軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狂った道化

蹴り飛ばされて吹っ飛んだクトゥルフは、すぐさま衛兵に取り押さえられた。

濁った血色の瞳が呆然と見つめる先は、ポタポタと血を滴らす俺の傷口。

「……あっ……あ」と声にならない呻きを漏らし、なにかを否定するように激しく頭を振った男は…………突如、壊れた。

「あああぁぁあああぁぁぁぁっっ!!!」

常軌を逸した、獣のような 咆哮(ほうこう) 。

長く尾を引く叫びの後に、ぐったりと動かなくなった身体は糸が切れた人形のようだった。

数秒の沈黙。

叫びの余韻が消える頃、一連の出来事を認識した人々がまるで夢から 醒(さ) めたように一斉に動き出した。

「カイザーっ!!」

「危険です国王陛下、お下がりくださいっ!!」

「医者をっ!!早くっ!!」

俄かに慌ただしくなる周囲。

「お兄様っ……」

「来るな、ベアトリクス」

両手で口を押さえて真っ青な顔で駆け寄ろうとするベアトリクスを、傷を負ってない方の手を広げて制する。ティハルトを抑える近衛、取り乱す紳士淑女。

いつしか俺とクトゥルフを中心にぽっかりと円を描くような空間ができ、その周囲を騒めく人々が取り囲む形となっていた。

滴る赤に怯えの色を浮かべて脚を竦ませたベアトリクス、素早く駆け寄ったガーネストがタイを引き抜き上腕部分を縛り上げた。ついでに近衛が差し出してくれた上着で脇腹の傷を押さえれば、白い制服がじわじわと赤に染まっていく。

「……出血がっ……」

「平気だ。出血はそれなりだけど、臓器は外れてる」

悲壮な顔をするガーネストに、痛みに眉を顰めながらも告げる。

最初に腕を掠ったことが幸いだったんだろう。直接腹部に刃が突き立てられてない分、傷の範囲は広いが深さはなかった。それに、脇腹を抉った刃が臓器を逸れたことも不幸中の幸いだ。

「…… 何故(なぜ) ……」

うわ言のような声が、虚ろに響いた。

「何故、どうしてですっ?!どうしてその男を庇うのです!」

歪に笑い、怒り、喚く男。

押さえられた身体をジタバタと揺すりながら、 痙攣(けいれん) したように歪んだ表情を浮かべる様はまるで重度の薬物中毒者だった。

かつてはあったインテリ染みた理知的さは見る影もない。

先程までどうにか保たれていた外面さえ取り払った、目の前の男から感じ取るのは……狂気と壊れた印象だけ。

糸の切れた人形のように俯いていた姿から一変、声を荒げる姿に騎士が庇うように前に立った。

「無礼者っ!!そこを退けっ!!」唾を飛ばしクトゥルフが叫ぶ。

「今こそアンジェスの再興をっ!!アンジェス万歳っっ!!!」

騎士にいきり立ったかと思えば、天を仰ぎ高らかに叫ぶクトゥルフ。

正直、めっちゃ怖い。

脈絡のなさや唐突なテンションの振り切れ方が、完全にイっちゃった人の反応なのがメチャクチャ怖い。

あれだ、満面の笑顔で血に濡れた包丁手にしてる人と出会った気分。

目を合わせちゃいけないけど、目を逸らせない。そんな感じ。

……つか、さっきまで実際に血塗れのナイフ手にしてたけど。まさに刺されたけど。

ドン引きしすぎて、そんな妙に冷静なんだか混乱してるんだかわからん思考になってると、背後から押し殺した声が聞こえた。

「……そんな馬鹿な妄想のために事件を起こしたのか……?」

怒りを孕んだ声の主は、近衛に抑えられたティハルトだった。

「黙れっ!!妄想なんかじゃない、アンジェスは不滅だっっ!!!」

増悪を宿した瞳でクトゥルフが応じる。

「アンジェスはすでに滅びた。もはや過去の国だ」

「黙れ黙れ、黙れっ、無能な王めっっ!!」

聞き慣れた言葉に眉が上がる。

『異能』を持たぬと言う意味で何度も耳にした言葉。幾らでも聞き流せるはずのそれが、本来の意味で、その言葉とは対極に位置する親友へと向けられたことに怒りが沸き上がる。

