作品タイトル不明
穴は掘るので埋めて欲しい
『後悔』。
それはあとになって、自分の失敗や行いを悔やむこと。
ポイントはあとになってと言う部分だ。
『後悔先に立たず』とも言う通り、すべては遅く、取り返しがきかない。
深い息と共に俺はベッドの上で打ちひしがれていた。
ふかっふかの寝心地抜群なベッドに身を起こし、片手で顔を覆ってる。
出来るなら両手で顔を覆って 蹲(うずくま) りたい。それが出来ないのは右腕が痛いから。
目覚めはほんの少し前。
寝すぎたあとのだるさのようなものを感じながら、瞳を開けた先には自室と異なる天井があった。ぼんやりと身を起こせば、走った痛み。
「……ッ」
右腕と脇腹に感じる痛みに意識が 覚醒(かくせい) した。
そして思い出した、意識が闇に呑まれる前の出来事を。
俺、大勢の人の前でブチ切れませんでした______?
「…………」
ちょっともう一度意識失いたいなー。
現実逃避気味にそんなことを思いながらも、どんどんはっきりと思い出される記憶。いっそ 意識朦朧(いしきもうろう) としてれば良かったのに、と思う程に記憶は鮮明だった。
言葉遣いもめちゃくちゃ戻ってたよね?
睨みつけて 怒鳴(どな) ったし、なんなら相手の胸倉掴んでたよ、うん。
「テメェ」とかじゃなく「貴様」呼ばわりだったのがせめてもの救いか……。
いや確実にその程度じゃどうしようもなんねぇぐらい、キャラ崩壊してたわ。
「……埋まりたい」
思わず死んだ目になるのも仕方がない。
長年必死に築き上げたイメージをぶち壊し、いい年して人前でキレ散らかしたってだけでも恥ずかしくて仕方ないのに…………。
意識を失ったのは毒の 所為(せい) だが、毒が急激に回った原因って……動いたりブチ切れてた所為だよなと思い当れば、間抜けすぎて言葉もない。頭に血が上りまくってた自覚はある。
しかもアンジェスの皇子とかいう意味不明な勘違いされてたし。
まさかアレ、信じられたり……して、ないよね??まさかだよね???
人が引き籠りたくなる瞬間ってこういう時なんだろうなと悟りつつ、聞こえた音に顔を上げれば扉を開けたリフとばっちり瞳が合った。
「お目覚めになられたのですねっ」
珍しく足音を立てて駆け寄ってきたリフはそっと背中にクッションを差し込み、「お具合は?」と覗きこみながら「お水を」と吸い飲みを口元に当ててくれた。この間、僅か数十秒。
走っても水を零さないなんて……やるな、リフ。
サイドテーブルに置かれた水の張られた洗面器を見て、そんな斜め上の感想を抱きつつ……流れるような動作にされるがままだった。反応が追い付かなかったともいう。
自覚はなかったが、随分と喉が渇いていたようだ。喉元を流れる微かに冷たい水の感触が心地いい。
ふはっと小さく息を吐き、人心地ついたところで吸い飲みを受け取るべく手が触れた。
『……ご無事で……本当に、良かった』
聴こえた声と、微かに震える手。
改めて見たリフは酷い顔をしていた。
血色の悪い肌。柔らかな相貌に影を落とす目の下の 隈(クマ) 。
「心配かけて、ごめん。リフ」
……まぁ、謝ったからって、なんでも許されるわけじゃないよね。
あれからすぐに医者を呼ばれ、診察を受け、そんでもって知らせを聞いたガーネストやベアトリクス、マオにハンゾーたちが駆けつけ、決して狭くない筈の部屋は一気に人口密度を跳ね上げた。
「おにい、さまっっ……」
「うう゛ぅ~~」
「待てっ、ベアトリクス!兄上は怪我人なんだ、抱き着くな」
「マオも落ち着け。気持ちはわかるが」
素晴らしいスタートダッシュを決めようとしたベアトリクスをガーネストが抱き留め、同じく飛びついてこようとしたマオをハンゾーがひょいっと猫の仔のように捕獲した。
その間、リフがベッドの脇に椅子を用意してくれる。
椅子の位置は傷口とは反対方向。素晴らしい連携プレーだ。
「ずっと、お目覚めにならないから……私っ、私……」
「かじゃ、しゃま」
「ご、ごめんっ!?ごめん、ごめんね。お願いだから泣かない……痛っ!!」
「動かないでくださいカイザー様」
「兄上っ、安静に」
大きな瞳から涙を零して大号泣する姿にあたふたすれば傷口が痛み、リフやガーネストから制止される始末だ。そしてその様を見たベアトリクスたちが心配してまた泣くという悪循環。
えぐえぐと最後にはまともに言葉も話せない状態でしゃくり上げるベアトリクスとマオの頭をぽんぽんと撫でる。動くと痛いし、怒られるのでクッションに凭れたままゆっくりと。
「心配かけてごめんね二人とも。大丈夫だから泣かないで」
ぶんぶんっと振られる頭にへにょりと眉が下がってしまう。
「ガーネストも、みんなも、心配かけて悪かった」
「本当に……心配、しました」
「うん、ごめん」
反対側に座るガーネストへも手を伸ばせば、頭には届かないけれど、そっと手を重ねてくれた。
本当に心配をかけたのだろう。
隈を作ったリフや目を真っ赤にはらしたベアトリクスやマオだけじゃなく、ガーネストの 精悍(せいかん) な顔も 精彩(せいさい) を欠いているし、タフな影たちでさえ疲弊が見える。
さっきベアトリクスがずっと目覚めないって言ってたし、毒や怪我の程度、あの後のこととか正直聞きたいことがいっぱいだ。
……が、ここで話題に出すと、また我が家のお姫様たちが泣き出しそうな気しかしない。
可愛いこの子らに泣かれるのは本当に苦手なんです。や、女の子に泣かれること自体苦手だけどさ。
チラッと目を遣れば頷くリフさん。
「あとでお話しします」と口パクで応えてくれた。
やだっツーカー!異心伝心ですね。
やっぱり実はお揃いの『異能』もお持ちじゃないですか、リフさん?
