軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

囚人のジレンマ

奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

「クソがっ」

悪態を吐くギャスターに柔らかく微笑む。

あれから数分。俺が何気なく口にした「クレイン」の名に、ギャスターはそれはわかりやすく反応を示した。

顔を 憤怒(ふんぬ) に染め、拳を握りしめ、砕けそうなほど歯を噛みしめて……怒鳴り声を上げるのをどうにか抑えた口から出てきたのは低い悪態。

「……首謀者の名前まで吐きやがったか、アホがっ!」

それは、誰へ向けた言葉か。

後ろ手に縛られたまま、それでも拳が不格好に床を殴る。

「黙ってさえいればっどうとでもなったモンをっ……」

抑えきれぬ怒りを発散するように、拳が、足が床を打つ。

「口を閉ざしてやり過ごせさえすれば、後は彼らがなんとかしてくれたのに?」

揶揄(やゆ) を含んだ問い掛けに、クソ、クソっと悪態を零し続ける男は射殺すような視線を向けてきた。グッと口を閉じ、次いでハッと 嘲(あざけ) るように唇が端を上げる。

「そうだよっ!!クレインの名さえ出さなきゃなっ!!」

自棄(やけ) になったギャスターにふっと微笑んだ。

「もう彼らは、万が一にも君らを庇ってはくれないだろうね」

「……っ!!」

やはりこの場さえ切り抜ければどうとでもなると思ってたらしい。そんなギャスターへと現状を突きつける。

「一つ聞かせろ。誰が口を割りやがった?」

押し殺したその声に、俺は答えた。

「君が」

意味がわからなかったのか「は?」と零れた声。怒りを孕んでいた瞳が真ん丸に見開かれた。

だけど意味を、現状を理解していないのは実はギャスターだけではない。表情には出していないだけで、現在この部屋に居る騎士やリフもずっと疑問を抱いている筈だ。

「誰も自供なんてしていないよ?いや、していなかったと言うべきかな。最初に自供したのは……クレインが首謀者だと認めたのは、 君(・) だ(・) よ(・) 」

緩く持ち上げた人差し指でギャスターを指す。

「ふざけんな……奴の名前を出したのはお前……」

「ああ、あれ?ただのカマ掛けだけど? 君らと繋がりがある貴族は幾つか調べが上がってたから、その一つを口にしてみただけだ」

そう言って、軽い仕草で肩を竦める。

調べに上がってたのは本当。そして調べに上がった幾つかの候補の中で、かの家に目をつけてたのも本当。

ただ決め手は、カマ掛けじゃなくて心の声っていうカンニングだけど……。

「……カマ、掛け?」

「うん、見事に一発目で引っかかってくれるとは」

あくまで軽ーい感じで答え、微笑む。もちろん、ワザとです。

「け、けど……人質のことは?」

呆然としつつどこか必死なギャスターは、よっぽど自分が最初の自白者だと認めたくないのだろうか。

「人質?レノア嬢のことなら誰の自白でもないし、そもそも既に騎士が安否確認済みだよ」

「ね?」と騎士団長へ視線を向ければ、頷き返す騎士団長の姿に「そんな……」と力ない声が響いた。真っ白になってるギャスターを前に、組んでた脚を崩し椅子から立ち上がる。

さて、後は本職にお任せしよう。

「他の取り調べ中の方々に伝えて頂けますか?人質の無事が確認されたことと、 彼(・) が(・) 今回の件の首謀者の名を吐いたことを」

「なっ!?」とギャスターの叫びが聞こえたが無視です、無視ー。

騎士団長は頷き、すぐさま他の騎士に指示をだしてくれた。きっとこれで他の奴らもぽろぽろ情報を零してくれるだろう。

「 “君も”全て話してしまった方が身の為だよ?」

先程とよく似た言葉を投げ掛ける。

「 “今度こそ”みんな情報を話してくれるんじゃないかな?クレインは守ってくれない。自分だけ口を閉ざした所で刑が重くなるだけだしね」

さて、と背を向けて部屋を出る。さっきとは逆で、俺の視線に応えるように騎士団長も一緒に部屋を出てくれた。

別の部屋へ通され、まずは騎士団長へと謝罪と感謝を告げた。

「貴方方の領域で差し出がましいことをして申し訳ありません。ありがとうございました」

頭を下げる代わりに胸に手を当てそう告げる。

俺自身としてはぺこぺこ頭を下げることに抵抗はないんだが、貴族の作法メンドクセ―。

「いえ、レノア嬢のことといい、取り調べのことといい、こちらこそお世話になりまして……」

生真面目に礼を述べてくれる騎士団長と 暫(しば) しお礼の応酬。

真面目な遣り取りをしつつ、貫禄と知性を兼ね備えた壮年の騎士団長を前に俺はどうしても違和感を拭いきれない。

何故(なぜ) なら…………第一騎士団の団長は実はメラルドのお父上だ。

そう、あのワンコの……。

メラルドはお父上の剣の腕を立派に引き継いでいるが、落ち着きやなんかはどっかに置き忘れてきたらしい。顔立ちは親子だけあって似てるから、騎士団長と話すと違和感ハンパねぇ。いや、マジで。

余談だが、二人の兄上は文系なので剣の道を継ぎそうなのはメラルドだけなのだが、騎士団長は後を継がせようとは思ってないらしい。

「アレは指揮には向いてませんので」そう額を押さえてたのが印象的。

「息子がご迷惑をおかけして」と何度か謝られてもいる仲です。

全然似てなくて違和感パないが、騎士団長が脳筋じゃないのはなによりだ!

