軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妊婦なんだから、腹出しはやめとけ

灼熱を宿す太陽と、冴え冴えとした月が巡る。

混じり合う香料や酒の香り、賑わいに満ちた 市場(スーク) に並ぶ吊るされた羊の肉やナツメヤシ。吟遊詩人の奏でるリュートの音色に、月の砂漠をいくラクダ。異国情緒あふれる街並みと人々の装い。

港で船を降り、そこからジャウハラの首都であるアルニラムまで数日。

辿り着いた白亜の宮殿を前に俺は一人、うん、と頷いた。

ザ・アラビアンナイト!!

しかもアレだ、イメージで作られたテキトーのヤツ。

外人が日本にいまだに侍や忍者が居るって信じてたり、中国人の語尾が「~あるよ」だったりする系な!!

本物のアラビアンナイトがどんな感じか知らんが、フワっとしたイメージ的アラビアンナイトの世界が目の前に広がってるぜ!!

内心ウハウハしつつ、得意のおすまし発動中である。

案内されながら、長い回廊をずらずらと歩く。

不作と病に襲われているジャウハラだが、首都、しかも宮殿とあればその陰りも見せぬほどに華やかだ。国賓の訪れに宮殿には旗が掲げられ、太鼓や 青銅双鐘(シンバル) が打ち鳴らされる。色とりどりの薄布を纏った美女たちに、ベールの向こうから流し目を送られたりなんだりしながら国王への挨拶などを 熟(こな) した。

そして今、与えられた豪華な部屋でぐったりしてる俺。

「大丈夫ですか?」

「ああ……」

気遣わし気な声と共に、リフが差し出してくれたグラスを受け取り口にした。

「美味しい」

漏れた本音に、困ったようにリフが笑う。

長椅子に凭れ掛かるようにして口にしたグラスの中身は水だ。ただの、水。それが今は物凄く美味しく感じた。

なにせ、この国は味も匂いもかなり濃い。

お祝いムードで尚更なんだろう、香炉から燻る 伽羅(きゃら) やら美女たちから香る様々な香、スパイシーな香辛料に、香りづけされた薔薇の水。一つ一つは芳しいんだろうけど……。

酔った……。

無香料の水を飲み干し、グラスをリフに手渡して掌でそっと口元を覆う。口元、っていうか塞ぎたいのは鼻なんだけどね。さすがに鼻を摘むのは絵面的になしだろう。

「これだけ香りが充満していると、毒などの混入も見分けづらいですね」

物騒な発言をしたのはハンゾーだ。

いや、匂い勘弁してとは思ってたけど……その発想はなかったですよ。つか、物騒だな。

ちなみにハンゾーだけでなく、影たちは普通の使用人として同行してる。他国の宮殿だし、いつもみたいに潜んでるワケにはいかないしね。

「明後日の祝宴までに、少しは環境に慣れないとね」

長旅とあって、挨拶のあとは「ごゆっくりお休みください」ってことで解散となったが、明後日の夜には大規模な歓迎の催しを開いてくれる予定だ。

それまでに慣れないと……多分、香りと酒で悪酔いしそうだ。

眉をへにょりんと下げていると……リフが考え込むように 顎(あご) に手を当てた。なにやら難しい顔で黙り込むこと 暫(しば) し……。

「リフ?」

「リフ殿?」

呼びかけを手で制し、数秒の間そのまま閉ざされていた 瞼(まぶた) がゆっくりと開かれ、琥珀色の瞳が俺を捉えた。

「 如何(いかが) でしょう?」

「なにが……?」

問いの主語がわからずはてな?と首を傾げ……次の瞬間はっと気づいた。

さっきまでの混ざりに混ざった香りが消えてる。空気が美味しいっ!

「えっ?」「えっ?」と 睫毛(まつげ) をしぱたかせたり、目線で「匂い、しないよね?」とハンゾーに問いかける俺ににっこり笑ってリフは答えた。

「強い匂いを遮断してみました」

はい??

「正直、出来るかどうか自信はなかったんですが。カイザー様を煩わせるものはたとえ香りだろうと許しません。攻撃と 見做(みな) せば私の異能の対象となりますから」

「 流石(さすが) はリフ様ですっ!」

目を輝かせ、尊敬と称賛の言葉を贈るランとは全くの同意見なんだけど、思わず「マジかっ?!」って叫ぶとこだったわ。危ねぇ。心の中では叫んだけどね。

リフの『絶対防御』ハンパねえぇっっーーーー!!!

お 馴染(なじみ) 、リフの『異能』の『絶対防御』は物理・心理的なあらゆる“攻撃”を無効化する。

この能力はリフ自身にはオートで発動し、剣だろうが魔術だろうが精神異常だろうが全て自動で無効化する反則的な代物だ。チートすぎ……。

一方、俺を守ってくれる時のように他者へ防御を発動する時は、全自動でなくリフの意思による発動が必要だ。だから想定外の攻撃とか、リフが“攻撃”と定めないモノは防げない。

例えば、俺がどっかでつまみ食いしてそれに毒が入ってても防げないけど、リフが側に居て毒を警戒してる時なら防げる的な。

要は、それの応用なんだろうけど……。

それで芳香まで消すって……スゲー以外の感想が出ないっす。なんでもアリだな!

