軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-8

西方と列島では、お祭りの様式が大分違っていることは知っているが、やはりその違いに驚くことはある。

まず、我々にとっての祭りは神事であり、催し物はオマケだ。

大事なのはお寺にせよ神社にせよ、神様に挨拶してお守りだのお札だのを貰うこと。地形ごと消し飛んでもおかしくない事故が起こったにも拘わらず、列島が無事に余所の世界で存続できているおかげで、今は昔よりも強く有神論的無宗教が根深く浸透したため、古来寄りの宗教はより強固になったと言っても良い。

その後、子供や連れがいるなら出店なんぞを巡ってみるのも楽しみの一つではあるけれど、本質は詣でることであって、どんちゃん騒ぎはオマケである。

しかし、西方のそれは、民のガス抜きにして慰安。神々や国王を讃える献杯を最初に行えば、あとは誰も意識なんぞしない。

それに、やり方も大分違う。

会場は聖堂ではなく、村長の家の前に作られた広場へ、ありったけの机と椅子を運び込み、各家庭や応急的に作られた調理場でガンガン作られた料理が野放図に運び込まれる。

そして、酒の樽も近くに並べて「さぁ食って飲め!!」とばかりに無秩序な宴となるのだ。

楽器を持っている連中は隊伍を組んで賑やかな音楽を奏でまくり、それに合わせて年齢も性別もあまり気にした様子もなく踊り狂う男女。

そして、最も人を集めているのはリズが折角だからと持って帰ってきた、ドラゴンの鱗を鉄板として使っている〝ドラゴン焼き肉〟だ。

「順番です、沢山あります、食べきれないくらいありますよ」

何故か袖まくりをしたリズがやる気を出して、テキ屋の姐さんが如くドラゴンの肉を焼いており、列の整理はあろうことか王女様であらせられるアゼリアが。

その横ではテールスープを煮込む鍋から、干渉式を使ってリリムが余分な脂を取り除きつつ味を調えていた。何でも火を使う干渉式の触媒になるだとかで、小瓶に詰めているのだ。

そこに並ぶのは、上流階級でも人生で数度口にできるかといったドラゴン肉を食べられると、期待して椀や皿を手にした老いも若きも関係ない村民達。

この舌には旨味もなにも分からないドラゴン肉だが、まぁ、列島で言う初物みたいなものなのだろう。

私からすれば、赤身がちで肉が硬く、血の匂いが濃くて美味くない肉なので、提供は辞退しておいた。妙齢の村長や仲間達は、一番良い場所だから食えと言うのだけれど、私よりも必要そうな人がいますからと、比較的やわからなイチボのステーキは、歯が弱そうな老人に譲っておいた。

それにアレだ、初物を食べれば寿命が七五日延びるとも言われている。仲の良さそうな祖父とお孫さんだったので、気休めかもしれないが喜んで貰えたようだ。

それにしても凄い盛り上がりだな。みんなが好き勝手喋りすぎて、翻訳ソフトが飽和してしまい処理能力を完全に超え、半ば沈黙している。仲間の声だけは辛うじて拾ってくれているが、あの人混みに近づけば下手するとフリーズするな。

再起動するのは面倒くさいため、皆がドラゴンのご相伴を預かろうとしている中、私はすごすごと隅っこに下がって焼いた鳥の串焼きをアテに――これ廃鶏だな、えらく硬いし臭い――村で作られたらしいビールを貰うことにした。

「ん、んー……」

いや、うん、工夫はしている形跡は窺えるんだけど、味の主体は塩と香草で、刺激が足りんし、脂が全然で身がすっかすか。やはりチェーン店の若鶏を使った焼き鳥とは比べものにならんね。胡椒辛いお国の味が恋しい。

このビールも、西方では基本である温いまま饗されているので、どうにも好みに合わない。じっくり発酵させたエールなのはラガー系の苦みが苦手な舌に嬉しいけれど、やはりちとアルコールの濃さが足りんし、苦みよりもエグ味が勝つ後味が美味しいとは断言させてくれない。

やっぱり、こういうのはどれだけ長居しようが、故郷のが一番だって決まってるよな。

あー、米酒が飲みたいな。刺し身、できれば旬で口がべったりするくらい脂たっぷりの赤身、アレを囓ったあとにキリッとした辛口をきゅっとね。

郷愁に駆られつつちびりと一口飲んでいると、目の前にドカンと樽のジョッキが置かれた。

「楽しんでいますか?」

背の高い女性がいた。小麦色の肌に、麦穂のような金髪。微かにくすんだ青い目と、微妙に散ったソバカスが健康的な美人である。上背は私と同じくらいだが、筋肉の付き方が大分違うな。ジム通いで作ったそれではなく、肉体労働と戦闘の鍛錬によって身についた、皮下脂肪をたっぷり残した分厚い装甲だ。

