軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-7

短い回想から正気を取り戻せば、ドラゴンの鼓動は完全に止まっていた。

死んでいる。最早膨大な力を発揮することもなく、炉が破壊された戦車と同じく、永遠の沈黙を湛えて転がっている残骸と化して。

自衛軍であれば MBT(主力戦車) に搭載している140mm APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾) や300mm重砲を叩き込んでやっと痛打となり、一撃撃破を目指すならば艦艇搭載型の主砲級 電磁投射砲(レイルガン) の直撃でやっとだ。

列島人だけの探索者企業なら105mm施条砲を釣瓶打ちできる多脚戦車を分隊規模で持ち込んでいなければ、すごすごと引き返すような怪物が。

ドラゴンとは正に列島人にとっては、動く災厄なのだ。

我々はプレートの狭間に存在していたという地学的な危険地帯から脱した代わりに、現地の屈強極まる生命体の脅威に晒されるようになった。

その中でもダンジョンの怪異以外にも生息しているドラゴンというのは、超音速攻撃ヘリの機動力を持つ空飛ぶ主力戦車めいたものであり、個として存在し得る最大の恐るべき暴君だ。

攻撃ヘリを上回る速度と機動性で二千度以上の熱を放つブレスを放ち、低速重対地攻撃機の50mm機首機銃にさえ、当たり所によっては耐えてみせる。

斯様な慮外の存在であるドラゴンが剣とハンマー、そして魔法で撃退された。

一方でパラミリモデルながら、列島が洗練し続けた軍事技術を纏う私はどうだ?

C7での寝起きドッキリに失敗して、功績と言えばブレスのヘイトを一瞬買った――それも、リリムが助けてくれた上でだ――だけ。

何ともまぁ、理想からは程遠い。

ブルーメタルの剣もオリハルコンの武器もなく、ドラゴン相手にやれることといえば寝込みの襲い。

何ともまぁお寒い物だ。

私が憧れたRPGの主役達とは。

格好良さに全振りした鎧を纏い、剣やハンマー、そして魔法で最新鋭軍事兵器を撃破できる大敵を狩る、正にその主人公達が形になった彼女達と比べれば……。

ま、全員がアタッカーのパーティーは成立しないことは分かっているから、落ち込みはするけど僻みはしないけどね。

ローグにはローグなりの仕事があるってもんさ。

「やりましたね、コウヅキ!」

剣を拾ったアゼリアが、流石に血塗れとなった愛剣を掲げる。

「貴方も運がないですね。途中で起きるとは。でも、無事でよかったです」

見得を切るためだろう。頭の上に登ったリズは戦槌を軽々と担ぎ、功を誇るが如く腰を下ろす。

「……助かりました」

リリムは私の命を助けたというのに、逆に例を言ってくる。さて、これは気遣いなのやら、本意なのやら、冷徹な翻訳AIで読み切ることは難しい。

「三人の頑張りのおかげさ。ありがとう」

私は苦々しげな顔がヘルメットで見えないのを良いことに、サムズアップして多少の惨めさを呑み込んだ。

まぁ、いいじゃないか。役立たずだと言われず、仲間達も親指を上げてくれたのだから。

「じゃあ、いつも通り剥ぎ取りは私がやるよ。危ないから離れていてくれ」

斃すことには貢献できなかったのだから、雑用くらいはせねばなるまいと、私は倒れる竜に近寄って、自立稼働荷駄から工具を取りだした。

外骨格の膂力がなければ扱えない超大型の油圧ペンチ、携帯用アーク切断機にプラズマ溶断機。

竜の素材は、部位に寄れば等量の金をも凌駕する。めぼしいものは持って帰れるだけ持って帰らねば。

「えーと、D-INDEXはっと」

仕度をしつつ、私はダンジョンに潜る前にダウンロードしておいた〝ダンジョン・インデックス〟こと、ダンジョン由来の成果品に関わる市場価格のチャートを起動した。

潜る前のものだから――迷宮の中は衛星通信が通らないんだよ――幾らか値の変動は起きているだろうが、ドラゴン由来の品は撃破できる探索者が少ない分、市場に出回りづらいから値段が“堅い”ので有り難いんだよな。

まぁ、その分、異形小人とかは弾代にもならないから、本当に微妙なんだけど。

まず、空になった水のタンクと、最初から空だったタンクを並べて口を開け、漏斗を突っ込み惰性で流れ続ける血を受け止めた。

竜血はいい儲けになるのだ。

現地人には増強剤として飛ぶように売れるし、故国でもカブトガニの血のように、何だったか忘れたけど、試薬の原料になるとかで良い値段が付けられている。

あと、魔力を持っていない我々が飲んだって、スッポンの血くらいの効能しかないんだけど、それでも不老長寿を信じて購入する金持ちもいるしね。

「お、また肝臓が値上がりしてる。ありがたいな」

チャートを確認しつつ、私は先月比12%の値上がりを見せている肝臓の数値に喜びながら、強力な鱗をペンチで剥いで、露出した皮膚にプラスマカッターを当てた。

バチンと音を立てて、プラズマの超高熱によって皮膚が裂ける。

これもなぁ、武器として使えれば良いんだけど、如何せん燃費が悪いのと〝鱗には弾かれる〟せいで解体にしか使えないのがな。あと、数秒押しつけたままにしておいて、この程度の傷しか付かないって時点で白兵武装とは呼べんよね。

