作品タイトル不明
二人でめちゃくちゃ愚痴は言った
美しく装飾されたショコラを一つ、口へと運ぶ。
カカオの香りと甘さ控えめなショコラの風味、そして中から溢れるジューシーなマンゴーのソース。うん、美味しい。
仕事の合間に優雅なティータイム。
……ではない。書類仕事の休憩も兼ねてはいるが、これも立派な仕事の一つ。
俺がオーナーを務める『リリアーナ』のことを覚えているだろうか。ぶっちゃけ店の切り盛りは店長のアランたちにぶん投げてるから時々忘れそうになるけど。実は俺、オーナーなんだ。
そしてそんなオーナーとしての、数少ないお仕事の一つが営業方針や商品ラインナップの提案。
夏季シーズンに売り出すのは、甘酸っぱいベリーやフルーツソースを入れたショコラに、チョコミントなど爽やか路線でいこうと思う。夏って甘ったるいの重いしね。
あとシェル型を象ったショコラや、マカロンもいつもより鮮やかな色彩で夏らしさを演出したものなど。
んで、今してるのはその試食。そんなお仕事を兼ねたティータイムをしていると可愛い弟妹が帰ってきたようだ。
「「ただいま戻りました」」
「おかえり、二人とも」
「おかえりなさーい」
律儀に顔を出して挨拶をし、だけどすぐに慌ただしく部屋へと戻ろうとするガーネストをちょいちょいと指で呼び寄せた。
「兄上?なに、か……もがっ」
素直に近づいて来てくれた弟の口にマカロンを押し込む。味はラズベリー。
そのまま親指の腹で目元をなぞれば、触れた肌が僅かに熱い。
男の子だしこの年であーんは恥ずかしかったか?と強制的に糖分補給させたことをちょっぴり反省しつつ、腕で口を覆ってしまったガーネストから手を放した。
「顔、疲れてるよ。無理せず回せる仕事はふりなさい」
「……っ。いえ、ですが……」
「上手く周囲を使うのも上に立つ者の役目だよ。 我が国の国王陛下(ティハルト) なんかは人使い、荒すぎだけどね」
主に俺の。
冗談めかして嘆いて見せれば、ようやく顔に笑顔が戻った。
「ベアトリクスもいる?これとか珍しいよ」
スクエア型の下がミルクチョコ、上がチョコミントの一粒を差し出せば、斬新な味に口に手を当てて驚いている。
反省とかいいつつ、またあーんしてるって?
ベアトリクスは抵抗ないみたいだし、そもそも二人とも帰ってきてからまだ手を洗ってないから。不可抗力だよ。
「変わった味ですのね。でも美味しいですわ」
どうやらお気に召したようだ。
わりと好みわかれるよな、チョコミント。
昔、姉さんに「歯磨き粉の味じゃん」っていったら「歯磨き粉の味じゃなくて、歯磨き粉がミントの味なのよ!」ってキレられたっけ。
「マオも、マオもっ!!」
さっきまで自分でモリモリしてたのに、ヒナみたいにお口を開けて催促してくるマオには甘いのをぽいっ。チョコミントはさっき口にした途端、眉間にシワよせて「うぇ~」ってしてたしな。
休憩時の糖分補給にとリアンに幾つか小箱を持たせ、着替えをして戻って来たベアトリクスに女性目線の感想を聞き、小休憩を兼ねたお仕事を終えて書類仕事へと戻った。
なにせジャウハラに行くために前倒しをしなきゃならない仕事がわんさかある。仕事に学業にと、俺以上に忙しい弟を睡眠不足にさせないためにも頑張らなきゃな!
さて、そんなこんなで再開させた書類仕事の最中、
「はっ?」
思わずそんな声が漏れたのは仕方がないことだ。
書類の山に目を通し、内容をチェックし、時には訂正や指示を加えて。処理済みの箱へと送り込む。そんな事務的な作業に忙殺されていた俺は、思わず慌ただしく動かしていた手を止めた。ついでに思考も。
聞き間違えだ。
うん、そうに違いない。
そんな 一縷(いちる) の望みは、律儀に一言一句言い直してくれたハンゾーの単調な声によって破られた。淡々と告げられる先と同じ報告の内容。
「……っ」
声こそ抑えたものの、もし同じように心の声を聴ける奴がいたならば……そいつにはくっきり、はっきり聴こえていたことだろう。
『はああぁぁっ?!』という渾身の叫びが。
ガタンと音を立てて立ち上がる。慌て過ぎて書類の山が 雪崩(なだれ) を起こした。
やべっ!と思ったのも束の間、ふわりと宙を舞った書類は全てハンゾーにより空中キャッチされ恭しく差し出された。
あんがとー。
でもチラッと見た限り、派手にぶちまけられた筈の書類の順番すら揃ってるってどういうこと?動体視力すごすぎかっ!
