作品タイトル不明
第ゴニョゴニョ……回、ルクセンブルク会議
「お帰りなさいま……」
「今すぐガーネストたちを呼んでっ!ううん、ガーネストだけじゃないわ、皆をすぐに集めて!!」
「ベアトリクス、少し落ち着きなさい。ガーネストならきっと仕事中だよ。その話はまたあとで」
「それこそ仕事があとです!こっちのお話の方が重要ですものっっ!!!リフ、早くガーネストを連れてきて。大至急でお願い」
帰還そうそう玄関先でのやり取りに、出迎えてくれた使用人たちが中途半場に頭をあげた状態で見ていた。
なにやら興奮状態のベアトリクスと、宥める俺。
「一体なにがあったのです?」
戸惑いを含んだリフの視線がこちらへと向いた。
「それが……」
「聞いてよリフ!お兄様が貴族を辞めるって言うの!!」
「は?」
どう説明したもんかな、なんて悩む俺を他所にベアトリクスが捲し立て、さらにはリフに詰め寄った。それに目を白黒させるリフ。
「え、ええ~~~!!!!」
驚愕する使用人たちを代表するようにリリアの声が響き渡った。
腹の底から発せられた、実に見事な肺活量を誇るその叫びは「皆をすぐに集めて!!」という 主人(ベアトリクス) の願いをバッチリ果たした。
第ゴニョゴニョ……回、ルクセンブルク会議~。
開催回数は不明なのでゴニョってみた。
広い一室にずらりと集まった面々に内心ため息しか出ない。
「一体どういうことですか?カイザー兄上」
仕事を放り出し、すぐさまやってきたガーネスト。
彼の隣ではベアトリクスが不満そうな表情でこっちを見ているし、義母上も席についている。そして部屋の周囲をずらりと囲む使用人たち。
ぶっちゃけ、威圧感が強いです。
なんでこんなことになったのか?
元はと言えば食堂での発言が原因だ。
サフィアに問われ、ポロっと漏らしたなんの気なしのその一言。
「どっか田舎にでも引っ込んで、のんびりするのもいいかなって思っているんですけどね」
ガバッと席を立ちあがったベアトリクスに「どういうことですのっ?!」と詰め寄られ、授業放棄しようとする妹をなんとか宥め、帰りの馬車では延々と問い詰められて……そして今に至る。
一斉に自分に向く視線が非常に居心地悪いことこの上ないです。
はぁ、と小さく溜息を吐いて口を開いた。
「別にまだ正式に決めたわけじゃないよ。時期も場所もまだ未定だし」
ちなみに部屋にガーネストたちが集まってすぐに「お兄様がこの家を出て行くっていうの!」だの「最悪、貴族を辞めてもいいって!」とかベアトリクスが騒ぎ立てたので皆さん本日の議題は把握済み。
「そういうことではありませんっ!!」
「そうですっ!!」
息ピッタリの二人を前にうっと怯む。
可愛い弟と妹に詰め寄られてお兄ちゃんはタジタジです。
「リフ、お前は知っていたのか?」
口ごもる俺にガーネストの矛先がリフへと向いた。
ソファの後ろに控えるリフは、否定とも肯定とも取れない 曖昧(あいまい) な表情で緩く首を振った。
「土地や物件を折りを見て探しておられるのは知っていましたが、カイザー様も仰ったようにいずれという先の認識でした。…………貴族籍を抜ける、という話は初耳です」
ジトッと見られさらにたじろぐ。
やめてー、ただでさえ肩身が狭いのにリフまでそんな目で見ないで。味方がいない!
