作品タイトル不明
解決への糸口
「ちょっと面倒かもよ」
訪れた図書室で、調べものを請け負ってくれた彼は開口一番そう言った。
彼が 纏(まと) めてくれたリストを読む。少し丸っこい、だけど綺麗な文字で沢山の病名や症例が書きこまれていた。
「これが同じような症例の病」
記されたそれらはティハルトからの報告でも見せられた病名の数々。
「そしてこっちが似たような症例を引き起こす原因の一覧」
細い指が指したそれに目を見張って顔を上げた。
視線が合うことはないけれど、目の前の彼を凝視する。
何故ならそれは……一ページ目のような病例ではなく、薬品や魔物の毒の効能だったから。
「確証は何一つないよ。でもこれって本当に流行り病?この前、貴方から聞いた話だと 罹患者(りかんしゃ) はある程度の地域に 偏(かたよ) ってるんだよね?それも一か所じゃなく複数。伝染するのに偏りがあるのはわかるけど……それにしても空気感染なら広がり方が違和感がある気がする」
言葉を失う俺に彼は軽く首を傾げる。
「病の発生場所ってわかる?出来れば詳しく」
カマルの背を撫でながらそう口にした彼に、一も二もなく頷いた。
その日の内に城へ出向き、情報を仕入れた俺は翌日非番にも関わらず学園へと向かった。
等間隔に並んだ六人掛けのテーブルに地図を広げる。幾つもついた丸は流行り病が確認されている地域だ。
じっと地図を見つめていた彼はおもむろに立ち上がり、書架の迷路へと消えて行った。そして重そうな本を二冊ほど腕に抱え、テーブルの上にどさりと置く。
パラパラと開き、また地図へと視線を戻し、それを何度も繰り返し彼は小さく呟いた。
「やっぱり」
「やっぱり?」
なにかわかったのかと思わず机に身を乗り出した。細い指が小さな町や村の名前を挙げながら地図を幾つか指し示す。
「どれも大きな街じゃない。それに……川や水場から一定距離離れてる。この村とかは隣同士だけどこっちは病が流行って、こっちは平気。ここは川が流れてるよね。こことかもそう」
「それは……」
「水道が引かれてなくて、川も近くになければ、井戸や溜め水があるんじゃない?」
それはつまり……集落の人間が使う井戸や溜め水を汚染してしまえば、それが人々に行き渡るということだ。
「症例は重くなくて病状は長引く。治ってもまたぶり返す。水に軽度な“毒”が含まれてるとしたら説明がつくよ。蓄積したそれが体力のない者から症状を表すのも、病の広がり方も、症状が緩和しても“それ”を摂取し続けてる限り完治しないこともね」
その可能性をティハルトたちへと告げれば場は緊迫した。
当然だ。
だってそれは人為的に起こされた災害ということなのだから。
調査にジャウハラへの使者を派遣したりとティハルトたちは暫く大混乱だった。
結果として、採取された水から魔物由来の毒も発見された。
濃度からして数度なら口にしても違和感も変化もない、ただ体内に蓄積しやすく、摂取量により発熱や倦怠感、嘔吐を引き起こすそれは彼がリストにあげてくれた毒物の内の一つだった。
マジで 凄(すご) い。知識量もさることながら、俺から聞いた断片的な情報だけでジャウハラやジュエラルの薬師たちですら気づいてなかった真実に辿り着くなんて。
確実に俺なんかより探偵に向いてるな。
心の中でそう呟きながら、意識を目の前のリックに向けた。
真っ直ぐに向けた瞳に、リックが居心地が悪そうに身を竦める。
そして彼も、俺が渡した情報から即座に汚染源を見抜いた。
なにを隠そう、リックはある程度の医学の知識があるのだ。
リックの違う人生での夢…… 要(よう) は前世での話を以前リオに振ってみた時に……。
「……んっーと、なんかセイヤク、ガイシャ?とかケショーヒン部門とか言ってた、かも?」
うぅーんと首を捻りながらそう言ってたからさぁ。
製薬会社?!
化粧品部門?!
