軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

甘やかすばかりが優しさじゃないらしい

意外な程に心は冷めていた。

用意された一室は広くはないけれど小奇麗な部屋。部屋の中央にはこちらとあちらを隔てる透明な仕切り。

引きずられるようにして座らされた男は濁った目をして、どこにも焦点が定まらない。

この情けない男がお兄様に大怪我を負わせたのだと考えれば、お腹の底でなにかが 蠢(うごめ) くのを感じた。

これが“憎悪”と呼ばれるものだろうか。

後ろに立つリフとハンゾーをあえて見ないようにしてただ前を向く。

仕切り台に手を置き、目の前の罪人を見据えた。

「こっちを見て」

偶然か言葉に反応したのか、こちらを見た男と視線を合わせ瞳に力を込めた。

「ねぇ、貴方の知ってることを話して」

ドアと時計を無意味に往復する視線。

チクタクと時を刻む針の動きがあまりにも遅くてもどかしい。

「気持ちはわかるが、少しは落ち着いたらどうだ?」

それが出来りゃ苦労はしねぇんだよ!

そう言いたい気持ちを込めてちょっぴり睨む。

「アイツは……なにか喋るでしょうか?」

「そうであれば助かるんだがな」

ガーネストの言葉にティハルトが答えた時だった。

ノックの音に視線が一斉にドアへと向かう。

リフとハンゾーに伴われたベアトリクスは別段いつもと変わりなかった。その事に安堵しつつ、怪我の一つもないか無意識に全身を確認してしまう。二人がついていて万が一があるとは思えないけど一応。

「ベアトリクス。その……大丈夫かい?無理、してない?」

近寄り、表情の一つも見逃さないように様子を窺う。

「……お兄様」

おろおろとこっちの方が余程取り乱している姿をぽかんと見上げたベアトリクスは、白い手を口元にあててクスクスと笑いだした。

「ベアトリクス?」

「どうしたの?」

ガーネストやダイアの声にもクスクス笑い続け、笑い過ぎたのか細い指で目尻の涙を拭いとる。

「ごめんなさい。だって、私よりもお兄様達の方がよっぽど緊張してたみたいなんですもの。可笑しいのと、安心しちゃって」

そういったベアトリクスがぎゅうっと甘えるみたいに抱き着いてきた。

もちろん普通に抱きしめ返した。

ダイアの恨めし気な視線?

知らんがな。

さて、そうしてじゃれ合う俺らだが、つい先程までは心配で吐きそうな程に気が気じゃなかった。

原因は5日前に遡る。

俺たちは困っていた。

まぁ、実際に本気で頭を悩ませてるのは国のお偉いさんたちなんだけど。

なにがと言えば、様々の犯罪の黒幕・アンジェスの狂信者でもあるクトゥルフの取り調べが一向に進まないのだ。

現在のクトゥルフは心神喪失状態らしい。

夜会の時もだいぶイッちゃってる感は強かったクトゥルフだが、現在は周囲をシャットアウトしてひたすら笑いだしたり、沈黙したり、盲信染みた言葉をブツブツ呟き続けたりしているそうだ。

こわっ!

取り調べも、拷問染みた尋問も成果はなし。

ある意味ただの黙秘よりずっと厄介だ。自分の意思での黙秘なら、その意思を屈服させてしまえばいいだけだしね。

自白剤を使えばいいとか思うかもだけど、自白剤ってのは都合よくベラベラ喋ってくれるもんでもない。要は精神を麻痺させて思考力を奪うものなんだ。脳を 朦朧(もうろう) とさせて、判断能力を低下させる。それによって嘘を吐けなくなったり、黙ってた方がいいという判断を失わせたりする。

