軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不思議ちゃんに不思議ちゃん認定された

とっとことっとこ廊下を歩く。

速足なのは逸る気持ちの表れだ。本当は走りたいけど……そんなことをしたら目立つし、なによりこちらは「廊下は走っちゃいけません」と注意をするべき教師の身。なので不自然でない程度に、それでも出来る限りの速度で足を動かす。

階段を下り、ほんのり薄暗い廊下を進み……ドアを開き、閉じ、いくらか進んだところでしゃがみこんで顔を両手で覆った。

「……ベアトリクスが…………」

零れ出た声は悲痛に塗れていた。

「俺の可愛いベアトリクスが、ついにダイアとくっついてしまった!!!」

いや……もうずっと前からラブラブだったけどさっ?!

でも違うんだよ!!やっぱり正式な彼氏彼女の関係と、甘酸っぱい両片想いじゃ全然違うんだって!!

「しかもなんなのっ?!!本当は邪魔したいのにっ!!すっごく、すっごく邪魔したいのにも関わらず、俺が涙を呑んで大人な対応に出たのに……ダイアってば早速手を出そうとしたのっ??!あのベアトリクスの真っ赤な顔と動揺した姿っ!?なにがあったのっ??!キス……したの?!されちゃったのっ?!めっちゃ気になるんですけどーーー!!!」

思い出すのは、ぎゅうぎゅうと抱き着いてきて取り乱していた妹の姿。

その姿を思い出しつつ、髪が乱れるのなんておかまいなしに頭を抱えて声を吐き出した。

「してないよ」

淡々とした声に動きを止めた。

「貴方の弟が来たから未遂」

「グッジョブっ!!ガーネストっ!!!!さすがは俺の弟!!!!」

ファインプレーにガッツポーズを決め、ガーネストに心からの称賛を送った。

答えなんて返ってくると思っていなかった心の叫び。それに答えを返してくれた彼はお馴染、図書室の妖精さん(仮)。

心からの安堵を抱く俺に、だけど彼は追い打ちをかけた。

「でも遅かれ早かれいつかはそうなるでしょ」

あまりにも残酷な言葉に再び固まる。

追い打ちのように「むしろ遅かったんじゃない?」なんてさらっと告げる彼は鬼だ。シスコンの心を理解出来ない鬼に違いない。

よよよっと崩れるようにカマルの背へダイブした。

カマルー、上げて落とすとかお前の相棒は鬼だぞーっと心の中で語りかける。

わかってる、わかってるよ……。

可愛い妹がいつか他の男に 掻っ攫(かっさら) われることも。疾うにラブラブだった二人がくっつくのがむしろ遅いぐらいだってことも。

でも………。

「ベアトリクス~。まだお嫁に行かないでーー!!」

理性とシスコンの心は別物なんですーーー!!

めそめそとカマルの背で嘆く。

むしろよくあの場で冷静に振る舞えたな俺。超大人じゃね?誰か褒めて?

「あぅっ!」

そんな大人な姿はとは大違いな姿でめそめそ、いじいじ嘆く。そんな俺の頬へと走った結構な衝撃。

ひどい……。

確かに背中で嘆いてて、うっとうしかったかも知れないけど、なにも攻撃することないのに。

『元気でた?』

無垢なペリドットの瞳にぱちりと瞬く。

聴こえた心の声の意味を考えていると、カマルは手を伸ばしてほっぺをグイグイ押した。さらには両手で挟み込むようにされた顔は潰れて、きっと大変なことになってる。

『……面白い』

プニプニの肉球のお蔭で痛くはない、痛くはないのだが……と考えてそこではっ!と気づいた。

“肉球パンチ”

“元気がでるかと思って”

もしかして……さっきのあれは攻撃ではなくて、落ち込んでいた俺を元気づけようとしてくれたのだろうか?

………今は完全に潰れて変な顔になってるのを楽しんでるけど。

えいっと手をかけてカマルのお手てを引き剥がす。

ついでとばかりにその素晴らしい肉球をプニプニ、プニプニ。うむ、素晴らしい!

「ダメだぞー、カマル。肉球パンチっていうのはな、もっとこうソフトタッチで」

『こう?』

ぽにっと柔らかく頬に触れるプニプニに「そうそう、そんな感じ」と戯れてると頭上から

「なにやってるの?」

と 若干(じゃっかん) 、いやかなりの呆れた声がかかった。

「肉球パンチ講座?」

瞳は見えないけど、呆れきった視線が突き刺さりますね。

嘆きを吐き出し、アニマルセラピーで癒されてちょっとメンタルも回復。立ち上がって椅子を引くと、机を挟んで彼の目の前に腰かけた。

いやー、ここにきて正解だった。おかげでちょっと落ち着けたわ。ガス抜きしないと爆発しそうだったからさ。やっぱ素を出せるの楽でいいわー、と思いながら頬杖をついて彼の手元を覗きこむ。

沢山の紙には小難しい文字や数字の羅列が並んでいた。それを記すやや左上がりの几帳面で美しい文字。

訪れたここで彼がしていることといえば基本三つ。

一番多いのは本を読んでいる。これが圧倒的に多い。

それか本に飽きたのか休憩なのか、閉じた本を膝に置いてカマルを撫でている。あとは極まれにこうして椅子に腰かけて机に向かってなにやら綴っているかだ。

小難しいそれは近い言葉を使うなら論文のようなものだろうか。彼 曰(いわ) く、「ただの暇つぶし」らしい。

「相変わらずすげーな」

「なにが?」

視線をあげることもなく返される言葉。いい加減に慣れたその反応は特に気にせず、伸ばした手で書き終えた数枚の紙を手に取った。

うむ。全然わからん!

