軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

高らかな宣戦布告

「わぁ!!」

煌めく水面に飛沫を上げて船は進む。

海と空、まるで果てが混ざるように重なり合う二つの蒼ばかりが広がっていた数日前とは違い、 漸(ようや) く見えた陸地。

甲板に並んだ俺たちは近づきつつある景色を眺めていた。船員の一人が「陸地が見えましたよ」と教えてくれたので外に出てみたのだ。

遥か先にぼんやりと見えはじめた陸地と、気まぐれに海面から顔を出す海の生物。

イルカの群れに大興奮のリリー嬢たちに、船員が「手摺から身を乗り出さないでくださいね!」と声を掛けている。

甲板にはいくつかのデッキチェアも用意されており、一通り景色を堪能したあとでそちらへと避難した。 如何(いかん) せん、日差しが暑い。

パラソルの下のデッキチェアへと戻れば、すぐさまリフたちが冷たいドリンクを用意してくれた。ストローを揺らせばカランコロンと氷の奏でる音が涼し気だ。氷もあるとかハイテク設備万歳!!

「もうじきですね!」

陸地を指さし、リリー嬢が弾んだ声を上げた。

「ああ、リリーたちに見せたいモノが沢山ある」

ジュエラルにはない景色や装飾、食べ物に風習など……アレクサンドラとシリウスが語ってくれる話に耳を傾ける。

ゲームの中では何度も訪れたジャウハラだが、実際に訪れるのははじめてだ。楽しいだけの旅行でないのが悔やまれるが、それでも異国の地への期待に胸が弾む。

「そういえば、アイリーン王妃。その、ご懐妊の件は……国に伝えても?出来れば余から父上らに伝えさせて頂きたいのだが……」

躊躇(ためら) いがちに切り出したアレクサンドラの言葉はもっともだ。

国としても相手が妊婦だと知っているか知らないかでは、身の回りのことや食事、配慮も違ってくるうえに、ましてや相手は国賓。

「ええ、構いません。ですがあまり大っぴらにしないで頂けると助かりますわ」

アイリーン自身、ジャウハラにバレる分には抵抗はないらしい。

まぁ、帰る頃にはお腹の膨らみだって隠せないだろうしな。あくまでバレずに出国出来ればいいと考えていたのだろう彼女をつい横目で睨んだ。

「国王陛下には……本当にお伝えになられないでいいのですか?」

カトリーナ嬢の気遣わし気な視線がアイリーンを捉え、次いで窺うように俺を見た。

「ええ、伝えないわ」

「これだからね……。今すぐ彼女を帰すならともかく、遠く離れた地で状況だけ知らされても彼が気に病むだけでしょうから」

清々しいアイリーンのお答えに、溜息を吐きつつ同意する。

がっくり肩を降ろす護衛の騎士団長には大変申し訳ないが、ティハルトには言わないのが得策だと思う。

ただでさえ最愛の妻が遠い地に出向くのを心配していた彼だ。このうえ、実は身籠ってなんて知った日には職務に支障をきたすか、胃を壊しても可笑しくない。

現状、騎士たちが代わりに胃を痛めてそうだけど……。

「国に戻ってからの対応は、責任を持って彼女自身にしてもらいましょう」

精々、こってり怒られろ。

「皇太后様もフォローをしてくれる筈です」

騎士達へ気休めも兼ねてそう付け加えれば、紫紺の瞳が丸く開かれた。

「どうして知ってるの?!」

「あ、やっぱり知ってるんだ?」

驚くアイリーンに軽く返せば、半分カマかけだったことに気づいたようだ。お腹を庇いながら不満そうな顔をして深くデッキチェアに身を委ねる。

「私を推薦したのは君と皇太后様だからね。もしかしたら、って思って」

「もうっ、本当に鋭いわねっ!!ええ、そうよ知ってます。っていうかバレました!やっぱ母親は 誤魔化(ごまか) せないわね。とはいえ、ティハルトには必死で隠したし、殿方で勘付かれたのは貴方だけだけど」

「では本当に、皇太后様もご存じなんですね?」

「ええ、知ってらっしゃるわ。ティハルトにも黙ってて貰って、最初は反対されたけど今回の件にも協力して頂きました。なので騎士団が任務以外で責を負うことはありません」

皇太后様が重要な事実を黙って、しかも後押ししたということに周囲は驚いている。だが俺としては納得した想いも実はあった。

なんせ、二人の婚姻が叶ったのは皇太后様の存在が大きい。

ジュエラルの貴族は『異能』に重きを置く。

それは血筋への誇りであり、選民意識の表れでもある。

きっと、アイリーン自身も結婚には大反対されると思っていたことだろう。

だが、ティハルトの母である皇太后様は転生者。堅苦しい形式だとかに囚われない自由な思想をお持ちの彼女は「譲れない愛!!まぁ素敵♡」と強い覚悟を持った二人の交際を応援した。

前国王陛下は広い見識をお持ちの賢君であられたし、皇太后様の尻に敷かれ……ゲフン、溺愛されてらっしゃるから意見が通ったのも大きい。

「だけど協力して下さる代わりに、二つだけ条件をつけられたの。一つ目は、この子と一緒に無事にティハルトの元に帰ってくること。そしてもう一つは、カイザー様を同行させること。まぁ、これは最初から、わたくしもそのつもりだったのだけど」

「いや、まず当事者の意見、聞こう?」

俺の人権、マジどこ行った?

