作品タイトル不明
汝が深淵を覗く時
少しだけ寂し気で、だけど穏やかな表情だった。
誰もが言葉もなく立ち尽くす。
視線の先に横たわる亡骸。
それが紛れもない現実を突きつける。
先程までの激高が嘘のように穏やかな死に顔を晒す物言わぬ主は、己の存在をもって語った言葉が真実なのだと主張した。
槍に貫かれた身体。その傍らで頭を抱えガタガタと震える兵。国王を、自分を襲わせることでサヴィアスは己の能力を示した。そもそもそれを伝える為だけに彼は戻ったのだ。
「魔獣が……」「スタンピード」ざわざわと広がる騒めき。広間は混乱に包まれた。
それでも、その場に集められていたのがジャウハラの上層部とジュエラルの使節団の人間だけだったことが幸いした。動揺と混乱を色濃く残しながらも、状況把握のための指示などが飛び交う。
魔獣の群れがジュエラルを襲う……。
その光景が脳裏に思い描かれ、ぎゅっと拳を強く握った。
弱々しい力に袖を掴まれ振り向けば、蒼白な顔をしたアイリーンが唇を震わせていた。だけどその視線はサヴィアスへ向いており、きっと無意識に掴んだのだろう。
縋(すが) るようなその指に手を重ねれば、はっとしたように瞳が向けられ唇が 戦慄(わなな) く。
「酷い顔色だ。無理はしないで。椅子を持って来てもらおう」
「……ええ」
本来なら部屋へ戻して休ませたいけど、どうせ聞き入れやしないだろう。迷いや不安を振り払おうとするように、一度瞳を閉じて軽く頭を振ったアイリーンは手を離し真っすぐに一人で立つ。
現実に向き合おうとするその強さと気高さに感嘆し…………俺も覚悟を決めた。
「ごめんガーネスト。少しこの場を外す。この場を頼んでいいかな?」
「外すって……こんな時に 何処(どこ) へ」
アイリーンに「こんな時だからなんだ」とだけ答えてガーネストを見れば、 精悍(せいかん) な顔を引き締めた若き当主は力強く頷いてくれた。
「王妃様の警備並びに国王陛下へのご報告はお任せ下さい」
ウチの弟マジイケメン。
カツカツと靴音を響かせながら回廊を進む。
あの場での話し合いも、ティハルトへの緊急報告もすっぽかして向かう先は客間として宛がわれた王宮の一角。
ちなみに緊急報告ってのはテレビ電話的なアレだ。残念ながら携帯電話は存在しないこの世界だが、通信技術っぽいのはあるにはある。国のトップ同士でしか使われないマジ希少かつ緊急用のだけど。
ジャウハラの王経由でティハルトに連絡がいったところで出来ることは少ない。援軍を送る時間的余裕はないし、国内の騎士や冒険者をかき集めるぐらいしか打てる手はない。
それでは駄目なのだ。
なにせ大元の原因は人災。
もしもジュエラルの国や民に大きな被害が出ることになればサヴィアスの望み通り戦争が引き起こされる。
だから、その為にも_____。
肩で息をしながら扉を開ける。
部屋の中には外の様子を気にして窓際に立ったソラとエリーゼ。そしてサスケとその膝の上で絵本を広げるマオの姿があった。
「なぁ何があったんだ?さっきから偉そうな奴らがいったり来たり物々しいけど」
「悪いソラ、説明はあとで。大至急ジストの居場所の座標を確認してほしい。サスケとエリーゼも少し外して」
三人を部屋から出し、きょとんとこちらを見上げるマオと向き合う。
リフとハンゾー?二人は当然のように退出しませんでしたよ。時間もないし言い合う気もない。
「マオ、お願いがあるんだ」
片膝をつき視線を合わせながら小さな肩をそっと掴む。
「おねがい?」
「明後日、魔獣の大群がジュエラルを襲う。人に使役された魔獣が率いるスタンピードだ。こんなことをマオに頼むのは筋違いなのはわかってる。でも止めたいんだ。きっと多くの君の同族を 屠(ほふ) ることになる。それでも人間だけでなく魔獣の被害も最小限に留めたい」
