軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十五話 禁忌の地

長政たちは堂々と大聖寺城へと帰還した。

すぐに状況と戦果、そして下間頼祐の首を添えて、

北陸総大将たる柴田へ報告の使者を出す。

それとは別に今回の軍功帖をまとめ上げて、

戦果を伊勢の秀政にも報告する。

きっと秀政も悠も明も喜んでくれるだろう。

今回の戦いで怪我をした者達の治療を行いつつ、

柴田からの次の指示を待ち、大聖寺城にて待機している。

五月中旬になろうとしていた。

だが、柴田からの次の指示は返ってこなかった。

どうやら柴田・丹羽勢は上杉勢と能登で睨み合っており、

それどころではないようだった。

五月二十九日、能登戦線に動きが生じる。

史実と異なり関東に出陣していない上杉勢は、

軍や経済の損失が少なく、

非常に強い勢力を保ったままだった。

その上杉謙信が織田勢と睨み合ったまま、別動隊で七尾城を攻める。

七尾城は畠山氏の拠点であり、親織田派の長続連が籠城して抵抗していたが、

長期籠城で疫病が発生し、城主の畠山春王丸が病死する。

その後、城内の親上杉派が動き、七尾城は上杉方に落ちた。

隙のない謙信直轄軍の構えによって織田勢は七尾城の救援に遅れる。

それによって七尾城を失い、能登からの撤退か、上杉勢との決戦かを迫られた。

そして加賀からの芋粥勝利の報。

これにより後顧の憂いを断った織田勢は、能登への出兵を無駄足にしないためにも、

決戦に踏み切る。

そして両軍は――

手取川周辺で対峙する。

六月十日、梅雨によって天候が崩れやすい時期だった。

長政陣営、六月初旬頃。

加賀にいる長政の元へも七尾城落城の報が届いた。

そして織田勢が上杉勢と手取川周辺で決戦を行うことも知らされた。

そこで長政が絶句する。

「手取川……

義父上から上杉との決戦を避けよと釘を刺された地」

秀政は織田大敗の悪夢を見たという。

そして予知夢はよく当たると。

普段の長政なら気にしなかっただろう。

だが、それを告げたのは絶対の信頼を寄せる義父・秀政だ。

その夜、長政は実父・丹羽長秀が討たれる夢を見た。

翌朝、鷺山と加藤、福島を呼ぶ。

「柴田様からの下知はない。

だが――

織田勢は手取川での決戦に及ぶという。

信じがたいが、織田が壊滅する恐れがある」

「何と?!若は何を掴まれた?」

鷺山が慌てて問いただす。

「何も掴んでいない。ただ義父上から……。

手取川で戦うな。織田が大敗する。

そう告げられた」

鷺山も黙る。

「これは 拙(まず) いやもしれん」

何の根拠もない情報だが、

『秀政が言った』

この一言で無視できなくなる。

「すまぬ、我儘かもしれぬが、芋粥は全軍で織田の救援に向かう。

俺も父・丹羽長秀が死ぬ夢をみた」

諸将が黙る。

「行こうぜ」

すぐに正則が軽く言う。それに無言で清正も頷く。

「仕方ありませんな。謙信との戦に、

我ら若者の気が逸るのも致し方ないでしょう。

柴田様も若気の至りと笑いながら叱る程度で済みましょうぞ」

鷺山が適当なことを言う。

「……行っても良いのだな?」

「ここで反対しても若だけでも行くのでしょう?

ならば芋粥全軍で越後の龍とやらの首を刎ね飛ばしてやりましょうぞ」

「すまぬ、鷺山、恩に着る」

「では準備するぞ。出発は三日後くらいか?」

正則も頷き、問いかける。

「いや、市松。急を要する。

明日には発とうぞ」

清正が拳に力を入れた。

「正則殿、清正殿……。

かたじけない。では出陣は明日!