「もういい、連れていけ」

言葉の応酬を諦め、ティハルトが冷めた声で 顎(あご) をしゃくればクトゥルフが引き起こされる。

無駄な抵抗をしながら引きずられるその背を眺めていれば、手足のみならず首まで振り回していたクトゥルフの赤い瞳と瞳が合った。

「カイザー様っ!!」

俺の名を呼ぶ声。

いつかと同じで違う、熱を帯びた壊れた瞳。

「アンジェスの皇子殿下たる貴方様が居る限り、アンジェスは不滅ですっ!!!」

狂人の叫びに……全てが止まった。

クトゥルフを引きずってた兵の脚も、担架を持って広間に飛び込んできた者も、騒ぎを見守っていた人々の表情も……そして、俺の頭の中も。

なにもかもが一瞬、止まった。

………………。

…………………………はい??

フリーズから回復するには数秒を要した。

今、コイツはなんて言った?

ヤバい、出血が多すぎて意識が 朦朧(もうろう) としているのかも知れない。

あまりにも意味がわからなすぎて、 咄嗟(とっさ) に否定の言葉さえ出なかった。

そして沈黙と混乱を 齎(もたら) せた当の本人はというと、呆然とする兵の手を振り切って再びこちらへと向き直る。悦に入ったような、実に満面で喜色に満ちた気色の悪い笑顔だった。

おい、呆然としてても拘束は緩めちゃダメだろ。

自身も呆然としながらも、兵へとそんなツッコミを漏らしてる間にも元凶はさらに妄言を吐き散らす。

「その御方こそ、アンジェスの尊き血をその身に宿す御方だ!!!」

「……なにを、言ってる……?」

正にみんなの言葉を代弁してくれたティハルトに 漸(ようや) く思考を取り戻す。

とりあえず衛兵さん、そいつ連れてって。

なんなら昏倒させちゃって。

「アンジェスに関わりがあるかも知れない王冠や玉座は確かに発見された。……そして王冠を戴いた 骸(むくろ) も。だが、何故いきなりカイザーが出てくる?」

誰もが呆気に取られ言葉すら失う中、誰よりも早く回復し冷静に言葉を紡ぐ親友がマジ頼もしい。少しだけ平静を取り戻し親友に続こうと唇を開きかければ、 嘲笑(あざわら) うようなクトゥルフの声に遮られた。

「皇子殿下は二人居られたっ!!」

……確かにそんな噂はあった。根拠もないただの噂だ。

「あの御方のことは残念だが……」と沈痛な面持ちで語りだす男に「私は」と再度口を開きかけたところでまた遮られた。

「お爺様がかつて袂を分かった同志が皇子殿下を見出したと知り、何年も探り続け微かな糸口を見つけた。アンジェス再興のために他国の国力を削るよう働きかけ、その一方でずっとかの御方たちを探し続け、漸く、漸く辿り着くことができた」

「君がなにを言ってるかわからない、私は」

「もう隠されることはありませんっ!!」

感極まった言葉が途切れた隙を狙って口を挟めば……また遮られていい加減ちょっと、いやかなりイラっとする。

だって三度目。もはや狙ってるとしか思えん。

そして同時に奴の言葉から色々と理解する。

かつて合宿で遭遇した裏家業、あれの依頼者はクトゥルフや奴の祖父か。

クトゥルフが俺に崇拝染みた瞳を向けていた理由も執着の意味もわかった。

爆発事件に関与したクレインの黒幕もそうなら、多分サヴィアスたちのジュエラルでの協力者“あの若造”とやらもコイツだろう。

……と、なればわからないのは。

「何故、私がアンジェスの皇子だなどと?」

なんでそんなけったいな勘違いをしてるのかってことだ。

「……美しい」

いや、美しい、じゃなくて!

人を見て 恍惚(こうこつ) とした表情浮かべてんじゃねぇよ!ってか、質問に答えろ。

コイツは人をイラつかせる天才か?!