たしか、この村の自警団を束ねている人だっただろうか。

「ええ、おかげさまで楽しんでいます」

社交辞令的に笑顔を浮かべてみれば、彼女はジョッキを掲げてくる。それにブツければ、一気に飲み干し始めたではないか。

ああ、なるほど、探索者相手に呑み勝負といきたい訳か。

いいとも、乗ってやろうじゃないの。

といっても、こんな度数が5%ちょいのビールじゃ、十杯飲もうが二十杯飲もうがくらりとも来ないけどね。

海兵隊員が飲み会で酒と“ 会敵(エンゲージ) ”した際に発揮される、酒癖のヤバさと野蛮人度合いを舐めるなよ。どうしても潰したいなら、度数40超えの蒸留酒を束で持って来い。

私は先に飲み始めた彼女よりも勢い良く酒杯を倒し、喉にぐぐっと勢いよく流し込んで完璧に乾し、ドンと置く。

すると、向こうさん、大分驚いたように目を見開き、ビールの髭を拭うこともできずに目をぱちくりとさせているではないか。

「次」

にっこりを言えば、引き攣った笑顔で上等じゃないかと注いでくれた。

それからしばらくは、飲み、注ぎ、飲みを繰り返すばかり。一杯毎にお相手のペースは目に見えて落ちていくが、私は淡々とぐびぐび呑み乾す。

これくらいでどうこうなるくらい私の肝臓くんは弱くないし、膀胱の容量だって男性の方が上なんだぜ。

そして、十杯目。お相手さんは飲んでいるよりも、ふらふらして溢している量の方が多い有様で少し可哀想になってきた。私は同じ調子で一足先に呑み乾したジョッキを置き、頬杖を突いて微笑みながら眺めていたが、その表情が気に食わなかったのだろう。

彼女は天を向くような勢いで喉に流し込み……そのまま、後ろに倒れた。

まぁ、こんなもんだろ。

「ごちそうさまでした。楽しかったですよ」

いつの間にやらできていたギャラリーが、飲みすぎで倒れた自警団の女性に駆け寄って水を飲ませようとしたり、指を刺して笑っている。

とりあえず、村を救った人間としてのパフォーマンスは済んだかと思い、私は広場を離れて、村長が貸してくれた空き家に引っ込むことにした。

やっぱりレーションの方が美味いからなぁ。とりあえず腹はそっちで満たして、お邪魔しないようにさっさと寝ることにしよう。

こっちは家母長制の世界。男がうろちょろしているより、女同士で馬鹿やった方が楽しいだろう…………。

さて、列島人と現地人は肉体強度が異なるのみならず、身体的な構造に異なる点も多い。

当人達の自覚が薄く、また共感もし辛い点においては〝味覚〟であろうか。

列島人が矢鱈と拘る〝出汁の味〟を他民族があまり理解できなかったように、彼等では分からない味というものがある。

霊力の味だ。

この地の人間は皆、例外なく生まれながらにして〝力〟を持っているが故、大なり小なり、それを感知する機能を持っているのだ。

鈍い鋭いは術師になれるか否かの指標になる程であるが、味覚だけは万人が似通った感覚を持つ。

濃密な力を持つ物は、それだけで他がどうだろうと上塗りしてしまうだけの〝旨味〟を発揮する。

特に生物の中で最も多くの力を蓄えられる竜の肉は特別であり、人生で口にできる回数は王侯貴族であっても数度あれば良い方だろう。

なにせ、討伐が困難な上、ポンポンと現れるものではないからだ。

ドラゴンは文明を発達させ、軍という刃を携えた国家に対する鬼札である。

空を飛ぶ機動力は包囲を容易く崩し、照準の難しい攻城弓や火砲など簡単に回避してしまう。

そして、名工が鍛えに鍛えた槍の穂先でさえ弾く鱗で矢玉の雨を打ち払い、悠々とブレスを吐きかけながら上空を飛ぶだけで、軍勢は正しく溶けて消え落ちる。

であるならば、竜とは正しく限られた英傑のみが討ち滅ぼせる驚異なのだ。

その肉は至上の味にして、一口囓れば溢れる霊力によって寿命が十年延び、大病を癒やすことすら適う。

なればこそ体が資本であるリズは率先して食べたがったし、民心慰撫の振る舞いとしては、これ以上の物はこの世になかろうとアゼリアも目を付けたのである。

列島人が、このことをあまり知らぬのは、やはり科学的に感知できぬからであろう。実際に病人に食べさせた後に快癒したことを検査すれば分かるやもしれないが、初物を食えば寿命が二月半延びるという験担ぎがある国なればこそ、中々気付けぬ盲点であった。

