作品タイトル不明
ハードルめちゃくちゃ高そう
その日、ルクセンブルク公爵家は奇妙な緊張感に包まれていた。
なんとなくソワソワした落ち着かない雰囲気。
いつも以上に磨き上げられた屋敷内。玄関ホールには大きな花瓶に鮮やかな花が活けられ、廊下に並ぶ絵画や骨董品の類もいつもよりグレードアップされている。
要は、正式にお客さまをお迎えする状態だ。
そうして訪れた客人は___________。
困ったような微笑を浮かべつつ、リフが俺のグラスを満たす。
ローテーブルの上には赤白のワインにウイスキー、ブランデーにシャンパンと様々な酒類やツマミの類が並べられていた。
「まぁ、めでたいことじゃん」
いつもながらの軽いもの言いながら、ソラの声音には気遣いが窺える。 若干(じゃっかん) の呆れも窺えるがな。
後者に対してだろう、咎めるような視線を向けるハンゾーにソラは肩を竦めた。
「ですがソラさんの言葉どおり、ベアトリクス様もお幸せそうでした」
慰めるように言葉を重ねるランの頬は薄っすらと赤い。
だけど俺は知っている。
ほんのちょっとの酒精でやんわりと色づくランが……決して酔うことはないことを。
「お酒に弱そうに見える方が、情報収集に便利なこともあるんですよ」
にこやかに笑ってそう語っていたことがあるが……顔色ってコントロール可能なんですか?
ちなみにハンゾーをはじめとしてほとんどの影は顔色すら変わらないザルだ。いっそ体内で水に変換されてんじゃねぇの?ってぐらい酒を楽しめなさそうな彼らです。
昼間のこともあり、飲みたい気分だったからリフや影たちに付き合ってもらってる最中だった。
部屋で一人飲む気分でもなかったし。
色んな感情を持て余すみたいにグラスを傾ける。
すかさずリフがツマミをいくつか皿に足して前に置いてくれた。同じく複雑な感情を持て余しているのだろう、言葉少なにグラスに口をつけるガーネストの前にも同様に。
昼に訪れた客人はダイアだった。
いつもの気軽な訪問とは違う、正式な使者により事前に決められていたお互い畏まった形での訪問。
その用件は…………。
「姫さんもついに婚約かー。いつの間にかそんな年頃になってたんだな」
思わずソラに恨めしそうな瞳を向けてしまうのは仕方がない。
王家を通じての婚約の申し込み。
いつかのラピスの言葉じゃないが、遅いくらいと言えなくもないだろう。
幼いころからとっくに二人が両想いだったことは知ってるし、わかってる。わかってるんだけど…………。
ゴクリとグラスの中身を飲み干した。
すぐさま空になったグラスが満たされたのは、決して酒を促しているからじゃない。自分で注いで飲み過ぎやチャンポンを防ぐために、酒量をコントロールされてるだけだ。
「ダイア様なら必ずやベアトリクス様を幸せにしてくださるでしょう。それに婚約がなされたからといって、すぐに嫁がれるわけではありませんし。いずれそうなろうと、お二人がベアトリクス様の大切な兄君であるという事実は変わりありませんよ」
柔らかな笑みを浮かべたリフがすかさずフォローをいれてくれる。
「そうですよ。お二人はベアトリクス様にとってかけがえのない方たちですし、王子殿下はベアトリクス様を幸せにしてくださるはずです。もし万が一そうでなかったら…………」
ふっとランの笑顔が消えた。
そうじゃなかったらダイアはどうなっちゃうのかなー?
怖いから聞かないでおこう。
グラスを手にしているとどうしても酒に手が伸びてしまうので、一度テーブルへと置いた。代わりにピンチョスを一つ手にとりソファの背もたれにぽすりと背を預ける。
「いつかそういう日がくるのはわかっていたことだけどね」
そう、わかってた。
わかってたとはいえ、実際にこう決定的な出来事が起こると悲しいんだよ!
きっとベアトリクスの結婚式では号泣するんじゃないかな?
いつものこの外面キープできるかな?
そんな不安でいっぱいだ。
しかも、しかもさ!
