軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◇閑話◇マオの一日

ぱちり、と瞬く。

もぞりと身体を丸め、もう一度まぶたを閉じた。だけど眠気は訪れず、チラリと隣を見やって小さく唇を尖らせる。

もぞもぞと掛け布団を跳ねのけて、ベッドから足を降ろした。

そろり、そろりと足を進める。

周囲は暗闇。廊下に備え付けられた灯りが、ぼんやりとオレンジ色の光を投げ掛ける他は足元も見えない程に暗い。だけど夜目の効くマオは灯りも持たずに廊下を歩く。

辿り着いたドアの前、背伸びをしてドアノブをまわす。部屋の鍵は締まっているのだが、魔術なのかなんなく開いた。

とてとてと足音を忍ばして、よじよじと広いベッドによじ登る。

うんしょ、うんしょとそこで眠る部屋の主の胸元へと忍び寄り、穏やかに瞳を閉じた大好きな人の顔をじぃと眺めてからその胸元に顔を埋めた。

心地よい温もりと、嗅ぎ慣れた香り。トクトクと一定のリズムを刻む心音に身を委ね、瞳を閉じれば今度はすぐに眠気が忍び寄ってきた。

「……んっ………って、マオっ?」

名を呼ばれ、まだ眠い目をこする。

「うみゅっ。おはよーござぃましゅかいじゃーしゃま」

「おはよう。またこっそり来たの?」

寝乱れた髪を指で梳いてくれながらも、呆れと 咎(とが) めを含める声の主の胸元に、離れた熱を惜しむようにうりうりと頭を押し付ける。

だって仕方がなかった。

目覚めたら一人ぼっちで寂しかったのだ。

赤子だった頃はカイザーかリフ、力の制御が出来るようになってからはマーサやベアトリクスらたちとも一緒に寝ていたマオだが、最近は自分の部屋を与えられていた。

寝かしつけに絵本を読んでもらって大人しく眠るのだが、夜中に起きて誰かのベッドに潜り込むのは日常茶飯事。9割方はカイザーの。

「お腹すいた」

お説教を神妙に聞いていたマオのお腹がくぅ~と抗議の音を上げる。

カイザーの身支度をしに訪れたリフや、部屋にいないマオを回収にきたマーサにも軽くお小言を貰いながら着替えさせられダイニングへ。

「おはよーございます。ガーくん、ベアちゃん」

繋いでいた手を放し、既に制服姿で席についていた二人に駆けよればガーネストが足元に寄って来たマオを抱き上げ、椅子へと乗せてくれた。

朝の挨拶を交わし、美味しい朝食を食べる。

今日はカイザーも出勤の日なので、マオは三人とダイアを玄関ホールまで見送りに出た。「いってらっしゃーい!」と大きく手を振り、お見送りを終えたらお勉強の時間だ。

お勉強の中身は 主(おも) に三種。

リフらによる「常識・人間の暮らし」などの座学に、マーサらによる「マナー・淑女教育入門」、そして影たちによる「肉体・精神の律し方」の魔術の扱いも兼ねた実技訓練。メニューは在宅メンバーによって決まる。

今日はマオの一番好きな実技訓練だ。

影たちとの“とっくん”は身体を動かせて楽しいから好き。逆に一番好きじゃないのは淑女教育。あれのせいで一人寝が決定された恨みもあった。

「よろしくお願いします!」

ぺこりと頭を下げる。礼節も教えの一つだ。

「はい、お願いしますね」

向かい合ったランもやんわりと微笑みながら礼を返した。

影の一人が投げた木の枝が地面へと落ちる。

開始の合図と共に、 火球(ファイヤーボール) が宙を駆けた。

真っ直ぐに飛んでくる七つの 火球(ファイヤーボール) をランはひらりと避け、手にしたクナイのような武器を投げつけ相殺しながら距離を詰める。

両手を前に突き出したマオが「むんっ!」とさらに 風刀(ウィンドカッター) を放つが、タンっと軽く地を蹴ったランが高く跳躍したことによりそれらは虚しく宙を切った。

眼前に迫ったランに「わわわっっ」と一歩下がりつつ、横一文字に振られた攻撃をなんとか避ける。大量の水を放出させて物理的に距離を取ろうとするものの、その前に背後から伸びた腕が小さな身体を抱き込むように捕らえ……喉の中央にはクナイの先端が突き付けられていた。