だから欲しい情報を引き出すには質問の仕方や高等テクニックが必要だし、思考力を失ってるというのなら今の奴の状況だって同じわけだ。

放課後、音楽準備室でダイアからそんな近況報告を受けていた時だった。

部屋に居たメンバーは俺、ガーネスト、ベアトリクス、ダイア、アレクサンドラ、シリウスの計6人。

ティハルトから進まない取り調べの状況を聞いてるダイアが顔を曇らせ、サヴィアスら関係者の死亡で同じく事態の全貌が掴めないでいるジャウハラ勢も頭を抱えていた。

「……あの……」

掠れるような声が響いた。

会話に加わらず俯いていたベアトリクスの顔色はほの白い。

話が終わるまで音楽室ででも待ってて貰おうかとも思ったのだが、本人の希望により彼女もここに居た。

だけどやっぱりクゥトルフの名を聞かせるべきでなかったかと後悔が過った。

顔色の悪いベアトリクスを連れ出そうとしたところで、開かれた唇から出たのは予想外すぎる言葉だった。

「……『魅了』を使って、あの男から話を聞くことができませんか……?」

尻すぼみになっていくその言葉に思わず瞳を見開く。

「ベアトリクスっ?!一体なにを言ってっ……」

「でもっ……私の『異能』ならもしかしたら……」

大きなシトリンの瞳が不安そうに揺れていた。

「ずっと、考えてたんです。もしも、あの男の“意志”を操れれば、真実を明らかに出来るんじゃないかって……」

『……こわい。どうしよう、だけど……』

不安に塗れた心の声に「必要ない」そう告げようとした声は別の声に遮られた。

「そうするべきですわ」

開かれた扉と共に声を発したのは、イザベラ嬢だった。

「立ち聞きする形になってしまって申し訳ありません。少し早く来すぎてしまったようですわ」

イザベラ嬢は胸に紙の束を抱えながら室内に向け頭を下げた。

そのまま入室すると持っていた書類をテーブルへと置き、ベアトリクスと対峙するように正面に立った。

「『異能』を使うべきです。ベアトリクス様。」

簡潔な言葉に小さくベアトリクスの喉が動く。

喘ぐように動いた喉は言葉を発さず、逃げるように視線が逸れた。

「ベアトリクス、無理しなくていいよ。君がそんなことをする必要はないんだ」

「ありますわ。必要なら大アリです」

ベアトリクスの肩に手を置いたダイアの言葉は俺が言おうとしたのと同じ。

だけどその言葉はきっぱりとイザベラ嬢に斬り捨てられた。

「イザベラ嬢っ!君には関係ないことだ。少し黙っていてくれないか?!」

「それはこちらの台詞です。ベアトリクス様に甘い殿方たちは黙っていてくださいます?」

食ってかかるダイアに動じもせず、威圧的に言い放ったイザベラ嬢は険の籠った視線を室内へと滑らした。

イケメン大好きで露骨に態度を変えてくるイザベラ嬢のその様子に正直驚く。ダイアたちも呆気に取られたように言葉を失っている。

その間にも腕を組んだイザベラ嬢がベアトリクスを睨みつける。

「ベアトリクス様は『異能』を使うべきですわ」

もう一度、彼女は言った。

「……わかってるわ。真実を明らかにするためにも、そうするべきだって」

「はっ。そんなのどうだっていいですわ!」

「えっ?」

鼻で笑うイザベラ嬢に俺らもベアトリクス同様「えっ?」っとなる。

どうでもいいってどういうこと?

「私が言っているのは、ベアトリクス様が『異能』を使うべきだって思ってるからでしてよ」

「どういう、こと?」

「怖いんでしょう?不安なのでしょう?大っ嫌いなのでしょう?ご自分の『異能』が。ダイア様のことで私に責められた時だって、ベアトリクス様はみっともなく 狼狽(うろた) えるばかりでしたわ。『魅了』なんて使ってない。最初っからきっぱりそう言えばよかったのに」

「…………」

「だけど、それが貴女の『異能』でしてよ。一生、変わることのない事実。使わないって、そう割り切るならいいですわ。だけどベアトリクス様は使うべきだって思ってる。なら使うべきです。いま使わなくていつ使うのです?」

悔し気にギリッと唇を結んでベアトリクスを睨みつけるイザベラ嬢に目を見張る。

「私……自分が大嫌いだったわ。貴女がずっと、羨ましくて妬ましかった。中途半端な自分も、田舎な領地も大嫌いだった。だけど、変わるって決めた。自然しかないあんな領地だけど、そこにある薬草と知識で、私が変わるきっかけをくれたカイザー様のお力になれた。困ってる人たちの役に立てた。ずっと大嫌いだった自分も領地も、少しだけ好きになれた。

貴方は?貴女はずっとそのままでいるの?一生自分の『異能』を恥じて、劣等感を抱えて生きていくおつもりですの?!」

「それでもベアトリクス・フォン・ルクセンブルクですの?!」ビシィと音がしそうな勢いで、指を突きつけられたベアトリクスが呆然と目を見開き、俯いた。

ゆっくりと持ち上がった震える両手。

だけどベアトリクスは泣いてはいなかった。

顔を覆うかと思われた両手は両頬に添えられたあと、一呼吸おいて勢いよく振り上げられた。

パァンと響いたその音と行動に二重で驚く。

白い頬がじわじわと色づいていくその様に、慌ててガーネストにハンカチを水で冷やして貰う。あわあわしたり、呆然としたり、完全に事態に置いてけぼりな男性陣。

「ダイア様、ティハルト陛下にお取次ぎを。尋問の許可を頂きたく思います」

ダイアの方を見ず、イザベラ嬢を向いたままベアトリクスが告げた。

「えっ?!ベアトリクス?!」

「成果が得られるかはわかりません。ですが、可能性があるなら検討の余地はありますわ」

そんな遣り取りがあった後、今日に至る。

ちなみにイザベラ嬢が準備室に訪れたのは、薬草や薬剤の追加の納品リストを持ってきてくれたからだった。

自然が豊富なイザベラ嬢の領地は有数の薬草の産地。ジャウハラで使用された解毒剤や、その後の体調不良者の対応などに領主のお父上はもちろん、彼女自身も精力的に協力してくれている。

ただ……張り切るあまり約束の時間よりかなり早めに来てしまい、会話を聞いてしまったそうだ。

腹を決めたベアトリクスは始終取り乱した様子もなく、逆に俺ら周囲の方が心配でおろおろしていた。せめて側に……って思ったのも「嫌ですわ」ってあっさり却下された。ぐすん。

妥協案として護衛についてくれたのがリフとハンゾーだ。最初はそれも渋ってたけど。

結果として、クトゥルフはあっさり色々ゲロッたらしい。

帰りの馬車、労う俺たちにベアトリクスが 悪戯(いたずら) っぽく上目遣いに笑った。

「お兄様?私、とっても頑張ったと思いません?ご褒美が欲しいですわ」

珍しいオネダリに瞬きつつも、当然のように否はない。

ご褒美とか関係なく、可愛い妹のオネダリならお兄ちゃんは全力で叶える所存です。

ドレス、宝石?と品物をあげていくもベアトリクスは首を振った。

「お菓子がいいです。またシュークリーム、作ってください。フルーツたっぷりのに、あの可愛い白鳥も」

「そんなのでいいのかい?」

「お友達も招待してお茶会をしたいです。………… 折角(せっかく) だからイザベラ嬢も誘って差し上げますわ」

プイっと顔を逸らした頬が赤かった。

そんな照れ隠しが可愛くて思わず笑いが漏れる。

「それじゃあご褒美に腕によりをかけないとね」

そういえば……最初にシュークリームを作ったのも原因はイザベラ嬢だったな、そんなことを思い出す。

可愛い妹の希望なら、全力で美味しいお菓子を作らねば。