「その美しい黄金の瞳こそ、貴方様がアンジェスの皇子たる証」

……一応、質問には答えてたっぽい。

「アンジェスの王族の中でも希少な男児。皇子たるアンジェスの御子は容姿や髪の色彩は異なれど、皆一様に月のような輝きを抱く“黄金の瞳”を持ってお生まれになられます。その瞳こそ正当なる王族の証です」

……初耳だった。

そんな噂は耳にしたことがない。それは周囲の人々も同じらしく、惑いを含んだ囁きがあちこちで繰り広げられる。

疑惑の声はクトゥルフの耳にも届いているのだろう、ふっと口元が勝ち誇ったように弧を描いた。視線が向けられた先はティハルト。彼に向かってクトゥルフは問う。

「見つかった王冠。中央に輝く宝石の色は、何色だった?」

その問いにダイヤモンドの瞳が見開かれる。

クトゥルフは王冠を目にしていない。そして周囲の人々も。

だけど確信を込めたクトゥルフの問いと、実際に現物を目にしている 国王陛下(ティハルト) の反応に人々は質問の答えを悟った。

『まさか……』『本当に?』ひっきりなしに周囲の声なき声が聴こえてくるのが本当に嫌だ。

そもそも怪我人なんですけど。担架も来たし退場していいかな?

大体、金の瞳なんて他にも居るわ!珍しい色合いではあるけど皆無ではない。

それに一口に“黄金”たって色々だ。琥珀や黄色系の瞳なら色味によっては黄金っぽい表現をされる場合もあるし。

「何故、カイザー様が『異能』をお持ちでないと思う?『異能』などこの国、ジュエラルだけが持つ子供だまし染みた能力にすぎない。かつて“神の子”と呼ばれたアンジェスの知識・能力、その才能に比べるべくもない。そして、カイザー様の母君の生家はアンジェスと縁のある地。へレネ様の御子であるカイザー様が『異能』を持たぬのは当然だ」

くだらない、一蹴しようとした俺の思考は再び止まった。

「あれだけの美しさでありながら、滅多に表舞台に出ることのなかったヘレネ様。お身体が弱かったことだけがその理由ではない。

ヘレネ様こそアンジェスの末裔。ジュエラルの貴族として秘密裏に育てられ『異能』をお持ちでないヘレネ様がお産みになられた御子、カイザー様が『異能』をお持ちでないのもまた必然」

_____ ヘレネ(母さん) が『異能』を持っていない。

それは事実じゃない。

母さんも『心の声を聴く』という『異能』を持っていた。

俺が神殿で『無能』の判定をされ、長じるまで能力に目覚めなかった理由は不明だが……母さんは『異能』を持ち、そして侍女の『消却』の『異能』により自身の能力を神殿の記録から消した。

それを知っているのは、母さんの日記を読んだ俺だけ。

「……な……んで……」

息を飲み、真ん丸に開いた瞳を目の前の狂人へと向ける。

冷たい汗が首を伝った。答えは……、聞かずともすぐにでた。

「…………神殿を探ったのは、その為か……」

以前、ベアトリクスの『魅了』をイザベラ嬢へと密告したクトゥルフ。

悪役令嬢だったベアトリクスへの断罪的な符号かと思っていたが、本当の目的は俺や母さんでベアトリクスの件はついでだったってことか。

つまりは、俺の所為でベアトリクスは________。

「やはりっ!カイザー様もご存じであられたのですね!!」

なにを勘違いしたのか、俺の反応に気を良くしたクトゥルフは喜色を浮かべて両手を広げた。虚ろな瞳の、愉悦と狂気を湛えた道化が痙攣しながら言葉を零す。

「さぁ、今こそ崇高なるアンジェスの再興を!!偉大なる皇帝陛下により偉大なる国を再びこの地へ!!私は第一の臣下としていかなるお力にもなりましょう!!こんな国は要らない、こんな国もあの家も……私を正しく認めないこんな世界など要らない。要らない、要らない……」

狂った道化がくるくる回る。

歪な笑みで、壊れた言葉を吐き散らしながら。

「正しい世界を!素晴らしい国を!夢物語の続きをいま 此処(ここ) にっ!!

王に生まれただけの癖に、長男に生まれただけの癖に、私よりも良い家柄に生まれただけの癖に……!!何故敬わねばならぬっ、遜らねばならぬっっ。私の方がずっと優秀だ!!優れてる、家を継ぐのは私であるべきなのにっっ!!!」

憎悪に塗れた瞳は濁った血の色。

己を顧みることもせず、ひたすらに 怨嗟(えんさ) を周囲へと振りまき続ける。

「全部全部壊れてしまえばいい!!愚かな王が治めるこの国もっ、愚鈍な父や兄が継ぐあの家もっ!!私はッ、私の力でその価値を認めさせてみせるっっ!!さぁ、カイザー様!!今こそ……」

「……まれ……」

酷く耳障りで耐えられなかった。

低い掠れた、唸るような声が漏れた。