「私の勝ちですね」

穏やかなまま告げたランにがっくりと肩を落とす。

「また負けた~」

「反応は以前より良くなってますよ。でもマオちゃんは攻撃が直線的すぎますね。あれでは軌道が読み易くてすぐ避けられてしまいますよ」

「途中、ランの接近に動揺したこともマイナスだな。冷静さを失うことは命取りになる」

ランやハンゾーのアドバイスを真面目に聞きつつ「はぁ~い」とうなだれるマオたちの側…………樹に背を預けたまま一連の流れを見ていたソラは顔面を大きく引き攣らせていた。

「や、マオむっちゃ強くなってんじゃん。なぁサスケ、このことカイザー様知ってんの?」

「……多分、ご存じないかと」

「いいの?これ、いいのか?」

「『健全な精神は健全な肉体に宿る』マオが暴走せず己を律する為にも、訓練は必要だと。マオ自身も「カイザー様を守る!」と強くなることを望んでますし」

「あーだからランがあんな乗り気なのか。いや、でも、これ最悪……マオが暴走しても止めんのが超大変になるパターンじゃねぇ?」

影たちのガチスパルタ教育により、魔王としての実力をガンガンあげているマオだった。

お勉強の他には、お昼寝をしたり、アンジュ(カイザーからもらったお人形)とおままごとをしたり。誰かの手が空いてれば一緒に遊んでもらったり、時にはガーネストたちの母親とお茶をしたりすることもある。

そして午後、お昼ご飯を食べてちょっぴりお昼寝。目覚めて少しすると慣れ親しんだ馬車の音が聞こえた。ちなみに人間の耳ではとても聞こえる距離ではないが、純正魔族のマオにはバッチリだった。

持っていた 玩具(おもちゃ) も放り出し、走り出そうとして……リフやマーサに叱られると気づき、それらをちゃんと箱へと戻して今度こそ玄関ホールへ向かって走り出す。

「おかえりなさいっ!!」

満面の笑みで大好きなみんなを出迎えたら、これまた大好きなお菓子を食べながらのティータイム。特等席のお膝の上へとよじ登り、今日一日の出来事を話したり聞いたりしながら楽しい時間を過ごす。

なので、カイザーたちも実質的にはマオが影たちに「とっくん」に付き合って貰っているのは知っている。知ってはいるが……ソラが顔を引きつらせるような本格的な訓練だとは思わず、微笑ましく話を聞いていた。

「ランちゃんに捕まっちゃったのー」とか言ってるから、ぶっちゃけ鬼ごっこみたいなモンだと思ってる。全然違う。

みんなで一緒に夜ごはんも食べて、お風呂も入ったマオのほっぺはりんご色。

ポカポカの身体の熱を冷ますように、手でパタパタとあおぎながらエリーゼに髪を乾かしてもらう。リリアにやってもらうと熱くて痛いから、マーサかエリーゼにしてもらうのが好き。あとリフ。

「マオ、なにか飲みますか?」

ふぃ~と熱さにヘタっていたらリフが冷たい林檎ジュースをくれた。お礼を言って両手でグラスをかかえてゴクゴクと飲む。美味しい。

「カイザー様、お仕事へいき?」

苦笑いを浮かべたリフの「ええ、少しなら」という言葉にぴょんと飛び上がる。

「じゃあご本、選んでくるっ!!」

「その前にハミガキでしょう?」

「はぁ~い!!」

いい子のお返事をして、ちゃんとハミガキもして仕上げは大人にチェックしてもらってから、大急ぎで今日のお話を吟味する。

あれと、これと、んーでもあれも……。

お気に入りの絵本と今日の気分で絵本を選んでいると、ノックの音が響いた。手にしていた本も放り出し、大急ぎでドアを開けると手を引っ張ってベッドへと誘う。

温かな胸を背もたれに、大好きな声が紡ぐ物語に耳を傾けていれば……やがてまぶたが下りてきた。くいっと袖を引きつつ顔を見上げる。

「今日、一緒に寝てくれる?」

「駄ぁ目。お利口さんだから一人で寝れるだろう?」

甘えた声で 強請(ねだ) っても、ほっぺをつんっとしながら返されて、むぅっとほっぺを膨らませてみる。それにクスクス笑った声がまた穏やかに物語を紡いで、瞳は自然に閉じていった。

「おやすみ、マオ。いい夢を」

微睡(まどろ) みの中、温かな手が頭を撫でた。