軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百八十五話 大遅刻

二月十三日。

方々に散らせていた伊賀忍びたちが、

次々と鈴鹿館へ戻ってきた。

短期間でこれほど広範囲の諜報を完遂できたのは、

浅野配下の伊賀忍びがいかに優秀かを示す何よりの証だった。

浅野はその忍びたちを伴い、

秀政が待つ上段の間へと姿を現した。

「殿、申し訳ありませぬ。

少々遅くなってしまいました。

このままでは二月十五日に志摩へは参れませぬ。

三介様をお待たせすることになるかと」

秀政は手を軽く振った。

「いや、良い。

俺の方こそ無理な注文であったが、よく応えてくれた。

三介様は志摩で待たせても良かろうて」

浅野は眉をひそめた。

「よろしいのですか?

主筋ですよ?」

「あぁ。早馬で文を届けさせる。

“志摩で待っていてくれ”とな。

三介様は俺に惚れ込んでいる。大丈夫だ」

「はぁ、左様でございましょうか?」

秀政は苦笑し、手を叩いた。

「それよりも軍議だ。

集めた諜報結果を教えてくれ」

「は!」

浅野は地図を広げ、伊賀忍びから受け取った情報を、

整理しながら語り始めた。

「まず新宮一帯についてです。

敵対するは堀内氏となりましょう。

かの者は熊野三山と深く結びついた有力国人であり、

半ば宗教勢力とも言えます。

当主は堀内新次郎氏典。

新宮城を本拠に構えております。

敵戦略として、海上封鎖、川封鎖、

小規模兵による奇襲戦が予想されます」

秀政は頷いた。

「ふむ、良く調べたな」

浅野は地図の北側を指した。

「次に紀北沿岸です。

主な敵は木本衆。

沿岸地侍衆の連合で、当主は木本兵庫助為長。

海賊とも漁師とも国人ともつかぬ輩たちです。

本拠は木本砦、小規模海城です。

波田須には波田須源内左衛門という豪族。

崖地防衛、山道封鎖、夜襲が予想されます。

そして、二木島には二木島衆という小規模水軍が居ります」

秀政は地図を眺めながら呟いた。

「攻めるは容易だが、攻める順を間違えれば、

雑賀・根来を刺激してしまうな」

浅野はさらに南へ指を滑らせた。

「そして、牟婁郡沿岸。

太地には国人・太地兵庫頭。

海の知識が深く、小舟による夜襲が得意です。

勝浦には勝浦湊衆、熊野別当に連なる勢力が居ります。

勝浦砦を拠点とし、水軍が厄介ですな。

別当側は調略で済みましょう。

三尾にも小規模な三尾水軍衆という海賊が居ります。

九鬼の敵ではございますまい」

秀政は満足げに頷いた。

「九鬼に頼んで正しかったな」

浅野は最後に内陸部を指した。

「最後に本宮街道沿い小城ですが、

湯川衆、請川衆、本宮衆といった国人どもが構えます。

山岳戦が得意で、熊野街道を掌握。

山伏が協力していると聞きます。

湯川砦をはじめ、小勢ではありますが、

まともに当たると苦労しそうです」

秀政は腕を組んだ。

「うむ。そうか。

各々の兵数までは把握できなんだか?」

「はい、申し訳ありませぬ。

もう一月あればそれも叶いましたでしょうに」

「いや、良い良い。悪いのはぼんくらよ」

秀政は苦笑し、地図を指で叩いた。

「さて、浅野。

これらの攻め取る順であるが、お前の話を聞いて一つ考えた。

後で意見をくれ」

「は!」

「一に新宮、二に牟婁郡、三に紀北沿岸、最後に本宮街道沿い小城だ」

浅野は深く頷いた。

「御意。拙者もそう考えておりました」

秀政は満足げに笑った。

「うむ。お前もそう考えたのなら安心だ。

新宮は“紀伊南東の心臓部”である。

故に最優先で落とすべきだ」

浅野も力強く続けた。

「はい、その通りでございます。

新宮は熊野川河口の大湊にして海運の要衝、

熊野三山の玄関でもあります。

伊勢からの海路が最も使いやすく、

九鬼水軍の関船・安宅船が最も動きやすい地形。

ここを押さえると紀伊南東全域の兵站が安定します」

「まさにそれよ!