「まだ“ ルクセンブルク(この家) に自分は必要ない”、なんて言うつもりなの?」
違うんだって、と慌てて説明しようとしたところで更なる暴投が放たれた。
気遣うような、責めるような、相反する感情が込められた義母の言葉に冷や汗が背を伝う。
ガーネストの誕生パーティーの夜の会話を言っているのだろう。
ツンデレと謎の一気飲みを発揮し去って行った義母の姿を思い出しつつ、出来れば今その話題は出さないで欲しかったと心の底からそう思う。
だってスンッと表情を無くした皆の顔が超怖い。
「どういうことです母上?」
温度のない声と表情に義母の肩がビクリと揺れた。
「わ、私が言ったわけじゃないわ」
涙目で必死にぷるぷると首を振る義母。
うん、怖いよね。
次いでその視線を向けられて内心で深く同意しつつ、平静を装う。
無意識にも、意識的にもずっと話題にあげるのを逸らしていたのかも知れない。
だけどいつかはちゃんと話さなくてはいけないことだ。
ちょうどいい機会なのかもしれない、そう自分に言い聞かせつつ足の上で指を組む。
「深い意味のある言葉じゃないよ。決して自分を卑下して言ったわけじゃないし、家族としての関係性の話でもない」
出来るだけ自然な微笑みを浮かべそう告げた。
「爵位は正式にガーネストが継いだ。数年もすればカトリーナ嬢だって嫁いでくる。女親である義母上はともかく、未婚の兄が新婚夫婦宅に居座るわけにはいかない、と義母上とはそういう話をしただけだよ。
いつまでも今のままで居られないのは、ガーネストたちだってわかっているだろう?私がいずれこの屋敷を出るのは当然だし、ベアトリクスだってダイアと結婚したら彼と一緒に暮らすことになる」
説明をすれば冷えた空気は消えたものの、戸惑いにも似た空気が満ちた。
「それは……」と口ごもるベアトリクスの瞳が頼りなく揺れる。
様々な感情を複雑に宿した瞳が揺らめきながら、正面に座る俺やガーネスト、それから義母たちを見る。なにかを言おうとしたピンクの唇がキュッと閉じた。
それは彼女の隣のガーネストも同様だった。
結婚、出産、人生における過程でどうしたって周囲との関係性は否応なく変化していく。
それは喜びであり、祝福すべき慶事で。
だけどその変化を喜ぶと同時に、いつまでもこのままでいられるようなそんな幻想もきっとどこかにあって…………。
彼女たちも無意識に目を逸らしていたのかも知れない。
「ですが 辺鄙(へんぴ) な田舎でなくても宜しいのでは?ご住居を別にされてもご交流は可能ですし、王都なら便もいいですよ。そもそも貴族籍を抜ける必要はないのでは?」
しれっとリフが突っ込めば、マイエンジェルズが前のめりにうんうんと頷きだした。
今度は俺がジトッとした目でリフを見た。
リフは田舎に引っ込むのは反対派だ。
何故(なぜ) だか俺のことを過大評価してくれている彼的には、 勿体(もったい) ないと思っているらしい。現に物件を探して貰っているときにもそんな発言をされた。
最終的には決定を支持してくれるし、「 何処(どこ) であろうとお供します」宣言もされたが。
だが、納得しきっているわけでもないのだろう。
俺が二人に弱いのを知って二人を味方につけおった。
いまの発言は絶対ワザとだ。
現に可愛い妹に「すぐお会いできる距離がいいです」とかウルっと懇願されてグラグラしている。
おのれ、策士め。
そしてガーネスト「なんなら俺が王都に屋敷を用意します」とか、気持ちは嬉しいが……お嫁さんに引かれるからやめれ。
お兄ちゃんに家買ってあげる旦那とか「はぁ?!」じゃ済まんぞ。
「あんまり周囲が煩ければ貴族を辞めてもいいっていうのは半分冗談にしても、色々面倒だからしばらく社交界から退きたいって気持ちもあるんだ。それにちょっとやりたいこともあるし。その目的にも薬草の栽培なんかが出来る田舎は条件がいいかと思ってね。君たちに会うのはソラがいれば距離は問題にならないし」
最初っから『 転移(それ) 』はめっちゃ当てにしている。
それがなければ絶対に遠くに引っ越そうなど思わないだろう。
じゃあそもそも遠くに引っ越さなければいいじゃんと思うかも知れないが、近くにいて会えないのはそれはそれで辛い。
毎日会いたくなっちゃうしね。
それならいっそ社交界からも遠ざかれるし、新事業の条件にもいいし田舎に引っ込んじゃう?って思った次第です。
「やりたいこと?兄上が最近熱心にラピスと話し合ったり、リックの元へ通ってるあれですか?」
「そう、化粧品関係の事業を立ち上げようかと思って」
そうして本当はもっと形になってから、と思っていたのに洗い浚いぶちまけることになったのでした。