軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

背筋がゾワゾワした

「お手数をお掛けしてすみません」

女性らしく華やかながらも品よく整った室内で向かい合う。

同色で一見目立たない、だけど目を凝らせばその刺繍の精密さに感嘆するほかない白いテーブルクロスの上をそっと整った爪先が滑った。

「あら、このぐらいお安い御用よ。それに他ならぬカイザー君の頼みだもの。カイザー君には色々とお世話になってもいるしね」

ふふっと茶目っ気のある視線を寄越したのは、ティハルトの母上でもある皇太后様。

息子夫婦に世代交代しながらも、未だ社交にも政治的にも 辣腕(らつわん) を振るい続ける 強者(つわもの) だ。

お世話に……っていうのは最近のドタバタに関する働きのことか、それとも米だの醤油だのを含んだ貢物のことだろうか。両方?

まぁ、なんにせよ、この後も貢物は続けよう。

日頃の人付き合い大事ーー。

整った指先の先にある銀の箔押しが彩る封筒を受け取り、開く。封筒と同様の銀の箔押しがされたカードへチラリと目を通し、封筒に仕舞ったそれを胸ポケットへ。

「そういえば、ジャウハラへ向かう王族の方は決まられたのですか?」

「そうねぇー、どうかしら?」

頬に手を当て、皇太后様は首を傾げる。

決まってないの?

ずいぶん遅いな……なんて思っていると謝罪が告げられた。

「勝手にカイザー君を推薦しちゃってごめんなさいね?でも貴方が居てくれたらとっても心強かったから」

「いいえ」と返しつつ、心細い想いをさせるだろうベアトリクスのことをそれとなく頼めば、「あら、なんならその間はウチで暮らしても構わないわよ」とのお言葉を頂いた。

…………が、兄としては自分の留守中に妹が彼氏の家でお泊りなど言語道断である!! その“おウチ”がたとえ大勢の人間が住まう“城”だろうとも。

押し黙ってしまった俺に「冗談よ!」とひらひらと手を振って笑いつつ、不意に表情を改めた皇太后様は真剣な声音で告げた。

「ジャウハラは遠いものね。貴方にもベアトリクスちゃんにも本当に悪いと思ってるわ。だけどどうしても一緒に行って貰いたかったの。カイザー君、どうかあの子を宜しくね」

「はい」と神妙に頷きつつ、心の中で首を傾げた。

“あの子”というからには実子であるダイアだろうか?

いや、でも……側室様方やその御子である王子たちとの仲も極めて良好だからそうとも限らないか。

それにしても……「誰が行くのか?」と問いかけた時は流した癖に、 “あの子”という言葉は既に誰が行くのか知ってるような言い方だな。

まぁ、どの王子とも親しくしてるし、誰であっても問題はないんだけどさ。

用意されたステップを降りる。

黒壇を磨き上げ、艶めく鏡面のように輝く馬車から降り立つとざわざわと密かなざわめきが広がった。

足を踏みだした先は、割と日常的に訪れる非日常。言葉の定義がやや行方不明気味だが、要は貴族お得意のパーティーだ。

今日はガーネストも一緒なので、正式に当主の座についたガーネストに続きまずはこの邸の当主と挨拶を交わす。

型通りの挨拶を行い、中に入れば人々の視線が扉へ集まり「まぁ!」だの「珍しい……」など幾つもの 囁(ささや) きを耳が捉えた。そして言葉以上に雄弁な視線が突き刺さる。

まぁ、俺達がこういった私的なパーティーに訪れるのは非常にレアだから仕方がない。基本、城だの近しい家格の格式ばった、出席しなきゃまずい系しか顔出さないし。

いつも以上に 纏(まと) わりつく視線の数に、ガーネストの男前に整った片眉が上がるのを苦笑いで宥めた。

だがさすがは元俺様攻略対象者だけあって、不機嫌そうな様子さえ非常に絵になることこのうえない。若いお嬢さん方が気を悪くするどころか色めきたっていらっしゃる。

確か……今日の名目は“伯爵家の次男の昇進祝い”。

……っていうかさー、そもそも庶民派引きずってる俺としては昇進した側が振る舞うのが解せぬ。そこは奢ってもらう側だろ!って突っ込んじゃダメなんだろうか。ダメなんだろうな……。

さて、今回そんなモロ私的なパーティーに足を運んだ理由。

それは 伯爵家の次男(主役) がマブダチだから……。

はいっ、ブッブッーー!!

