作品タイトル不明
そして誰も助けてくれない
華やかな音楽にさざめく笑い声。それらを耳にしつつ、いつものように壁際をキープしつつはぁと小さく溜息を吐いた。
今日は三年生たちの卒業パーティー。
最後のチャンスとあってか、今日はダンスに誘う生徒たちにも気合が入っている。かくいう俺も、さっきから女生徒のお誘いがひっきりなしだ。
ホールを見渡せば、可愛い弟妹が目に入った。
ガーネストはカトリーナ嬢と、ベアトリクスはダイアと踊っている。
無事にカレカノの関係になった彼らはそれはもうラブラブで、倖せいっぱいの妹の姿は可愛いけどお兄ちゃんは複雑です……。
痛む胸を隠しつつ視線をずらせば、アレクサンドラがリリー嬢を誘っていた。シリウスが背後でそんなアレクサンドラをこっそり応援してる。
もう一人のヒロイン、ナディア嬢はクラスメイトに誘われて踊ってた。
卒業パーティーといえば、断罪の定番舞台だが……平和そうな様子にほっと息を零し、だけど次の瞬間おやっと片眉をあげた。
誘いをかけてくる女生徒に断りを告げ、その方向へと足を踏み出す。
「きゃあ、手が……」
滑った。そう続くはずだった言葉を前に細長いグラスをそっと指で掴む。
白々しいお決まりの言葉とともに、目の前の相手へと引っ掛けられる筈だった白ワインはグラスの中でタプリと揺れて、だけど零れることなく波紋を描く。
「大丈夫ですか?」
「えっ?!は、はいっ!!」
真っ赤な顔で 狼狽(うろた) える三人の少女へと「気を付けて下さいね?」と柔らかく笑いかければ、首振り人形のようにコクコクと頷いた彼女たちは大慌てで逃げ去った。
それを見送って、振り返る。身を縮こませて肩を揺らす少女に掌を差し出した。
「踊って頂けますか?イザベラ嬢」
揺れる瞳に構わず微笑んで、 躊躇(ためら) った後に重ねられた指を握った。
「仕方のない人達ですね」
踊りながらそう呟いた。
先程の少女たちは元イザベラ嬢の取り巻きだ。そしてイザベラ嬢と同じくゲームではベアトリクスの取り巻きだった少女たちでもある。
つい最近までイザベラ嬢にくっついてベアトリクスたちに絡んでいた。その癖、先日の一件でイザベラ嬢の立場が悪くなった途端に掌を返してあれだ。ある意味たくましい。
クリーム色のドレスを身に着けたイザベラ嬢。肩を過ぎたあたりで切りそろえられた髪は、結われもせず、飾り一つもついてはいない。
あえての可能性も皆無ではないが……多分違う。
ゲームではこの卒業パーティーで 悪役令嬢(ベアトリクス) がヒロインの髪飾りを壊し、パーティーの最中にドレスにワインを引っ掛けるシーンがあった。実際のベアトリクスがそんなことするわけないけど。
なんの因果か、全く無関係のところでその現象だけが起こってるようだ。
「どうしてです?」
聞き逃しそうな小さな声でイザベラ嬢が呟いた。
顔はずっと俯いたまま。視線に入るのは栗毛のつむじばっかりだ。
「……怒って……らっしゃらないんですか?」
おずおずと、僅かに視線が上がる。
「怒ってますよ」
俺の言葉に 大袈裟(おおげさ) な程に瞳が揺れた。
『ひどい……っ』そう伝える心の声に笑い出しそうになる。
ひどい?
その酷いことを人の可愛い妹にしようとしたのはどっちだよ?
尖りそうになる瞳を理性で抑えた。
「 ベアトリクス(あの子) が嫌いですか?」
ちっともダンスに身が入らずに、近くでターンしたペアにぶつかりそうになったイザベラ嬢の腰を引き寄せる。
『嫌い、嫌い、大っ嫌い』
さすがに肉親相手に言葉では返さずとも心の声は正直だった。
「好き嫌いは仕方がないですけど、やっていいことと悪いことはあるでしょう?」
はぁと思わず溜息を零せば、唇を噛みしめたイザベラ嬢がキッと顔を上げた。
「カイザー様にはわからないですわ。美しくて、才能もあって……すべてに恵まれた貴方には、なんの取柄もなく惨めな私の気持ちなんてっ」
そりゃ、キミの気持ちなんてわからないけどね。
「私が『無能』と蔑まれてるのはご存じでしょう?」
思わずふっと笑えば、身に覚えがあるのか「……あっ」と小さな声が漏れた。
「誰にだってね、悩みや葛藤はありますよ?たとえどんなに幸せそうに見えたとしてもね。あの子だってそうだ」
「……え?」
「あの子は一度も自分の意思で『魅了』を使ったことがない。ずっと自分の力を恐れていた。ダイアが好きで、誰にも盗られたくなくて。いつか自分が『魅了』の誘惑に負けてしまうんじゃないかって怯えて「こんな力、いっそ無ければ良かったのにっ!!」そう叫んで震えてた」
「…………嘘」
呆然と足を止めそうになるイザベラ嬢をリードしてターンする。手を引いてリズムを取らなければ今にも彼女は立ち尽くしそうだ。
「でも頑張るって決めたんです。ダイアを諦めたくないから、自分自身の力で頑張るって。貴女もそうするべきだった」
