作品タイトル不明
王たる者
美しく荘厳であるが 故(ゆえ) に、朽ち果てた様が寒々しい程もの哀しい。
地下であるにも関わらず、降り注ぐような光に満ちた空間がより一層その印象を強めていた。
主(あるじ) の居ない玉座。
王冠を戴いた亡骸と玉座の存在に「まさか、本当に存在していたのか?」「アンジェスの皇子……」と騒めく騎士たち呟きが聞こえる。
「……なにかあります」
玉座へと近づいた騎士の一人が声をあげた。
座すべき主の居ない玉座。だがよく見ると、真紅の座面には ナ(・) ニ(・) か(・) が転がっていた。
「……瓶?」
慎重に拾い上げたそれを差し出されたディークが受け取り首を傾げる。
光に翳された透明な瓶の中には赤黒い ナ(・) ニ(・) か(・) 。
躊躇(ためら) いに脚を踏み出せぬまま、遠巻きにその光景を見ていた瞳が その瓶(それ) を捉える。
そして、唐突に理解した。
よろめくように一歩下がれば肩が壁に当たった。掌で、口元を押さえる。
「大丈夫ですかっ?!どこかお具合でも……?」
「おい、おまっ……顔、真っ青だぞ」
慌てたリフが支えてくれるが、今は彼にも周囲にも構ってる余裕なんてなかった。
すぐそばに居るのに 何処(どこ) か遠く聞こえるリフやハンゾー、ディークたちの声。
それとは逆に、記憶の中の声が鮮明に頭に響く。
『 愚かだと思わない?血だの係累だのに拘ることを 』
それはいつか聞いた声。
『 王たる資格を持つ者が王たる資質を持つとは限らないのにね。
それでも奴らが尊ぶのはその血筋だ 』
何故か脳裏に深く焼き付いた言葉。
問うことが、触れることが出来なかった彼の言葉。
『それなら』と、図書室の彼は続けた。
「……その血が……そんなに、尊いなら…………」
赤黒い、液体だったモノが詰まった瓶を直視できずに俯いたまま…………掌の下で唇が無意識に動いた。
「玉座に……鮮血でもぶちまけておけばいい。
それか……瓶詰にした血液でも、空の玉座に転がしておけばいい…………」
零れ落ちるのは、彼の言葉。
突然の奇妙な呟きに落ちる困惑。
一瞬おいて、自らの手にしている瓶の中身に思い当ったディークが瓶を取り落としそうになった。だがさすがの反射神経で反対の手でキャッチし、それをどうすべきかあたふたしてる姿を視線の隅でぼんやり捉える。
正直、今は自分の感情を整理するので精一杯だった。
お得意の取り繕いも、貴族の仮面も、何重にも被った黒鳥の皮もどこへやら。吐き気にも似た気持ち悪さがぐるぐると渦巻いて、息苦しくて仕方がない。
「それはあの玉座にあるべきモノです。 此処(ここ) にはもう、何も無い」
そう、此処にはもうきっと 何も有りはしない。
「先に戻ってもいいですか。気分がすぐれないので」
口を覆った掌を外しても、呼吸はちっとも楽にならない。向けられる困惑や疑問の視線を振り切るように 踵(きびす) を返した。
なによりも今は、一刻も早くこの場を出たくて仕方なかった。
此処に居たくなかった。
長い地下通路を抜け、神殿のような建物を出れば場違いな程に青く高い空が広がっていた。
大きく息を吸い込めば、吐き出す息が白く滲んで霧散する。
凛と冷えた空気に晒されていると、ようやく少し冷静さを取り戻した。それと同時に自分の挙動を振り返り、やっちまった感が募ったが覆水盆に返らず、だ。
どう考えても不審かつ意味深すぎるよな。
明らかに動揺してたし、しかもあの言葉……。
何故に声に出した!?
いや、完全無意識に呟いちゃったんだけど……!!
うわぁぁぁぁ、とどっかのアヒル系モンスターみたいに頭を抱えたい気持ちでいっぱいの今日この頃です。
その後、リフたちにもめっちゃ気を遣われつつ、馬車にて帰還することに。
うわぁぁぁぁ、気まずい!!
