作品タイトル不明
その後、寝かしつけられたのは言うまでもない
「さて、色々と話を聞いてもいいかい?」
そんな俺の要望に対するお答えは、端的に言うとNO!だった。
もぐもぐと口を動かす。
食べているのはパスタとリゾットの中間のようなもの。スープなどに入れて食べるイタリアの極小パスタのパスティーナに似ているかも知れない。消化にもよく食べやすいメニューだ。
「食事して、薬飲んで、とっとと寝てください(意訳)」のお言葉通り素直に食事中なう。
圧強めの素敵な笑顔に逆らえませんでした。
いや、一応 若干(じゃっかん) の抵抗は試みたんだけど……「ベアトリクス様たちを呼び戻しますよ?」とにっこり微笑まれて試合終了。
「また泣かれてしまいますよ?」って副音声が聞こえたのは気のせいかな??
リフ……それ、脅迫じゃない?
諸々の話は目覚めて体調が落ち着いてからとして、いい子で食事をしている間に怪我や毒の程度をリフが説明してくれる。
まず、毒や怪我の後遺症は残らないそうだ。これはさっき診察してくれた城のおじいちゃん医師にも聞いたし、右手は痛むものの感覚もあれば指先なども動くことは確認済み。
「あれからカイザー様は五日間お眠りでした」
衝撃的な言葉にスプーンを咥えたまま瞳をかっぴらく。
「ただしこれは毒と怪我の所為だけでなく薬の影響もあります。解毒が完了するまでの間、毒の活性化を抑える為です。なのであと二日程は極力お休みになって下さい。絶対安静です」
最後の言葉がやけに圧が強かったが……そういう事情なら仕方ない。
あー、でも歳の瀬。誕生日パーティー主催者がドタキャンとか……と慌ただしい年末年始の予定を思い浮かべていると「あとのことはどうとでもします。今はお身体のことのみお考え下さい」と強めに言い切られ、部屋に残ってた使用人たちにもやたら強く頷かれた。
「毒が抜けきらないと怪我の治療も出来ませんし」
リフの言う治療は『異能』による『治癒』のことだ。
怪我に対しより効果の大きい『治癒』は体内の活動、要は治癒力などを活発化させることで傷を癒す。つまりは毒物の働きも活発化させてしまうのだ。なので右腕と脇腹の怪我は現状通常の手当に留まっている。今もズキズキ痛いです。痛み止めでちょっとはマシだけど。
食べ終わった器とスプーンが回収され、流れるように差し出された木の器の中身は……ドロッドロの緑の液体。
思わず顔が引きつる程の濃い緑だった。
恐る恐る上目遣いで窺うもにっこり笑顔に撃沈し、一気に器を傾けた。勢いが肝心! 躊躇(ためら) っちゃダメだ。
強烈な味を飲み下し、差し出された水を 煽(あお) る。飲み干したところでさらに差し出される白い錠剤と再びの水も飲み込む。良く出来ましたとばかりに微笑まれ、背中のクッションを外されて枕とそこに散らばる髪が整えられた。
リフさんや……俺は風邪ひいた幼児で貴方は母親かなにかですか?って問いたくなるくらい、ナチュラルに寝かされた。
「さすがに寝すぎで眠気がわきそうもない」
「大丈夫ですよ。薬に睡眠導入効果も入っていますので」
「……」
呟きに返されたお答えに、思わず首だけぐるりしてリフを見た。
なんともいえない気持ちで向けた視線が彼の背後、サイドテーブルに置かれたモノを捉えた。
思わず手を伸ばすとその動きを追ったリフが手渡してくれる。
「そのような手鏡をお持ちだったんですね」
渡されたのは、銀の古めかしいコンパクトミラー。
身支度を手伝ってくれるリフでさえ見覚えがないのも仕方のないことだ。
