作品タイトル不明
開業はやっぱ止めとこう
一歩、二歩と踏み出した足。
頼りない足取りで部屋に入ったその足は止まり、大きな瞳が目の前の相手を映す。大きく開かれた瞳と半開きの唇。だけどその唇は言葉を零すことなくキュッと不格好に結ばれた。
身体の横で小さな拳を握りしめ、なにかを耐えるように俯く彼女に、
「リオっ!!」
大きな安堵と、気後れや後悔。様々な感情を孕んだ声が名を呼んだ。
その声に……不自然に止まった足は数十歩分の距離を走り抜け、リックの腰に抱き着いたままリオは泣きじゃくった。
「……っ、兄さんっ、兄さんっっ!!」
むくれた顔でそっぽを向いたリオの側で彼女の兄、リックは何度も頭を下げた。ぶっちゃけ、もうこれで何度目かもわからない。
「本当に申し訳ありませんでした。謝って許されることではありませんが、どんな償いでもするつもりです。それと……本当に……有難う御座います……。レノアのことも、それからリオのことも」
深く深く腰を折ったリックの横、 倣(なら) うようにリオも頭を下げてくれる。
「カイザーさまが義姉さんの居場所見つけてくれたんでしょっ?!それにギャスターたちを自白させたのもカイザーさまだって言ってたっ」
さっきのむくれっ面から一転、リオは机に身を乗り出してキラキラした瞳を向けてくる。
ま、むくれてたのはただの照れ隠しだし。人前で号泣しちゃったのが恥ずかしかったぽい。
事情聴取も落ち着き、 漸(ようや) く今日リオをリックと面会させてあげられた。
今まで散々心配してた兄に会えて、ちゃんと無事な姿を人づての言葉でなく自身の目で確認できたんだ。そりゃ、号泣しちゃうのは仕方ない。
俺だってガーネストやベアトリクスが行方不明なんて状況だったら……。
イカン、考えただけで身震いが……。発狂モノだ。再会した途端号泣もするよ! 寧(むし) ろ抱きしめて離さない!!
そして犯人は……許さん!!
「奴らにはちゃんと報いを受けさせるよ」
可愛いマイエンジェルたちで不穏な想像をしてしまったせいか、漏れた声は中々に凄みのある声音だった。
怯む周囲に「おっと、いけねぇ」と慌てて笑顔を取り繕った。
ま、可愛いあの子らのことじゃなくても、ちゃんとギャスターたちには報いは受けさせるから安心して。
「そういえば、なんでリオが知ってるんだい?」
体感温度を何度か下げてしまった室内の空気を切り替えるべく、話題変換を図ってみた。
リックやレノア嬢の無事とかは伝えたけど「俺が見つけたんだぜ!」とか恩着せがましいこと言ってないよ?そもそも見つけたの俺じゃないし。
素朴な疑問提起はしたけど、実際動いてくれたの騎士団とか影だしね。
「だって騎士の兄ちゃんたちめっちゃ噂してた。推理とか尋問の時の様子とか興奮気味で話してたし」
おぅふ。尋問の様子が外部にタダ漏れやん……。
漏れてるのは笑顔で 煽(あお) ってた様子やなんやらで、さすがに機密情報までは漏らしてないようだけど……それにしてもどうなのよ?
知らん騎士にまでやたら見られたり会釈されると思ってたらそれでかーい!
安楽椅子探偵カイザーさん。開業しちゃう?
必殺技はカンニング込みのカマ掛けです。
捜査も逮捕も他人任せで、推理は基本当てずっぽ。
手柄はまるっと頂くぜ。最悪だな、オイ!
