作品タイトル不明
脇巻之一 政治力
秀政が足軽組頭として暮らす屋敷に、
ある日、見慣れぬ男が訪れた。
年の頃は四十五ほど。
身なりは整っているが、
武辺者というより、どこか算盤の匂いがする。
お悠が茶を運び客をもてなしているところへ、
秀政が帰宅した。
戸口で足を止める。
「……客か?」
「はい。弥八様にお会いしたいと」
男がすっと立ち上がり頭を下げた。
「村井吉兵衛と申します。
弥八郎殿のお知恵をお借りしたく参りました」
「……はぁ?」
思わず間の抜けた声が出る。
「なぜ俺に?」
村井はにこりともせず答えた。
「弥八郎殿は足軽組頭として埋もれておられる。
ですが――」
力強く続ける。
「その働きは常々拝見しております。
兵糧、調達、段取り。
どれも凡百の奉行では真似できぬ」
「……左様ですか」
秀政は曖昧に相槌を打った。
「実は拙者、殿より奉行に任ぜられましてな。
税収を上げよと命を受けました」
村井は少し困ったように続ける。
「色々と手は打ちましたが、
殿を驚かせるほどの成果は出ず……。
一度でいい、あの方を唸らせてみとうござる」
そう言って脇に置いていた包みを差し出した。
「これは、殿の命で都の様子を探る折に買い付けた反物です。
奥方様によく似合うかと」
ちらりとお悠を見る。
お悠は珍しく一瞬、目を輝かせたが、
秀政の視線に気づくとすぐに平静を装った。
その様子に秀政は思わず笑みをこぼす。
「……分かりました。
俺の浅知恵でよければ」
村井の目が僅かに輝いた。
「で、村井殿。
税収と申されましたが、何か目星は?」
「関の通行税ですな。
まだ、上げられる余地があると考えております」
そう言って帳面を広げた。
数字は悪くない。
だが――
(不安定だな)
秀政は一目で悟る。
(取れる時は取れる。
だが、人の流れが止まれば一気に落ちる。
上げすぎれば通行そのものを妨げる)
お悠も興味深そうに帳面を覗き込んでいた。
その時。
「あ!」
秀政が叫んだため、お悠が驚いて肩をすくめた。
「良い案があります」
「おお。
弥八郎殿、ぜひお聞かせください」
「今の通行税は一人十文。
村井殿はこれを十二文あたりにしたい。
だが影響が読めない――
違いますか?」
「……その通りでございます」
「なら税の払い方を二つ用意するのです」
「二つ?」
「一つ目。
従来通り通るたびに払う税。
これを十五文にします」
「高すぎませんか?」
「高すぎます。
だから敬遠されます」
「それでは意味が……」
「そのために二つ目です」
秀政は淡々と続ける。
「ひと月、通り放題。
代金は三百文」
「……?」
村井とお悠が揃って首を傾げる。
「先に三百文を払えば、それ以降の三十日間は何度通っても通行税不要となります。
忘れ物をして戻っても、一日に何度往復しても、
追加はなし」
「それでは、一日十文相当以下です。税収は増えぬのでは?」
「いえ。そこが肝です」
秀政は帳面を指差した。
「雨の日。
風の強い日。
人が通らぬ日もある。
ですが――」
お悠がはっとした。
「通らなくても税は取れる……!」
「その通り。
通る側は何度も通れて、“得した気分”になる。
我らは安定した税を得る」
お悠が興奮しながら付け足した。
「わずかしか通らぬものは従来通り十五文払えばよいです。
三百文に比べたら十五文は安く感じます」
「これは誰も損したと思わぬ仕組みです。
だが蓋を開ければ――」
「我らの勝ち、です」
村井はしばらく黙り込んだまま、
帳面を睨んでいたが――
「……なるほど」
深く息を吐いた。
「安定した税収というのは、
思った以上に強い……」
秀政は何気なく言った。
「南蛮ではこれを――
“サブスクリプション”と呼びます」
「さぶすぷぷちょん」
お悠が楽しそうに復唱する。
「ははは!
お悠殿、少々違いますぞ。
”さぶすくぷちょん”のようです。
いやはや、それはさておき、南蛮は進んでおりますなぁ」
村井は立ち上がり深く頭を下げた。
「なるほどなぁ、面白い話を伺いました。
また時折、師事させていただけますかな?」
「俺でよければ」
「かたじけのうございます。
この村井吉兵衛貞勝、恩に着ります」
「……ん?」
秀政が固まった。
「今、村井“貞勝”と?」
「はい。拙者の諱にございますが」
「……」
一瞬の沈黙後、秀政が前のめりに手を握る。
「村井殿!!ファンです!!」
「……は?ふぁ?ふぁん?」
「い、いえ。
これからもよろしくお願いいたします」
「……こちらこそ」
怪訝な顔のまま、村井は帰っていった。
*
(まさかの村井貞勝と知己に……)
秀政は内心で絶叫していた。
(俺のゲームでも、常に内政面で主力だった男だぞ!?)
「弥八様、随分嬉しそうですね」
「……あぁ。
賢い男と知己になれるのは嬉しいものだ」
(いや、待て。
村井が俺に師事しに来るということは……)
(ゲームで言うなら俺の政治力の方が上、つまり――
俺は九十五くらいあるのでは!?)
「弥八様!?
鼻血が……!」
「い、いや、大丈夫だ」
秀政は深呼吸した。
「お悠。
俺は早く足軽大将になって――」
目を輝かせながらお悠を見る。
「もっと、内政開発をやるべきかもしれん」
「……はぁ」
首を傾げるお悠をよそに、秀政の胸は妙に高鳴っていた。
武功だけが力ではない。
それを彼自身がはっきりと自覚した夜だった。