作品タイトル不明
スタンピード
窮屈な首元に指を掛け微調整し、最後に皮手袋を装着する。
ピッタリとしたそれに指を馴染ませるように、軽く掌を握ったり開いたりを繰り返し、マントの裾を払い脚を踏みだした。
あれから、まず向かったのはジストの元だ。
「スタンピード……?」
肩眉を上げ聞き返すジストにことのあらましを語った。
その場で激高されることも覚悟していたが、腕を組んで木に凭れ掛かったジストは顔を 顰(しか) めながらも冷静に話を聞いてくれた。
「お門違いなのはわかってる。だけど力を貸して欲しい」
「…………いいだろう」
助勢の求めにあっさり返されたそれに、下げていた頭を中途半端に上げて呆気に取られる。
「思うところがないわけではないがな。貴様ら人間と全面的に争えば、魔族側の被害も 甚大(じんだい) なものになるだろうしな。協力してやる。止めるというなら止めてみせろ」
木から背を離したジストは歩み寄りながら手を差し出した。
「連れていけ」
その後、ジャウハラへと引き返してティハルトとの通信を交わし、昨日の夕刻にジュエラルへ帰還。
ガーネストたちはジャウハラに残って貰った。
ちなみに、帰還はソラの『転移』でだ。
だがソラの『転移』……実はコレ、大きさとか距離はさほど関係なく回数により負担がかかるっぽい。なので一人一人飛ばすのでなく一回で済ませた。
ジストに黒竜になってもらい、俺らが騎乗。ジストを『転移』で一回。
ティハルトには軽ーく伝えておいたが、王城の敷地内に突如出現した黒竜にパニックが起こった話は割愛する。ドン引かれた。
不安や焦燥に塗れたもどかしい一夜が明け、朝日が地平線を照らす。
そして、サヴィアスが告げた日が訪れた。
ティハルトや騎士団、それから煩い外野を説得するのは骨が折れたが、猛々しい 黒竜(ジスト) の存在もあって無茶を通せた。
城壁に群れを成す騎士達。城門付近を守る大勢の冒険者や騎士。
黒き竜へと向けられる畏怖の視線を感じながらその存在へと歩み寄る。
ギョロリと動いたアメジストの瞳が眇められ「ひぃ!」と周囲から竦んだ声が聞こえた。
俺も初見は超怖かった(その後ブチ切れて我を忘れたが……)。
だが、大概ジストに慣れた今では「黒い」とか「魔王」って思ってんだろうなーと、なんとなくわかる。そして実際、近づくにつれ聴こえた声は予想通りその二つだった。
そう、黒いのだ。
そして魔王っぽい。
「いっつも黒いじゃん」と言われてしまえばそれまでなのだが、こう、いつにまして黒感強め。
軍服っぽいデザインの服装に足元はひざ下まであるゴツめのブーツ。黒い皮手袋に黒い剣。黒光りするしっかりとした生地が黒感を際立たせる。……Gではないよ。
止めに背から 靡(なび) く内側は 臙脂(えんじ) ・外側は黒のマントと背に下ろした漆黒の髪。
うん、自分で鏡見て「魔王コス」って心の中で呟いちゃったよね。
そんな魔王コスで黒竜へと歩み寄る俺に周囲が全力で引いてるのがわかる。おぅふ。
誰もが視線を向けながらも遠巻きにする中で、唯一話しかけてきたのは知り合いであるディーク副団長だった。騎士団長はジャウハラに居るので、彼が今回の指揮の責任者だ。
「本気でお前らだけで向かうのか?」
「ええ。ジストに全力を奮って貰うには、周囲の人間は少ない方がいいですから」
もう何度も交わした遣り取り。
だが何度でも止めたくなる彼らの気持ちもよくわかる。
なにせ俺たちは、たった十数名で魔物の群れに立ち向かおうとしているのだから。
ジュエラルの国境を出て少し先、広大な大地で魔物を迎え撃つ。
騎士たちの同行は断った。ジストに全力で大暴れしてもらうには周囲の人間は邪魔になりかねない、というのが建前だ。
実際、炎のブレスなどで人間が巻き添えになる危険性を危惧した面もあるが…………一番の理由はマオだった。
俺の身勝手で巻き込んだマオの力を、周囲の視線に晒したくない。
黒づくめの影たちとジストの背に乗り、ジュエラルの国境を出て少し先、広大な大地へと降り立つ。竜の背に乗り飛行などという滅多にない機会だが、そのロマンにときめく余裕は今はない。
本当にサヴィアスの言葉通り魔物の大群が押し寄せてくるのだろうか?と果てしなく続く地平線を眺める。落ち着かない心を持て余していると足元にぎゅっとマオが抱き着いた。
「だいじょーぶ!マオ頑張るから平気だよっ」
フード付きの外套を纏い、にぱっとマオが笑いかけてくる。
年端もいかない子供に宥められるなんて情けないな……。そう思いつつも、緊張感のないその姿に自然と強張っていた表情から力が抜けた。
「うん。ありがとう」
流石(さすが) はリアル魔王様。超大物だ。
どれくらい待っただろう。
はじめに捉えた異変は砂埃。薄っすらと靄のように広がる砂塵に、次いで聞こえる音と振動。そして、もはや黒い塊のように見える、多数の個の集合体。
ヴォオオオアアァァッ!!!!
