作品タイトル不明
ロマンの結晶といっても過言でない
禿(ハゲ) そう……。
別に近年、抜け毛が激しいとかそういう話じゃないんだ。
本当だよ?毛根は至って元気そのものなんだけど……、
「どうか、どうかお気をつけて……っ」
涙を堪えながら祈るように言葉を紡ぐベアトリクス。
縋(すが) るように、行かせまいとするかのように、細い指で俺やガーネストの服の裾を控えめに握る姿に今にも崩れ落ちる寸前だ。だって、胸が痛い。
行きたくないよぅ~!!
「やっぱ、やーめた!」って今すぐ出航を取りやめて、可愛い妹を抱きしめてあげたいけど……そういうワケにもいかないのが辛い。
心臓が張り裂けそうな別れを交わし、後ろ髪をすべて引っこ抜かれる勢いで、未練タラッタラのまま泣く泣くタラップへと足を進めた。
無情にも汽笛をならし、船は出航する。
風にたなびく髪を片手で押さえつつ、甲板から遠ざかる姿をいつまでも眺めた。
ああ……見えなくなっちゃった。
もはや完璧に見えなくなってしまったベアトリクスや港の姿にしょんぼりしつつ、 漸(ようや) く周りに目をやった。
蒼と碧、深い部分の群青が混じり合い、得も言われぬ美しい海原は太陽を反射してキラキラと煌めいていて目に痛い程だ。
そして、空と海の青の中で映える白い 縦帆(スプリットセイル) 。
最後尾にジガーマストも追加した4本マストを備え、特徴的な複層式の船首楼、船尾楼を有する大型帆船!!
そう、船である!!なんと、今回は船旅なんだよ!!
ジャウハラは遠い。
距離的な意味では、かつてアンジェスの存在していた今や巨大な荒地と化した陸を突っ切るのが最短ルート。だがしかし、距離的には最短でも無人の地では宿もなければ店もない。さらには陸地だと他にもいくつかの国を横断することとなり、入国審査や手続きだのなんだのが大変なのだ。
そこで船。
周辺の国々をぐる~りと迂回するルートは距離的には遠回りだが、大量の荷を積むことも出来れば、諸々の面倒も回避できるというわけである。
風を受けて 靡(なび) く帆と、その悠々たる佇まいに萎れていた心が騒ぎ出す。
マイエンジェルと離れる淋しさは完全には埋められないものの、船だよ、船!
ロマンだよ!!これに 滾(たぎ) らずいられようか!
立派なキャラック船なのに、内装は一部豪華客船みたいなこの船の名はコンテニトーレ ディ モニーリ号。素晴らしきご都合主義の権化だ。
中世っぽい世界感のわりに時々時代にそぐわないモノだの技術だのが溢れるこの世界。
この船もその恩恵の一つ。多分、普通に考えて片道一カ月以上は優にかかるだろう旅路なのだが……十日間かからないっていうね。
ゲームの都合上、移動に往復数カ月とかかけてらんなかったのかな。
なので地図を見たら首を捻らずにはいられない速度を誇るこの船は、もう一つ、船内がやたら立派かつ設備がハイテクすぎる。
キャラック船の外観を被った豪華客船だ。
きっと絵面が重視されたんだと思う。
俺としても豪華客船よりキャラック船のヴィジュアルの方が断然テンション爆上がりだし。やっぱ、船に帆とマストは外せないよな!
その上で異例の速度と過ごしやすさが完備されてるなら万々歳だ。ご都合主義万歳!
どうせなら某RPGみたいに空とか飛んじゃえばいいのに。「ひゃっほぅ!」って叫んじゃうのに。
快適かつ、順調な船旅も五日目。
ドキワクを隠しつつ、細部まで探検し尽した船内の構図はとっくに頭に入っていた。
なんで隠しつつかって??