余談だが、『囚人のジレンマ』的な取り調べは今後も活用される模様。
事件に手を貸すように言い寄られ、恋人であるレノア嬢を攫われ、さらには自身まで攫われたリック。
そもそもの発端は薬品の知識や科学知識を、仕事場の工場で同僚に何気なく零してしまったのがギャスターの手下の耳に入って目を付けられたっぽい。
実際、工場での開発にも何度か貢献してたみたいだし。
脅され、仕方なく威力を最小限に抑えたモノを作った。それがアノ爆弾らしい。
もっと威力の大きいモノを、大量にと求められ……火薬の元を何週間か乾燥させる必要があるとか、本来なら必要のない希少性の高い材料を要求したりと、色々言い訳をつけてなんとか要求を 躱(かわ) してた。
奴らに専門知識はないし、威力は小さかったといえど初回の爆弾が成功してることもありリックの嘘はある程度通用したようだ。だけどそうして時間稼ぎをするのも限界がある。
人質のことで脅されれば抗う術もなく、時間稼ぎも限界か……と思っていたところで今回の別件逮捕。
いやー、マジ危なかったじゃん!!
ナディア嬢、超ファインプレーっ!!
……とはいえね、脅されてようと実際に怪我人も出てる訳だし、リックだって無罪放免というわけにはいかないわけですよ。
リフから差し出された紙を受け取り、机の前に広げる。
「わかる?」
不思議そうなリックに差し出し、簡潔に問いかけた。
紙を顔の前に近づけ、リックの視線が記された文字を追う。
横からその紙を覗きこんだリオがクエスチョンマークを頭にいっぱい浮かべて首を捻る間も彼はひたすらに文字を追う。
コクリ、と喉が動いた。真剣な目でその全てに目を通したリックは暫く何も言わないまま黙り込む。
彼の思考が目まぐるしく回っているのがわかるから、口を挟まず頭の整理がつくのを待ち続ける。
「媒介は……水、ですか?」
長い沈黙の末、問いかけたリックに「ビンゴ」と心の中で呟いた。
「君なら、対処法はどうする?」
「患者にはまずは解熱が最優先です。子供や老人、丈夫でない者に被害が多いのなら胃腸障害が軽度なモノが……消耗に合わせて栄養の補給と……。一番大事なのは原因の排除……」
それからリックが口にした幾つかの単語は、残念ながら意味がさっぱりだった。それは俺以外も同様で……。
専門用語やら小難しい言葉を幾つも重ねたリックははっと気づいたように口を閉じた。窺うようにこちらを見る視線に緩く首を傾げる。
「ごめんね?私はそっちの専門知識は詳しくないんだ」
強張(こわば) った肩から力が抜け、ほっとリックは息を吐いた。
うん、だって口にした知識の中に、明らかにあっちの世界の単語混じってたしね。専門知識ない俺でも風邪薬でお馴染の成分の名とかはさすがに知ってる。
リック、頭良さそうなのに意外に 迂闊(うかつ) だな。
仕事場でもぽろりとかしちゃってるし、あれか?得意分野になると口数多くなっちゃうオタク気質だったりする?
リフから紙をもう一枚受け取り、それを先程の紙に重ねるように置いた。
「これが現在ジャウハラで確認されてる流行り病の症状。そしてこれが城の薬師や協力者の出した答え」
とん、とん、とそれぞれの紙を指で突く。
ジャウハラで猛威を振るっている流行り病の主な症状は、発熱、倦怠感、嘔吐等、病としてはごくごくありふれた症状だ。
病状としてはそう重いものでないのだが、特徴の一つが症状が長引くこと。そして再発率が異様に高い。
病名も判明せず、症状を抑えることに手一杯で完治の目途が立たなかったのだが……意外なところから光が差した。
図書室の妖精さん。
や、妖精なんてファンタジーな存在じゃなくて、 人間(ひと) だって判明したけど。
本職の薬師がお手上げなんだからどうしようもないと思いつつ、なにもせずにいられずに図書室で薬草関係の図鑑とにらめっこしてたら……彼が協力してくれることになった。
「学者として雇ってくれるんでしょ?」って。
普段、何事にも我関せずな彼が自分から協力申し出てくれたんだよ?
その時の俺の感動わかる?めっちゃ嬉しい、超感動!
そして本の虫だけあって知識量ハンパねぇ……。いや、マジ。
図書室の妖精さんが「もしかしたら……」と示唆してくれた糸口。
まず、前提が違った。
これは自然的な流行り病でもなんでもなくて…………人為的に起こされた厄災だ。