作品タイトル不明
深く考えると怖いのでなかったことにした
宴は幻想的かつ華やかだった。
蝋燭(ろうそく) やランプの灯りがゆらゆらと揺らめく、昼夜を違えたかのような明るい広間。鮮やかな色彩の紋様も見事な 絨毯(じゅうたん) に、豪華な調度品。爪弾かれる弦の調べは心地よく、薄絹を 纏(まと) った美女たちが蝶のように歌い、舞う。
銀盆を掲げたり、飲み物が入った壺を頭に載せたりした美女たちがしずしずと連なり、料理や酒を取り分ける。
まず初めに、国王への挨拶と紹介があり、宴は賑やかに始まった。
さすがはアレクサンドラの父親であり、ハーレムの主でもある国王陛下は色気タダ漏れのダンディーかつ野性的な王様で。やっぱり男としての敗北感を覚えた俺だった。
「お目に掛かれるのを楽しみにしておりましたわ」
色気がありつつ、少女のような柔らかな笑顔を浮かべた美女はシェヘラザードさんだ。
思わず一瞬、言葉を失い瞳を丸くした。こちらの反応に小首を傾げる彼女に慌てて挨拶を返す。
「あまりにもお若くて美しいので驚いてしまいました。ご無礼を。こちらこそお会いできるのを楽しみにしておりました……」
そのまま改めての自己紹介や日頃を礼を告げれば、「あら、私の方こそ 吃驚(びっくり) してしまいましたわ。聞きしに勝る麗しさなんですもの」と口に手を当てて微笑む彼女は俺と同年代にしか見えなかった。
ちなみに、アレですか?
聞きしに勝る麗しさってのは……貴方の息子さんが「男にしておくには惜しい麗しさだっ!!」とか「神はなにをしているのだ?」とか、お手紙で 宣(のたま) ってやがいましたか?と心の中で呟く。
そう、シェヘラザードさんはアレクサンドラのお母様だ。正直、お姉さんにしか見えん。
魔族とはいえ、婚姻の契約により巨大な力の一部と長寿を失い、今は人と同じ時を歩んでる筈なんだけどな……。
まぁ、でも……義母上とか他の貴族の奥方もお若いし、皇后様なんて 三十路(みそじ) 間近の息子がいるとは思えないバケモ……ゲフゲフッ、美魔女でいらっしゃるし。
この世界の女性ハンパねぇっ!!
「あなたがマオちゃんね。初めまして」
「はじめましてー」
腰を屈めて優しく声を掛けてくれるシェヘラザードさんに、マオも良い子で挨拶し、その後すぐに意気投合した。
「その幼子は……、魔人ですか?」
子育てトークに盛り上がってると、低く艶のある声が響いた。
さして大きな声でもないのに張りのあるその声は明瞭に響き、漏らされた“魔人”の単語に周囲の視線がマオへと向く。
声の主は壮年の色男。
濃い藍色の髪に褐色の肌。切れ長な瞳は髪と同じ藍色に星屑のような金の燐光が浮かぶ特徴的な色合いだ。粗野なわけでもないのに何処かしら迫力のある美形の彼は、先程紹介された国王の弟。といっても腹違いだそうだが。
突如として向けられた無遠慮な沢山の視線に、きょとんとするマオをそっと引き寄せ男に視線を合わせた。
疑問の形をとっているが、確信を含んだ声。わざわざ“魔人”の単語を人前で出してきた相手に僅かな警戒を含ませれば、王弟、サヴィアスは殊勝に謝罪を告げた。
「失礼、 不躾(ぶしつけ) でありましたな」
王弟に頭を下げられれば許さざるを得ない。
そもそも、不躾ではあれど無礼をされたわけではなければ、発言に悪意があったかも定かでないしな。「いえ」と簡潔に返す俺の衣を握ったマオが、サヴィアスをじっと見てこてんと首を傾げた。
「おんなじ……?」
意味を掴みかねていると、アレクサンドラが俺の耳元に口を寄せる。
「サヴィアス叔父上は余と同じなのだ。叔父上の母上が魔人であったとか」
告げられた言葉に納得した。
そういえば、マオやアレクサンドラが魔族の血が入ってる相手はなんとなくわかると言っていたっけ。同族ならではの何かがあるんだろう。
……人間なのに俺は 何故(なぜ) かジストに魔王と間違えられたケド。アイツの感性はポンコツ。
切れ長な藍色の瞳が俺の瞳を静かに見つめた。
星を散りばめた夜空のような瞳に満月が浮かぶ。
『この者があの若造が口にしていた……』
聴こえた心の声の真意はわからない。
誰かが俺のことを噂してたのだろうか?