マブダチどころか知らん人でーす。さすがに主催者の伯爵家当主は顔見知りだけどね。

正解は、会ってみたい相手がいたからだ。

その為に顔の広い皇太后様の 伝手(つて) を頼ってまで“ある人物”に会う為に招待状を手に入れた。

形式通りの挨拶を飽きるほどに繰り返し、目的の人物へと歩み寄る。おあつらえ向きにパーティーの主役が側にいる。挨拶をするタイミングとしてはもってこいだろう。

滑らかな笑みを装備し、当たり障りない挨拶を口にする。

隣に立つガーネストは見惚れるような男前に笑みを浮かべてはいるが……よく見れば灼熱に燃えるガーネットのような瞳の底に見え隠れする感情は笑みとは真逆だ。

そして、それは……目の前の男も同じ。

否、造り物の笑みの奥でその瞳に宿るのは憎悪にも似たナニか。

そんな二人には全く気付かず、本日のパーティーの主役である伯爵家の次男は「私の昇進祝いになど公爵家のお二方がお出で下さるとはっ……」とか感動しきりだ。

ダシにつかってゴメンよ?でも昇進おめでとー。

「あ、こちらは私の弟でして……」

ひとしきり感動したり恐縮したり忙しかった次男クンが傍らの男を手で示す。

一見黒髪にも見えるが光が当たると僅かに色味を感じるバイオレットアッシュの髪に貴族らしく整った顔。美形と称しても詐欺にはならないイケメンだ。

同色の色合いを持ちながらガタイもよく陽気な雰囲気の次男と違って、フチなしの眼鏡をかけた細身の彼は神経質そうな印象が拭えない。 所謂(いわゆる) インテリ系。そしてどこか 気障(キザ) ったらしい。

紹介された男が畏まった動作で胸に手を当て礼をした。

「アシュトン家の三男、クトゥルフと申します。ご高名なルクセンブルク公爵家のお二方に拝顔の栄に浴しましたこと、誠に 幸甚(こうじん) の至りにございます」

落ち着いた動作で名乗ったクトゥルフ・アシュトン。

下げられていた頭が上がり、瞳があった瞬間…………ゾワリっと悪寒が駆け上がり、見開きそうになる瞳を抑えて必死に 貴族の仮面(微笑み) をキープした。

ひくり、と引き攣りそうになる喉を抑えるように差し出されたシャンパンと共に色んな感情を飲み下す。ちょっと飲み下しきれなかったものが胸のあたりにつかえまくりだけど。

会いたかった相手、それがこの男・クトゥルフ・アシュトンだ。

先の事件に関わったクレイン家はアシュトン伯爵家の縁戚でもあり、そして個人的に遺恨を抱いてる相手でもある。

そしてそれはあちらも同様だろう。

ベアトリクスか、それとも俺やガーネスト、ルクセンブルク公爵家そのものにかはわからないが、クトゥルフが敵意を持っているのは確かな筈だ。

先程、ガーネストへと向けた憎悪の籠った視線にそれを確信した。

…………んだけど。

なんか俺、現在進行形でむっちゃ熱の籠った 瞳(め) を向けられてんだよね。

仄暗さを感じさせる暗い朱色の瞳は、ワインレッドというより濁った血を連想させる。

聴こえる心の声は『 嗚呼(ああ) ……』とか『美しい』とかわりとありがちなんだけど……なんかやたらと響きが重い!

恍惚?崇拝?陶酔……?

そんな悦に浸っちゃってる感じの、めちゃくちゃ重い感じなんですけどっ?!

なに、なにっ??怖いっ!!?

しかも予想に反して悪意や敵意は微塵も感じない。

……が、正直、わかりやすい悪感情の方がよほど良かったけどなっ?!

こちらを見つめる熱い瞳に色を孕んだ欲がないことだけは幸いだ。

偶(たま) に……いや、ちょくちょく?あんだよね、 そ(・) の(・) 手(・) の方にソッチ方面の熱の籠った視線や遠回りなお誘いを受けること……。俺はノーマルです!!

