作品タイトル不明
さすがにそこは探さなかった……
思い出したのは唐突だった。
「カイザー様?どこ行くの?」
立ち上がった俺にマオがこてんと首を傾げる。
「ん?母上の部屋へ行ってみようかなって。マオも来るかい?」
「行くー!!」
小さな指が伸ばされて俺の指を掴む。三本の指の先を握られて、そうして手を繋いだまま向かった先は……、
久しく足を踏み入れることはなかった母さんの部屋。
鍵を開け、扉を開けば長らく使われていない部屋独特の空気が鼻をつく。
メイドたちが時折掃除し、部屋の換気も行ってくれているが、持ち主を亡くした部屋は 何処(どこ) かうら寂しい。カーテンを開き、窓を開ける。籠った空気に柔らかな風が吹き込んだ。
「カイザー様のおかーさんのおへや?」
物珍しいのか、きょろきょろと頭を忙しなく動かすマオに頷き、部屋の奥の飾り棚へと向かう。
硝子を開き、その中に 鎮座(ちんざ) していた存在をそっと抱き上げた。
淡い黄金の髪。宝石を嵌め込んだような蒼い硝子の瞳。真っ白な肌に、整った顔立ち。
美しく、可憐なそれは……だけど命を感じさせない。
豪奢なドレスを纏った小さな人型。
それは美しい少女の姿をしたアンティーク・ドールだった。
「きれー……」
ぽかんと口を開けてマオはドールに見惚れている。そんな彼女の前に膝をつき目線を合わせた。
「気に入った?」
こくんと頷いたマオへと笑う。
「じゃあ、あげる」
その言葉に瞳を真ん丸にしたマオが「いいの?」と戸惑うのに頷けば、ぱぁっと喜色を宿した笑顔が礼を告げる。
小さな手でぎゅっと、だけど慎重に人形を抱きしめ、まじまじとその顔を覗きこんだあと金緑色の瞳が俺を見た。
「この子……ちょっとカイザー様に似てる」
そう言ってまた大切そうにドールを抱きしめるマオに思わず無言になった。
その子……女の子なんですけど。
他意はないのだろうが……豪奢なドレスを纏った少女の人形に似ていると言われても反応に困る。
まぁ、でも……初めてこのアンティーク・ドールを目にした時、俺は母さんに似てると思った。俺も母さんもこのドールも、色彩とかはあまり共通点はないけど……人形染みた美しさってよく形容されるから、それでかな。
造り物めいた雰囲気の美貌っての?
親子揃ってとんだ外見詐欺だけどね。
このアンティーク・ドール、実は俺のモノだったりする。
正しくは、俺のモノになる筈だったというべきか……。
長らく思い出すこともなかったドールの存在。思い出した切っ掛けはマオがぬいぐるみで遊んでいるのを見たからだ。
それを見て、ふと思った。そうだ、マオにどうだろう?と。
このアンティーク・ドールは、いや……このドールだけでなく、母さんの部屋に眠っている沢山の装飾品などの一部は俺の為のモノたちだ。中には小さな可愛らしい靴やドレスまである。
何故(なぜ) かといえば……初めての子供に浮かれた母さんたちが、性別もわかる前にあれもこれもと買いそろえたためだ。
男物の服や装飾品、剣に時計など……どんだけ気が早いんだよ!!と思わせる品々は、成長と共に俺へと引き継がれたが……女物はさすがに使い道がなかった。
ベアトリクスに与えるには、前妻の品など義母が気に喰わないだろうし……。
そうして長いこと眠っていた美しいアンティーク・ドールの存在を思い出し、マオにどうかと思った次第である。
うむ、気に入ったようで良かった!
マオは可愛いし、きっと母さんも喜んでる気がする。
髪を指で解いたり、ドレスを眺めたりとマオがアンティーク・ドールに夢中になっている間、 折角(せっかく) 久しぶりに来たからと母さんの部屋を眺めていた。
懐かしい品々に想い出に浸っていると「あっ」と小さな声が聞こえた。
「これなぁに?」
小さな手が差し出してきたのは……。
「鍵?」
差し出した掌の上に載る黄金の小さな鍵。そしてその鍵の存在には心当たりがあった。
「この鍵は 何処(どこ) に?」
「この子の中ー」
そう言ってマオは抱きしめたアンティーク・ドールのスカートをびらりと捲った。うん……と額を押さえ、とりあえずマオにスカートを戻させた。
「マオ、もうそろそろおやつの時間だろう?リフたちのところへ行っておいで。それからみんなに遊んでもらうといい」
「カイザー様は?」
「私はこのままここに残るよ。ああ、リフに今日の仕事は明日へ回すと伝えてくれるかい?少し一人になりたいんだ」
「……はぁい」
若干(じゃっかん) 不満そうなマオの髪を宥めるように撫でる。
アンティーク・ドールを大事そうに抱えて部屋を出るマオを笑顔で見送り、その小さな背が遠ざかった途端、扉に鍵を掛けた。
チューダーローズの装飾の施されたジャコビアン様式のミュールチェスト。その引き出しに鍵を差し込む。差し込んだ鍵は、先程マオから受け取った鍵とは異なるものだ。
