軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヒロイン補正はあるらしい

騎士の遣いが来たのは薬品の匂いが立ち込める一室のことだった。

「そうですか、わかりました」

少しの安堵を交えてそう返す。

報告に来てくれた騎士は、ぴしりと背筋を伸ばし言葉ははきはきとしているが……その顔は微妙に崩れかけていた。

わかるー、むっちゃ薬品臭いもんね!

かく言う俺も部屋に入った瞬間うっ……ってなった。今は鼻がバカになってきたけど……。

「後で伺っても?」

「はい、団長に伝えておきます」

礼を言って騎士を見送る。

部屋を出た途端、扉の向こうからは大きく息を吸い込む音が聞こえた。息、止めてた?

ギャスターたちが捕まった。

本音を言うなら、一刻も早くこの部屋から逃げたい……違った、リックの無事をこの目で確認したいところだが。騎士団の取り調べの邪魔をする気もなければ、元々用事があってこの部屋を訪れているのだ。そう薬品の臭いに耐えつつ用を済ませ、部屋を出てまずしたことは深呼吸。空気が美味しい!

向かった騎士団の詰め所で通されたのは広めの部屋だった。

後ろ手に拘束された8人程のガラの悪い男たちを騎士達が威圧的に問い詰めていた。だが男たちはどこ吹く風で 小馬鹿(こばか) にしたような笑みを浮かべるている。

そんな奴らから、明らかに騎士ではない俺らに値踏みするような視線が向けられる。それを遮るようにリフが一歩前へ出た。さすが、鉄壁のガード。

厳しい視線で取り調べを見つめていた騎士団長が歩み寄って来て、軽く会釈を交わし「状況は?」と小声で問えば重々しく首を横に振られた。騎士の遣いが来てからそれなりの時間は経っているのだが、ギャスターたちはだんまりらしい。

そしてそれはリックも……。

視線を8人の男たちの中で一人だけ明らかに毛色の違った青年へと向けた。20を幾つか過ぎたあたりの青年は、固く唇を結び視線を避けるかのように俯いている。酷く顔色が悪い彼へと、ガラの悪い男たちから時々 牽制(けんせい) するようにチラチラと視線が飛んでいた。

ちなみになんと!リックの発見にはナディア嬢が関わってたらしいよ。

捕まってる男の1人が、肩がぶつかったとかで通行人を殴りつけてたのをナディア嬢が助けを求めたっぽい。傷害や爆発事件もあったし、見回り増員中だった騎士がすぐに来て男は逃走。男が慌てて逃げ込んだ先、うらぶれた地下のバーがリックが監禁されてた場所だったそうだ。

偶々(たまたま) お買い物してたら事件を解決に導く糸口を掴むとは……ヒロインパワー恐るべし!!

ご都合主義的展開に、「これがヒロイン補正というものか」という感嘆と共に思った。「事態解決のためのヒロイン補正は大歓迎だけど、悪役令嬢補正だけはマジ勘弁して下さい!!」と、切実に。

そんなことを考えながら……取り調べの様子を眺めていると一人の若い騎士が入ってきた。

息をきらした騎士の招きに応じて騎士団長が部屋の外へと出る。チラリと視線を投げ掛けられたのでその後に続いた。パタンとしまった扉の前で声を潜めた騎士の報告を聞く。

「なんだ、テメェ」

そして今、ギャスターに正面からガンをつけられております。

いやね?差し出がましいかとは思ったんだけどね。 暫(しばら) く取り調べの様子を眺めてて、さっき騎士団長と一緒に部屋を出た時にお願いしてみたんだ。

ジストの件やら、仮面舞踏会やら、今回の件でもリオを保護したりと……いつのまにか騎士団の面々とはがっつり顔見知りとなってるおかげもあってか、騎士団長は不思議そうにしながもあっさり提案を受け入れてくれた。

俺が頼んだことは三つ。

まず、取り調べを個別の部屋で行うこと。

20分程したら騎士に部屋の扉を叩いてもらうこと。

そしてその後、俺にギャスターと話をさせてほしい、という三つだ。

騎士たちがギャスターを問い詰める中、お願いした通りに扉が叩かれ、それに応じて一度外へ出る。別に報告することがあったわけでもなく、時間になったら扉を叩けと言われただけの騎士はどうすればいいかわからなそうだ。

