作品タイトル不明
それは言わないお約束
廊下を歩いていれば、向こうから見知った生徒が満面の笑みで近寄って来た。
「カイザー様っ!!」
パタパタと軽やかな足音を立てて名が呼ばれる。
廊下は走っちゃいけません!教師として軽く 窘(たしな) めれば「ごめんなさい」と素直に謝った彼女、イザベラ嬢はだけど次の瞬間すぐに笑顔を取り戻して手にした紙を差し出した。
「見て下さいっ!数学の小テストです。この前より点数が良かったんですよ」
差し出されたそれを手に取れば、なるほど赤丸がいくつも並ぶ。平均点以上だ。
「頑張りましたね」
小さく笑みを浮かべて褒めれば、イザベラ嬢は嬉しくて堪らないという風に破顔した。
「カイザー様のお蔭です。またわからないところがあったら質問させて下さいね」
「ちょっと」
ほんの少し頬を染めてはにかむイザベラ嬢の斜め後ろ、むっすーとした声が掛かった。
「あら、私より点数が低かったベアトリクス様」
「なっ!たった一点じゃありませんのっ!しかもあれはケアレスミスでっ!!」
「ケアレスミスだろうとテストは結果が全てですわ」
勝ち誇った声を上げるイザベラ嬢と悔しそうなベアトリクス。それを微笑ましそうに、あるいは呆れ気味に見守る友人たち。
言い合いをはじめる二人だが、以前の言い合いとは大分雰囲気が違う。
バレンタインの件で周囲からはぶられ気味だったイザベラ嬢だが、今はベアトリクスたちのグループと一緒にいる事が多い。
孤立しがちだった彼女に声を掛けたのがベアトリクスだ。
「だってっ、見てて気分が良くないですものっ……」
嫌がらせをされた当人なのに、イジメは看過できなかったらしい。むぅぅっと不貞腐れたようにちょっぴり赤い顔で告げた妹は天使だった。
悪役令嬢どこ行った?な、いい子すぎる妹が可愛くて頭を撫でれば「大体あんなこと言われたらほっとけないじゃないですか……」って小っちゃい声でもごもご言ってたけどなんだろ?
相変わらず喧嘩(?)は多いけど、言い争いも前みたいに険悪な感じでないし楽しそうですらある。二人ともわりと気の強いタイプだし、実は気が合うのかも知れない。
「ほらほら、二人とも喧嘩しない」
宥めれば、わりと素直に聞いてくれた二人はそれぞれテストで間違ってしまった部分を質問してきた。勉強熱心なとてもいい生徒だ。
だけど知ってた?
俺、数学の教師じゃないんだよ。
廊下のど真ん中じゃ邪魔だろうと、ベアトリクスたちのクラスによって解説を行っていると……背中にドシンとした衝撃。
足に力を入れて踏ん張り、振り向けば……腰にへばりついてるのは予想通りの相手だった。
「メラルド……」
お前は突撃しなきゃ死ぬ持病かなんか持ってんの?
なんで普通に来れないかなー。腰、痛めそうだからマジやめて。
文句を言うより早く顔を上げたワンコは 何故(なぜ) か涙目だった。
「聞いて下さいぃ~、ヒドイんですよ!!ガーネスト様がイジメるんです~!!」
は?いい子なガーネストがイジメなんてするワケないじゃん。
「今回は勉強会、一緒にしてくれないって言うんですよ!!オレ、赤点とったら夏休み補習なのにっっ!!!」
「「「……」」」
聞いてた一同が思わず無言になった。
いや、イジメでもなんでもねーわ!!
むしろ学年違うのに毎回お前のテスト勉強付き合ってくれてたガーネストたち、めっちゃ優しい先輩だからな?面倒見のよさ神ってるからな?