ここを先に落とせば後の攻略がいかに楽になることか」

秀政は続けた。

「そして牟婁郡沿岸。

新宮を攻め取った流れでそのまま連続制圧する」

浅野も頷く。

「はい。勝浦は港の質が高く、補給港として最適。

南海交易の拠点で経済価値が高い。

九鬼水軍の泊地としても優秀。

ここを押さえると紀伊南東の海岸線が、

完全に芋粥……いえ、三介様の支配下となります」

秀政は笑った。

「うむ。紀北沿岸は新宮・勝浦を押さえた後なら挟撃できる」

「仰せの通りです。

北から九鬼、南から新宮・勝浦の芋粥軍が挟撃できます。

小港が多く補給地として優秀。

ここを押さえると伊勢から紀伊の海路が完全に安全化します。

この戦が終わったとしても、九鬼が三介様の救援に向かいやすくなる。

取ったが、すぐに取り返されては話にならんからな」

秀政は肩をすくめた。

「だが、そうなったとして、九鬼への謝礼金は三介様持ちだがな。

紀北沿岸は最初に攻めると雑賀・根来の警戒を呼ぶが、

南東を押さえた後なら動きにくい」

「御意にございます」

「本宮街道沿い小城は内陸の付け足しにすぎぬ。

最後で良い」

浅野は深く頷いた。

「はい。海路での九鬼水軍の支援が届かず、

軍事価値も低い。

ここは“締めの一手”でございますな」

秀政は満足げに笑った。

「浅野、お前の考えも同じだったか」

「はい。兵数が見えませぬので危うさはありますが、

盤石な策だと考えます」

「そうか。それならよかった。

引き続き諜報は続けさせてくれ。

追加で分かったことがあれば知らせてほしい。

俺は明日、出陣する。

大遅刻になってしまったがな、はははは」

浅野は下がり、秀政は出陣の準備にとりかかった。

そしてお悠や家族に見送られ、秀政は鈴鹿を発つ。

(これほど気の重い出陣はないな。

だが急ごう。三日の遅刻はさすがにやりすぎか)

行軍を速めて芋粥軍は志摩へ到着した。

その足で大王崎の新築、九鬼志摩海城に向かう。

九鬼志摩海城の城門前で信雄が迎えに出てきていた。

「おぉ!秀政殿!よう参られた!」

慌てて馬から飛び降りて、信雄の元へ駆けつける。

「あぁ、遅くなり申し訳ございませぬ」

「いや、良い良い!

実はな、俺は今月頭には到着しておったのだ!」

(は?

いや、だからさ。

俺は二月十五日集合って確かに言ったよな!)

「そ、それは大変お待たせしてしまいました……」

「良いのだ、良いのだ。

秀政殿はお忙しかったのであろう!

仕方ないことじゃ。

九鬼殿に水軍のいろはを教えてもらっておったのだ。

いやいや、九鬼は凄いの!

俺も紀伊を手に入れたら必ずや水軍を作ろうぞ!」

「御意にございます……」

秀政が信雄の背後に目をやると、

そこには織田の誇る大海賊・九鬼嘉隆が立っていた。

いつもなら海風に鍛えられた不敵な面構えをしているはずの男が、

今は心なしか頬がコケ、死んだ魚のような目で遠い海を見つめている。

半月以上、このお坊ちゃんの「水軍ごっこ」に付き合わされていたのだ。

その心中は察するに余りある。

(胃痛の被害は九鬼殿も受けたか……)

秀政は九鬼に向かって、無言で「同情の視線」を送った。

九鬼がわずかに、本当にわずかに、涙目で頷いた気がした。