軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十三話 鼻血をブーしよう

◎パラムの街 クズノミア大浴場

「ふう。やっぱり温泉よねえ」

タプンと浮かせながらルイーズが湯に浸かってノビをしている。

ここパラムの街はハイヴァーンでも有名な保養地のひとつである。それに以前に立ち寄ったシロディエほど格式高いところでもなく、どちらかといえば庶民的な趣のある街であった。その街の大浴場にルイーズたちは来ていた。

「うう、なんでエルフなのにそんなに……ていうか血が繋がってるハズなのに」

ルイーズの見事なものを見ながらエミリィがうめき声を上げる。遺伝とは何なのか、そう思わせるほどにエミリィとルイーズの差は大きい。

「ルイーズさんはひいひいお婆ちゃんなんですのよねえ。不思議ですわ」

ティアラがクスッと笑う。母と子というよりは姉と妹にしか見えないふたりなのに、ルイーズがエミリィのひいひい婆さんだという事実が面白いらしい。

「まあ、エルフの家系だとそう珍しくもないんだけどね」

そうルイーズは言う。実際3〜4世代程度だと姉妹ぐらいにしか見えないらしく、長命種と人族とではその辺の考え方も違うものなのだとティアラはルイーズより教わっていた。

もっともエルフ族というのは基本的には胸は慎ましく、性格も淡泊な種族である。それとは対極な生き方をしているルイーズ自身の認識は長命種の一般的なものとは実はかなり外れてもいたのだが。

「それで、カザネはあのアホっぽいのと一緒にいるわけ?」

ルイーズがこの場にはいない風音のことを弓花に尋ねる。

「うん。師匠立ち会いでね。良い機会だからって」

軽くそう返す弓花にティアラが心配そうな顔をする。

「でもあの男の人、ガサツそうでしたし、カザネが心配です」

どうもティアラはあのアンガスという男が苦手なようだった。そんなティアラを安心させるようにルイーズが「大丈夫よ」と返す。

「まあ悪い男ではないと思うわ。それにジンライくんも一緒だしね」

ルイーズの言葉に弓花も頷く。ティアラとは反対に弓花のアンガスへの評価は高いようだった。

(ま、同じ戦士タイプで通じ合うものでもあるのかもね。私はバカッぽすぎて食指が動かないけど)

そんなことを思いながらルイーズはチャプンと風呂に肩まで浸かる。

◎パルムの街近隣 草原

弓花たちが風呂に入っているのと同じ時刻。風音とジンライ、直樹にアンガスたちはパルムの街の近隣にある草原にいた。

ジンライが風音を呼び止めて提案したもので、そのジンライたちの前では今アンガスと風音が模擬戦を行なっていた。

「で、なんで姉貴とあの男が戦うんですか?」

目の前で行われている戦いを前に、姉とほかの男だけというシチュエーションが許せずついてきた直樹がジンライにそう尋ねる。

「ふむ。お前はカザネの闘いをどう思う?」

「姉貴のですか。そりゃ、ちょっと凄いなあ……と。俺よりも強いと思いますし」

実際直樹の見る限り、風音の蹴りは見事だ。魔物から手に入れたスキルだとは聞いているが、少なくとも自分が勝てるとは直樹は思っていない。

「今のお前ならばそうかもしれぬがな。だが、このままお前が剣を修めてゆけば遠からず、少なくとも剣の間合いにおいてカザネに負けることはなくなるだろう」

「うーん。そうですかね」

直樹は実際そうなるイメージが湧かない。現時点において直樹の剣はオーリなどに型こそつけてもらったが、我流のそれである。現在は徐々にそれを矯正されては来ているが、まだ剣を攻撃手段のひとつとしてしか考えていない直樹の考えは風音に近いものがある。

「カザネもな。魔術師のように砲台としての役割を全うするならそれも良い。中間距離を保って戦うのでも良いが、あれの戦いは蹴りが主体だ。実際、今はそれでやれているから良いが、例えばワシや弓花、あのアンガスといったクラスと対峙すると、カザネはその蹴りを活かした戦闘というのが難しくなる」

ジンライは「見切られるのだな」と言い切った。

「何度か、ワシも模擬戦のようなものもやったのだがな。カザネは持ってるものを効率よく使えても使いこなすことが難しいらしい」

或いは『戦士の記憶』であれば、使いこなしてスキルを上げていけば、いずれLv.2に届くかもしれない。だが風音の蹴りは『キリングレッグ』の威力を『身軽』によって上がった身体能力によって当てているに過ぎず、つまりは蹴りを技として昇華させることができないようだった。

「槍を扱うワシは相対することの多い剣技ならばある程度は教えられても、さすがに蹴りに関しては知識がないからな」

「それであの男に師事させると?」

直樹の不安げな顔にジンライが笑う。

「そこまでは考えてはおらんし、まああやつ自身が悩んでおったようだから、同じ系統の相手がいるならばやり合わせてみてはどうかと思っただけよ」

コボルト・ブルー戦後にも風音はジンライに相談はしていた。あの魔法短剣を使った攻撃は確かに強力だが、やはり動きが知れてしまえば対処は難しくないとジンライは答えている。それはあの神狼化すら倒しきってしまうジンライならではの返答で、中級クラスの相手までならば問題はないのもまた事実であった。だが、風音の想定はジンライのような達人の域の相手なのだ。

(うぬれーーー!!!)