本当になにより!きっと騎士団のみんなも心からそう思ってる筈。

「それで……カイザー様、詳しいお話をお聞きしても?その、先程の……」

少し困惑気味の騎士団長の後ろ、数人の騎士が小さく頷くのが見えた。不可思議そうな様子に苦笑いしながら、先程の指示の真意を簡単に説明した。

まず、気になったのは取り調べの方法だ。刑事ドラマやなんかのイメージがあるからか、複数人の取り調べに違和感が強かったんだよね。

「男たちが互いを監視し合っているように感じました。特にリックは視線で牽制されてましたし。あの状況では誰も口を割りづらいと思ったんです。なので手間ですが、取り調べを個別にするようお願いしました」

最初に若い騎士が報告にきた人質の無事を確認した情報も、騎士団長はすぐに奴らに告げようとしたが口止めをした。情報を開示して揺さぶりをかけるのも手だが、もっといい手を思いついたからだ。

「あの手の連中は基本他人をあまり信用していません。自白に好条件をつければ我が身かわいさに口を開く者が出る可能性も高いです。

そして二つ目、頃合いを見計らって扉を叩いてもらいました」

話を聞くように見せかけて扉の外に出たものの、実際は聞くべき報告なんてなかった。あの時点では誰も口を開いちゃいなかったしね。

「重要なのは、ギャスターには部屋の外の状況がわからないということです。部屋の外の騎士から報告を受けたフリをした私は部屋へと戻り、レノア嬢のことを告げた」

人質とされていたリックの恋人、レノア嬢はなんと 吃驚(びっくり) 、ご実家に居た。

いやさ、ちょっと不思議に思ったんだよね。リックの人質なら、妹であるリオでもいいんじゃないかって。

だってリオはリックの家族なわけだし、 攫(さら) うのだって大人より子供の方が 容易(たやす) い。ましてはレノア嬢は下位とはいえ貴族令嬢だ。身代金目的ならそりゃあ貴族を狙うだろうけど、そうでないなら貴族と揉め事を起こしたところで面倒事の種にしかならなくない?

前回、リオと別れて騎士団の詰め所にきた時に、ふとそんな素朴な疑問を零したところ調べてくれたんだ。その報告がさっきのだったんだけど。

人質である筈のレノア嬢はご実家に居た。これぞ灯台下暗し。つまりは、人質なんて最初っからいなかった。……といっても、恋人さんが自分の意思で家に居たわけじゃなくて、攫われたのは本当だし、家族に軟禁されてたんだけど……。

リックを脅すにあたって、彼の身の回りを調べたギャスターは当然恋人さんのお家のことも知った。そして彼女の実家に「娘を連れ戻してやる」と交渉したのだ。

ギャスターは恋人さんを攫って、実家へと連れ戻し家族から金を受け取り、さらにはリックの架空の人質として利用した。

ギャスター側としては万が一捕まって、リックが人質を取られて脅されてたと自白したところでその事実はないわけだし、人質の世話をする手間もない。さらには彼女の実家から報酬も貰えて、一挙両得だったのだろう。

いい手かも知れないが、やり口がセコーー。

ちなみにご実家が彼女を連れ戻したかったのは、 何処(どこ) の馬の骨とも知らない男と一緒になるなんて可愛い娘が心配!!という理由でなく……政略結婚の駒としてっぽい。

うわーー。リオの貴族嫌いに拍車がかかりそうだな。

「あのタイミングでレノア嬢のことを告げられたギャスターは思ったはずです。仲間の誰かが喋ったのだと。そこでさらに私は 敢(あ) えて何度も“君も”と、まるで誰かが口を割ったかのように強調した。彼は焦っていたでしょう。元々仲間やリックと引き離された時点から彼の苛立ちは 顕著(けんちょ) でしたしね」

そっからは 煽(あお) って、煽って、心の声で聴こえた情報を元に揺さぶりを掛けた。

でもここ等辺は説明するわけにもいかないから、ゴニョらせてもらいます。

「あとは元々得ている情報から、適当にカマ掛けを繰り返しただけですよ」

うーん、ギャスターにセコーとか言いつつ、自分のやり口も大概セコいな。

「他者を信頼することが互いの利益になると知っていても、人は不信感や目先の利益の誘惑から他者を裏切る選択をしがちなものです。そしてそれは他者を簡単に裏切れる人間にこそ顕著だ。きっと彼らは仲間を信じられないでしょう。自身が簡単に裏切れるからこそ裏切られることを懸念する。そんな人間の心理をついただけです」

弱きを助け、信頼を重んじる騎士たちへ説明を締めくくるように笑みを浮かべた。

「貴方方のような高潔な方たちには、通用しない方法でしょう」

個人の合理的判断が全体としての非合理的な結果を招く、協力と裏切りによるゲーム理論の一つ。かの有名な『囚人のジレンマ』だ。

そうこうしてる間にも、奴らは次々自白を始めたらしい。

誰かが口を割ったなら、自分だけ黙ってるよりも罪を軽減してもらおうと自白っつーか互いの悪事を 暴露(ばくろ) 大会。

わぁーお、典型的な裏切りー。

そしてお互い自滅し合ってるし。同情はしないけど。