めっちゃ喰いついたよね。そしてリックに会う前から、内心目をギラギラさせつつ狙ってたのもしゃーないと思う。
背筋を伸ばし、リックと向き合う。別に元々そんな姿勢は崩してなかったけどね。
「償う、と君は言ったよね」
指を組んだ両手を机の縁に載せ、真面目な表情を向ければリックの肩がビクッと跳ねた。
や、別に怖くないよー。
怯えないで。下心は満載だけど、そっちにとっても悪い話じゃないから。
「はい」と硬い表情で答えた彼に一つ頷く。
「君の処罰を軽くしてあげることが出来るかも知れない」
唇を引き結んだまま続く言葉を待ち続けるリックとは対象に、驚きと喜びを露わにしたリオが「本当っ?!」と声をあげた。無邪気なその様子にうっと怯む。
「罪を償うとはいっても、リオやレノア嬢のことはどうするつもりだい?」
「それはっ……」
怯んだ内心を隠しつつ、相手の弱いところを突けばリックは苦し気に表情を歪めた。
「レノア嬢は実家と縁を切るそうだね?だが貴族の令嬢がいきなり平民として暮らしていくのは大変だ。リオだって働くにはまだ幼い。仮住まいだの当面の生活費用だのを私が工面しても構わない。君が出来るだけ早く彼女たちと暮らせるように手も尽そう…………ごめん、リオ」
真面目な表情を崩し、リックの隣のリオへ顔をむけた。
「そのキラキラした視線止めて…………お願いだから」
思わずへにょんと眉を下げて 懇願(こんがん) した。
「??」
「刺さるんだよ。無垢な瞳がぐっさぐさ刺さるの」
「どういうこと??」
「罪悪感が半端ない……」
ううっと胸を押さえれば「あの……?」とリックから戸惑いの声と視線を向けられる。
「あー……」
なんとも締まらない状態で、胸を押さえてた手で額を押さえた。
「その、リックはわかってたと思うけど無償ってわけじゃなくてね。下心があるし対価は払ってもらうつもりなんだ」
はぁーとリオに説明する。
所詮(しょせん) 、俺も駆け引きが日常の貴族の一員なワケですよ。
「それで……なにをお望みでしょうか?」
覚悟を決めた目をしたリックが、強い眼差しではじめて真っすぐに俺を見た。
「ジャウハラの病を収めるのに協力してほしい」
端的な要求にリックがパチリと瞬く。
『……それだけ?』
若干(じゃっかん) 拍子抜けした心の声が聴こえた。
もっと無理難題を押し付けられるとでも思ったのだろうか?
原因が判明したのなら解決するんじゃないかって話なんだけどさ。
特効薬、あるけど量が少ないんだよね。
使われた魔物の毒は日常生活で遭遇する魔物でもないから、普段なら足りるけど……人為的に広められた関係もあって肝心の薬草が全然足りない。
「……と、いうわけで薬が足りない。だけど事態は速やかに解決したい。リオから君が一風変わった薬学の知識があることを聞いた。そこで代わりの特効薬の開発にあたって、別視点から協力を仰げないかと思ってね」
俺の言葉にリックの視線がリオへ向き、勝手に“夢”の話をしてしまった彼女が気まずそうに身を縮める。
「その話を……信じたのですか?」
疑惑と不安の混じった視線に軽く首を傾げた。
「どうだろう?別に否定も肯定もしないよ。大事なのは君が確かに医療に関して深い知識を持っているという事実だけで、それはたったいま、君が証明してくれた。
今の自分とは違う他の人生を歩んでた、なんて 俄(にわ) かには信じがたい話かも知れないけど……世の中には不思議なことなんて沢山あるしね。異能やら魔術やら、例を挙げればキリがない」
どうでもいい、とばかりに肩を竦めればリックの肩の強張りがとける。
バケモノだの頭の可笑しい人間だのと思われなくて安心したのだろうか。
と、いうかですね、俺もバリバリ転生者なんでーーーーー!!!
