作品タイトル不明
第百九十二話 ホテルで再会しよう
◎オルボアの街 マルーアホテル
「王都シュヴァインが最大で数千のオーガの軍勢に攻められていた?」
翌朝、目元を隈にしてやってきたベンゼルの言葉に風音が素っ頓狂な声をあげた。他のメンバーも懐疑的な目でベンゼルを見るが、だが話を振ったベンゼル自身もどうも信じてなさそうな様子ではあった。少し苦笑い気味である。
「いや、そんな目で見ないでくださいよ。僕だってちょっと信じられないんですから」
ベンゼルはそう返した。なんでも連絡掲示板での報告でそのような話が出てきたらしい。
「数千ってウィンラードの街を攻めてきたのが300だったよねえ?」
弓花の問いに風音が頷く。300だけでも大騒ぎになったのだ。あり得ないと思う数だ。
「まあ、普通に考えればそんな数が集まってる時点で王都に向かう前に兵が国中から集められて討伐になりますよ。100集まるだけでも普通に街がいくつも消えるんですから」
ベンゼルがそう話す。オーガというのはこのフィロン大陸において比較的ポピュラーな魔物の一種ではあるが、一般的な人間からすれば非常に強力な個体だ。
「これはリザレクトの街の冒険者ギルドが竜船でやってきた複数人の冒険者から聞いた話だそうです。数百から数千まで数がバラバラですがオーガが攻めてきたという内容は一致しています」
ハイヴァーンとミンシアナの間には国二つ分の距離がある。なので竜船経由での情報が最速のものとなるが、より正確な情報をというのは難しい。
「でもやっぱり王都に攻めいるなんて無理じゃないかしらねえ」
ルイーズが唸りながらそう言う。常識的な問題としてさきほどベンゼルが言うとおり、王都に近付くまでだれも気付かなかったというのはあり得ない。
「ルイーズさん、悪魔が手引きしたとしても?」
風音がそう質問する。
「数千はないにしても高位の悪魔ならば現地の魔物を集めて操ることは可能かもしれないわね。けど、王都に行くまでにいくつもの町や村に見張り所や砦もあるのよ。まあ、進行ルートを絞って進めばある程度までは気付かれずにいけるかもしれないけど、ちょっとあり得ない話ね」
「まあ真偽のほどは現時点ではなんとも言えませんが、騒ぎになっているのは事実のようです。とりあえず次の街でも僕は引き続き情報を集めることにいたしますよ」
「うん。お願いするよ」
なお、ルイーズからは新たな情報はなかったとのこと。そして風音たちはオルボアの街を後にして、温泉のあるというパラムの街へと向かうこととなるのだが、風音はそこで信じられないものを目撃する。
◎パラムの街 セヌレホテル
「いやー温泉は最高だな。ホントにいい湯だったぜ」
「まったくでさぁ。トンファーとか関係ねえところがサイコーでさあ」
「そろそろ燃やしてえっす。あの棒きれ」
風音たちがホテルにチェックインするとロビーにはトンファー使いアンガスとその取り巻きがいた。どうやら温泉から出てきたらしくアンダーのみの姿でタオルを持っているようだった。
(え?なんでここにいるの?)