心の中だけで突っ込みを果たし、慌ただしく声を上げた。
「リフっ、急ぎ城へ向かう!すぐに準備をっ!!」
「畏まりました」
ハンゾーの報告にやはり驚きを露わにしていたリフだが、声をかければ迅速に動き出してくれた。城への通達や馬車の手配、諸々の処理を彼に任せ、着替えをするべく部屋をでた。
たった今、耳にしたばかりの情報の真偽を確かめに城へと向かう。いや、真偽っていうか別にハンゾーの報告を疑っちゃいないんだけどね。
だからこれは……真偽を確かめにっていうよりも、苦情を言いにって方が正しいのかな?
急く気持ちを抑えつつ馬車に揺られ、書類にペンを走らせる。
手にした書類は、予定外の外出に「クッソー、今日中に終わらせる予定だった書類が!睡眠時間削るしかねぇか」と密かに苛立っていた俺へとナチュラルにリフが差し出したモノだ。
俺が弟の睡眠不足を許容出来ないように、俺の睡眠不足は許容されないらしい。
しかも馬車の中ということを考慮してか、酔いそうな細かな数字の羅列された書類や文章を書かなきゃならないような書類は省かれ、簡単な採択やサインを書くだけの書類をしっかりチョイス済み。
あんだけ慌ただしく出立したのによくそんな暇あったな……。
優秀すぎか!知ってたけど。
そして辿り着いた王城。
口を一文字に結び、案内されたドアを潜れば……。
「はぁい!相変わらず耳が早いわねぇ」と片手を上げて呑気に声をかけてきたアイリーン。そして無茶苦茶不機嫌オーラ全開な彼女の旦那が居た。
腕を組んで、ついでに行儀悪く足も組んで仏頂面をしたティハルトを見て悟った。
ああ、これはコイツも知らなかったんだな、と。
そうなれば、苦情の先は彼女一人だ。
「で、どういうこと?」
「俺が聞きたい」
「だろうね。だから君の奥さんに聞いてる」
男二人の厳しい瞳が向こうとアイリーンは怯みもしない。それでもさすがに笑みを消し、背筋を伸ばして座り直した。
「多分、聞いた通りよ。ジャウハラへ向かう使節団には王族としてわたくしが同行するわ」
ネイルの施された手を胸に当てて告げられた言葉はハンゾーの報告通りだった。
「お前が行く必要はない」
「王族としての務めを果たしてなにが悪いの?」
「王妃としての公務なら、他にいくらでもあるだろう」
「安全で簡単な務めが?」
「……ッ」
射抜(いぬ) くような瞳で問いかければ、ティハルトはギリリッと音がするほど奥歯を噛みしめた。そんな彼に一瞬だけ眉を下げ、困ったように微笑んだアイリーンは身体ごとティハルトへと向き直った。
宥めるように髪を撫で、細い繊手が頬へと添えられる。
「反対されるのはわかってたわ。でも絶対に譲らない。貴方との未来を選んだ時に誓ったもの。わたくしは貴方の生涯唯一人の伴侶になるって。貴方の最愛に、この国の王妃に、共に闘う戦友になるって、そう、決めた。忘れたとは言わせないわ」
「忘れてなど……いるものかっ」
「じゃあ納得して。言っておくけど、権力使ってわたくしを外したりしたら、もれなく夫婦喧嘩勃発だからね?」
サクッと脅しを交えつつ、アイリーンの視線が俺を捉えた。
「……と、言うことでカイザー様も宜しくね。ティハルトは同行出来ないし、わたくしの背中は貴方に預けるわ」
いや、勝手に預けないでください。
重すぎる重圧を背負わされた俺は、不安しかない先行きに頭を抱えた。