作品タイトル不明
進化は続くよどこまでも
「あの、大丈夫ですか?お兄様、ダイア様」
心配そうな表情で俺たちを見るベアトリクス。傍らではマオも「へーき?」と身を乗り出して心配してくれる。
「「……」」
疲労も色濃く、ぐったりしながらも力ない微笑みを浮かべる。
その笑みも精彩を欠いてるだろうことは明らかだ。
マホガニーのテーブルに並ぶのはサンドイッチやスコーンをはじめとした摘みやすい軽食類。味は申し分ない筈のそれらだが、生憎と疲労が勝って口へと運ぶ動きは義務的だ。
「いいように転がされてる感がひしひしする」
「ですね」
ティハルトに 怒涛(どとう) の 如(ごと) く仕事を振られ、臣下一同 死屍累々(ししるいるい) 。
切っ掛けはスタンピードだが、魔獣ではなく自国の国王陛下に追い詰められてます。
最低限食事や睡眠、生活に必要な時間は確保されているが、崩しても崩しても書類の山が積み上がる超ハードスケジュール。
まぁ、本人は睡眠時間すら削って事後処理に当たってるし。端正な顔に薄っすら浮かんだ 隈(くま) からも一番の激務を熟してるのがわかるから、強く文句も言えないんだが。
休憩時間の度に訪れてくれるベアトリクス。
嬉しい。 凄(すご) く凄く嬉しいが……。
「癒しを補給してキリキリ働け」っていうティハルトの思惑が透けて見えちゃうのが、なんとも微妙な気分にさせる。
「職務外手当、要求してもいいかな?」
ティハルトは人使い荒いし、皇太后様だってアイリーンの同行を推すなら妊娠の件とか事情は先に教えといて欲しかった。
まぁ、事情知ってれば止めただろうけど。
「いいんじゃないですか?むしろ爵位や役職を授かることもあり得るのでは?」
最近のカイザー殿の働きを考えれば可笑しくないです、というダイアの言葉に思わず顔を 顰(しか) める。
折角(せっかく) ガーネストにルクセンブルクを引き継いで晴れて自由の身なのに。そもそも爵位だの役職だの、向いてないし欲しくもない。
「冗談じゃない。絶対ごめんだよ」
「ティハルト兄上としては、使える人材は繋ぎ止めておきたいでしょうし」
しれっと放たれた彼の弟の言葉が不穏すぎて笑えない。
俺は爵位も役職も要らないんで自由に生きたいんですー!
食事を終え、「頑張って下さい」「がんばってー」とエールを送ってくれた癒しが去ってく。ついでに必要な書類を受け取ったダイアも。
ティーカップに残った紅茶を飲み干し、仕事モードに切り替えだ。
書類にペンを走らせる。
全体に目を通し、最後に署名をして溜息を一つ。どうにかノルマ完了だ。
明日にはきっと新たな山が築かれていることはもはや確定事項だが、その事にはあえて目を 瞑(つぶ) りリフの労いを受ける。
「なんとか無事納まりそうで良かったですね。これもカイザー様のご活躍のお蔭です」
トントンと書類を整えるリフの言葉の前半部分には深く賛同だ。
我が国はもちろん、周辺国にも魔獣の被害はほとんどなく、ジャウハラとの同盟関係も支障をきたすことなく維持できそうだった。
サヴィアスの所業を知るのは一部の上層部のみ。ジュエラルに恩があるジャウハラは元より、被害国であるジュエラルの王であるティハルトも関係悪化を望んでいない。なので今回のスタンピードの詳細は伏せられ、表向きはあくまで自然発生的なものとして扱われている。
秘密裏に賠償だのなんだのは支払われるんだろうが関係悪化は防げそうだ。むしろ今回の件で大きな貸しを作ったとも言えるか。
「私、というかマオの活躍が一番だけどね。それからみんなの協力も」
いやマジで。
チビッ子魔王様+αの実力を思い出して 若干(じゃっかん) 遠い目になる。
「もしも彼がマオを操ることに成功してたと思うとゾッとする」
零した言葉は本心だったが、同時に失言だった。
寒い。
部屋の体感温度が5℃は下がった。
ハイスペックが過ぎる従者と隠密は、怒りで周囲の温度を下げることさえ可能らしい。漫画の世界の話だけじゃなかったんだな。まぁ、魔術も異能もありな異世界だけど。
絶対零度の怒りの原因は……俺が奴の 傀儡(くぐつ) にされかけていたことだ。勿論、マオのことも。
ストイックな忠臣たちは気づかなかった自分達にも怒りを感じているようで「どのような処罰も覚悟の上です」と詫びられたが、そもそも当事者が気付いてなかったし。