「仕方ないだろう。ガーネストたちは今すごく忙しいんだから」
とりあえずよしよしと頭を撫でてやりつつ、えぐえぐするメラルドに「お前は一体 何歳(いくつ) だ?」と突っ込みたい。
そう、ガーネストたちは忙しいのである。それはもう、猛烈に。
なにせ夏休みはジャウハラに行くからな。ジャウハラは遠い、移動と滞在を考えれば夏休みの一月ですら足りない程だ。
まぁ、そこはそこ。
貴族の多いこの学園では既に領地経営の一部を手伝ってたり、騎士団に仮入隊していたりと仕事と学業を両立している生徒もザラにいる。なので出席日数とかは厳しくないし、テストだの提出物だのやることやってりゃ卒業出来る。
ぶっちゃけ、図書室に授業の出席率“0”という偉業を誇る天才児とかいるしな。
なので復帰が二学期に喰い込むのは別にいい。だが夏休みに忙しくなる分、夏休みの宿題や諸々の提出物なども前倒しで手をつけている最中だ。
自身の期末テストの準備に、当主としての業務、生徒会長としての仕事。そこに課題の前倒しと、ジャウハラに行くための事前準備が重なっているのだ。忙しくないわけがない。
ちなみにサフィアも忙しい。
秋に行われる恒例の文化祭だが、その準備は既に始まっている。企画だの打ち合わせだのは副会長の彼がガーネストの代わりに采配を振るってくれてるし、侯爵家の嫡男として家の仕事も手を出し始めてるしな。
そんなわけで勉強会が出来ないのは意地悪でもなんでもない。
「メラルド様、私たちと一緒にお勉強します?」
捨てられた仔犬のような瞳をするメラルドに、ベアトリクスが苦笑いしながら声を掛けた。
「テストのヤマ教えてあげますよー!」
「いいですね」
ダイアナ嬢やマリア嬢もにこにこと声を上げる。
「宜しければお二人の課題のお手伝いも致しますわ。資料を集めたり少しはお力になれると思いますの」
ガーネストたちと同じく夏休みは忙しくなるカトリーナ嬢とリリー嬢にも微笑みかければ、二人も嬉しそうに、特にリリー嬢が「天の助け!!」とばかりに両手を組んでベアトリクスを崇めた。
「わぁ!ありがとうございます!!」
赤点を免れたいメラルドも晴れやかな笑顔だ。
これだけの美少女たちに交じってのお勉強会だというのに、その笑みには清々しいほど「これで夏休みが潰れない!」という感情しかない。うむ、安定のワンコ。
余談だが、資料集めや人数の関係で勉強会は図書室で開催するらしい。「顔出してくださいねー」と要請された。地下じゃない図書室行くの超久々だわ。
そしてこの時期、やたらと生徒に質問されまくりだったりします。
「この翻訳の意味なんですけど……」
「これって、この年に起こった出来事と……」
廊下を歩けば生徒に捕まり、わざわざ 音楽準備室(ベストプレイス) まで足を運ぶ生徒も多い。
だが、知ってます?
俺は語学の教師でも、歴史の教師でもないんだよ。質問には答えるけどね。
メラルドがやたらと「手合わせして下さい!」って突撃してくるからか、黒竜来襲の件の影響か、騎士科の奴らやシリウスにまで偶に手合わせ頼まれるし。
「是非、一度モデルをっ!!」
「ダンスの練習に付き合って頂けませんか……」
体育も美術もダンスも担当じゃねーんだわ。
そして後半の奴ら、お前らテスト勉強してなくていいの?
余裕なの?それとも諦めてんの?どっち?
「やはり一度、挨拶に伺うべきだろうか?」
真剣な顔で思いつめた様子の男。
場所は俺の 音楽準備室(ベストプレイス) 。時刻は二限終わりの中休み。
「いえ、今の時点で挨拶に来られても困ると思いますけど……」
「いやしかし」
「その前に告白が先だと思います、アレク様」
「なっっ、こ、告白だとっ?!」
問いに返せば、主従の漫才がはじまった。
褐色肌を赤く染めて狼狽えるアレクサンドラが心配してるのはリリー嬢のことだ。
自国にて彼女が自分の親族と挨拶を交わすなら、自分も事前に彼女の家族に挨拶をするべきだろうかという話題だ。
いや、挨拶っていっても恋人でも婚約者でもねーし。
シリウスの言う通りまずは想いを実らせてからにしろよ。
今の時点で他国の王子に挨拶に来られても、リリー嬢のご家族だってどうしたらいいかわかんねぇだろ。
何故か俺の部屋で行われるお悩み相談。ちなみに今回が初めてではない。
チャラい癖に意外と 初心(うぶ) なことが判明した王子サマはあれからちょくちょく相談に訪れるんだよね。
シリウス居んだしいーじゃん。何故に俺を巻き込むし。
度々そんなことがあったから不審に思ったガーネストが問い詰めて、奴の恋心はガーネストやダイアにも知るとことなった。
ガーネストは急にこそこそ俺と話すようになったアレクサンドラたちにちょっとやきもち焼いてたっぽいよ。やだ、可愛い。
ガーネストもダイアも絶賛アレクサンドラの恋を応援中だ。きっとベアトリクスやカトリーナ嬢にちょっかい出して欲しくないんだろうね。
なので悩める青少年のお悩み相談室には時々彼らも加わってる。
俺いる必要ある?
同級生同士で甘酸っぱい恋バナしてりゃーいいじゃんか。
知ってる?
ここ、音楽準備室。保健室じゃないんだよ。
そして俺はカウンセラーでもなんでもないの。
放課後、旧図書室にて。
「だぁーー!!可笑しくない?!みんな俺の担当なんだと思ってんの?音楽、せめて音楽の質問こいよ!俺は音楽教師だっつーの!!!」
「可笑しいっていうんなら、公爵家が音楽教師してるのが可笑しいでしょ」
「…………」