「コウヅキ、一番良い部位ですよ。柔らかくてとろっとろです!」

臀部の肉は分厚さと稼働する筋肉から若干離れていることもあり、列島人には歯応えが凄まじすぎる肉の中でも実に優しい噛み応えをしている。

今回の肉は深度Ⅴのダンジョンを統べていただけあって霊力貯蔵量も凄まじく、現地人が口にしたならば、一口で大抵の病なら癒え、衰えた体さえも賦活させ得るだろう。

しかし、コウヅキはそれを辞した。

「私には過ぎたるものです」

「そんな! あなたには十分食べる権利があります!」

「……そうだよ」

「アタシが焼いたんだぞ! 文句あんのか?」

三人から詰め寄られても、彼は列島人特有の薄い笑顔を保ったまま、ある老人を手で示した。

足が萎え、空咳も多い、明日をも分からぬ老い具合の老爺だが、家族からは愛されているのだろう。孫と思しき青年がしっかり支えてやり、逆側には小さな子供が助けているつもりなのか、足に取り縋った状態で肉が焼ける列に並んでいる。

「じいちゃん、もうちょっとでドラゴンの肉だぜ。きっと、ばあちゃんも天国で悔しがってら」

「おにくだよ、おにく! じゅみょーがのびるって!」

「げほっ、こほっ、ああ、でもわしはいいから……」

「んなこというなよじいちゃん!」

「おばあさんへの土産話にはいいけど、噛めるか分からないからねぇ……」

その様を見て、三人はコウヅキの気遣いに打ち震えた。

彼がイチボと呼んだ臀部の柔らかく上等な肉は、殆どが村の有力者に割り当てられてしまった。

だが、彼はあの老人が他の部位は食べきれないだろうとみて、譲ってやろうというのだ。

何と言う慈愛。辺境の民に注ぐ愛の深さは、まるで総ての父が如く。

「コウヅキ……!」

「変わりもんだなぁ、お前も」

アゼリアは感動に目頭が熱くなる思いをし、ベリアリューズは家族の中で唯一自分に冷淡でなかった祖父を思いだしてしまった。

そして、家族を失った思い出が深い傷になっているフェアルリリムは、一瞬だが干渉式の制御を誤ってしまうほどの感動で鼓動が乱れた。

なんと優しき男であろうか。

彼は皿を受け取ると、老爺に近づいて優しく手渡した。そして、長生きしてくださいと一言かけて去って行く。

押しつけがましくなく、謙虚で清廉。自分のことは顧みず、ただ弱りたる人を助けようとする姿は、慈父と讃えたくなるほど。

その彼の期待に応えなければならないと三人は、あぶれる者がないよう慎重に、かつ精一杯肉を振る舞った。

しばらくして、隅っこでひっそりと、いつものように沈黙と薄い笑みを湛えて酒を飲んでいたコウヅキに絡む者が現れる。

良くあるのだ。男とみれば酒を飲ませて自室か、然もなくば〝麦畑〟に連れ込もうとする阿呆は。

アゼリアは怒りに顔を真っ赤に染め、そのまま突き進もうとした。

されど、その歩みは空を切る。

「リズ!」

「落ち着けってアゼリア」

「でも!」

「コウヅキが酒で負けるわけないだろ」

見ろよと重戦士が顎で示せば、酒飲み対決を挑んだ女は、一杯目から凄まじい早飲みに押されているではないか。

三杯目の時点で明確にペースの差が付いて、五杯目ともなれば手元が怪しくなり、七杯目の頃には顔が真っ赤。

そして、十杯目を乾したところ、ついに限界が来て倒れてしまう。

ところが、我等が斥候はどうだ。涼しい顔をして、まだ笑っている。まるで、おや、もう良いのですか? と言わんばかりに。頬に色っぽい朱の一つも差さず、酒精が回って暑くなった男がやりがちな襟口を広げることもない。

それから、悠然と微笑みながら去って行くのだ。

「な? 言ったろ? アタシが潰せねぇ唯一の男なんだからよ」

「でも、あんなにお酒を召したら……介抱を……」

「……一人にしてあげたら? ……煙草、吸いたそうにしてるし……」

何とか理由を付けてコウヅキの下へ行こうという目論見は阻まれ、今宵も拮抗状態、そして大いなる勘違いは続くのであった…………。