作品タイトル不明
おうち帰った……
天を仰ぎ 咆哮(ほうこう) を上げる黒き竜。
広げた翼と衝撃波さえ伴いそうな振動に、地を踏む脚に力を籠めた。天を突くような咆哮と鋭い瞳による 威嚇(いかく) に、群れを率いてた存在を失った魔獣達が騒めき、統制が崩れる。
ジストの巻き起こした風に 煽(あお) られマオのフードがパサリと落ちる。フードから零れ落ちた真紅の髪は先程までより一層宙に 靡(なび) き、ゆっくりと 瞼(まぶた) が開かれた。
深淵(しんえん) のように深く 昏(くら) い、それでいて妖しい輝きを帯びた金緑色の瞳。
小さな唇が音もなく動き、息を吸い込む姿を魅入られるように見つめる。
音を紡ぐべく、淡い色の唇が開いた。
「おうち帰ってーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」
両手をギュっとして前のめりに叫ぶマオたんに、思わず目をぱしぱししちゃう。
えっ?ええっっ??!!
ちょっ、マオっ?!いつの間にいつものマオたんモードに戻ったのっ?!
さっきまで魔王モードだったじゃん??
絶賛、大混乱中である。
さらに 吃驚(ビックリ) な事に…………。
「おうち帰ってーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」と叫ばれた魔獣たちがピタリと止まり、Uターンしてドドドドドドドドドッッ!!!と振動を響かせながら走り去ってくんですけどーー。
うそん、と思わず心の中で呟いた。
あまりの出来事に思わず呆然としてしまうが、呆けてばかりもいられなかった。
大多数の魔獣達はマオの指示に従ってか“おうちへ帰って”行くんだけど、他の魔獣にぶつかったりパニックを起こした魔獣達がUターンからさらにUターン。つまりは元の進行方向へ戻ったり、グルグル回ってあらぬ方向へ走り去ったり仲間内で争いだしたりしたからだ。
「暴れる大型の魔獣だけ討伐を!それ以外は無視していい」
新たに群れを成されても面倒なので、マオに従わない大型の魔獣だけをいくつか斬り伏せる。全部は相手にしてられないし、それ以外のジュエラルへと向かった魔獣たちは城壁付近に控えた騎士や冒険者へ任せよう。
ジストの上から眺める地上は凄まじいものだった。
広大な大地に横たわる幾つもの上位種の死骸。遥か遠く去って行くもはや黒い塊に見える魔獣たち。焼け焦げた大地と広がる赤。さっきまでそこに自分達が居たことが信じられない。
「マオ、大丈夫かい?」
どこかぼぉっとしてむにむにと目を擦るマオに問いかければ「ねむぃ。つかれた」と、とろんとした声で告げ、いつものように胸元に懐いてこようとするのを慌てて止める。
むぅと不満そうに唇を尖らせる姿は可愛いが……いかんせん血塗れだ。魔獣の中には毒性を含む種類もいる。そんな返り血に塗れた服のまま抱き上げる訳にもいかないのでソラへと委ねる。
フードを被らせ、その上から頭を撫でればふにゃりと頬を緩めてゆっくりと瞳が閉じられた。ソラの腕の中からすぅすぅと穏やかな寝息が響く。
「 吃驚(ビックリ) すぎてもはや何に驚けばいいかわかんねぇんだけど」
穏やかな寝顔を眺めながらソラが呟く。
「“おうち帰って”だもんね」
「もうアンタらなんでもありだな。 流石(さすが) 、魔王軍」
思わず苦笑いを零せば、ソラが茶化してくる。
ちなみに、キミの腕の中にいるのマジモン魔王様ですが。
「勘弁してくれないか。これからを思うと気が重い」
軽い茶化しに、うんざりした表情で髪を掻き上げた。
あー、マジで気が重い。落ちないようにゆっくり飛んでもらってるとはいえ、数分でジュエラルに着いてしまうのが本当に気が重いったらないですよ。
ソラの言葉じゃないけど、戻ったら確実に魔王扱いされるっしょ?
いや、既に一部でされてっけどさぁ!