せめて対戦車戦闘用に戦闘攻兵がぶら下げている、軍用溶断機なら話も違ったろうが……ま、取扱資格を持っていればホームセンターで買える出力に文句を言っても仕方あるまい。

「コウヅキ、肉を貰っても良いですか?」

内臓に辿り着くためバチンバチンと裂いていると、危ないから離れておけと言ったのにリズがやって来た。

とはいえ、彼女はガチガチのタンクだ。プラズマの火花くらいで火傷は負うまいし、私がものすごいポカをして、プラズマカッターで〝ガス袋〟を裂くような馬鹿をしでかさない限り怪我をすることはないんだろうけど。

「ご自由にどーぞ。肉の値は低いし、どうせ全部は持って帰れないしな」

「やった※酷いスラングにより平易に翻訳しております」

注釈付きの翻訳が出力されたあと、彼女は嬉しそうに適当に裂いた腹の辺りの肉を持っていく。

そして、リリムに何事か頼むと、火を熾して貰って、その上に戦闘で弾け飛んだ鱗を乗せて即席の鉄板とし、肉を焼き始めたではないか。

あんな完全に血抜きされてない肉を、香草を揉み込むでもなく、塩だけ振って食って美味いもんかね?

正直、こっちではドラゴンの肉は至上の贅沢扱いされているけれど、私はA3ランクあたりの――一回食べたことはあるが、A5は脂が濃すぎて腹を下した――霜降り牛の方が美味いと思うんだが。

だって考えてもみてほしい。獣脚類の肉で、しかも肥育されていた訳でもなく、戦闘でアドレナリンと乳酸がガンガンに出まくった後の、血抜きがしっかりできていない赤身だ。科学的に美味い道理がどこにある?

第一、本当に美味いなら、ダンジョン・インデックスでもっと良い値がついているさ。

我々は世界が変わっても飽食にして美食の民族として知られているんだ。それにそっぽを向いて、このやっと辿り着いた肝臓、その1gあたりが純金より数倍の値段が付けてるんだから当然だろうよ。

肝臓、つまりレバーだが、これは別に食べるために採取しているのではない。

最新の抗癌剤とやらに使われるため、製薬企業があればあるだけ買ってくれるのだ。

理屈はよく知らない。炭素結合が何十個と絡み合った、複雑な複合多糖類だとかが――因みに私は文系なので、高校の科学は五段階で三評価だった――新世代のガン抗体になるそうだ。

高価な理由は、同じ物を工業的に再現すると、1g作るのに兆単位の金が必要な複雑さだから、と聞いたことがある。

とはいえ、私は単なるPMC。ナイフで切り裂いた柔らかで褐色の臓器を瞬間凍結タッパーに詰めて、上に採取日と場所を油性ペンで書き付けていくだけだ。金になるなら理屈なんてどうだっていい。

しかし、これ自分で売りさばけたら大儲けなんだけど、会社かギルドを通さないと売れないのが辛いんだよな。列島企業の悪い所だよ、前線の営業にインセンティブがしょっぱいのは。

この肝臓左葉、胆管に近い一等上等な部位を詰めたタッパー一つで500g、数千万円の値段が付くんだ。もっと羽振り良くボーナスをくれるか、立派な装備を支給してくれてもいいもんだと思うがね。

解体を進め、次に手を出したのは脊髄液だ。ぶっとい注射器で吸い上げたこれは、何でも超効率の熱伝導性を持つとかで、常温量子計算機のコア冷却剤に使うとか。IT企業が金に糸目を付けず買ってくれるので、肝臓に次いでチャートが安定している。

あとほしいのは眼球の水晶体だな。地球にあったあらゆる鉱石よりレーザー切削器の部品に適しているとかで、工業分野の精密加工器機に使うため値段が高止まりしていた。

「あとは胆嚢結石……って、ストップ安じゃないか。くそ、半導体需要のせいだな」

胆嚢にできる結石も超微細半導体原料として需要があったが、ダンジョンに入った頃にガクンと下がっている。代替物質が作られたとか言うニュースは聞かないから、普通に半導体需要が下がったか。

まぁ、そろそろ持って帰る重量としては限界だったからいいかと思っていると、アゼリアが作業の邪魔にならないところから声をかけてきた。

「コウゲツ、まだ荷物に、余裕は、ありますか?」

「はい? えーと、世界晶分の余剰を考えると……あと10kg程度なら多少無茶すれば載せられるけど、何か欲しい部位が?」

竜骨か鱗かな? と思っていると――列島需要はないが、どちらもこっちじゃ鎧の外殻として人気だ――彼女は肉を積めるだけ積みたいと言うではないか。

「肉? 肉の値段は……」

「ダンジョンができたことに、脅えた村人達を、安心させてあげたいのです」

ああ、なるほど。これから強行軍で帰る訳じゃないものな。お優しくて〝高潔なる〟という二つ名を持つアゼリアは、村人をドラゴン焼き肉パーティーで慰撫してやろうと考えたのだろう。