その三人の姿に風音の頭が疑問符でいっぱいになった。
風音が最後にアンガスを見たのがドンゴルの街だ。風音たちのヒポ丸くんは怒られたことと騎竜ライエルと併せて速度制限をしているので現在、時速50〜60キロで走っている。舗装された道での馬車の最高速度が20キロ、魔術を使っても30キロといったところなのがこの世界の常識で、二日でふたつの街を渡っている風音たちに追いつけるはずもないのだが。
「よお、胸な……いや鬼殺し姫」
「ちょっと待て。今なんて言おうとした」
「え、胸なし?」
目がつり上がった風音にアンガスが悪びれずに言う。アンガスとしては単純に言い間違えそうになったのを言い直しただけで悪意はないのだ。
「ああ、はっきり言いやがったコイツゥゥウ!!」
だがハッキリ言われた風音は涙目だった。その口から魂の慟哭が木霊する。
「落ち着けよ胸なし。二日ぶりじゃあねえか。おめえらも温泉かい?」
「胸なしって言うな!なんであんたらがここにいるのよ?」
風音の言葉にアンガスがドッポとジョージの方を向く。
「なんでって言われてもな。温泉に来ただけでエラい剣幕じゃあねえか。なあ?」
「兄貴、違いやすぜ。そのスットン娘は兄貴の胸なし発言にブチギレてるだけですぜ」
「そうですぜ。胸のない女に対して胸がないとか失礼にもほどがありやすぜ。兄貴は女の扱いってもんがなっちゃいねえ」
ドッポとジョージの言葉にアンガスは「なるほどなあ」と頷いた。
「俺もまだまだ未熟ってことか。トンファーと違って女って奴ぁ、上手く扱うのが難しいぜ」
そう言ってアンガスは風音に「すまねえな?」と笑って返した。
「ぐぐぐぐぐぐぐ」
その風音は歯ギリしてぐぬぬ顔である。
漫画ならば「ふざけんなー」とか叫んで一発ドタマにぶち込むところだが、風音はリアル志向な少女だ。暴力ヒロインとかそういうカテゴリに収まる気はないのだ。それに今の風音が蹴りをぶち込んだら普通の人は死んでしまう。まあ目の前の男は死にそうもないが。
「と、ともかく、わわ、私が聞いてるのは、なんでドンゴルの街にいたあんたらが、ここまでどうやって来たのかってことなんだよ。胸とか関係あるか!!」
「ないのか、胸は」
「あるよバカーーー!!!」
風音の(アンガスから見て)理不尽な罵りを、アンガスは大人の余裕でスルーして風音の問いにマジメに答える。
「まあ、歩いてだがな」
「ないでしょ、それは」
即答である。
「いや、トンファー使いには特殊な歩法があると聞く。この男が使ったのはそれではないかな?」
後ろからジンライがそう言って前に出る。
「へっ、オッサン。詳しいじゃねえか」
「これでも様々な者と戦っておるからな」
「まあそういう技もあるな。トンファー使いは足が基本だからな」
「トンファーを使うのに足が基本なの?」
首を傾げる風音にアンガスがあたりまえだろうという顔で風音に答える。
「そりゃあそうだろ。手はトンファーを持ってて塞がってるんだから足で戦うしかないじゃねえか」
「???」
アンガスの言葉に風音の頭の中がハテナでいっぱいになる。
(あー、トンファー持ってるから手が使えないし?足しか動かせないんだ?じゃあ仕方ないよね??)
そして風音は考えることを放棄した。そして固まった風音に代わってジンライがアンガスに問いかける。
「それでアンガス殿は結局温泉に入りにここにきた……ということで良いのかな?」
「おうよオッサン。ちょっくら飛竜の親玉と戦闘になっちまってよ。まあ背中に乗って暴れてたら仲良くなっちまってな。温泉行きてえなーと思ったんでちょっくら乗せてもらって、ここまで来たってわけよ」
「飛竜の親玉?」
弓花がその言葉に反応する。飛竜とはまだ戦ったことがなく、その飛竜の親玉というのも見たことも聞いたこともない。
「へい、確か鳳飛竜とか呼ばれるヤツでさあ、弓花の姉さん」
「兄貴はダチコウって名前付けやした。今は街の飛竜厩舎にいやすぜ」
つまり飛竜の上位種をテイムしたらしい。ちなみにハイヴァーンにはある程度の街ならば騎竜用の厩舎が存在している。
「それじゃあ飛んできたんじゃん。歩いてきたんじゃないじゃん」
アンガスたちの言葉を聞いて風音がそう抗議する。
「だからよ。厩舎から降りてここまでは歩いてきたんだぜ?」
アンガスは首を傾げながらそう口にした。
「まったくワカンね嬢ちゃんだな」
「兄貴のトンファー並にワカンねお子さまだぜ」
「おいおい俺のトンファー並とか、どんだけ誉めてんだよ。お嬢ちゃん、俺の子分がすまねぇな。普段はこんなに持ち上げるやつらじゃあないんだが」
ハハハハと笑うアンガスに風音の顔は真っ赤だ。誉められてるのか貶されてるのかまったく分からないので、どう返して良いのか分からない。
「…………」
その後ろでは直樹がジッと風音を見ていた。ライルとエミリィもここまでの旅路で直樹が姉を敬愛しているらしいということまでは理解しているので、もしかしたら喧嘩になるのではないかと冷や冷やしていたが、直樹の内心が、
(……羞恥で顔真っ赤にしてプルプルしてる姉貴可愛いなあ)
こんな感じであることには気付いていなかった。
『ポーカーフェイス』、直樹がこの3年間を生き抜くために得たそのスキルは確実に直樹の役に立っていたのだ。