軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 名を残すも、功足らず

坂祝砦。

安藤弥三郎が討たれてから、数日が過ぎた。

秀吉は代理卒長として砦の中央に立ち、

秀政はその傍らで陣を支えていた。

夜襲の後――

敵は静かになった。

だが、それは退いたのではない。

昼に来ると分かっていた。

初日の昼。

川向こうの林がざわついた。

「来るぞ!」

声が上がる。

敵兵は百に満たない。

だが、まとまって動いている。

「矢、三列!

引き付けてから撃て!」

秀吉の声が飛ぶ。

矢が放たれ、敵の先頭が崩れる。

それでも敵は引かない。

「槍を出すな!

それよりも土塁から突き落とせ!」

秀政が叫ぶ。

石、槍の石突。

それによって敵兵が盾ごと突き落とされる。

昼攻めは二刻ほどで終わった。

二日目。

今度は場所を変えてきた。

「南だ!」

「いや、陽動だ!

本命は東だ!」

秀政が即断する。

伍長が迷わず動く。

敵は再び突破できずに引いた。

三日目。

また来た。

数は少ない。だが執拗だ。

「……しつこいの」

年配の伍長が唾を吐く。

「敵も焦っておる。

敵からしてみたら、この砦は疲弊しきっているはずだ」

秀吉が言った。

「だが、力攻めで落とせん。

安藤の頃よりもまとまっておるからな。

焦りもする」

この日も砦は持ちこたえた。

四日目。

敵は来なかった。

「……今日は来んか」

「来んのではない。

様子を見ている」

秀政はそう答えた。

砦の中では、兵が自然と自分の持ち場に就いていた。

命じなくても、だ。

(……これが“守れる陣”か)

秀政はそう思った。

五日目の朝。

土煙が遠くに立った。

「……味方だ」

猿啄城からの援軍だった。

新たに差し向けられた足軽大将が、

正式な卒長として砦に入る。

兵の数は、十分、そして兵糧もある。

明らかに体制の立て直しだった。

秀吉は前に出る。

「坂祝砦、これより引き継ぐ」

敵の動きや、攻めてきた時刻、その攻め口、

それら全てを簡潔に伝えた。

新たな卒長は何度も頷いた。

「よく、持たせたな」

その一言に、秀吉は小さく頭を下げた。

そして――

信長の命が届く。

「木下藤吉郎、芋粥弥八郎。

清洲へ戻れ」

二人は撤収の準備を始めた。

それを見た伍長たちが集まってくる。

「……もう行かれるのですか」

若い伍長が名残惜しそうに言った。

「殿の命じゃ」

秀吉は答える。

「ここはもう任せられる」

年配の伍長が深く頭を下げた。

「……あんた達がおる間、

敵は一度も土塁を越えられんかった」

秀政は静かに言う。

「それはお前達が踏ん張ったからだ」

砦を背にする。

秀吉がぽつりと漏らした。

「……この後、どうなると思う?」

秀政は少し間を置いて答えた。

「落ちるやもしれん」

即答だった。

「あの状態で持ちこたえたのは上々よ。

それは秀吉、お前がよぉ動いたからだ。

新しい大将も名を聞いたことがない。

小者かもしれん」

秀吉は苦笑した。

「やけにわしを買っておるの、芋」

――数日後、坂祝砦は落ちた。

後任の卒長では、

敵の昼攻めを三度耐えられなかったという。

だがそれを今の二人は、まだ知らない。

清洲城。

戻った二人はそのまま登城を命じられた。

広間にはすでに信長がいた。

「……猿、芋」

低くよく通る声で呼びかけられて、

二人は揃って平伏する。

「坂祝砦の件、子細は聞いている」

秀吉の喉が鳴る。

「猿と芋は――」

信長ははっきりと言った。

「足軽大将の器を既に備えておるな」

一瞬で秀吉の顔がぱっと明るくなる。

「と、殿……!」

胸を張りかけた、その瞬間だった。

「だが」

信長の声が冷える。

「今、足軽大将にしてやることはできん」

秀吉の表情が固まった。

「……なぜでございましょうか?」

信長は淡々と続ける。

「お前達から引き継いだ三日後、

坂祝砦は落ちた」

二人の肩がわずかに揺れた。

「後の卒長では堪えきれんかったようだ」

「……」

「お前達の働きは認める。

あの夜に砦が持ったのは、お前達が“将として立った”からだ」

秀政は歯を食いしばった。

「だがな」

信長は二人を見下ろす。

「砦は落ちた」

一呼吸おいて続ける。

「守り切れなかった砦の手柄話で、

お前達を昇進させれば角が立つ」

秀吉は拳を握り締めた。

「功が足りぬ、ということですか」

「そうだ。元よりお前たちは外様の馬の骨だ」

即答だった。

「今一つ大功を立てよ」

秀吉は真剣な眼差しで畳を見つめている。

「それも――

誰の目にも分かる功をだ」

信長は背を向けた。

「下がれ」

「……はっ」

広間を出る。

秀吉はしばらく無言だった。

城下。

歩きながら秀吉がぽつりと漏らした。

「……悔しいの」

秀政は静かに応じる。

「当然だ」

「わしらならもっと持たせられた」

「だが、それは“結果”になっておらん。

俺らが足軽組頭だからだ。将にはなりえぬ」

秀政が秀吉の目を見た。

「もし足軽大将であれば、あの場で功を為せた」

秀吉は唇を噛んだ。

「結果か……」

秀政が悟り切った表情で秀吉に告げる。

「成り上がるためには、結果しか見られん。

仮にも殿が俺達のやり方と将器を見出してくださったとしてもだ。

頭の固い連中は結果がなければ反対する」

「柴田様や佐々様か?」

秀吉が呟いた。

「うーむ、功を立てるしかないのう!」

その夜。

秀吉は自分の家へ戻った。

おねがすぐに気づく。

「……何かあったの?」

「少しな」

秀吉は座り込んだ。

「褒められたが、昇進はお預けじゃ」

おねは何も言わずに茶を置いた。

「悔しい?」

「当たり前じゃ」

「なら、ええ」

おねはにっこりと笑った。

「悔しいってことは、

まだ上を見とる証拠じゃ」

秀吉は顔を上げた。

「悔しくなくなったら、

それで終いよ」

その言葉に秀吉は小さく笑った。

「……おね、お前は恐ろしい女子じゃ」

「今さら?」

一方、秀政の家では、お悠は玄関で待っていた。

「……お帰りなさいませ」

「ただいま」

秀政は鎧を下ろした。

「昇進は?」

「見送りだ」

お悠は一瞬だけ目を伏せ――

そして穏やかに言った。

「当然だと思います」

秀政が目を瞬かせる。

「理由を聞いても?」

「“守れた”ではなく、

“名を残した”だけですから」

秀政は息を吐いた。

「厳しいな」

「ですが」

お悠ははっきり言った。

「弥八様が将として立ったから、

あの五日があった――

それは事実です」

秀政は黙って頷いた。

「次は?」

「次は――」

秀政は遠くを見る。

「誰が見ても、守り切ったと言わせる」

お悠は微笑んだ。

「ではその時は」

「ん?」

「昇進祝いを考えておきます」

秀政は思わず笑った。

「何はともあれ、

無事にご帰還いただけただけでも

嬉しゅうございます」

おねとお悠が、別の場所、同じ時に、

口を揃えて言った。

その夜、二人はそれぞれの家で思った。

まだ足りない。

だが――

確実に将へ近づいている。

次に必要なのは、言い訳の効かない“勝ち”だけだった。