軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人生二度目の………

唇から漏れたのは、大きなため息。

もう、何度目かわからないそれ。行き場のない感情を、吐き出せない想いの代わりに吐き出したそれは静かな部屋に消えていく。

カラン、とグラスの中で氷が崩れる音が響いた。

中身は酒だ。しかもロック。

飲まなきゃやってられない、心境的にはまさにそれ。……とはいえ、酔える気分でもないので中身はそれ程減ってはいないが。

ソファに身を預け、天井を見上げて目頭を押さえた。一心不乱に文字を追い続けた目が疲れを訴えていた。

目以上に精神的な疲れの方が数十倍大きいがな………。

あれから、俺は母さんの部屋で手紙と日記を読み続けた。

食事をする間すら惜しく、夕食を断ってしまったからきっと心配をかけてしまっただろう。反省をするものの、正直心にゆとりがなかった。今もない。

読み終えた時には窓の外は闇に染まり、母さんの宝箱を手に酒と 暖炉(だんろ) のあるこの部屋に出向いた。んで、酒を飲みつつ頭の中を整理中。今、ココ。

なんなの。

今の心境を端的に表すならその一言だ。

言いたいことは沢山ある。正直、山ほどある。だがもう……衝撃がデカすぎて色々追いつかないんですけど……。

でっかいため息をもう一つ吐いて、ソファから立ち上がり暖炉へ向かった。

暖炉の前にしゃがみこみ、薪をくべる。

うん……自分でやることないからしっくりこない。

こんな感じで平気?火がつきゃいいよな?とか思いつつ乱雑に薪を並べてマッチを擦った。僅かに灯る火を見つめ、それをぽいっと暖炉へ放てばゆっくりと燃え広がる炎。うむ、ついた。

しゃがんだ膝に頬杖をつき、炎の揺らぎを眺める。

不安定に変化し続ける炎を見つめていると、ほんの少しだけ心が平静を取り戻していくのを感じた。成程、これが炎の効果というものか。

ソロキャンをする人達の気持ちが少しわかった。やんないけどね。虫嫌いだし。

パチパチと爆ぜる音が時折響き、だいぶ炎が大きくなったところで立ち上がった。

ローテーブルの上に置かれた開いたままの宝箱、その横にある臙脂色の日記帳を手に取り革表紙をそっと撫でる。そして……。

その日記帳を炎の中に投げ入れた。

ボオォッと音を立てて日記帳を呑み込む炎。赤い炎を纏い、先端が茶色く、そして徐々に黒へと変化していく。

続いて投げ入れた手紙は、赤とオレンジの 紅蓮(ぐれん) の蝶のように火の粉を纏ってひらりと揺れて、その薄さ 故(ゆえ) に日記帳よりもあっけなく原型を失った。

その様を、じっと見つめる。

「……カイザー様……?」

背後から訝し気に掛けられた声に驚きと共に振り向く。

扉の所に立っていたのは…………血の繋がりのないもう一人の 義母(母親) 。

暖炉の前で立ち尽くす俺の居る部屋へ、義母が一歩足を踏み出す。その唇から思わずといった感じで「あつい」と小さな呟きが漏れた。

うん、俺も暑いです……。

もう春ですからね。朝夕は多少冷え込むこともあるとはいえ、間違っても暖炉を焚くような季節じゃないしね。しかも俺、火の真ん前に居るし。

あっつー!!実はさっきから思ってたよ!!

………っていうかさ、俺ら気まずいタイミングでのエンカウント多くない?!

「暖炉……?こんな時期に一体どうして……?」

近づいてきた義母の視線がローテーブルの上に止まる。

開きっぱなしの小箱の中に納まった明らかに女性用の小物や、小さな楕円形のフォトフレーム。その中に映った家族の姿に大きな瞳が見開かれた。

そしてそれが誰のモノかを理解したのだろう。

視線が跳ねるように暖炉へと向けられ……、

「……なっ?!」

まさかの行動に出た義母に思わず反応が一瞬遅れた。

俺を押しのけた義母は、暖炉の前に素早くしゃがみ込むなり炎の中へ手を飛ばしたのだ。半分炎に呑まれ原型を失った、逆にいえばまだ半分原型を保ったままの日記帳へ向かって。

「っ!」

義母の唇から漏れたその小さな音に、我に返って大慌てでその華奢な手を掴む。もちろん、炎に手を突っ込んでだ。

熱っい!!

いやもう、熱いっつーか痛ぇ!!

日記帳に届く間際だったその指を力任せに炎の中から引っ張り出す。

「誰かっ!!誰か来てくれっ!!」

未だ炎の中に手を伸ばしそうな義母の華奢な身体を抱え込み大きな声をあげた。

幸い一瞬のことだったため、派手な火傷は負っていなかった。傷痕が残るようなことにはならなそうだが、赤くはなってるし早く冷やして手当をしなければ。

そう判断してのことだった。

結果として、迅速に“誰か”は駆けつけてくれたし、俺も義母も丁重かつ厳重に応急処置その他をされはした。

めっさ気まずいけどねっ!!

