認められず記憶障害を起こしているほどだ。失礼な話だな。

『虹の竜気を帯びた有機と無機のハイブリッドドラゴン。何故にあのようなものが生まれたのか知らぬがまさしく奇跡のような存在であったな』

ナーガも風音が虹の竜気を帯びていることまでは知っていた。だが、クリスタルドラゴンではなく、まさか虹色の竜気を帯びたドラゴンであったとは夢にも思わなかった。

『探りを入れておきますか?』

スザが目を細めてそう提案する。ことは竜族全体に関わる問題でもある。即ち新種誕生を彼らは目前にしていた。警戒するなという方が無理な話だ。

『いずれは尋ねてみても良いかも知れぬ。だが今はあれを我らが同胞と迎え入れられたことを良しとしよう。それにカザネの性質は我が子にも引き継がれているようだ』

そう言ってナーガは慈愛に満ちた目で、転生竜の卵を見る。すでに卵の中の身体は完成しており、それが風音同様にハイブリッドドラゴンであることは確認できている。

『ようやく我が汝らと同族となれるのだ。こんなに嬉しいことはない』

そう言ってナーガの瞳からは涙がこぼれた。それを二体の竜は何も言わない。

神竜帝ナーガは大戦後の約900年前にこの里の長となった。だが彼は生まれてから今まで自分以外の竜たちを同族として見れたことはない。

自分という存在は、竜の亡骸より産まれる竜。無機物の生命体。或いは竜を模したゴーレムと言った方が正しいのではないかとナーガは考えていた。

そして彼が生きている中で知性に目覚めたクリスタルドラゴンは未だに一体も現れなかった。彼は産まれたときからずっと孤独を感じながら生きてきたのだ。

だが、その孤独な竜に光が射したのは数日前のことである。それはひとつの謎のメッセージが東の竜の里に届いたことが原因だった。

『ナーガ様のお子さんに出会いました』

まさしく謎のメッセージである。

当然ナーガを始め、東の里の竜族の面々は頭の中が「???」で埋まったが、だがそれを送ってきたのはハイヴァーンの騎竜の頂点にいる閃輝竜ゴードであり悪戯とは思えない。

内容を問いあわせると、なんでも虹色の竜気を持つ竜人族に遭遇したという。それどころか、その人物の情報を追っていく内に、それが竜人族ではなく、竜になれる人間だということが判明する。なおかつ、彼女は完全なレインボーハートまで入手しているというのだ。

ちなみに、そこまでの情報を得るのに里を十数体の竜が行き交ったため、麓のドラムスの街では非常事態と怯えていたようだが、今は置いておこう。

さらに先ほど判明したことだが、風音が竜に変わった姿はクリスタルドラゴンではなく、無機体のクリスタルドラゴンの性質を持つ有機体のドラゴンだったのだ。

そこで真っ先に彼らが望んだのは、神竜帝を祖とする系譜を持つドラゴンの誕生。それは竜族の世界において大きな意味を持つ。王族だ何だということについては竜たちはまったく興味はなかったが、自らの種族の持つ新たなる可能性については大きく興味が惹かれた。産まれるのはナーガの同族のクリスタルドラゴン一体ではないのだ。ナーガと仲間たちを隔てる壁を取り払う希望、ハイブリッドドラゴンの生誕だ。

そしてその可能性は今ナーガの胸の中で眠っている。ナーガの長きに渡る孤独を知っている二体の竜も、その思いを知って共に涙を流しあった。

だが、物事には良いこともあれば、悪いこともある。最大の幸運には最悪の不運を、それが如何なるものによる意志かは分からぬが、だが世界のバランスを取るように凶事は目前に迫っていた。

そして魔軍は到来する。

過去より封じられたあらゆる悪意を引き連れて。

そこにあるすべての命を貪るために。