でもまぁ、思い起こせば異変はあった。
連日見続けた懐かしい日々の夢も、あの日、腹の底から湧き出るような 感情(モノ) を制御出来なかったのもそうだったのだろう。
環境が変わったからかと思い込んでいたが、やたらとマオも眠気に襲われてたし、そのうえ手足をぺちぺちしてそれを払おうともしてた。
この件についてマオに聞いてみたら「なんかモヤモヤがぐるぐるしてやだった」とのこと。はっきり魔術に気付いてたわけじゃないけど、本能的に感じ取ってはいたのかも。
「で、でも途中で効かなくなったようなことを言っていたよね」
そのままだとまた謝罪に突入されそうな気配を感じ、慌てて口を開く。
あの感情を抑えきれなかった日以降、ピタリと過去の夢も見ていない。
マオはともかく、黒鳥の皮を被って擬態してるだけのモブ貴族の俺に魔術に対抗する術などない。
…………と、いうことで唯一の心当たりをじっと見る。
俺とハンゾーに視線を向けられたリフは、考え込むように口元に手を遣って小さく首を傾げた。
考え得る最大の要因、それはリフの『絶対防御』。
だが対自分には全オートなそれは、対他者には発動の意思がいる。だがサヴィアスの術をリフが気付いてなかったことは言い切れる。絶対だ。
気付いてたらその時点でサヴィアスはお 陀仏(だぶつ) だったろうし……。
俺の周囲は過激派が多い。後から話を聞いたランとか、サヴィアスの遺体切り刻みに行きそうだったの必死に止めたしな。
「もしかしたら」と小さく呟くリフに「心当たりがあるのかい?」と問うと「確信はありませんが……」と前置きして口が開かれる。
「常日頃から思っていることではありますが、ご様子がいつもと違われた貴方様を見て“カイザー様を煩わせるモノは何であろうと許しはしない”そう強く思いました。匂いも攻撃と 見做(みな) せば防御出来ましたし、“何であろうと”と思った事で、対象が不明な状態でも防御が発動してる状態となったのでしょうか?」
「…………」
「興味深いですね。条件はやはり意思の強さでしょうか?」
「 流石(さすが) はリフ殿。我が君の片腕として相応しい御仁だ」
「いいえ、カイザー様の御身を危険に 曝(さら) すなど 赦(ゆる) されざる失態です。もっと精進を重ねなければ。ハンゾー、影のみんなに協力を願えますか?対象が不明でも発動が可能となれば守りの幅が広がります。発動条件、程度に範囲、詳細な検証が必要です」
「勿論。リフ殿の意識の及ばぬ攻撃や毒物などでも対応可能か試してみよう」
恐すぎる話題でさくっと盛り上がる二人に慌ててストップをかける。
リフの『異能』の進化に言葉を失って止めるのが遅れた。他者相手では“攻撃”と見做してからしか“防御”発動不可だった筈なのに……。
リフさんの止まらぬ進化にも 吃驚(びっくり) ですが、真面目に人体実験検証してる二人にも吃驚ですよ。
だって検証って、 要(よう) は奇襲でしょ?
護衛対象役の影に奇襲しかけて、いつどんな攻撃がくるかわかんなくても防げるか検証ってことだよね?
毒も攻撃も影たちなら、ある程度平気って知ってるけど発想が恐い。
「あまり危険なことは……」
「「ご心配には及びません」」
「えっと、ほら。影のみんなもだけど、リフにだってどれくらい負担がかかるかわかんないし。毒物はハンゾーたちが気付いてくれるし、今回みたいのはそうそうないしね。いざって時にリフが不調の方がずっと困るから」
NO!人体実験!!の気持ちを込めて説得を試みる。
「それは……確かにそうですね。リフ殿の身に万が一があればそれこそ一大事です」
「今は慌ただしいですし、検証は少し先に致しましょう」
リフ……そういうことではないんだが。
やるのは確定事項なんですね。
や、能力的にはめっちゃ助かるんですけど……周囲がどんどん人間離れしていくことに戸惑いを隠せない。
えっと、ここって乙女ゲームの世界じゃなかったけ?
俺の周りだけ少年漫画の世界かなんかなの?
大抵、味方のピンチとかで覚醒してパワーアップしたり、新たな必殺技使えるようになったりするよね、ああいうの。
いつか急にみんなの瞳の色が変わったり、髪が伸びたり逆立ったりしはじめたらどうしよう……。
さ、最終形態とかあるのかな?