王家の人間、俺のこと気軽に使いすぎじゃね?

「いーじゃない、親友なんだし」

「その言葉でなんでも許されると思わないで」

いつも通りの遣り取りをしていたらめっちゃリリー嬢たちに見られていた。

小首を傾げれば、パチパチと瞳を瞬いて「いえ、お二人は凄く仲が宜しいんですね」と口にされた言葉に彼女たちの反応に納得した。

お互い普段よりもかなり砕けた雰囲気だったのが意外だったのだろう。

ティハルトやアイリーンとは学生時代からの友人で、普段はわりとこんな感じだとさらっと説明する。

「アイリーン様は……どうして今回、内緒でジャウハラに?」

ずっと気になっていただろうことをリリー嬢が問いかける。それに困ったように笑って、軽い口調で話すアイリーンの話はむちゃくちゃ重かった。

元々、アイリーンはジャウハラへの使節団の案が持ち上がった段階から興味があったらしい。

薬師の手配や魔獣の乱獲、皇太后様が様々な対策に携わっている中、現王妃である彼女もそれを手助けしていたし、国と民に貢献し王妃としての価値を示したいのもあった。

しかもその理由が……。

生まれてくる子供の立場を脅かさない為と、側室を宛がおうとする貴族たちへの 牽制(けんせい) だ。

アイリーンに宿った子は『異能』を持たずに生まれてくる可能性が高い。当然、その子をよく思わない奴らはいるし……未だにせめてジュエラルの貴族を側室にという声は消えない。重鎮たちはよっぽど正当なる『異能』を有した世継ぎが欲しいらしい。

重い、重いよ。

ピュアピュアな若者が、思わず黙っちゃうのも仕方ないぐらい重すぎるよ。

しかも、重々しくなった空気を払おうとでもしたのか、軽ーいノリで問題児が問題発言ぶっこんできやがった。

「カイザー様がわたくしをもらってくれれば、こんな大事にならなかったのにね」

「「「「!?」」」」

カトリーナ嬢以外の全員、なんなら話が聞こえる位置にいた騎士とかメイドまでガン見してきた。

『えっ……そうなの?!あの二人って……』

『三角関係?!』

『そうじゃないかって思ってたっ!!』

聴こえてくる心の叫びに思わず頭を抱えそうになる。

特に最後のヤツ!!

「ちょ、やめて。そういう発言、本当にやめよう?」

「あら、マオちゃんはいまお昼寝中だからいいじゃない」

「そういう問題じゃない。語弊がありまくるから。信じる人が居たらどうするの」

「……えっと、じゃあ……今の発言は冗談で?」

真剣な顔で確認をとってくる弟に重い頭を垂れることで頷く。

「本当に勘弁して。こんなくだらない 戯言(ざれごと) で変な噂立てられるのも馬に蹴られるのも御免だから。確かに最初は彼女だって『異能』を重要視する国の次期国王なんて狙ってなかったんだろうけど、恋に堕ちてからは人目も憚らずイチャつくし、ガーネストたちも知っての通りラブラブバカップルだから。

それにティハルトは、王位継承権の放棄まで 仄(ほの) めかして彼女との婚姻を認めさせたぐらいなんだよ」

「「「継承権の放棄?!」」」

中々のパワーワードに再びハモる驚愕の声。

もっとももこれはある程度有名な話なんで、今回声を上げたのはアレクサンドラやリリー嬢など事情を知らない組だ。

「普通なら戯言と跳ねのけられるでしょうけどね。でもその少し前に、くだらない横槍を入れる奴らを黙らせる為に、爵位の放棄を実際に宣言したどっかの公爵家嫡男サマがいらっしゃったし。なまじ信憑性があったのよねぇ」

やだー、誰のことー??

まぁ、ティハルトとしても脅しとして仄めかしただけだけど、効果はバッチリだった。その後も地道に実績を重ねて、少しずつ結婚に漕ぎ着けたんだ。

幾多の困難を乗り越えて結ばれた二人の大恋愛はまるで物語のようで、少女たちは大いに喰いついた。きゃあきゃあと歓声をあげながら頬を染めるリリー嬢たちの質問に答えながら、艶やかなグロスが煌めく唇を持ち上げ、アイリーンが不敵に笑う。

紫紺の瞳が、意味ありげに俺を捉えた。

「わたくしも、運命に喧嘩を売ってやるって そう決めたの」

腰に手を当てて海を背負い、挑むように告げた王妃様は……ちょっとどうかと思うくらい恰好よかった。