軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使のプンスカは回避した

長い亜麻色の髪がするりと背を滑る。

謝罪と共に下げられた頭を呆然と見下ろしていた。

ぶっちゃけ、状況がよくわからない。

そもそも、それが何に対する謝罪なのかも不明だ。

……ということで、現状とっても対応に困っています。

ガーネストたちのクラスは本日授業後に LHR(ロングホームルーム) が行われる。だから元々ベアトリクスは 音楽準備室(俺のとこ) で待ってる予定だった。

たった数十分のために馬車2台出させるのも面倒だしね。

……が、訪れたのはベアトリクスだけじゃなかった。

ナディア嬢とカトリーナ嬢も一緒だったうえ、ナディア嬢の「ちょっとお話、いいですか?」の問いに応じたら、「じゃあ、私たちはあっちにいますね」と事前に話し済だったのかベアトリクスとカトリーナ嬢が音楽室の方へ行ってしまった。

この時点で状況不明だったのですが、その後「先生に謝りたくて……」という言葉と共に頭を下げられた。

いま、ココ。

両手を前に揃え、角度といい姿勢といい、謝罪の見本のような姿で頭を下げるナディア嬢。

いや、だから何で……?

「あの、ナディア嬢?とりあえず頭を上げて下さい。その、一体なにが……?」

「すみません。急にわけがわからないですよね」

苦笑いを浮かべるナディア嬢に「はい」と答えたいのをこらえ、とりあえず席を勧めた。お茶でも、とも思ったのだがそれは断られる。

「入学してすぐの頃……先生にとても失礼な態度を取って、ひどい言葉を投げつけたことを謝りたくて。今更ですが、本当に申し訳ありませんでした」

「その謝罪ならすでに受けましたよ?」

「はい。でも……改めてちゃんと謝罪したかったんです。私の自己満足ですけど」

苦い笑いを浮かべたナディア嬢はじっと俺を見た。

無言で凝視される居心地の悪さに身じろげば、ポツリと声が漏れる。

「綺麗な瞳」

羨むような、憧れるような、焦がれるような声だった。

泣き出しそうにも見えるその表情に、思わず「ナディア嬢?」と声をかければ困ったような笑みが浮かぶ。

「私……先生のこと、苦手だったんです」

「すみません」ときまり悪そうに告げられた言葉。

「えっと、はい……そんな気はしてました」

ストレートなお言葉に、ついこっちも本音が漏れた。

するとナディア嬢は、自分から言い出したにも関わらず口に手を当て慌て出した。

「……え?そ、そんなに態度に出てましたっ?!ご、ごめんなさいっ!!もしかして……ずっと態度悪かったですか?」

「あ、いえっ!大丈夫です。別に態度悪いとかじゃないんで」

「で、でも……」

二人して胸の前で手を振りながら「ごめんなさい」「いえいえいえいえ」みたいな妙なテンションに発展した。

び、微妙に気まずい。

「本当にごめんなさい」

しゅんと眉を垂れて謝られるとこっちも悪い気がしてくる。いや、なにもしてないんだけどさ。

「先生が、どうこう……って話じゃないんです。優しい方だし、頼りになる先生だって思ってます。それは本当です」

おぅ、突然の高評価。

ならば 何故(なぜ) に苦手がられているのでしょう?

そんな疑問が読み取れたのか、曖昧に笑んだナディア嬢は一瞬俯いて顔を上げた。

「私、男の子に生まれたかったんです」

「えっ?」

思わずポカンとしたのも仕方がないと思う。

予想だにしないカミングアウトだった。

「母が……そう望んでたんです」

「お母様が?」

「お母さんはわりと大きな商家の生まれだったそうです。駆け落ち同然で家を出て、私を生んで……だけど私が幼い頃にお父さんが居なくなっちゃたんです。お母さん、お嬢様育ちの弱い人だった」

遠い昔を懐かしむような瞳で彼女は語る。

「物語のお姫様みたいな人だった。魔法使いや王子様がいつか自分を迎えに来てくれる。そう信じてる弱くて、なにも出来ない人」

「それは……」

「酷いですよね。実の母親に向かって。でも……そういう人だったんです」

無理に作った笑顔は泣き出す直前の表情にも似ていた。

そして、なんとなく悟った。

それが先程の言葉に帰結することを。

「お父さんに捨てられて、生活にも困ったお母さんは徐々に壊れていきました。優しい時もあったけど、暴力をふるって、ヒステリックに泣き叫んで、お酒に溺れて……」

そして、と言葉を紡ぐ唇が小さく震えた。

「皇子を産みました」

「なっ?!」

思わず瞳を見開けば、そっと首を振られた。

「本当に産んだわけではないんです。あくまで母の認識の中でです」

「どういう意味です?」

「精神を病んじゃったんです。私は会ったことないんですけど、お母さんはお祖母ちゃんに「アンジェスの末裔」だって「特別」だって言われて育ったそうです。自分は特別なんだって。男の子を産めば、自分は正しい世界で生きられるんだって、よくそう言ってました」