呼び掛けにいち早く反応したのはいつも通り影たちだった。

ドアから、天井から、いっそどっかから出てきました?!ってぐらいにわらわら黒装束たちが舞い降りてきて正直ビビった。次いでリフたち使用人たちが慌ただしく駆けつけて、さらには愛しのマイエンジェルたちも。

部屋の人口密度が急上昇。

しかも俺らの怪我に 阿鼻叫喚(あびきょうかん) の大騒ぎ。

うん、ごめんね?

でも呼びつけといてなんだけど……手当の為に一人か二人来てくれるだけで良かったんだ……。

そしてまさかの人生二回目のお姫様抱っこ(遠い目)。

「火傷したから取り敢えず水で冷やして……」そうハンゾーに義母を託してる言葉の途中で、ランに抱え上げられて運ばれてました。

流水に手を浸されながら俺のライフは 瀕死(ひんし) だった。華奢で 嫋(たお) やかなランにめっさ軽々運ばれたからね。

人ひとり抱えてあのスピードなんなの??

せめて他の影が良かった……。いや、お姫様抱っこ自体御免なんだけどさ……女性に見紛わんばかりのランにお姫様抱っこされるのはダメージが半端ねぇ。

水場で充分に手を冷やされつつ、部屋に戻ってさらにリアンの『冷却』をかけられて、リフの厳重な手当てをうけた。包帯ぐるぐる巻きにされつつ、集まってくれた皆には謝罪と共に解散を呼び掛け、涙目のベアトリクスを宥めたり慌ただしさが過ぎたところで。

まぁ、事情を聞かれますよね………。

慌ただしさの最中にも『一体なにがっ?!』って心の声はめっちゃ聴こえてましたけど。

向けられる瞳から逃れるように視線を逸らす。自然と視線が向かった先は暖炉の中。今や火も消された暖炉の中には白い灰があるばかり。

完全に炎に呑まれこの世から消失した成れの果て。それを見て密かに安堵に胸を撫で下ろす。そんな俺に義母は逆に瞳を揺らして唇を噛んだ。

「どういうつもりなの……?」

『いつもそう。この人も、セレネ様もなにを考えてるのか全然わからない』

泣き出しそうなその声に、目を瞬いた。どうしてそんなに辛そうにするのかがわからなくて。

「貴方にとっては、大切なお母様の形見のようなモノでしょう?それを燃やすなんて……」

幾つかの息を呑む音と見開かれる瞳。彼女の言葉と、こんな時期に焚かれていた暖炉から、ガーネストたちも大体事情を察したようだ。

うーーーん。

出来れば人のいるとこで聞かれたくなかったぜ。

いや、そもそも義母に見つかったのが迂闊だったんだけどね。でもまさか火の中に手ぇ突っ込むなんて無茶すると思わないじゃん?思わず声あげちゃうのも仕方なかった。

あと心配してくれるのは超絶有り難いんだけど……出来れば全員解散して欲しかったな。

ダメかな?

ダメだよね??

ガーネストたちも相手が自分の母親なことも超心配してたし。別に義母相手に揉めてたわけじゃないんだけどね……怪我は不可抗力だし。

あとリフとか絶対引く気がしねぇ。

ため息出ちゃう。ああ、倖せがいっぱい逃げてくー。

「あれは母上の日記帳です」

内容を思い出し、 若干(じゃっかん) 遠い目になったのは仕方ないと思う。

「自分の死後に他人に日記を読まれるなんて御免でしょう?自分の生きた証と想い出を知って欲しいからと、息子である私にだけそれを読む権利を下さった。だけどその後は処分するようにと、それが母上の意思だったので」

そう、あれは俺だけが知っていればいいこと。

母さんの想いも、家族の想い出も、なにもかも。

………っていうか、俺も知りたくないことが多々あった。

親の恋愛事情とか、ぶっちゃけ&はっちゃけた本心とか、色々色々ね……。

日記を読まれるのが嫌という言葉は納得のいくものだったのか、まだ不満そうながらも義母がぎこちなく口を噤んだ。

まぁ、誰だって嫌だよね。俺だってもし書いてたら絶対誰にも読まれたくない、っていうか読まれるわけにはいかねぇ。

重苦しい沈黙の中、義母の手が壊れモノを扱うような手つきでフォトフレームに触れた。

ちなみに、フォトフレームといいつつ中に納まっているのは正確には写真ではない。

この世界にカメラはないから主流なのは絵師が描く姿絵。めっちゃ豪華な一点モノから複製の出来る安価なモノまで選り取り見取り。

そして絵師が描く姿絵より貴重なのが『異能』を使った『転写』だ。

これは絵師より圧倒的に人数も少ないため有力貴族しか手が出ないぐらいお高い。でもその分、出来は写真そのもの。つまり、誇張や個性が出がちな姿絵と違って『異能』による姿絵はありのままを写し出す。

愛しくて仕方がない。

誰が見てもそんな眼差しを浮かべた父さんと母さん。

柔らかな微笑みを浮かべる父母と幼い息子。

かつて自分に向けられたのと同じ眼差しで、他の女性と子供を見つめる 男(夫) をそっと撫で、遠い過去の家族を眺めていた瞳が俺を捉えた。

「そっくりね。カイザー様は本当にヴィクター様にもセレネ様にもそっくりだわ」

寂寥(せきりょう) を含んで、だけど困ったように美しく微笑んだ義母のその言葉に俺は。

……本当にね。

ものすっごく認めたくないものの、そのことを深く実感していた。