「…………」
「なにを得ました?嫌がらせをして足を引っ張って?それで貴女の欲しいモノが手に入るとでも?たとえ叶わなくとも、恋が実らなくても、貴女も自分自身の力で足掻くべきだった。自分自身に胸を張る為にも」
ま、こんなお説教なんて聞きたくもないだろうけど。
軽やかだった曲調が徐々に緩やかに変わっていく。どうやらダンスも 終盤(しゅうばん) だ。
「一つだけ教えて下さい」
俯いたままのイザベラ嬢の耳元に顔を寄せ、そっと問い掛けを落とす。
「 」
囁(ささや) くようなそれに、一瞬 躊躇(ためら) った後で彼女が唇を開いた。
その答えに、俺は思わず眉を寄せた。
「カイザー様?」
険しい表情を見て、不安そうに呼び掛けるイザベラ嬢に無理矢理笑みをつくってダンスのフィニッシュを決める。そしてそのまま手を取った彼女をホールの中央からエスコートした。
ダンスの輪の中から送り出し、手を放し礼をしたとき、
「……あ、あのっ」
消え入りそうな声を掛けられ瞳を向ける。
「ご……ごめんな、さい……」
両手で 皺(しわ) になる程スカートを握りしめ、俯いたまま零されたそれは謝罪の言葉で。
「それは、私に言う言葉ではないでしょう?」
「……っっ」
びくりと肩を震わす彼女もそれはよくわかっているのだろう。
それでも……目の前の気の強そうな少女が、どれだけの勇気をもってその言葉を吐き出したのかはわかるつもりだ。
手を伸ばし、ぽんぽん、と頭を撫でる。
零れ落ちそうな程に大きく瞳を開いてこちらを凝視する彼女に「良く出来ました」の意味を込めて小さく笑いかけた。
「嫌がらせも、続くようならちゃんと相談しなさい」
妹を害そうとしたとはいえ、嫌がらせは見てて気持ちのいいものでない。それに第一、嫌がらせしてるのってお仲間だった子や無関係の子だしな。
華やかなドレスと反対に飾り気のない髪をそっと撫ぜ、少しだけ乱してしまった部分を整える。ついでとばかりに胸ポケットの花をとって栗毛の耳元へと差し込んだ。
うん。ドレスの色とも合うしいいんでない?
自画自賛してると、真っ赤な顔で頭を押さえたイザベラ嬢が深く深く俯いた。
「~っやっぱり、ベアトリクス様キライです」
『ずるいっ……』
んん??なんでそうなるのっ?!
いまベアトリクスの好感度下がる要素あったっ?!
しかもなんか……いつの間にやら音楽は止んでわりと注目浴びてるしね。
そしてなんかさ…………あっちで凄い顔して俺のコト睨んでるのマイエンジェルじゃない??
『お兄様?!!』
離れていても届く心の声とその表情に、すっごい圧を感じてビビりながらも近づいてく。
なんてこった。可愛い妹の側に行きたくないと思う事態があるなんて……。
すぐそばまで辿り着くと、待ちきれないとばかりにぐいっと手を引かれた。
「お兄様?!一体どういうことですの?」
腕を組んで尖った瞳を向ける妹に元悪役令嬢の 貫禄(かんろく) を見た。
えっと、なんでそんな怒ってんの?
そんでなんでガーネストやダイアたちは「あーあ」みたいな瞳を向けてくんの?
「イザベラ嬢が絡まれてたから助けただけだよ。あとちょっと聞きたいこともあったし」
「あのぽんぽんは?!なんですのっ?あとお花も!!」
「ああ……なんか、謝られたから??花は……多分嫌がらせで、髪飾りを壊されるか隠されるかしたっぽかったから代わりに??」
ちゃんと説明したのに今にもむぅ~と唸りそうな我が妹。誰か助けて。
「カイザーお兄様は女の子に甘すぎですわ!」
ぷんすかぷん!なベアトリクス。
こらっ、人に指突き付けちゃいけません!!
そしてガーネストたちもうんうん頷かないで、お願いだから。
ヘルプミー!!と心の中で叫びながら眉を八の字に下げる。
相手はベアトリクスを嵌めようとした子だ。確かにちょっと甘すぎるかなと思わないでもなかったけどさ……。
「でも、ベアトリクスも気にしてただろう?」
俺の言葉にシトリンの瞳が大きく見開かれた。
ほら、気づいてないとでも思ってた?
残念。シスコンは目敏いんですー。
あのバレンタインの騒ぎからイザベラ嬢は孤立しがちだ。なにせ 王家(ダイア) と公爵家の反感を衆目で買ったわけだし。
そしてそのことを少なからずベアトリクスが気にしてることも知ってる。嫌いな相手だろうと、嫌がらせされてるのを喜ぶような子じゃない。
「私の自慢の妹は、綺麗で可愛いだけじゃなく、優しい子だからね」
「~~っ??!!」
「ちょっ?!ベアトリクスっ??」
瞬間湯沸かし器の 如(ごと) く顔を真っ赤にしたベアトリクスは、 何故(なぜ) かそのまま抱き着いて俺の胸元にぐりぐりと顔を押し付けてきた。
『お兄様のバカ―ーーーー!!!』
えっなに?なんで??
なんでそうなったっ?!
イザベラ嬢に続き、謎のわけわからん展開に俺は一人頭を抱えた。