ジストの咆哮に群れの統率が僅かに乱れた。
今や個々の姿も辛うじて目に入る位置にまで迫った、それらを率いる濁った赤い眼の上位種の魔物たち。
「使い魔たちの 殲滅(せんめつ) をっ!!リフはマオを頼むっ!」
剣を引き抜き構える。
灼熱の業火を吐きながら、ジストが尻尾で魔物の群れを吹き飛ばす。それに巻き込まれぬよう迫り来る魔物を斬り払う。黒い残像と化したハンゾーたちが宙を舞い、血飛沫が雨のように降り注いだ。
狙いは濁った赤い眼をした上位種たち。
ゴツゴツとした巨岩のようなジストの脇には、魔獣の使役の為に魔力を整えるマオと戦闘能力のないソラを『絶対防御』で守るリフがいる。
喰らいつかんと飛びかかるダイアウルフの首を斬りおとし、反対側から迫り来るもう一体を蹴り飛ばしつつ斬り伏せる。
ハンゾーが放った飛針で串刺しにされてなお身をくねらせる蛇体の頭部を踏みつけ、爪を翻すビッグベアの腕を両断しつつ後方に飛び距離をとった。
毒性を持つものもある魔獣の血の雨をマントで防ぎ、そしてまた血飛沫を振らせる。
荒くなる息。
全身が心臓になったように脈打つ鼓動と僅かに痺れる手。
視線を走らせ周囲を見渡した。
絶命した幾つかの個体。濁った赤い眼をした魔獣は……あと三体ほどか。
群がってくる雑魚はともかく、上位種はさすがに強い。硬いしデカいしで手は痺れる上に、跳躍しないとまともに攻撃が届かないのだ。息を乱しながら、頬から流れる血を拭った。
蜘蛛の形の魔物が幾多の脚を振り上げる。
影たちがそれぞれの脚を個別に縫い付け、悍ましい音を立てて頭部が破壊された。あと二体。
息を整えた俺は岩のようなジストの突起に手を掛けその背へとよじ登る。ジストの吐き出すブレスで周囲は火の海となった。
背から頭部へ、勢いをつけて走りながらチラリと視線を向けた先では腰の引けたソラが闘いの様子に顔を引き攣らせ、その脇には静かに瞳を閉じ宙に浮かぶマオの姿。
業火に真紅の髪を靡かせ、淡い放電を纏いながら佇むマオの姿はどこか神秘的だった。
業火に焼かれる上位種の魔獣にジストがトドメの爪を振り上げる。その衝撃を片手で掴んだ突起に掴まりやり過ごし、辿り着いた頭部で助走をつける。
竜の一種だろうか?瞳が捉える先は、爬虫類らしい特徴を持つ“怪物”という表現がピッタリなグロテスクなその魔獣。ジストより僅かに小さいものの見上げる巨体で、尚且つ全身を覆う鱗がやたらと硬くハンゾーたちの攻撃もことごとく跳ね返される厄介な存在だ。
剣をしっかりと両手で握りしめ、足裏に力を込めてジストの頭から飛び降りた。
落下の勢いを借りて全力を込め、その巨体を切り裂く。
翻る髪とマント。
耳障りな断末魔と両手に感じる手ごたえ。
落下の衝撃を足裏で殺し、血に塗れた剣先を引き抜いたその時……風を切る音を耳が捉えた。
「……っ」
頭部と胴体を引き裂かれながらも、最後の悪足掻きとばかりに振るわれた尻尾をギリギリ切断する。
だが巨体の影から鋭い鉤爪と牙を向いて飛び出してきたバンダースナッチに、もはや剣を構え直す余裕も、蹴りを繰り出す為に体勢を立て直す時間もない。
喰らう。
そう直感した。
鋭い鉤爪と「燻り狂える」と表現される 顎(あご) 、それこそがこの魔獣の脅威だ。せめて急所を庇うべく身構え、襲いくるだろう痛みを覚悟して剣に力を込めた。
……が、痛みは訪れなかった。
反撃に備えた黒光りする刃の前には振り下ろすべく敵はなく、血相を変えたリフが俺の名を呼び無事を確かめる。
ぱちりと一度瞬き、 漸(ようや) く状況を理解した。
地面に座り込み服の上から心臓を押さえ「死ぬかと思った」と死にそうな声を出すソラの片手が掴むのは黒と臙脂のマント。
攻撃を受ける寸前、『転移』したソラが俺を掴み、再びリフたちの元へと『転移』してくれたようだ。
「ありがとうソラ。助かった」
安堵の息と共にそう告げれば、ぜぇぜぇと呼吸を乱したままそっぽを向かれた。
「別に。雇用主に死なれちゃ困るしな」
標的を見失い、空振りした攻撃と共に地面に突っ込んだバンダースナッチの首が向き直ろうとした瞬間落とされ、その身体が無残な肉塊へと変えられる。
ハンゾーたちだ。
危険に反応出来なかった苛立ちもあってか、見事なミンチと化したバンダースナッチ。
や、みんな他の敵と向き合ってたし仕方ないよ。
俺も剣を握り直し、再び魔獣の残党へと脚を踏み出そうとしたその時、リフの『絶対防御』で守られ静かに宙に佇んでいたマオの瞳が……ゆっくりと開いた。