急いで準備してくれ」

「「は!」」

長政は……織田にとって禁忌の地・手取川に

自ら足を踏み入れる。

遡って五月十五日の伊勢。

秀政はお悠との堺外交を終えて、鈴鹿に帰り着いた。

子供たちが出迎え、堺土産を受け取る。

明と蘭はオルゴールを受け取って目を丸くする。

「こ……これは何?!」

「なんて不思議な物?!姉様、音色が異なります!」

秀政が得意げに伝える。

「それはオルゴールという南蛮の細工箱だ。

そこに小さな棘があろう?

それを弾いて音が出るのだ。

棘の位置で音色も変わる」

「「な、なんとまぁ?!」」

二人そろって感嘆の声を上げる。

「父様、母様、ありがとうございます!

大事にします!」

秀政がお悠と目を合わせ、微笑んだ。

「喜んでもらえて良かった」

「父様、母様、俺には?

俺にはないの?」

松丸が秀政とお悠の袖を引く。

お悠が微笑みながら伝える。

「ちゃんとありますよ」

「儀礼用カットラスと羅針盤という、海を制する者が持つ物だそうです」

松丸は両手でしっかり受け取って興奮して大口を開ける。

「海を制する……父様!

芋粥は海を制するんですよね?

俺に相応しいです!」

「ははは、松丸。芋粥が海を制するのは内密の話ぞ」

「あ!?」

慌てて口を塞ぐ。

だが、よほど気に入ったのかカットラスを振り回し、

明に叱られて拳骨を浴びる。

「松丸っ!危ない!」

「はははは、他にも南蛮の土産を買ってきたぞ。

これは長政への土産だ。

明、長政が帰ってきたら着せてやってくれ」

そう言って、秀政は南蛮服を一着取り出した。

それを受け取ると同時に明が噴き出した。

「父様、これは何ですか?

この襟、ひだひだになっております。

なんと滑稽な……。

ふふふ、こんなの大道芸人でも着ませぬ」

「これはな、ラフ襟というもので、南蛮貴族の装束だ。

この襟飾りが南蛮通の証なんだぞ」

笑いながら秀政が伝える。

松丸がぼそりと呟く。

「万兄、可哀想に。

そんな鬱陶しい襟飾りは俺だったら絶対要らん」

「ははは。松丸、そう言うな。

新しき物が好きなお方は挙ってこれを着るのだ。

例えば信長様のような」

「大殿様が?!

いや、でも、俺はこの南蛮刀でいい!」

再び夫婦で笑い合い、次の土産を取り出した。

「さて、これはどうだ?

金平糖とビスケットだ」

三人が珍しそうに集る。

口に入れるたびに笑みが広がった。

「「「美味しい!!」」」

再びお悠と見つめあって笑みをこぼす。

「買ってきてよかったな」

「えぇ」

そんな幸せそうな姿をよそに、

政成が少し距離を置いて嬉しそうに見つめている。

「あぁ、義父殿、すまぬ。

待たせたな。何か報告事項か?」

「はい、吉報です」

政成が笑みを浮かべる。

「若殿が加賀で大勝利を収めました」

「おぉ!」

「長政様が!」

「義兄様が!」

「万兄が!」

秀政と子供達が同時に感嘆の声を上げた。

「はい。しかも四千二百の兵で、敵一万二千を撃退したそうです。

その上で、死者はなし。

武田信玄公の若き頃を彷彿とさせる軍略だったそうですぞ」

「万兄!凄い!」

松丸が大騒ぎする。

秀政は言葉を失った。

信玄に比するは大仰かもしれぬ。

だが、戦果だけ見れば非凡は明らかだった。

明もうっすらと涙を浮かべる。

少し間を空けて秀政が応じた。

「それは吉報!

長政はこの若さで名将の貫録を見せ始めたな。

明、帰ってきたら労ってやれ」

「はい!」

芋粥一家は幸せをかみしめた。

だが、この時、長政が手取川という地獄に向かって突き進んでいることを皆は知らない。