泣き笑いの顔で彼女は 微笑(わら) う。

「…………どうして貴女は女の子なの?って」

それは淡く、消えてしまいそうな微笑みだった。

「限界だったんだと思います。ある日、人形を抱いたお母さんが言いました。「あなたの弟よ」って。布の塊で出来たお人形を抱いて、お母さんは 微笑(わら) うんです。あやすように身を揺らして「その瞳を見せて」って優しく 囁(ささや) くんです」

その光景を思い浮かべる。

命の宿らない人形に向けて、かつて自分に向けていたような微笑みを向ける母親。

ゾッと肌が粟立った。

無意識に服の上から腕を抱える。

その光景はもしかしたら直接的な暴力や罵倒よりもずっと惨い。

「ごめんなさい。困っちゃいますよね、急にこんな話を聞かされて。本当は……誰にも言うつもりなんてなかったんです。ううん。忘れようと必死だった。無かったことにしたかった。だけど消えないし忘れられない」

瞳を伏せたままナディア嬢が噛みしめるように言葉を紡ぐ。

「先生は……、私の思い描いていた“アンジェスの皇子”でした。皇子に相応しい容姿に自信に溢れた姿。満月によく似た美しい黄金の瞳。きっとお母さんが望んでただろう存在そのものだった。だから私……ずっと先生に嫉妬してたんです」

苦手意識を抱かれていた原因が、まさかの予想外の理由だった。

これは性格とか行動が原因でなかったことに喜ぶべきなんだろうか?

そもそもアンジェスとは無関係なんですけど。

そしてナディア嬢の過去が重すぎる……。

教師として、一人の知り合いとして彼女の重荷を軽減するような言葉を紡ぎたいのに、半端な慰めはどれも軽々しくなりそうで上手く言葉を見つけられないのが歯がゆかった。

「だけどもう、それも終わりにします」

言葉を紡ぎあぐねる俺を他所に、ナディア嬢は吹っ切ったような表情を見せた。上げられた顔は真っすぐに前を見ている。

「夜会であの男の人に怒鳴った先生を見て、はっきりと分かったんです。あれだけ自分でアンジェスを否定する言葉を吐きながら、私も結局アンジェスの亡霊に取り憑かれた一人だった。あの人やお母さんと同じ、背負うものの重さも知らないで身勝手に望んだり否定したりしてるだけだって気づいたんです。…………そして同時に、大切なことを思い出しました」

「大切なこと?」

「はい。私は“ナディア”です。アンジェスの末裔なんかじゃない、“ナディア”っていう存在なんだって。それを思い出したら……まだ壊れてしまう前、確かにお母さんが 私自身(ナディア) を愛し、可愛がってくれた過去があったことも思い出しました。だからもう、手の届かない憧れを妬んで羨むだけの私は止めにします」

それは、画面越しに何度も目にした表情とよく似ていた。

明るく 溌剌(はつらつ) として、強い瞳をした心優しい ヒロイン(女の子) の笑顔。

「そろそろガーネスト様達が来ちゃいますね」

「本当に色々すみませんでした」最後にもう一度そう謝罪してナディア嬢が立ち上がる。壁の時計を見れば、言葉通りそろそろ LHR(ロングホームルーム) も終わる時間だ。

「 勿体(もったい) ないですよ」

「え?」

「男の子に生まれたい、なんて。ナディア嬢はこんなにも素敵な女の子なのに」

振り返ったナディア嬢の脚がソファに当たり「きゃっ」と小さな悲鳴が漏れた。ぐらつく身体を慌てて支える。

「大丈夫ですか?」

「……~っ!」

真っ赤だった。

「ナ、ナディア嬢?!」

「それっ、止めた方がいいと思いますっ!」

「それ??」

キョトンと首を傾げれば、ちょっと上目遣いに睨まれた。

いや、なんでっ?!

「そういうの、サラッと女の子に言うとこです!先生はただでさえ顔がいいんだから、誤解される言動は慎むべきです。最近よくベアトリクス様が「お兄様は女性に甘すぎます!すぐ口説くんだから!」って怒ってますよ」

ギョッと思わず目を見開く。

脳裏にその姿がリアルに思い起こされ、無意味にあわあわと手を動かした。

「ちょっ、それこそ誤解です!!第一口説いてませんよ、ただ思ったことを言っただけでっ」

「だからそーいう所ですっ!!」

えええ~と思いながらも思わず謝る。

納得いかない気持ちを抱えながらも、今度はこっちがちょっぴり上目遣いで窺うようにナディア嬢を見た。

「その、口説いてないです。断じて口説いたわけではありませんが……ベアトリクスには言わないでください」

我ながら情けない願いだ。

その想いから言葉も尻すぼみになる。

だが切実だった。

最近わりとベアトリクスやマオにプンプンされがちだしね。無実なのに~。

情けない姿が面白かったのか、ぷっと噴き出したナディア嬢は口元に手をやりクスクスと笑う。ツボに入ったのか結構長めに。

「先生らしいです」

笑い止んだナディア嬢は、指を一本口の前に立てて小さく首を傾げる。

「いいですよ。その代わり、私の話も秘密にしてください。ナイショですよ」

ドアをノックする音が鳴った。

「行きましょう。カイザー先生」

ドアに向かって歩きながら、そうして初めて彼女は俺の名を呼んでくれた。