なるほど、たしかにいいアイデアだ。

流石にデカすぎる首を持って帰る訳には行かないから、肉を振る舞って代わりにするわけだ。ドラゴンの肉は、何に喩えるではなく、ドラゴンの肉としか言いようのない味をしているから、討伐証明としては世界晶よりも喜ばれるだろう。

パーティーの名が上がれば仕事も増える。そのための投資としちゃ荷駄のペイロードを少々食うくらいは問題ないわな。

そうくると、どの部位を持っていこう。

ドラゴンは全体的に赤身ばかりだもんで、普通の焼き肉のように鉄板部位を選んでおけば良い訳じゃない。

上ロースは堅すぎてダメだ。ありゃ列島人が咀嚼できる硬さじゃないから、こっちの人間でも筋張るなぁ、くらいの感想だろう。

モモも定番だが、これも巨体を支えるため凄まじい筋密度なので微妙。タンは皮を剥ぐことを考えれば歩留まりが悪い。

ハラミはなぁ……血の味が濃すぎてどうだろう。まぁ、先の部位よりはマシか。

あ、そうだ、 イチボ(尻の辺りの肉) がいい。それと尾っぽでテールスープってのも悪くないな。

それと、ホホ肉は柔らかいんだ。これなら子供でも食いやすくていいだろう。

「分かった。採取するから任せてくれ」

「ありがとうございます。皆、喜ぶでしょう」

頭目のリクエストに応え、焼き肉の材料を集めたら、後はクライマックス。

世界晶だ。

臓物を掻き分ければ、特に硬く、未だ僅かに振るえている心臓に辿り着いた。

「よっこいしょっと」

丁字形をしたプラズマ溶断機を押し当てて超高温の刃によって肉を裂き続け、やっとのことで蒼い光が見えてくる。待ってたぜ、この綺麗な光を。

怪異の王、竜の心臓が宿す世界晶は凄まじく巨大だ。両手で掴んで引っ張り出すと、最後の抵抗とばかりに筋繊維が絡みついて追いすがるが、それも何とか引きちぎって摘出することに成功した。

ふう……ゲームみたいにドロップアイテムだけ綺麗に落としてくれんもんかね。

「取れた……」

一抱えもある世界晶は、ここしばらくで見かけた中で最大の巨大さをしていた。

「……流石は竜……準一等級は。確実です」

血糊を拭って透明度や品質を確認していた彼女の言葉に、アゼリアは特に関心を示さなかったが、奇声を上げてリズが飛び上がった。

準一等級か、幻とも言われる特等の二歩手前。これだけの巨大さなら都市数個分を食わせる世界晶炉の炉心にもなるだろうから、ギルド主催のオークションで目玉が飛び出るような値段が付くんだろうな。

特に最近は我々のお国が値段のつり上げに一役買っているし、転売して一財産儲けようとする資産家もいるから、争いは熾烈な物となるだろう。

その利益の三割をギルドが〝仲介料〟として召し上げていくんだから、思えばこっちのお国も結構阿漕な商売をしていらっしゃる。

いやまぁ、自分で捌けと言われたら無理だから、黙って言い値を受け取るんだけどね。こんだけのブツだと、割る方が冒涜的だから山分けもできないのだし。

その代わり、世界晶で報酬が欲しいと言えば、妥当な小粒なのと交換してくれるから、ギルドという存在は鬱陶しいながら必要不可欠でもあるのだ。

ただなぁ、私は私で税金取られるんだから、そこら辺なんとかしてくれんかね? こっちじゃ使えもしない国民健康保険とか、機械化とか、抗老化処理が一般化したせいで、百歳超えんと貰えもしない年金をゴリゴリ持って行かれているのが未だに納得いかんのだが。

「っと、まずい、ダンジョンが収縮を始めたな」

足下が微妙に動いたことをセンサーが感知してビープ音を立てたため、私は仲間に警告した。

ダンジョンには主に二種類あり、主と呼ばれる一際強大な個体に依拠する物と、最奥に世界晶が鎮座しているものがある。今回は前者であったようで、竜が討たれ世界晶が奪われたせいでダンジョンが急速に崩壊を始めているのだ。

こうなると元はここまで来るのに三日かかった道があっというまに縮まって、直ぐに出口が見えてくる。

逆を言うと、さっさと退散しないと崩落するダンジョンに飲まれて世界の狭間に消えることとなる。

私達は悦びもそこそこに急いで迷宮を後にすることにした。

こういう時のため、道中邪魔になりそうな雑魚を掃除しておくのが大事なんだよな。

ラスボス戦で全く役に立てなかった心残りを収縮していく闇に放り投げ、私は強化外骨格の補助を以てしても追いつくのに難儀する仲間達の走りに必死で追従するのだった…………。