「あの、これは一体?」

「もう少ししたらわかりますよ……多分」

意味不明な指示に困惑顔の騎士に曖昧に笑って返す。

多分、と付け加えたのは自信のなさの表れです。だって上手くいくかはぶっちゃけわからん。

そうして再び部屋の中へ。

部屋の隅で取り調べの様子を眺めていた先程までと違い、ギャスターの前に立つと騎士の1人がどこからか椅子を運んできてくれた。あ、どーも。

折角(せっかく) 用意してくれたので有り難く椅子に座る。余裕を見せつけるように、長い脚を組み、そこに指を組んだ両手を乗せ 悠然(ゆうぜん) と構えた。

表情は感情の読みにくい微笑という名の貴族の仮面をがっつり装着。斜め後ろに従うリフの姿と合わせて今の俺はきっと偉そう。

「ギャスターといったね。私は時間の無駄があまり好きじゃないんだ。知ってることを全部教えてくれないかい?お互いその方が利があると思うのだけど」

「はぁ?だから俺はなにも知らねぇって言ってんだろうがっ!街で人を殴っただかなんだか知らねぇが、俺たちは無関係だ。なぁ、そうだろう?」

まぁ、答えないよね。言ってしまえば今回は別件逮捕みたいなもので、例の事件の現行犯でもなければ確実な証拠があるわけでもない。

爆発物だって製造してる筈だし、探せばそのうち証拠も出てくるだろう。でも逆を言えば、今を切り抜ければ証拠を処分することだってどうにでもできる。

「随分と苛立ってるいるね。苛立っているのは……お仲間と離されたからかな?」

首を傾げて見せればギャスターの目に殺意が浮かんだ。

『……ッざっけンな!!』

奥歯を噛みしめ零れ出さなかった 悪態(あくたい) の代わりに、聴こえる心の声に唇の端を上げる。

当初に比べ、目の前の男が焦っているのがわかる。

それはリックも個室へ移されたのが大きいのだろう。人質が居るからなにも喋れない筈だと、喋ったとしても無駄だと……そう思っていても不安なのだろう。

そしてそれはリックのことばかりでなく……。

「どうして答えてくれないのかな?情報を教えてくれれば、それなりの見返りはあると言っているのに」

この世界にも情状酌量だの司法取引みたいな制度はある。

「 “君は”なにも話してはくれないね」

あえて強調させた言葉にギャスターの眉が上がった。

『どぉいうコトだ?』

疑問を零す心の声に応えるように、だけど 勿体(もったい) ぶって告げた。

「レノア嬢はご実家にいらっしゃるんだね。 吃驚(びっくり) したよ」

隠しようのない息を呑む音が響いた。

「でもいい手だ。人質の監視も管理も要らないし、なにより罪状が一つ減る」

世間話でもするように紡ぐ言葉に、ついにギャスターが身を乗り出した。

「……誰だ。誰が吐きやがったっ?!」

噛みつくように怒鳴りつけるギャスターの身体は、だけど後ろ手に縛られ床に膝をつかされていることもあり俺へは届かない。それでも当然のようにリフが立ちはだかってくれたし、ギャスターは騎士によって引きずり倒された。

視線が凶器となるのなら、 容易(たやす) く刺し殺せそうなギラついた瞳が向けられる。

だけど視線に物理的な攻撃力は無いし、あったとしてもリフが鉄壁ガードしてくれるって知ってる。……と、いうわけでちっとも怖くなんてない。

『誰だ、誰だ、誰だっ?!ヤンかマイクか?アイツなら自分が助かるためにペラペラ喋るってことも……。まさか作りかけの爆弾の在り処や、クレインの野郎のことも喋ったんじゃないだろうな?!』

わざと 煽(あお) った価値はあったようだ。

目まぐるしく回る思考と共に心の声がよく聴こえる。

特にクレインという貴族の名前が出てきたことはかなり大きな収穫だ。確か、下調べの段階でもギャスターと付き合いのある貴族として名前が挙がっていた家の一つだ。

ヤンとマイクとかいうのはお仲間の名前か。どいつか知らんが、口が軽いようなんで騎士に積極的に聴取してもらおう。

うっそりと、俺は笑みを深めた。

「 “君も”協力してくれた方が身の為じゃないかな?」