先程の鍵はこの引き出しではなく、引き出しの中に眠る小箱のモノ。
宝石箱と呼ぶには大きく、だけど繊細で美しい細工の施された箱。それは母さんが大切にしていた宝箱だ。
ベッドの上、ショールを羽織った母さんが文字を綴る。
時々考えこみ、なにかを思い出すように視線を遠くへ投げ掛けて。楽しそうに思い出し笑いを浮かべて、愛おしそうに瞳を細めて。
そうして文字を綴る母さんの姿を何度も目にした。
「なにを書いてらっしゃるんですか?」
「ふふっ、内緒」
近づき、問いかければ、金の箔押しをされた 臙脂(えんじ) 色の表紙はいつだって閉ざされてしまった。
嫋(たお) やかな 繊手(せんしゅ) はペンを手放し、代わりに愛おしそうに俺の髪や頬を撫でる。
そうして……その臙脂色の『日記帳』は、いつも美しい細工の施された小箱へとしまわれて、小さな鍵がカチリと音を鳴らした。
その小箱の中に詰められるのは高価なだけの宝石ではなく、父さんや俺が贈ったプレゼントや、幼い俺が摘んできた花を押し花にした栞、姿絵や想い出の品々。そして長年愛用してきたことのわかる色あせた臙脂の日記帳。
それは彼女の想い出が詰まった正しく唯一無二の宝箱だった。
箱の表面を愛おしそうにそっと撫で、俺の名を呼んだ母さんは、二人きりなのを確認してそっと耳元に唇を寄せた。
「今はまだ内緒。だけどいつか……いつか読んでもいいわ。貴方なら。私の生きた証を、大切な想い出を貴方になら知って欲しいもの」
静かに微笑む母さんに俺は無言で戸惑う。
そのいつかが……身体の丈夫でない母さんの死後を指しているのをわかっていたから。唇を閉ざして瞳を揺らす俺を、母さんはそっと抱きしめた。
「この宝箱の中身は、日記帳の内容は誰にも内緒なの。ヴィクター様にだってね。この宝箱は特殊な細工が施されてるから、誰にも開けられないわ。壊すことだって無理なの。
開くにはこの鍵と秘密の言葉の二つが必要よ。そしてその言葉はね_____」
小さく、耳元で呟かれた言葉と、
華奢な掌の上で輝いていた小さな黄金の鍵。
「いつかこの鍵を見つけたら開けてみるといいわ。その代わり、日記帳の中身は誰にも見せないこと!!」
最後に言い聞かされた忠告はガチ真剣な顔だった。
母さんが亡くなって、何度か鍵を探したものの……全然見つからなかった。
大人になってからも、ふと思い出しては母さんや父さんの部屋を探したりしてみたけど……今日この時まで全く見つけられないままだった。
…………まさかアンティーク・ドールのスカートの下に潜んでいるとは。
盲点にも程がある。
マオにあげなきゃ、きっと一生見つからないままだった。
ってか、母さんガチで隠し過ぎじゃないっ?
見つけてたら見つけてたでどーなのよ?美少女のお人形のスカートに手ぇ突っ込んでる息子とか嫌じゃない??
人形のスカート捲ってるとことか、誰かに見られたら社会的に終わるんだけど……。鍵、探してましたーとか言い訳、多分信じてもらえないよ??
若干(じゃっかん) 死んだ目をしつつ、鍵を差し込めばカチリと小さな音が響いた。
「アンジュ」
小さな呟きに、もう一つカチリという音が重なった。
ちなみに「アンジュ」っていうのは俺が女の子だった場合の名前だ。
男の子なら「カイザー」、女の子なら「アンジュ」。
「男の子なら絶対に恰好いい名前がいいわ!王子様っぽいのとか素敵よね。あっ、でも皇帝の方が王子様より各上だし恰好いいかもっ!?女の子なら絶対に可愛い名前がいいし……天使とかどうかしら?!」という母さんの命名だそうだ。
蓋に手をかければ、オルゴールの懐かしいメロディーが流れだした。
想い出を呼び起こすようなその 旋律(せんりつ) に、感傷とともに幼い自分をそっと撫でる。
小さな楕円形のフォトフレームに収まる幼い俺と、寄り添う両親。柔らかで慈愛に満ちた眼差しと笑顔に懐かしい両親を想い出す。
いくつかの品々を順に手にとり、底の方に白い封筒を見つけた。
『愛しいカイザーへ』
記された名に、封筒を取り出す。封蝋はされておらず、封筒から慎重な手つきで中身を引き抜く。
一枚目は俺へ向けた愛情あふれる言葉が綴られ、その紙面からでも漏れ出しまくる溺愛っぷりに血の繋がりを垣間見た。
「可愛い」「天使」と賛美を極めたその様は、俺が可愛い弟妹へと向ける内面そのまま……。
この性格って前世の性格を引き継いだと思ってたけど……今世の母さんの血もバッチリ受け継いでたんだなって再確認した。
ちょっぴり居たたまれなくなりつつ捲った二枚目。
『貴方に伝えたいことがあるの。今まで誰にも言わなかった、いえ、言えなかった私の秘密。私のこの身に刻まれた呪いのことを_______。』
呪い________?
目についた一文に目を瞠る。一枚目のテンションとは打って変わった深刻な言葉に、食い入るように続きへと目を走らせた。