作品タイトル不明
第百八十八話 守られる鬼
攻め取ったばかりの新宮城。
まだ焼け跡と血の臭いが残る一室で、
再び軍議が開かれていた。
上座では信雄が機嫌良さげに座っている。
新宮海戦の大勝。
そして新宮城陥落。
本人としては、
既に紀伊半国を手に入れた気分なのだろう。
「次は牟婁郡だったな?」
浮かれた声音で確認する。
秀政は感情を殺したまま、
静かに頷いた。
「はい。
それでは次の陣立てを申し上げます」
地図を広げる。
「次なる牟婁郡攻めにおいても、
主役は三介様と九鬼水軍にございます」
「おぉ!
また九鬼殿と共か!」
信雄は嬉しそうに笑う。
一方で、
九鬼嘉隆は黙ったまま俯いていた。
どう見ても疲れている。
秀政は気づかぬ振りをして続けた。
「牟婁郡沿岸の敵は、
太地兵庫頭、
三尾水軍衆、
勝浦湊衆。
いずれも小舟による夜襲を得意とする、
海賊衆にございます」
「ほう」
「ですが――」
秀政は九鬼へ視線を向けた。
「この夜襲、
九鬼殿には一切通用致しませぬ」
「なぜじゃ?」
「九鬼殿は海を知る、
海の王者です。
それは夜の闇でも同様」
そして静かに言い切る。
「太地兵庫頭。
三尾水軍衆。
勝浦湊衆。
すなわち皆――
九鬼殿の餌にございます」
信雄が腹を抱えて笑った。
「おう!
餌か!?
奴らは自らを海を知る者と思っておるのだろうな!
だが餌か!
愉快愉快!
あーはっはっはっ!!」
大笑いする。
九鬼嘉隆の目だけが、
妙に据わっていた。
「……餌ども、
一艘残らず沈めてくれよう」
ぼそりと呟く。
秀政は軽く視線を逸らした。
(完全に目が据わっておるな……)
そして話を戻す。
「本来、勝浦湊衆は調略によって、
無血で味方につける予定でした」
「ほう?」
「しかし、もはやそれも叶いませぬ」
「ん?
なぜじゃ?」
無邪気に問い返す信雄。
その瞬間、
秀政のこめかみに青筋が浮かんだ。
(お前らが降伏しようとした堀内を虐殺したからだよっ!!)
内心で絶叫する。
(戦っても死。
降っても死。
調略しても騙し討ち。
紀伊の連中はそう考える。
死兵として向かってくるぞ……!
お前らが余計なことをしたからな!!)
だが表情には出さない。
「いえ、分かりませぬ」
意味不明な返答だった。
だが信雄は感心したように頷く。
「そうか!
秀政殿でも分からぬのであれば、
それは誰にも分からぬな!
致し方なし!
力攻め致そう!」
秀政は絶句した。
「……」
(だめだ。
こいつらと行動を共にしたら、
俺の鬼兵に被害が出る)
静かに咳払いする。
「こほん。
では、作戦をお伝えします」
「おう!
頼むぞ秀政殿!」
「はい。
先ほど申し上げた通り、
主力は九鬼水軍にございます。
そして柴垣殿、林殿」
二人へ視線を向ける。
「親衛隊三百。
堺鉄砲隊八百。
農兵千五百を率い、
牟婁郡沿岸を進軍してください」
柴垣が頷く。
林が口を開いた。
「して、何を攻めまする?
どこぞの城を力攻めで――」
「必要ありませぬ」
秀政が即座に切った。
「奇襲を仕掛けてくる者どもを撃退しつつ、
ゆるゆると進軍してくだされ。
皆様の役目は、
敵を陸から牽制すること」
柴垣は明らかに安堵した。
一方で林は不満げだった。
「華がないのぅ……。
やはり国人どもの砦を力攻め致そ……」
「ならぬ!」
林の言葉を途中で遮って、秀政が強めに言い切る。
「此度の華は、
三介様と九鬼水軍にございます!」
「おぉ!」
信雄が嬉しそうに頷く。
林も納得した。
「そ、そうであったな!」
(単純で助かる……)
そこへ信雄が不思議そうに尋ねた。
「うむ、大体分かった。
だが秀政殿自慢の鬼兵は、
何をするのだ?」
(温存する!!)
秀政は心の中で即答した。
「はい。
最も地味でありながら、
最も重要な役目を任せます」
「ほう?」
「補給線維持にございます。
鬼兵はこの新宮城と湊を守りまする」
信雄は露骨に興味を失った。
「ふむ」
だがその瞬間、
恨めしそうな視線が飛んできた。
加藤清正。
福島正則。
ここ最近、
雑務と護衛ばかり。
流石に暴れ足りないのだろう。
秀政は即座に察した。
「福島市松!」
「は!」
「お前を新宮城城代に任ずる!」
「えっ!?」
正則が目を剥いた。
「必ず死守せよ!」
「は、ははっ!!」
顔が一気に輝く。
若くして城代。
武功以上の栄誉だった。
(どうせ誰も攻めてこんがな)
秀政は心の中で呟く。
「それと新宮周辺の治安回復も急げ!
お前の腕に掛かっている」
「お任せくだされ!!」
完全にやる気になった。
すると今度は、
加藤清正が羨ましそうに見つめてくる。
秀政は間髪入れず続けた。
「加藤虎之助!」
「は!」
「お前にも重き役目がある。
新宮城改築奉行を命じる!」
「……城の改築?」
「そうだ」
秀政は頷いた。
「この地はいずれ、
三介様の重要拠点となる。
お前の腕で、
絶対に落ちぬ名城を築け」
清正の目が輝いた。
同時に信雄の目も輝く。
「おぉ!
立派な名城とな!?」
「はい。
この者は芋粥一の築城名人にございます」
ますます清正が燃え上がる。
信雄も興奮した。
「そうかそうか!
秀政殿が言うなら確かじゃろうな。
若いのに立派じゃ!
よいか!
三層天守を築け!
壮大な城にせよ!」
「ははぁっ!!
お任せくだされ!!
壮大なだけではありませぬ!
曲輪に至るまで考え抜き、
天下の名将ですら歯が立たぬ城に致します!」
「うむ!うむ!楽しみじゃ!」
そして、加藤が現実的な質問をする。
「それで……秀政殿。
ご予算は?」
秀政は横へ視線を流した。
「三介様次第じゃ」
信雄が胸を張る。
「金に糸目はつけぬ!」
岡部政継の顔から、
一気に血の気が引いた。
秀政はそれを見て、
静かに満足する。
(よし。岡部殿には同情するが、
これで鬼兵を新宮へ隔離・保護できた)
「清正、二千貫を限度に工夫せよ。
工期は四ヶ月だ。
銭と時間を掛ければ誰でも名城を築ける。
お前の才は限られた銭と時間で、
誰よりも強靭な城を築くことにある。
お前の力を世に見せつけよ!」
「ははぁ!燃えてまいりました!!
ご期待下され!」
正則は城代。
清正は改築奉行。
二人とも完全にやる気満々だった。
秀政は最後に九鬼を見る。
「では次の海戦も、
九鬼殿に一任してよろしいかな?」
九鬼嘉隆が鋭く笑った。
「無論。
餌どもを喰らい尽くしてくれよう」
その言葉に、
信雄は大喜びした。
「うむうむ!
牟婁郡も、
もはや手に入れたも同然よ!
では皆の衆――」
勢いよく立ち上がる。
「いざ出陣!」
信雄が興奮する中、秀政は冷静にもう一つの策を思いついていた。