そもそもこの世界、何気に転生者の宝庫だしな。
あとあれだ。
不思議と言えば、影のみんなの身体能力とかリフの四次元ポケット疑惑とか……世の中はマジ不思議に溢れてるよ。
「薬師と協力の下、薬の開発。もしかしたら治療にも関わって貰うことになるかも知れない。要は労働による罪の軽減だね。あとは……二度とその知識を犯罪に活かせないよう 宣誓(せんせい) も行って貰う」
「宣誓……」
「抵抗があるかい?君の知識の一部が制限されるが、利もあると思うよ。公に宣誓を行えば、ギャスターのような奴らがその知識を狙って寄ってくることもない」
一般的な平民には聞き慣れない言葉だろう。
宣誓(せんせい) というのは言葉の通り、誓いのことだ。
これはジュエラル独自の儀式で主に二種類ある。
一つは一定の行動を誓わせること。
もう一つは真実を述べさせること。
例えば、「二度と盗みをしません」と誓えば本当に二度と盗みは働けない。 何故(なぜ) ならこの宣誓というのは『異能』の効果だからだ。ただの誓いと違って絶対的な強制力があるわけだ。
また宣誓の前では嘘も吐けない。
そんな一見便利で裁判その他で大活躍しそうな宣誓だが……基本的には 稀(まれ) に見る重大な犯罪者にしか行われない。
何故なら強制力が強すぎて人権的な問題があるからだ。
この能力者は神殿で判定を受けてから城へ報告され、審議官っていう裁判官みたいのになるか『異能』を封じられるか選ばされる。他にも危険すぎる『異能』は封じられることがあるらしい。
確か……牢などにも使われてる『異能』を封じる特殊技術があるらしいよ。
そんな主に重大犯罪者に用いられる誓いだから、宣誓を行うこと自体がある種の不名誉な処罰にもなる。
ま、 冤罪(えんざい) を喰らった者が無罪を主張したいとか、罪を悔いている者が二度と行わないと誓ったり自ら望むこともあるが。
俺がリックに提案したのはこれだ。
「知識を二度と犯罪に利用しない」と公言すれば反省の意も示せるし、かなりの減刑にもなる。
さらにはギャスターのような奴らにとっても利用価値がなくなる。なにせ、自分の意思関係なく使えないんだから。脅したって無駄だ。
余談だが、この宣誓には一つだけ大きな抜け道がある。
もう何十年も昔だが、大きな事件だったので貴族なら大抵が知っている事件だが、ある 虐殺(ぎゃくさつ) を行った大貴族が冤罪を主張し無罪になった。
……が、犯人はその貴族だったと死後発覚した。
真実を述べるって使い方だと、嘘発見器みたいなモンなんだよね。
あれって全然動揺がなければ反応しないじゃん?
だからサイコパスみたいのとか、 本(・) 当(・) に(・) 自(・) 分(・) は(・) そ(・) う(・) 信(・) じ(・) て(・) る(・) 場合は事実じゃなかろうと真実とされるワケだ。
その貴族は前者かな?サイコパスこっわっ!
「………いま話したのが君の減刑について。刑期は格段に短縮されるし、場合によっては執行猶予もありだと思う」
なんせ罪は犯してるが、リック自身被害者でもあるからな。
あ、もちろん事前に「リックに交渉してみていーい?」ってティハルトに確認してるよ?
罪人の罪状決める権利なんて俺には当然ないし。報・連・相は大事です!
「……で、リオたちの生活のことだけど、金銭面とか援助する代わりにジャウハラの件が落ち着いたら私の事業を手伝って欲しい。君の知識に興味がある。それが対価」
ややぽかんとしてる目の前の兄妹に「どうかな?」と問いかけると、物凄い勢いでリックの頭が下がった。
「お願いします! 是非(ぜひ) っ……是非」
懇願(こんがん) する勢いで頼み込まれ、何度も「ありがとうございます」と声を詰まらせ礼を言われる。
執行猶予はデカいよなー、なんせリオたちのことも心配だろうし。
「カイザーさまって……」
「ん?」
「実はすっごいお人よしでしょ?」
「……お人よし……」
「すっごく貴族っぽく見えるのに、全然貴族っぽくない」
うん?それはどういう意味で?
リオの表情はすっごく柔らかいんだけど、被害妄想でなければその瞳には呆れたような色も見え隠れする気が……。
そしてリフもなんでクスクスしてるの?
あ、リックは気安いリオの態度にめっちゃ焦って 窘(たしな) めてるよ。
「ありがとうっ、カイザーさま!」
にっこりと笑った笑顔は、今までで一番晴れやかだった。