まぁ、その後『異能』は解いて貰ったけど。

自分へのオートならともかく、ずっと意識して能力使いっぱなしは身体に負担もかかるしね。それでリフに倒れられたりしたら元も子もないし、少しは慣れないとリフが居ない時に対応できないから。

……とはいえ、明後日の祝宴ではヤバそうだったらお願いしますって頼んだ。

視界に入り込む色、色、色。

鮮やかな色彩の海を前に呆然と立ち尽くす。

様々な色に染められ華やいだ刺繍を施された布地に、薄布。きらきら、しゃらしゃらと輝きを放つ金細工に夥しい宝飾品。

「これは一体……?」

「アイリーンは具合大丈夫かなー?匂いがヤバそうだったらリフ貸し出した方がいっかなー?」とか思って、様子をうかがいにきた俺の目の前に広がるのは、極彩色の光景だった。

司令官のごとく腰に片手を当て、ネイルが施された指で采配を振るう女王さ……違った、王妃殿下ことアイリーンと、布地や宝飾品を手にとり真剣に吟味するリリー嬢。

「明日の衣装を選別しておられるところです」

質問なんて聞こえちゃいなさそうな彼女らに代わって、答えてくれたのはシリウスだ。

アレクサンドラが「これはどうだ?」「リリーの愛らしさによく映えると思うのだが……」と頬を染めつつ 女性陣(あっち側) に加わってるから、ぽつんと部屋の隅に所在無さげに佇んでいた。

「アレク様がリリー様に宮殿を案内することになりまして、居合わせたアイリーン王妃もご一緒することになったのですが……その、 王族(アミール) のお一人であるアイーシャ様と鉢合わせまして……」

うん?なんか、聞き覚えあるぞー。

「アイーシャ様は美姫と名高く、聡明な方なのですが……その、お美しい 故(ゆえ) に 自尊心(プライド) が高く……」

「張り合って、喧嘩を売られた、と」

「……はい」

言いにくそうに言葉を濁すシリウスの先を続ければ、 躊躇(ためら) いがちに頷かれた。

脳裏にババーンっ!!とゴージャス美女の姿が思い浮かぶ。

黒々とした黒髪に、キリリとした眉と焦げ茶の大きな瞳とぽってりとした唇。目鼻立ちがくっきりはっきりした美人顔に、凹凸の激しいナイスバディー。プロポーションのよさを見せつけるようなセクシーな衣装を纏った超絶美女。

何故(なぜ) 、まだ出会ってもないのに知ってるかといえば 勿論(もちろん) アレだ。

まごうことなくゲームの登場人物の一人である。

ベアトリクスと同じく悪役令嬢ポジ。

もっとも、本当の悪役はさくっと退場するモブっぽいオッサンキャラだし、キャラデザも美しい悪役令嬢たちは大した悪事はしなかったりする。嫉妬から『魅了』使っちゃったり、嫌味や嫌がらせぐらい。なので他所では嫌われがちな悪役令嬢だが、あのゲームではそうでもなかった。

要(よう) は、スパイス。ストーリーを盛り上げるためのライバル役兼当て馬だ。

人の妹、勝手に当て馬役に据えてんじゃねーよ!!と内心制作陣に文句を吐いていると……髪を掻き上げながらアイリーンがこっち来た。

「ふふふっ、目にモノ、見せてやるわ」

据わった目に闘志を燃やすアイリーンさんは、彼女こそ悪役に相応しいのでは?と思わずにいられない貫禄だった。

つか、美人の種類は違うけど、お色気担当といい名前といいアイーシャと微妙にキャラ被ってない?

あともう一個、疑問に思ってたんだけど……なんでキミが闘志燃やしてんの?

「自分の方が若いし色っぽいですって?若いったってたかが、数歳でしょう?!いいわ、わたくしの本気を見せてあげる。小娘には出せない大人の色気にひれ伏すがいいわっ!!」

高笑いでもしそうなアイリーンに、俺は遠い目をした。

確か、ゲームでは……ヒーローと連れ立ったヒロインにアイーシャが遭遇して、美少女なヒロインにライバル意識を燃やされたアイーシャが。

「あら、随分お可愛らしい方。明日の祝宴でもさぞ、お可愛らしい装いをなさるのでしょうね」的な嫌味をかます。

魅惑の豊満ボディを自慢しつつ、美少女ヒロインを色気のない小娘扱いするのだ。ちなみに、アイーシャは24歳。

な・の・に !!

なんで喧嘩売られる相手がアイリーンさんにチェンジしてんのっ?!

アイリーンの方が逆にアイーシャを小娘扱いしてっしね?!

そして、相手にされなかったんだねリリー嬢。

だからそんな鬼気迫る顔で、スチル画と同じ踊り子風衣装を選別してんだね。

えっ、まってなんなのこの展開??