「頭、いいなと思って」

綴られるそれは暇つぶしというには過ぎたもので……今書いている内容は全然理解出来ないけど、やたら高等なのはわかった。

数式に薬学、社会制度やインフラ問題や科学的なことまで、彼の暇つぶしは多岐に渡る。以前読ませて貰ったそれは、思わず感嘆の声をあげるような考察や改善点などが挙げられた実に見事なものだった。

「お前、将来は学者にでもなんの?」

「……学者……」

思いがけない言葉を聞いた、という風にこてりと頭が傾く。

その動作はどこか幼かった。

「こんなの……仕事になるの?」

不思議そうに問いかける様子はぱちりぱちりと瞬きでもしていそうだ。や、長い前髪で表情は全くわからんけど、なんとなく雰囲気がね。

「なんじゃない?これは専門分野すぎて俺には全くわからんけど。前見せてもらったのは充分通用しそうなシロモノだったし」

心から感嘆しつつ、手にしたそれを彼へと返す。

「……学者」

もう一度、彼が呟いた。

うん、興味あんの?

珍しい反応に、今度はこっちが軽く首を傾げる。

目の前の彼は、動きを止めて無言で考え込んだ後で手にしたペンを置いた。

本当に珍しい反応だ。基本的に話し中だろうとなんだろうと、視線は手元の本やら紙やらに向いてるマイペースな彼だ。手にしたものを置いてまで向き合うとは、よほど興味を引かれでもしたのだろうか。

「どうやったらなれるの?」

「学者?なりてぇの?」

驚きに目を見開く。自分で振っといてなんだけど……冗談のつもりだったし。

「特になりたいわけじゃないけど……」

「でも」と続けられた言葉に目をかっぴらいた。

「他に出来そうな仕事ってないし。学園卒業したら仕事は必要でしょ」

ガッターンっ!!と派手な音が響いた。

立ち上がった途端に椅子が倒れた音だ。ウトウトしてたカマルがその音に 吃驚(びっくり) して、頭がガクンってなってキョロキョロしてる。

ゴメン、カマル……。でも正直それどころじゃなかった。

「おまっ……学園の生徒なのっっ?!」

机に手を付いて、身を乗り出したまま叫んだ。

「普通に制服着てるじゃん」

そう言う彼は確かにこの学校の制服姿。

それはそうなのだが……。

「だっていっつも 此処(ここ) にいんじゃん!!授業はっ??」

「出てないよ」

「いやいやいやいや、ちょっと待って」

ひとまず倒れた椅子を戻し、どかりと座ってから片手で額を押さえた。まずはいろいろ整理しよう。

「この学園の生徒?」

「うん」

「学年は?」

「一年」

マジか。ベアトリクスたちの同級生か。

「生徒なのに授業は全くでてない、と?」

「テストは受けてるよ」

彼の語るところによると……。

学園に籍はあるが、クラスには実際に在籍はしていないらしい。

なんでも彼の知り合いが理事長の関係者らしく、親類も頼れる者もいないまだ子供の彼の受け入れをお願いしたとのこと。特例ではあるが裏口ではないそうだ。

まぁ、確かにいずれ社会に出るにしても、学園を卒業してるのは大きなメリットになる。

入学に際してはテストも受けているし、通常のテストも受けていればレポートなどの課題の提出も行っている。 但(ただ) し、保健室登校ならぬ図書室登校。

授業は受けていないがテストはオール満点なので進級・卒業になんの問題もなし……と。

「マジか」

つまりアレか。

俺は授業に出ない生徒を、注意もせずに見過ごしていたどころか自分から雑談に付き合ってもらってたってワケね。

「ところで」と彼が続けた。

「生徒だと思ってなかったんなら、なんだと思ってたの?」

純粋で当然なその質問にうっっと言葉に詰まる。

瞳をきょろきょとと 彷徨(さまよ) わせ……。

「よ、妖精さん的な……?」

正直、人かどうかも不明な不思議ちゃん的存在だと思っていたことを打ち明ければ、「コイツ、ナニ言ってんの?」的な反応された。

「不思議ちゃんはそっちじゃん」って目はやめて!!

見えないけどひしひし感じるから!!傷つく!

カマルも無邪気な瞳で『変な人!』とか心の声止めて!!泣くよ?!

気を取り直し、話を元に戻した。

「つまり、今は 理事長のとこ(ここ) でお世話になってるけど、卒業と同時に出なきゃいけないから学者になりたい、と?」

「人と関わる仕事は無理だから」

頑なに人との関わりを拒絶してらっしゃいますね。

「んー、まずはどっかに自分を売り込むとか、論文発表するとか?」

「どっかに送り付ければいい?」

あくまで自分が表に出る気は皆無な彼をそれとなく止める。

いきなり論文だけ他人に送りつけるとか下手すりゃ盗作されて終わります。

「なんなら俺に雇われてみる?」

「貴方に?」

実はさっきから思いついてた提案を、指をぴっと立ててプレゼンしてみる。

「給料は要相談、なんなら生活面の面倒もみるよ。俺のアニマルセラピー要員として虎サンと一緒に住み込みも出来ますよー。衣食住保証付き。お仕事は調べものと 愚痴(グチ) のお付き合い?ちなみに我が公爵家の蔵書もなかなか充実しておりますよ」

折角(せっかく) なので、勧誘してみた。