…………や、俺のこの内心が聴こえてたらガチで引き籠んな。
恥ずかしすぎて死ねる。
くだらないことを考えて死んだ目をしてれば「お兄様?お具合が……?」って心配そうにまたウルウルされたので慌てて微笑みキープ。
ゲンキ、ゲンキダヨー。
っていうか、怪我が痛むのは別にして、多分俺が一番顔色がいい。
みなさん疲弊モードだもん。人様に心配かけておきながら、一人ぐっすりがっつり寝こけててマジすみません。
泣き疲れでマオがうつらうつらし始め、真っ赤だったベアトリクスの顔色も少し落ち着いてきたところで「少しお休みになって下さい」とガーネストが席を立った。
気遣いの出来るイケメン、パない。でも……。
「待って、少しだけ……」
そう言ってベアトリクスの手を掴んで留めた。
きょとんとこちらを覗き込むシトリンの瞳から無意識に視線を逸らしてしまう。
「ごめん、ベアトリクス。君に謝らなくてはいけないことがあるんだ」
彷徨(さまよ) わせた視線を戻し、 躊躇(ためら) いと共に告げた声はどうかと思う程に弱々しかった。
「イザベラ嬢がベアトリクスの『異能』を知っていた件、あの男が神殿から情報を引き出した狙いは私だった。私の 所為(せい) で……ベアトリクスに辛い想いをさせた。本当にごめ……」
「許しませんわ」
一瞬だけ見開かれたシトリンの瞳。きゅっと唇を結んで俯いた彼女に向け下げていた頭が不自然に止まった。謝罪を遮ったベアトリクスの言葉で。
つきりと胸が痛むも、許すも許さないもそれを決めるのは彼女だ。
「うん。許してくれなくてもいい」
「絶対に、永遠に許しません。あの男」
最後の言葉にぱちりと瞳を瞬かせる。
ゆっくりと顔を上げたベアトリクスは激情を抑えるように唇を噛みしめ、その瞳には隠しきれない怒りが宿っていた。
「あの男がイザベラ様に私の『異能』を教えたことなんてどうでもいいです。そんな 些末(さまつ) な罪より、あの男がカイザーお兄様を傷つけたこと、絶対に許しませんわ!」
苛烈な色を纏った瞳は怒りに燃えながらも、凍えるように冷たい。
「本来なら地獄を見せて差し上げたいくらい」
強く、冷たく言い放つ姿は……悪役令嬢の貫禄満載だった。
ゲームで見た 我儘(わがまま) だけど憎み切れないなんて可愛いもんじゃなくて、どこに出しても恥ずかしくない“悪の華”という感じの凛々しく棘のある姿だった。
……うん。このベアトリクスは綺麗で恰好よくて、これはこれで有りだとお兄ちゃん思うんだけどさ。お願いだから俺の所為で悪役令嬢ルートに移行はやめてね?
お兄ちゃんはベアトリクスの倖せを一番に願ってるから。ほんとお願い。
あとさ……みんなが「地獄を見せて差し上げたい」に絶賛賛同してるのが恐いんだけど。
部屋の空気がヤバいんですけど。
えっ、ここって悪の組織の拠点とか戦場だった?ってぐらい 殺伐(さつばつ) としてる。
ほら、リアンとか涙目でビビッてるじゃん。俺も心の中じゃ涙目だよ。
手……出してないよね??
賛同しつつ怒りと共に悔し気な顔してるってことは、出してないんだよね??
私刑で裁くのはまずいから、ほんとやめてね??
般若(はんにゃ) の表情がガチ怖いんですけどっ!!
血祭りはお願いだから自重してっ、特にランたちっ!!
若干(じゃっかん) ビビり散らしながらベアトリクスたちを見送り、ふかふかクッションに身を委ねながら顔の動きだけでリフへと向き直る。
「さて、色々と話を聞いてもいいかい?」