「ちょんわっと!」

風音が魔法短剣でファイアブーストをかけた突進で蹴りを放つが、アンガスが容易に自分の足で蹴り止めてしまう。トンファーは使っていないが、その足さばきは見惚れるほどで、初手のみファイアブーストの攻撃をトンファーで防がれたが、以降は足のみで対応されている。

「おいおい。バッタみてえな嬢ちゃんだな」

「うるっさい」

戦闘に於いてはクレバーさの目立つ風音がここまで声を荒らげるのは珍しいことかもしれない。何せ攻撃が通らない。これはジンライと模擬戦の時も同じだった。

実のところゼクシアハーツでもファイアブーストを使った戦闘が通用するのは中級クラスまでとされている。実際英霊ジークも同様の戦法をとっていない。実はこの技は防御、カウンター持ちにダメージが通りにくいのだ。雑魚狩りならともかく対人戦においては盾持ちの方が安定しているというのがプレイヤーの共通した認識だった。

それをあえて起用したのは風音が蹴り主体で、両手をブースト代わりにすることで左右の変速機動が可能となり、高速機動戦闘に幅が持たせられると考えたからだが、肝心要の蹴りが威力一辺倒ではどの道読まれやすいようだった。

(むう。あのおっさん、後ろにも目があるみたいだね。こっちは本当に見えてるってのに)

叡智のサークレットの遠隔視により、背後の死角を殺している風音がそう心の中で愚痴を漏らす。

「じゃあこっちの番なぁ」

アンガスの声に風音が身構える。

(速いっ!?)

『直感』により、初手の蹴りをかわす。だが『直感』がさらなる危機を知らせる。二手めも避けることは可能だ。だが三手めで負ける。それが理解できた。

「フッ!!?」

そして二度めの攻撃を避けたところで風音はマテリアルシールドを放った。放ったのは手を使った範囲指定ではなくLv2になって使えるようになった緊急回避用の全方位型。魔力消費量は通常よりも高いが対象を狙う必要がないため、発動は一瞬だ。

「なんだとッ!?」

それにはさすがのアンガスも驚きを隠せない。三撃目を見舞おうとしたアンガスが吹き飛ばされる。そして風音は止まらない。空中跳びでムリヤリ体勢を整えて、アンガスの懐に飛び込み、鳩尾へと蹴りを放とうとして、

「ひぶっ!?」

盛大に風音は後ろへとブッ飛んでいった。顔面に強打されたのであろう。鼻血をまき散らしながら、地面に転がる風音を見て、

「姉貴ッ!?」

直樹が飛び出そうとするが、ジンライが止める。

「邪魔をするでない。バカ者がッ」

「でも姉貴が!」

そう言って抵抗しようとする直樹の肩を掴んでジンライはグイッと後ろに下がらせる。

「見ろ。あの嬉しそうな顔を」

そう口にするジンライの言葉に従い、直樹が風音を見る。

「うふふふふふ、使ったね。トンファー、使っちゃったね」

ダラダラ鼻血を垂らしながらニタニタ笑う風音と、どこか悔しそうなアンガスがそこにいた。アンガスが握るトンファーには血の跡がある。風音の顔面を打ち付けたのは紛れもなくその得物のようだった。

「ジンライさんと弓花はトンファーを使ったとか言ってたから、本当に使わないのか疑問だったんだけど使っちゃったよねえ」

どうも蹴りだけですまそうという雰囲気が見え見えだったアンガスに風音は一泡吹かそうと機会をうかがっていたようだった。

「へっ、お嬢さん。こっから先に入ってくるのは危険だぜ」

アンガスがチャッとトンファーを振って血を払うが、その顔からは余裕が消えていた。風音が近接戦で使っていたスキルは『キリングレッグ』、『身軽』と『戦士の記憶』に『直感』。だが弓花のシルフィンブーツの『空中跳び』の応用の話を聞き、そしてドラゴンステーキでレベルアップした『マテリアルシールド』を手に入れた風音はさらなる領域に足を運んでいた。

実際に試すのは初めてだし、ダメージを受けたのはこちらだが、しかし風音は目の前のアホで調子に乗ってるくせにやたら強い男にようやく一泡吹かせられたことに満足していた。

風音は『リジェネレイト』で止まった鼻血を拭うとスペルの『ハイヒール』をかけて自身を完全に回復させる。

「そんじゃ、もちっと抵抗するかんね」

そして、少女はその瞳を爛々と輝かせながら一歩を踏み込んでいった。