「来月にはガーネストも婚約か」
ベアトリクスだけじゃないんだよ。
バレンタイン直前にガーネストもついにカトリーナ嬢に告白し、来月にはカトリーナ嬢のお家にご挨拶に行く予定だ。
まぁ、同じ公爵家同士で家同士の仲も悪くないし、あっちの親御さんたちも二人の仲は気づいてるようだし問題なく上手くいくだろう。
「 折角(せっかく) 授業も殆どないんだから、仕事は任せて偶にはカトリーナ嬢と出かけておいで」
「いえ、そんな……」
話題が自分になったからか、酒精のせいだけでなく頬を染めながら胸の前で手をふるガーネストを遮る。
「いい機会だろう?卒業したら当主としての仕事も忙しくなるし、今がチャンスだよ。もちろん、卒業後だっていつでも時間をつくっていいけど。それに君のためだけに言ってるんじゃない。カトリーナ嬢には私の治療の件でもお世話になったしね。お礼がしたいんだ。私からのお礼よりガーネストからの方が彼女だって嬉しいだろう。ね?」
畳みかけるように言葉を紡げば、恥ずかしそうにながらも「ありがとうございます」と返された。
うーん、もうひと押し。
「ちゃんと時間をつくってあげないと女の子は不安になるものだよ?君らが高等部に上がったときだって、ベアトリクスなんかは随分不安で寂しそうにしてたんだから」
俺の言葉に影たちもうんうん頷く。
持ち回りで学園でも警護をしてもらってたから、彼らもベアトリクスたちの様子は良く知っている。
「え?」と驚きに目を丸くするガーネストに「ダイアもガーネストもモテるからねぇ。不安になるのは当然だよ」と続ければちょっと焦った姿が年相応で可愛い。
追加で彼女たちも随分と口説かれていたようだと教えれば、目に見えて顔色が変わった。
でもまぁ、これでちゃんと休みをとってくれそうだ。
真面目なのはいいんだけどね。年末の怪我からこっち、ガーネストの業務量が増えてたから心配だったんだよね。
たまには遊んでおいでって言っても、当主になったからには自分の仕事と思っているのか気を遣ってなかなか休みもとらないし。
「私の体調ならもう万全だし、さんざんサボった分は働かせて頂きますよ」
「そんな、兄上にはいつも助けていただいてます」
そう答えるガーネストはもはや立派な青年だ。
ほんっとうに子供の成長ってはっやいなー。
ちょっと前までは、ひよこみたいに纏わりついてきてくれた筈なのに……。
ヤバい、小さい頃を思い出したら泣きそうだ。
「本当に、いつの間にこんな成長したんだろうね」
さっきのソラの言葉がしみじみ染みる。
ガーネストやダイアがこの時期に婚約に踏み切ったのは、もうじき卒業間近だからだ。
ベアトリクスやカトリーナ嬢の卒業まではあと一年ちょっと。
卒業したらすぐに結婚……となるかは定かではないが、それはそう遠い未来の話ではないだろう。
カウントダウンにしんみりしてると呆れたように、そして慰めるようにソラが酒を注いでくれた。
「弟妹に先越されちゃったな。それよりカイザー様自身はどうなん?」
揶揄(からか) い混じりの言葉に咎めるような視線がリフたちから飛ぶが、続いた言葉にはソラだけでなく一同から答えを待つような視線が向けられた。
「どうもこうもないけど……」
それらしい相手?
居ませんけどなにか?
「第一いまはそれどころじゃないし」
疲れたような言葉は半分本心だ。
なにせいま、再び婚約だの茶会だの誘いが急増中。
原因は十中八九、年末のアレだ。
アンジェスの皇子だとかいうデマを信じたり、信じてないけどあの噂に旨みを感じた奴らが寄ってくる寄ってくる。
あとは夏の一件でジュエラルとも深いパイプが出来た件とかもね。
元々ある意味では大人気だった俺だ。
容姿だとかそういうのを置いといても、『無能』として蔑まれながらも一部の貴族には大人気だったんだよね。
ほら、ガーネストとか正当な貴族なら婚約者も一部の例外を除きお相手も相応の家柄が必要じゃん?
欠陥品の俺なら格下貴族でも手が出せるってんで、公爵家と縁続きになりたい野心家たちには大人気だったわけですよ。要は訳ありの見切り品的な?
もちろん、リフたちが容赦なく 蹴散(けち) らしてるけど。
「いーなーって相手とかいねぇの?」
「別にいないし。それに……私の問題に巻き込むのは可哀想だ。私自身がとやかく言われるのはまだいいけどね」
野心満々の肉食女子は正直ごめんだ。
だからといって純粋な好意を向けてくれる可憐な女性は……それを思うと手を出しにくい。周囲から色々口出しされていらぬ苦労をさせるのが目に見えてるからな。
互いに利益のある政略結婚に適した相手もいないし……。
そしてリフもランも別に探そうとしなくていいから。急に乗り気だなっ!
ちょっ……影さんたちや。そのプライバシーガン無視の令嬢情報はどっから……?ガーネストも加わんないの。
「コイツらのOK出る女性見つけんの、超難しそうじゃね?」
リフらを見ながらポツリと零したソラの言葉が強く刺さった。
うん、すっごいそんな気がする。
結婚……できるのかな、俺?