帰り際、当然のようにあの場での俺の言動を気にしていたディークたちには「なんでもないです」と笑顔で返した。貴族の仮面だの、黒鳥の皮だのを厳重にかぶり直したにっこり笑顔で押し通したものの、厚顔無恥な 微笑み(ポーカーフェイス) と裏腹に心の中は気まずさでいっぱいです。
だって、明らかになんでもなくないよね。
素の俺だったら間違いなく「嘘つけぇ!!あれでなんでもないわけあるかぁ?!」って叫ぶもん。
しかも気持ちの切り替えに数日を要した 所為(せい) で、あの場に居たリフたちどころか可愛い弟妹にも心配をかける始末。不甲斐ない。
気持ちの整理がつかぬままでも日常は慌ただしく巡り、「気まずいからちょっと数日引き籠りたいなー」とか思っても、そうは問屋が卸さない。
なにせ歳の瀬。パーティーだの式典だの大忙しである。
まぁ、時間があったらうじうじぐだぐだ物思いに 耽(ふけ) りそうだし、忙しいのはこれはこれでいいのかも……とか自分を誤魔化しつつも、アンニュイを引きずりグラスを傾けたりなんぞする。
王城主催の夜会は今日も無駄に華やかかつ賑やかだ。
しかもさすがは貴族、耳が早い。
一応まだ 公(おおやけ) には発表していないのに、王冠を戴いたアンジェスの皇子かも知れない亡骸や、玉座らしきものが発見されたことがしっかり噂になってやがる。
ひそひそと 囁(ささや) かれるそれらを耳にしつつ赤ワインを流し込む。
でもまぁ、飲めばグラスの中身はなくなるわけで……。
おまけにいつまでも壁の花を決め込んでいるわけにもいかずに、厳重に微笑みという貴族の仮面と黒鳥の皮をW装備して 社交(おしごと) へと出向く。
「お疲れ」
言葉と共にグラスを差し出した。
じろりと含みのある睨みを向け、だけど口には出さずにグラスを鳴らす相手に笑みは苦笑いへと変化する。
先日の挙動不審な言動は当然の 如(ごと) く騎士から報告済みである。
あの日は体調不良を理由に邸へ戻ったが、後日ばっちりティハルトから問い詰められ、ここでも苦しすぎる誤魔化し発動。
ティハルトには大きく溜息を吐かれながら「お前は昔から何を考えてるのかわからん」って苦々し気に呟かれた。
つい数日前には「お前って意外とわかりやすいよな」って呆れた顔で言われたばっかだったんだけどな……。
話題は確か、ベアトリクスたちの話だった。
新たに公爵家の当主が挨拶に訪れたこともあり、先日の話題を蒸し返されることもなく社交モードで談笑など 暫(しばし) し。
「王子と姫、どちらでしょうな?」
「どちらでも。愛しい我が子に違いはありません」
言葉通りに愛しさを滲ませる親友の表情は父親のそれ。
そしてもう一人の親友は、大分お腹も膨らんできたこともあり用意された椅子に腰かけている。視線をやれば気づいたアイリーンが手を振ってきた。片手をお腹に置いたまま微笑みかけるその姿は正に母親だった。
距離なんてなんのその。視線で甘い会話を交わす隣のバカップル……もとい国王陛下を横目で眺める。
光を弾くプラチナブロンドにダイヤモンドのような煌めく瞳。美しく柔和に、物語の王子を体現するかのような美しい容姿。
品行方正で努力家で、決断力もありながら周囲に耳を傾ける柔軟さも兼ね備えた……まさに王子として生まれ、王となるべく生きてきた親友。
たった一つの恋を貫いたこと以外は、それこそ国の為に彼は生きてきた。
王たる資質が何たるかを凡人の俺は知らない。
だけど彼は、ティハルトは王たる資格と資質を兼ね備えた王だと思う。
王冠を戴くに相応しい、国を導くに相応しい王。
そんな彼を、心から尊敬している。
まるで物語の主人公だ。
乙女ゲーム由来のこの世界で、初めてそう感じたのは物語の主要登場人物たちでなく彼だった。