壮大な勇姿を誇る船に拳を握りしめて「すっげー!!」って叫んだり、伝声管にはしゃいだり、触らせてもらった舵で「取り舵いっぱーい!!」とか声張り上げちゃうのはキャラ違うしね。
いや、本来の俺的には大アリなんだけど……被ってる猫ならぬ優美な黒鳥の皮が剥がれちゃうから。「誰だ、お前?」案件だよね。
ちなみに、取り舵が船の進行方向左で、右だと面舵になるんだよ。豆知識。
そんな完全網羅済な船内をアイリーンに案内していた。
幸いなことに俺も、周囲も船酔いは大丈夫な派だったんだけど、アイリーンは気分がすぐれないって部屋で過ごしがちだったから。
「素敵!まるで蒼い宝箱ね」
海風に靡く髪を抑えながら、瞳を細めて眩い海面を見渡す。
アイリーンのウェーブのかかった豊かな髪は大きめのバレッタで留められ、服装もゆったりとしたワンピースドレスにショールというラフな姿だった。
かくいう俺も、白シャツに首元が少し広く開いた感じのお 洒落(シャレ) ベスト。それから細身のパンツに編み上げブーツという恰好だ。ベストとパンツはお察しの通り漆黒ですよ。髪はポニテ気味に一つに括ってる。
潮風の影響を受けると傷みやすいからか、リフがやたら手厚く手入れしてくれてるお蔭で、相変わらずのツヤッツヤ。別に女じゃないし傷みとか気にしないんだけどね……。
両手を広げて青空を仰ぎながら「ん~~」と潮の香りを胸いっぱいに吸い込む彼女は今日は顔色もいい。艶めいた板張りの床を鳴らしながら、通路が狭くなってる部位にさしかかったので手を差し出した。
波が高いのか少し揺れる。重ねられた手を握り、歩き始めた矢先、一際大きな波に船が揺れた。
「……っと」
足に力を籠め、アイリーンを抱え込む。
揺れた拍子に肩が軽く壁に激突したが、後ろから抱え込むように抱きしめたアイリーンはなんとか無事なようだ。
「 吃驚(びっくり) した。大丈夫かい?」
「……え、ええ。ありがとう、カイザー様」
覗きこんだアイリーンは白い顔で礼を告げた。
『良かった』
ほっと、心からの安堵が籠ったその声に、ピキリと固まる。
腕の中のアイリーン。 大袈裟(おおげさ) にも見える深い安堵。
そして……細い腕が庇うように添えられた……。
「カイザー様?」
動かない俺をアイリーンが不思議そうに見上げた。
「アイリーン……君、まさか……」
瞳を真ん丸に見開いて、守るように抱かれた腹部を見遣る。その視線の先を感じて、アイリーンが小さく息を呑んだ。
『……バレ……ちゃった??』
勘違いであってほしかった、その疑惑を半ば肯定するような心の声が聴こえて絶望した。
ひくりっ、示し合わせたように二人揃って息を呑む。
数秒の、気まずい沈黙。そして……、
「バッ……このバカッッッ!!!??」
思わず叫んだ。
ところ変わって船室。
あの後、すぐに散策を引き上げ、 急遽(きゅうきょ) この旅の主要人物たちを集めさせた。
船内を見て回るには早すぎる帰還に、アイリーン付きのメイドたちは「もしやお具合でも?」と 狼狽(うろた) えていた。険しい表情のまま、動作だけは丁寧に彼女を椅子へと腰かけさせる。オロオロと近寄ってくるメイドたちにアイリーンは一言「バレちゃった」と眉を下げて呟いた。
バレちゃったじゃねーわ!!
そう叫び散らしたいのをグッと堪え、騎士団長やガーネストたちを呼ぶように命じると蒼い顔のまますぐ動いてくれた。
「で?このことは私たち以外、つまり王宮の人間は知ってたの?」
「いいえ。カイザー様は鋭すぎよ。せめてもう数週間は 誤魔化(ごまか) せると思ってたのに」
「思ってたのに、じゃないよっ!ティハルトはっ?!」
「もちろん、内緒」
予想通りすぎるお答えに頭を抱えた。
「あの、先程から一体なんのお話を……?」
立ったままの騎士団長が困惑も露わに口を挟む。同じくわけもわからず呼び出されたガーネストやアレクサンドラたちも困惑顔だ。
痛む頭を押さえつつ、アイリーンへ視線を投げ掛ける。
一同の視線を受けたアイリーンは背筋を伸ばし、ショールの両端をお腹の前で合わせるとそこに両手を乗せて告げた。
「わたくし、妊娠してるの」
「「「なっっ!!!??」」」
超ド級の爆弾発言に一同が口と目をかっぴらいた。