別に他国とはいえ、『無能』の噂だのなんだのを知ってるやつがいても可笑しくはないけど……。
深い藍色は観察するように、見定めるように 此方(こちら) を見て、当たり障りのない話題を幾つか重ねたあと優雅に礼をして去って行った。
その背を眺めながら思った。
凄みのある色気と雰囲気は「アイツの方がよっぽど悪役に相応しいな!」と。
ゲームのジャウハラ編の悪役である男もこの宴に出席しており、スチルの端っこにおざなりに描かれていた偉そうで腹の出っ張ったオッサンはチェック済みだ。ぶっちゃけあのモブいオッサンより、サヴィアスの方が全然雰囲気あるわー!と、その背を見送った。
自分自身も余裕であのオッサンより悪の親玉っぽいっていうのは棚に上げた。
膝の上でウトウトしはじめたマオがランに回収され、満月が夜空の頂上へ昇る頃合いになっても宴の華やぎは衰えなかった。
ジュエラルの夜会と違い、豪華な敷物の上に腰をおろしての宴は楽っちゃ楽だ。
だけど、座ってるが故に逃げ場がない。
お偉いさんだの美女だのが来ては挨拶をしたり、料理を取り分け酌をしてくれたり、 秋波(しゅうは) を送ってくる。瑠璃の盃に注がれた翡翠色の酒は美味いが強い。
……つか、綺麗な色だけどこれなんの酒なの??着色料??
色味に盛大な疑問を感じつつ、ゆっくりと杯を傾ける。
腰をくねらせて秋波を送ってくる舞妓たちからそっと視線を逃し、周囲を見渡せば「女性が多いな」とそう思った。
それは別にこの祝宴の参加者の比率ではない。
料理を運ぶ使用人や場を華やかに盛り上げる舞い手や歌い手。そういった意味でやや女性の人数が多いが、招待されてるお偉方は男性が多い。
気になったのは……そういった招待客や使用人ではなく 王族(アミール) だ。
一夫多妻制なこともあり、思わず「頑張りましたね」といいたくなるほど子沢山。異母兄弟など普通だし、以前アレクサンドラが「継承権などあってないもの」発言をしていたように男児もそれなりにいるのだろう。
だが、圧倒的に女性が目立つ。ざっと紹介されただけでも、その偏りは 顕著(けんちょ) だった。
男児が生まれにくい女系家系なのだろうか?
偶々か、遺伝的な問題か。もしかして魔人の血を取り入れてることと関係あったり?
跡取り問題的に一夫多妻な体制が出来たのかも……などと思ったところで、 戯(たわむ) れに杯を動かしていた手が止まった。
男児が生まれにくい……なんか聞いたことあったなー、とか考えて「ああ、アンジェスだ」と思い至る。
“神の子”と呼ばれるに相応しい人智を超えた知識を持つ者達。
類まれなる発展を遂げ、一夜にして謎の滅びを遂げた幻の帝国。
滅びて尚、その存在を熱望される貴重な男児であるアンジェスの皇子。
ほどよく酒がまわった 所為(せい) か、とりとめもなく思考が巡る。
もしかして……アンジェスもジャウハラと同じように、魔人の血を脈々と取り入れた一族だったんじゃないか?
悠久の時を生きる魔人なら、人には及ばない知識量を有して居ても可笑しくはないし、不思議な魔術だって使える。
男児が生まれにくいのもその影響でなにか理由があったり……。
それかもしかしたら、アンジェスって転生者の創った国だったりして……。
この世界、やたらと転生者多すぎだしなー。
例の廃墟から“クローン”なんて単語も出てきたわけだし、人の複製なんてこの世界の人間にとったらそれこそ人智を超えた知識、神の所業だろう。
滅びたのも、その行き過ぎた知識が原因だったりして。
核爆発的なモノとか、それかアレだ。「魔術と科学の融合」とか。
マンガとかでも魔術と科学の融合は禁忌!とかあるし、もしアンジェスが魔人と転生者を祖とする国だったらあり得るんじゃねぇ?
ふわふわとした思考でそんなことを考え…………ザッと酔いが 醒(さ) めた。
脳裏に一夜にして荒野と化した国が浮かび、自分の想像の不吉さにふるふると頭を振る。「どうなさいました?」と美女たちに首を傾げられるも、愛想笑いをして杯の酒を飲み干した。
いやいや、ないない。
ないだろうと思いつつ、微妙にあり得そうなのが恐い。
思い浮かんだ思想を放棄するように、逸らしていた意識を現実へと引き寄せた。