さり気なくクトゥルフの左手を確認しつつ、こっそり息を吐いた。事前情報で家族構成は把握してたが、薬指に光る指輪は既婚者の証拠。

厚っい面の皮を装備して動揺を押し隠したまま歓談を続ける。

相手の目を見て話す主義なのかガン見されたままだが、クトゥルフの受け答えは非常に貴族らしいそれだ。そつがなく、頭の回転が速いことも窺える。

実際、城で文官として勤める彼は切れ者として有名らしい。

ただ、目ぇ見て話す主義ならさ俺以外の時もそうしてくんねぇかな?

「お二人はとても仲が宜しいのですね」

会話の最中、次男クンが朗らかにそんな言葉を放った。

「はい、兄上はとても素晴らしい方ですので」

そして間髪入れずに返されたガーネストの言葉に脳内はプチお祭り状態だ。大感激!!

デレデレっと笑み崩れながらも俺もすかさず仲良しアピールをしてみる。 怒涛(どとう) の褒め言葉は照れたガーネストに遮られてしまったけど。ちぇっ。

「本当に…………仲が宜しいのですね……」

疑問と驚きを孕んだクトゥルフの言葉に次男クンがさらに被せる。

「でもお二人は異母兄弟ですよね?爵位のこととかも色々わだかまりはなかったんですか?」

おおぅ、次男クン直球だねー?

ま、ここまであっけらかんと聞かれると逆に気持ちいいけど。なにせ貴族は遠回しとか嫌味とかが当たり前だからな。

「愚兄が失礼を」

射殺すような視線を兄へと向け、謝罪するクトゥルフに軽く手を振って見せる。

「構いませんよ、気にしてませんから。異母兄弟ですが幸い仲は良いですし、爵位のことはもうずっと前から決めていたことなので。私としては優秀な弟が家を継いでくれて肩の荷が下りた心地です」

苦笑いしながらそう告げれば、クトゥルフは一瞬だけ目を見張った。そして、なにかを納得したような、ひどく満足そうな笑顔を浮かべた。

「結局、なんだったのでしょう?」

帰りの馬車の中、眉間に皺を刻みながら指を組み合わせたガーネストが呟いた。

「本当に」

問いに心からの同意を返す。

「気にいりません」

吐き捨てられた言葉は、見事に言葉通りの感情が乗せられていた。

「ベアトリクスのこともそうですが、兄上に対する態度も気にいりません!」

「なにか無礼でも?」

平坦なリフの声音が怖い……。

「いや……無礼というか……まぁ、予想外に好意的というか、好意的すぎるというか……」

「 舐(な) めまわすような視線で兄上を凝視し続けてた!!」

うん、そうなんだけど。

ガーネスト、その表現なんか嫌だからやめよっか?

「……既婚者、でしたよね?」

ぱちくり、と目を瞬いたリフにうんと頷く。

「そういう視線ではなかったんだけどね」

「熱狂的なファン、とかでしょうか?」

首を傾げるリフの声音も不可思議そうだ。

そもそも、クトゥルフに敵意を抱かれていると思っていた理由。

そして俺達が奴に遺恨を抱いていた理由はベアトリクスのことだ。

かつてイザベラ嬢にベアトリクスの『異能』を教えた相手。

イザベラ嬢から男の特徴を聞き出した俺は、すぐさまライにそのパーティーの招待客リストを入手してもらって一致する男を調べた。それがあのクトゥルフだ。

ベアトリクスの『異能』は使用人ですらほぼ知らない。

知っているとすれば転生者か、非合法に神殿から情報を入手したか。そして奴はそれは悪意を持って他者へと告げた。

憎まれているのは俺たち個人か公爵家そのものか。

そう思っていたのに…………まさかのあの反応だ。

「最初はあれだけ敵意を隠しきれてなかった癖に、最後は俺に対する態度も一変してましたし」

ああ、それね。なんか仲良しアピールのあとで、急にガーネストに対する態度もマイルドになったんだよね。

もしかしてマジでファン?俺らに確執があると思ってガーネストに敵意向けてたの?ベアトリクスを狙ったのもその 所為(せい) とか?止めてよ、冗談じゃない。

「とりあえず、もう少し詳しく調べてみましょうか」

リフの言葉に難しい表情で重々しく頷いた。