だってこれは、つい先日手に入れたモノだから。
「お守り」
蓋の表面に刻まれた、剣を守る二対の翼を持つ蛇の脇の傷跡を親指でなぞる。
深く抉れたそれは刃が抉った跡だった。
「つい先日、ジュリア嬢がコレをくれた。お守りだって。肌身離さず身に着けてくださいって。なんとなく持ち歩いていたけど……まさか命を救われるなんてな」
幾つかの息を飲む音が聞こえた。
偶然それを懐に入れていなかったら……毒を 纏(まと) った刃はきっと、内臓を貫いていただろう。
特にリフの瞳が大きく見開かれたのは、学園祭でのジュリア嬢の占いを思い出してもいるのかも知れない。驚きを淡い笑みに変え、手が伸ばされる。
「それは、ようございました。今度ジュリア様にはお礼をしなくては」
そっと取り上げられ、枕元へ置かれた手鏡。
眠くはない、そう思っていたはずなのに早くも重くなった瞼をこらえてハンゾーを呼んだ。
「いま、急ぎの仕事はある?」
「いえ。我が君のお望みがあれば何なりと」
「じゃあ、私が眠る間この部屋に居て。リフはその間に仮眠をとること」
「御意」という言葉と同時に、横から上がりそうになった反論は「じゃ、命令」の言葉で封殺した。
五日目覚めなかった……それはつまり、五日間ほぼ眠ってないってことだろうきっと。あの 隈(クマ) が証拠だ。
影たちにも交代でちゃんと休憩とるように言い含めて、瞼は自然に落ちていった。
助けを求めてわったわったと視線を 彷徨(さまよ) わす。
えっ、これどうすればいいの??待って、なになに?
ちょっ、ティハルトっ?!助けてってばっっ……!!
現在の俺の状況。
美女に首に腕をまわされて抱きつかれています。
男なら非常に嬉しいこの状況。
だがしかし!今の俺にあるのは困惑と混乱のみ。
何故(なぜ) ならいっつも強気で自信に溢れたお色気美女アイリーンが、まさかのボロ泣きしてらっしゃるからだ。しかもぎゅうぎゅう抱き着いてくる彼女の背後には旦那様が居るわけで。
「ア、アイリーン??ちょ、どうしたの……?」
とりあえず奥様ラブな旦那に刺されても嫌なので身体を離そうにも、首に回った腕は緩まないしフルフルと首を振られてしまう。
「ほらっ、興奮するとお腹の子にも悪いから。……落ち着いて?」
そもそも俺も一旦落ち着きたい。色んな意味で。
下を向けばぷるるんっな谷間さんが見えちゃうし、正面向けばぽろぽろと涙を流すアイリーンは普段と違い過ぎて見てられない。背後に視線を逸らせば難しい表情の旦那様。
一体どこに視線をやればっ……。
「怪我に 障(さわ) るからあまり力を込めるな」
ぽんっと置かれた掌がゆっくりと頭を撫でる。
「……っく……ごめ、なさ……」
ティハルトの言葉にようやく腕を緩めたアイリーン。
いまだ紫紺の瞳からは涙を零し、撫でられながらしゃくりあげる姿は見たことがないほど幼く見えた。
「傷は……?体調はどうなんだ?」
難しい表情のままのティハルトが聞いてくる。
眉が寄って感情が読みにくいその表情は、怒っているようにもみえるが……。
これはもしかして、嫁が目の前で他の男に抱き着いてる状況に怒ってたんじゃなくて、俺を心配してたのと……自分を責めてたり??
「毒は殆ど抜けたし傷の治りも順調だよ」
「……ほんと?」
「ああ。『治癒』の能力者を派遣してもらってるしね」
「すまなかった」
私的な場といえ使用人たちもいるのに、最高権力者が気軽に頭を下げないで欲しい。
夫婦揃って今日は俺を驚かせたいの?