頼みの綱のリフも仕方がないとばかりに苦笑いをしてるし、ランたちは「お似合いです」と褒めてくれるけど、そういうことじゃないんだよ。
「魔王扱いも仕方ねぇんじゃねぇ?やたらめったら美形で雰囲気のあるカイザー様のその容姿にその恰好。黒竜と黒装束の凄腕たちを率いてあの魔獣の大群を退けるとか。もうどっから見てもただの魔王じゃん」
「や、別にジストは協力して貰ってるだけで率いてないし。魔獣退けたのはマオだし。ハンゾー達の戦闘能力は人間離れしてるけど、私は武器が特別製なだけで身体能力で見れば普通の人間の範囲内だから」
いや、マジで。
そこそこスペック高い自覚はあれど、通常の剣で闘えば騎士団長とかには普通に負けるだろうし。知力・体力共に優れてようがあくまで人間として、だ。
普通だったら「俺、天才!」と天狗になれもするんだろうが……いかんせん、「バトル漫画の主人公たちかっ!」って突っ込みを入れたくなる人間離れした身体能力の影とか。「攻略対象者たちより便利な『異能』じゃね?」なリフやソラとか。マジモン魔王やら竜やらがやたら周りに居すぎなんだよね。
「俺って常識人。だって普通の人間だもの」と日々実感してるのに、評価が意味わからん方向へと向かうのは 何故(なぜ) なのか。
や、フツメン男子の内面隠して、貴族の面目保つ為に、容姿を活かしてイメージ修正図ってたの自分だけどさ。
まさか魔王に行きつくとは思わねぇじゃん??どゆこと??
「超説得力ねぇ」
「魔王はともかく、カイザー様は素晴らしい御方です」
「リフ殿の言う通りです。普通などとんでもない」
「…………」
「そもそも魔王扱い嫌なら、なんでそんな恰好してんの?自覚なし?」
「いや、この恰好はあえてだけど……」
派手なマントをちょいと掴む。
軍服っぽい造りやゴツめのブーツは戦闘に適してるからだ。黒光りする丈夫な生地は敵の攻撃を最大限防ぎ、ブーツは動き易さと硬さで蹴りの威力を上げる為で、マントは毒性を持つ魔物の返り血対策。
全て実益を兼ねての装備だが……。
「少しでもマオの存在から意識を逸らせたかったからね」
目立つ臙脂のマントも、迫力が増すとわかって長い髪を降ろしたのも、少しでも周囲の意識がマオから俺へと移るように。
外套にフードを被り荷物に紛れ姿を隠して連れ出したマオだが、その存在を知る者も多い。マオが恐れられるのも、利用されるのも望まない。
インパクト大なジストがいい目くらましにはなるだろうが、保険を兼ねてあえて魔王っぽい出で立ちで挑んだのも事実だ。
そんな呟きに瞳を丸くして、ついで小さな笑みを浮かべたソラが眠るマオの頬を突いた。
「過保護な魔王様だな」
や、だからマジモン魔王様は俺じゃなくてマオだから。
着地したジストの背から降り、地面へと降り立つ。ちなみにマオはソラと一緒に『転移』済みだ。
黒岩のような巨体が揺らぎ、人型をとるジストの姿にどよめきが起きる。
「副団長は?」
近くにいた年若い騎士に声掛ければ、めちゃくちゃ挙動不審に敬礼されながら案内される。そして周囲の視線が痛い。
あと若い騎士、歩きにくくないか?手と脚が同時に出てるぞー。
忙しく指示を飛ばしてるだろうディーク副団長の元へ向かう途中、遠巻きにされる俺らを呼び止めたのは見知った顔だった。
ド派手な赤髪と頬に残る傷痕がトレードマークな逞しい壮年のイケオジ。アインハードは進み出たその場で静かに片膝をつき、拳を構えた右腕を心臓へと当てた。
「見事なお手際。残る魔獣の残党はお任せを」
軽く下げられた頭と、アインハードらしくもない言葉。
それに驚きつつも平静を保ってなんとか「ああ、頼む」と答えれば、ニィッと笑って見せる姿はいつも通りで。貴族や騎士とは違う、だけど確かな礼を示して見せた彼は颯爽と立ち上がり冒険者たちへと声を上げた。
「相手は魔物。俺たちの出番だろうがっ!!一人の死者も許すな!守り抜けっ!!」
うおぉぉおぉ!!とあちこちで声や拳が上がる。
現役を退いたとはいえ“竜殺し”の異名をとった伝説の冒険者の名はさすがだった。盛り上がりやすい冒険者たちの士気と闘志が爆上がりだ。
おまけに冒険者たちのこちらを見る目が明らかに変わった。
自由を愛し“お偉い貴族”嫌いが多い冒険者たちが遠巻きながらも礼を示してくれる姿を横目に、してやったりな顔で片手を上げてくるアインハードは悔しいが恰好いい。 流石(さすが) はイケオジ。
「おい魔王っ、お前マジなんなのっ?!魔王なのっ?!」
辿り着いた副団長の元では八つ当たり気味に苦情を受けた。
頑張ったのに、ディークからは毎回逆ギレ気味に罵られてる気がする。理不尽……。
簡単な報告とその後のことを任せ、援軍に数名の影やジストをディークの元へ残しその場を後にした。別室で異能による治療を受け、ティハルトとの面会に備え準備をはじめた。