作品タイトル不明
闇へ沈む意識
俯き零した、掠れ途切れた声はまるで獣の唸りのようだった。
ぐつぐつと煮えたぎる腹の底。その感情のままに叫んだ。
「……黙れっ……今すぐその薄汚い口を閉じろっ!!」
顔を上げて睨みつければ、言葉の通り壊れたレコードのように不愉快な音を撒き散らしていた口がピタリと止まった。
睨み上げる先にあるのは呆然とした冴えない顔で。
その表情が、その様が……こんな奴に散々振り回されていたのかと、より一層の苛立ちを募らせる。
叫びの余韻にフーフーと息を荒げながらも膝をつき立ち上がる。
「兄上っ!!」「安静にっ!!」と留めようとする弟や騎士らの手を払い、血の雫を滴らせながら歩を進め、クトゥルフの胸ぐらを掴み上げた。
傷口を押さえていた手は真っ赤で、クトゥルフの白いシャツが喉元に噛みつかれでもしたかのように一瞬で真っ赤に染まる。その赤にか、はたまた俺自身にか。怯えたように竦む男の反応には構わず力任せに引き寄せ、鼻先が触れそうな程に至近距離で睨みつけた。
「貴様になにがわかるっっ……」
胸を焼くのは……抑えようのない苛立ちと、後悔にも似た言いようのない感情。
この予想が正しいのかさえわからない。
だけど……あの玉座と王冠を目にした日から頭を離れない一つの仮説。 廃墟(はいきょ) と化した研究施設、そこにあった“ CLONE(クローン) ”の文字を知った時に「“皇子”を創り出そうとしたのだろうか」と、そう思った。
もしもそれが事実で、既に成されていたら______?
『バカみたい』
偽物の宝石を見た 彼(・) の 醒(さ) めた反応。
『偽物なんてなんの価値もないのに』
『 所詮(しょせん) 代用品だよ』
あれは本当に宝石の話だったのか?
彼が語った【偽物】は…………彼自身のことじゃないのか?
『アンジェスがなんだって言うんですかっ、もうとっくの昔に滅んだ国がなんだっていうのよ!血族だの末裔だのみんなバカみたい、もう 何処(どこ) にもそんな国は無いじゃない!』
『 如何(どうして) 』と声なき声でそう叫びながら声を荒げたナディア嬢の言葉の通りだ。何故もう存在しない国の幻想に、いつまでも振り回されなくてはならない?
「アンジェスは滅んだっ!!!そんな国はもう世界の何処にも存在しない」
「アンジェスは不滅……」
「黙れっ!!いい加減、自覚しろ。現実問題アンジェスは滅んだんだ。そしてその国を想うのも、復興を願う権利があるのも、あの国に関わり心から亡きあの国を偲ぶ者だけだ!
アンジェスの再興?貴様が望むのはアンジェスではなく、貴様に都合のいい理想郷だろうがっっ!!!?貴様にアンジェスを語る資格などないっ!!」
反論を斬り捨て、叫ぶ。
掴んだ胸ぐらを突き離せば、クトゥルフはみっともなく尻餅をついて呆然と俺を見上げた。
虚ろな瞳から流れる涙はなにに対するモノか。後悔か絶望か。
俺を“皇子”などという意味不明な勘違いをしていたコイツからすれば、俺の反応は裏切りに近いのかも知れない。『何故』という心の声が指すモノなど知らなければ興味もなかった。
先程の壊れた発言を聞く限り、コイツは現状が不満でその矛先を自分を認めない世界に向けて夢物語に逃げ込んだだけ。
同情も共感もわかなければ、そもそも“皇子”じゃないし。ただの勘違い乙だしな。
誰だって現状に不満もあれば悩みも葛藤もある。だけどそれを受け入れて、あるいは解決しながら生きていくしかないんだ。
己の不遇に酔いしれて、誰かを見下して、傷つけ踏みにじって、そうやって自分の立場を確立しようとするのは違うだろ。
毒を盛られた村人が、傷つけられた人々がなにをした?
魔獣の被害でどれだけの人が死傷するとこだった?戦争が起これば何千、何万の人が命を失う?