「謝罪される 謂(いわ) れはないよ。臣下としても友人としても当然のことだ。君が無事で良かった。生まれてくる子を父なし子にするわけにはいかないからね」
ほら、アイリーンも座ってと椅子をすすめる。ベッドの上だから引くのはティハルトにお任せだけど。
お茶を飲み、一息ついてようやく二人ともいつもの調子を取り戻した。アイリーンは若干気まずそうに頬を染めてはいたけれど。
いやー、珍しいもん見た。
「もう聞いてるかもしれないが、アシュトン伯爵家夫妻と次期当主の死亡が確認された。ワインに毒が盛られたらしい。クレインの時とあのナイフと同じ毒だ。両親と兄を殺害しその後に城へと向かったようだな。詳しい話を聞こうと騎士が尋問を行ってるが、廃人のようにまるで口をききやしない」
苦い顔で語りながらリフを見るのは、俺の体調を考慮してでしょうか?
リフは長年の従者なのでティハルトも顔は知ってる。そしてその関係性も。
切り上げた方がいいか、お見舞いに訪れた本人でなくリフに確認とるあたりわかってるよねー。
そんなリフの許可も出たのでお話し続行。
ティハルトから聞いた話はだいたい影から聞いている。
お怒りの皆さんは自主的(?)に情報収集と警戒に勤しんでくださったので。とはいえ、色々聞かせてくれたのは絶対安静期間が明けてからだったがな。
発見されたのはアシュトン伯爵夫妻と次期当主の死体だけじゃない。
アシュトン伯爵の祖父、クトゥルフからみれば曾祖父にあたる“お爺様”の死体もだ。
もっともこの爺さんの死因は老衰で他殺じゃない。
だが異様なのは……葬儀を上げるでもなく、死後二月近いその死体は生きてるように椅子に座らされていたそうだ。
辺境の屋敷に引っ込んでいたことと、使用人たちが不自然に解雇されたことで発見されなかったらしい。
そしてこの爺さんがクトゥルフに影響を与えた元凶。
若い頃は切れ者で有名だったそうだが、同時に次男で爵位を継げないことを惜しまれてもいたらしい。爵位は嫡男が継いだが、子供を事故で亡くしたため弟の子供を養子に迎えた。それがアシュトン伯爵の父の前伯爵。
この爺さんこそがアンジェスを盲信していた狂信者だった。
そしてクトゥルフはこの曾祖父に随分と懐いていたらしい。
度々屋敷に通っていた事実は御者の証言がとれている。
そしてそれは死体から推察される死亡時期より後にも……。
あの夜のクトゥルフの精神状態はどうみても普通じゃなかった。
敬愛する“お爺様”の死。
どんなに生きてるように取り繕おうと死体は朽ち、腐敗する。
そんな“お爺様”と過ごす内に精神が壊れはじめ……アンジェスに纏わる亡骸と王冠、玉座の発見が引き金となったんじゃないのか……っていうのが今のとこの見解だそうだ。
王や家を継げる立場に生まれた者への反発はあの時の言動からも明らかだし……要は僻みの末の逆恨みじゃねぇか。
肝心の当人が廃人紛いだから事実は不明だが。
暗澹(あんたん) たる話題に思わずため息が漏れた。
それを見たティハルトが口を開きかけては閉じ、意識を切り替えるようにティーカップの残りを飲み干して立ち上がる。
「長居をしたな。ゆっくり休んでくれ」
そう言ってアイリーンへと手を貸す姿にへにょりと情けなく眉が下がる。
言葉にはされずともティハルトの聞きたいことはわかってる。
クトゥルフの例のデマの件だろう。会話の中で軽く否定したけど納得されてはいないようだ。
いやいや、100%のデマなんでっ!!
お願いだから信じてよ!!
まぁ、これ以上の長話はリフからストップかかりそうだし。俺はともかく、妊婦のアイリーンはそろそろ休んで欲しいしこの話はまた今度にしよう。
「カイザー様。ティハルトを守ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
ぎゅっと手を握って礼を告げるアイリーンに微笑んで二人を見送った。