我ながらひどい頼みだと思いながら、それでも声を絞り出した。
「マオの力を貸してほしい」
最低で最悪の頼みを聞いたマオの顔から表情が消えた。
すぅっと変質する空気。肩を掴んだ手が床から数十センチ浮いたマオの身体に合わせて動く。
虚空(こくう) を見つめるかのように俺を見る、吞み込まれそうなその瞳は……あの日のマオと同じもの。
「何を望む?」
低く高い、性別も年齢も感じさせない声が問う。
感情の読めない声音。
緊迫感に喉を鳴らしつつ答える。
「魔獣を使役してほしい。魔族は力ある存在に従うと聞いた。魔獣を率いる個体を倒したあと、有象無象のその他の魔獣を 退(しりぞ) かせたい」
親兄弟を殺され、サヴィアスにより隷属の契約と悪夢を植え付けられた魔獣は倒すしかないにしても、その個体たちに率いられているだけの魔獣ならば退かせることは可能かも知れない。彼らにはジュエラルを襲う理由がない。
力ある存在というのならジストも当てはまるが、彼は攻撃は得意だが、魔力の感知だの操作だの細かいことは苦手だと言っていた。
その点、マオはかなり素質がある筈だ。なにせ実態のない核のような存在であった頃から、己の身を守る為に魔獣を使役していたぐらいだ。なにより魔王種。
「何故?」
無表情なまま、それでも不思議そうに首が傾けられた。
「もう遅いかもしれない。既に人間の所業は君たち魔族にとって恨み、憎むに足るものかも知れない。それでも止めたいんだ。魔族とも、人同士でも争いたくない。少しでも犠牲を減らしたいし、争いを喰い止める方法があるのなら足掻いてみたい」
そっと片頬を包み込む。まろい、柔らかな肌。
「私はマオたちの敵になりたくない」
それは偽りのない本心で、同時にどこまでも自分勝手な言葉だった。
同胞を 屠(ほふ) ると言いながら、同じ口で敵になりたくないなんてなんてふざけた話だろう。大切だと愛おしみながら、どの口でこんな酷いことを頼むのだろう。それでも…………。
「わかった」
内へ沈んでいた思考は変わった声の質に遮られた。
「どいてー!マオがカイザー様とお話ししてたんだから」
身を捩らせたマオの足がストンと床に着地する。
目の前にいるのはいつものマオだ。表情も声や仕草もいつも通り。
思わずパチパチと瞳を瞬く俺ににっこり、こっくりとマオが頷く。
「えっと、その……わかったっていうのは?」
「マオ頑張る!」
ヤル気満々のマオを思わず掌で制した。
「待って、さっきのマオは?」
「マオはマオだよ?」
いや、そうなんだけどさ?!さっきの潜在意識っていうか魔王としてのマオっていうか。
あぁ、もうややこしいな!
協力してくれるのは非常に有り難いけど、そんな簡単に結論を出していいことじゃないっていうか……。さっきの人格の意見も聞きたいというか。
そんなことをたどたどしく伝えたら「なんで??」って思いっきり首を傾げられた。
「簡単だよ?マオはカイザー様の味方だもん」
ねっ?とマオが見上げたのは斜め後ろ。
「リフもハンゾーたちも相手が同じ人間でもカイザー様の敵なら倒すでしょ?マオは魔族だけど、カイザー様もガー君もベアちゃんもリフもハンゾーもみんな大好きだもん!ベアちゃんが怪我しちゃったら大変!それにカイザー様は魔物も出来るだけ殺さないようにしようとしてくれてるんでしょう?あの子も反対してないよ」
「マオ」
返す言葉さえ思いつかず名を呼ぶことしか出来なかった。
ぎゅっと抱き着いてきた小さな身体を「ありがとう」と抱きしめる。
「マオはいい子ですね」リフに褒められて、ハンゾーに頭をポンポンと撫でられてえへへと可愛らしく顔を綻ばせる幼子は、最強の助っ人だった。
「絶対に止めてみせる」
人と魔族の対立も、人間同士の戦争も。