子供らしからぬ聡明さと物腰。実力を裏付ける努力と決意。凡人では辿り着けない天性の本物。
『俺はこの国を継ぐ』
その瞳が見据えるのは 遥かなる未来。
『この国を、もっとよい国にしてみせる。民が暮らしやすい国に』
王たる自覚を持った 幼くも強い瞳。
その覚悟はとても真似できるものではない。
自分と自分の大切な人達の倖せぐらいしか願えない、ちっぽけで凡人な自分と違って……国を、この国の全ての民の未来ごと背負う覚悟を持った同じ年の幼い子供。
実際の精神年齢的には十数年分の違いがあるにも関わらず、俺なんかより遥かに大人で強い覚悟を背負ったティハルトに抱いたのは素直な尊敬と称賛だった。
『俺も『無能』と同じだ』
そう言われたのは、ガーネストが生まれる少し前。
あれは……一緒に剣の稽古をしていた時だったか。弾き飛ばされた剣を拾い上げながらポツリとティハルトが呟いた。
何故、あのタイミングだったのかわからない。
偶々二人っきりだったからか……じきに生まれてくるだろう『異能』を持つ弟妹の存在に俺が劣等感を感じると思ったのか。理由は知らない。だけど誰にも打ち明けたことのない秘密をティハルトは教えてくれた。
『俺の『異能』は『至上命令』だ』
そう聞いた時は正直驚いた。
なんつー王族っぽい『異能』だよ!この生まれながらの王様めっ!って思ったね。
同時に『無能』と同じってどういうことだ?って浮かんだ疑問に彼は答えた。
『有無を言わさず言うことをきかせられる。制約も多く言葉ほど便利な能力ではないがな。それでも……有用ではあるんだろうな。だが、俺はこの『異能』を一生使わないと決めた。
俺はこの国の王になる人間だ。この『異能』に頼ってなにかを成したところで国はやがて傾くだろう。俺は王として、王の言葉と権威を持って人を動かす。それが出来なければ王としての資格などない』
『使わない『異能』など『無能』と同じだろう?』
フッと唇を上げて剣を鞘へとしまうロイヤルプリンスの姿に「こいつは何処の主人公だ?!」って思わず思ったある日の出来事である。
懐かしい記憶を思い返しながら、そろそろ他にもご挨拶に行くかと話を切り上げていると、不意に見覚えのある顔が視界に入った。
話しかけてきた他の貴族家の ご当主(オッサン) たちの相手をしつつ、なんとなくその姿を瞳で追ってしまう。
クトゥルフ・アシュトン。
バイオレットアッシュの髪の暗い朱色の瞳を持つ彼は、アシュトン伯爵家の三男で俺的には遺恨もある相手。だが非常に嫌な感じの熱視線を注いできた前回と違い、彼の瞳はこちらを認識することなく、その脚はティハルトへと向かう。
いや、別に熱視線は欲しくないけど……。
こういった場で見かけるのは珍しいなとか思っていると、ちらりと見えたその瞳に何故か背筋が粟立った。
『……こいつが』
笑みの下で、憎悪を滾らせたような赤い瞳。
濁った血の色みたいだ、初めて会った時にそう思った。
『こいつさえ、居なければ……!!』
二重音声のように聴こえる心の声に、気づけばグラスを投げ捨て走り出していた。
何も手にしていない、だけど 何(・) か(・) を握るように身体の横に下げられていた手が振り上げられ、振り下ろされる。
その瞬間……後ろ手にティハルトを突き飛ばし、身体を割り込ませた。
右腕に、そして脇腹へと走る痛みと熱さ。眉を顰めつつ手首を捻り上げ、振り上げた脚を横に払う。
簡単に吹っ飛んだクトゥルフの身体と、そしてカランカランと乾いた音をたてて転がった血に塗れたナイフ。
先程まで見えなかったソレに『透過』の能力者かと傷口を押さえる。
音楽が止み、悲鳴や怒号が代わりに響いた。
傷口を押さえた掌が瞬く間に赤く染まる。
焼けつくような痛みを感じながら、狂気を宿した瞳を睨みつけた。