アンジェスを再興。
その言葉の裏で生まれる争いは計り知れない。
『裏切り?笑わせる。それは貴様らの勝手な期待だろう?私は一度としてこの国を愛したことなどない。ずっと憎み疎んでいたさ。こんな国、滅んでしまえばいいっ!!』
『明後日、同盟国ジュエラルを魔獣の大群が襲う』
『正しい世界を!素晴らしい国を!夢物語の続きをいま此処にっ!!』
勝手なことばかり、言ってんじゃねぇよ。
ギリッと奥歯が鳴った。
マオのお陰でなんとかなったものの、スタンピード襲撃を聞いた時の恐怖は忘れない。
守れないかも知れない、失うかも知れない恐怖と 焦燥(しょうそう) 。大丈夫だと、自分に言い聞かせながらも拭いきれなかった不安。
大切だと、守りたいと想うモノが、コイツらにはないのだろうか。
『私、私は……いつかこの魅了を使ってしまうかも知れない。自分が恐くて堪らないんです』
『こんな力、いっそ無ければ良かったのにっ!!』
なによりも大切な子を、可愛い妹を傷つけたのは自分だった。
ベアトリクスの『異能』が暴かれたのが、まさか俺の 所為(せい) だったなんて……。
『この国を、もっとよい国にしてみせる。民が暮らしやすい国に』
『俺はこの『異能』を一生使わないと決めた。俺はこの国の王になる人間だ。この『異能』に頼って何かを成したところで国はやがて傾くだろう。俺は王として、王の言葉と権威を持って人を動かす。それが出来なければ王としての資格などない』
無能な王……?
王に生まれただけ……?
偉大な王というならば、それこそティハルトのことだ。
なのに身勝手な理由で殺そうとしておいて、挙句の果てには俺の為だと?!ふざけんじゃねぇぞ!
握りしめた拳が血でヌルつく。力を込めたその拳で、見上げる間抜け面を思いっきり殴り飛ばしたい衝動を抑え、代わりに瞳を吊り上げ睨みつける。
フーフーと荒い息。
怒りで身体が震えるという経験を生まれて初めて体感した。
そして、その怒りは目の前の男と…………自分自身にも向いたモノだった。
ぐるぐると色んな記憶が、声が、頭の中を駆け巡る。
「……なにも、知らない癖に…………」
それは 俺も同じ。
なにも知らない、わかってないのは 同じだった。
『人も国やら王やら、 柵(しがらみ) に縛られず自由に生きれればいいのにね』
あの日、そう言った彼はどんな気持ちでいたんだろう。
『その血がそんなに尊いなら、玉座に鮮血でもぶちまけておけばいい。
それか瓶詰にした血液でも空の玉座に転がしておけばいいのにね』
その言葉の通り、玉座に置かれた瓶詰の血。
あれは王冠を戴いた亡骸の?
それとも彼の?
“図書室の妖精さん”
彼が人との関わりを頑なに拒むのは何故だろう?
長い前髪の下に隠したその瞳の 色彩(いろ) は?
ある意味においてゲームの主要人物だったサポートキャラ。
隠された攻略対象者。幻のその人物。
ゲームのタイトル『亡国のレガリアと王国の秘宝』。
王国の秘宝は宝石のような瞳を持つ攻略対象者たち。
なら、亡国のレガリアは?
いままでずっとアンジェスの末裔たるヒロインたちを指す言葉だと思ってた。
だけど本当はアンジェスの皇子のことだったんじゃないか?
もしも彼が そ(・) う(・) なのなら、
この予想が正しかったとするならば……彼はどんな気持ちで生きてきたんだろう。
「……あいつの気持ちも……背負うものの重さも知らない奴が、知ったような口をきくな。貴様が望んでいるような、貴様にとって都合がいい理想郷などどこにも存在しはしない」
視線を逸らし吐き捨てた。
「俺はお前を認めない。お前の生き方も、在り方も。
二度と俺の前で妄言を吐き散らすな。目障りだ、失せろ」
全身を 弛緩(しかん) させてぽっかりと目と口を開いた姿は廃人染みていて、睨みつけていることさえ馬鹿らしくなった。その姿はもはや言葉が通じているのか、焦点があっているのかさえ怪しい。
もはや視界に入れる価値すらないと、逸らした瞳に映る床がぐにゃりと歪んだ。
「兄上っ!?」
視界が歪み、ぐらつく身体で膝をつく。
駆け寄って支えてくれたガーネストのお陰で大理石の床とのキスは免れたが、グルグルと世界がまわり、気持ちの悪さが込み上げる。
多少収まったとはいえ、浸食を進める赤。
だけどこの感じは出血による貧血などではなく……膝をついたままの体勢で床に視線を走らせる。
転がる血の付いたナイフが見えた。
「……毒、か……」
呟いた声と共に、意識は闇に呑まれていった。