作品タイトル不明
5-1
たまにはデカイ仕事もしなければ実績と収入に響くということも相まって、我々は久方ぶりの深度不明ダンジョンに赴いていた。
言うまでもなく佐々木さんには留守居を言い渡し、訓練場での射撃と外骨格習熟に専念するよう伝えてある。とはいえど、彼女がアンカーパックを使って自由自在に移動する訓練を始めるのは、随分と先のことになりそうだが。
そして、私は息を潜めつつ探査域を拡大しながら、やりづらいと思っていた。
背後で揺れる音。反射的に体を左に引けば、先程まで頭があった空間を巨大な剣が駆け抜けていった。
咄嗟に銃を構えはするが、FCSが赤ランプを示していたこと、そしてAI補正のかかった画面が〝ただ浮かんだ剣〟のみを観測していたため、私は引き金から指を外していた。
亡霊系のエネミーだ。こいつらには物理攻撃は利かず、神性による祝福を受けた武器、あるいは世界のレイヤーが同じであろう干渉式でしか完全に滅ぼすことができない。
その上、レーダーに反応しないため、全て肌感で索敵しないといけないのが厄介極まる。
かといって、この暗闇の中で完全にAI補正をオフにすると暗闇の中に取り残されるため、私はふわふわ浮かぶ剣だけを頼りに追いかけっこしなくてはならない。
何ともまぁ、性質の悪いことだ。
「こちらコウヅキ、また亡霊とエンカウントした。武器持ちだ」
『すぐに、むかい、ます』
アゼリアからの返信通り、彼女はこちらの位置を端末で把握しているため、凄まじい速度で駆けつけてくれた。
そして、神威溢れる剣を振り抜き、亡霊を一刀の下にあの世へ送り返した。
「助かった。私にはヤツに有効な攻撃オプションがないから」
『間に合って、よかった、です』
いや、ほんとキツいなこのダンジョン。
我々列島人にとって、亡霊系が主軸の迷宮は本当に鬼門なのだ。
というのも、一般的な射撃によって祓える悪霊系のエネミーというのは少ないのだ。
こちらの人間は霊力を大なり小なり持っているから、物理攻撃でも一時的に撃退できるのだが――神職と違って、とりあえず散らすだけらしいが――霊力を一切持たない列島人には為す術がない。
対抗策が絶無だとは言わないんだけどね。祝福祈祷を受けた銀被服の弾頭とか、同じく加護を授けられたナイフとかを使えば。
ただ、どちらもお高い。怖ろしくお高い。我がカンパニーがそんなものを支給してくれる訳がないので、私には亡霊系エネミーに対抗するオプションはなかった。
ただ、これが不思議なことに列島系の神性武器が効くんだよなコイツら。
お坊さんの読経とか神主さんのお祓いで消えるし、何なら御神酒でも下級なら祓える。
そして、高位の僧が弾頭に彫った 真言梵字(マントラ) はマニ車的な効果があるようで、何と弾丸でも悪霊を除霊(物理)できるのだ。
この点ホント謎なんだよな。列島産の物に霊力は宿らないはずだし、こっちの信仰なんて向こうは知ったこっちゃなかろうに、何故か神性属性がエンチャントされるんだから。
とはいえ、 梵字刻印対霊弾(アンチゴースト) は高価だから、宮内庁や神社庁の一部、それと金満なPMCが万が一に備えてしか装備していないので、実は本物を拝んだことすらない。
その御利益を試してみたくはあるが、個人で買うと一発一万五千円とかだから、到底手が出ないので仕方がない。
ただ、こういうダンジョンにぶつかると、お守りとして一発二発は買っといた方が良い気がしてきた。
今度、自費で買えないか申請してみよう。
『コウヅキ、これを』
さて、どうしたもんかと思っていると、アゼリアが腰の裏に手をやったてから、一本の短剣を鞘ごと刺しだしてきた。
何だろうと思って受け取ると、神々しい銀色の刀身に、金の縁取りがされた見事な刃が覗く宝剣といっていい一振りではないか。
それこそ探索者の腰にぶら下がっているより、どこぞの城や美術館で展示ケースに飾られているのが似合いと行った風情だ。
「お、おお……」
『予備の、武器ですが、曾お婆様の、遺品です。悪霊には、よく、効きます』
王族なのは知っているが、とんでもねーもん持ってるな。そりゃ私もナイフファイトの覚えは多少あるが――格闘徽章は乙種までしか取っていない――こんな下手すると城が何個か買えそうな逸品、おっかなくて振り回したくないぞ。
しかもよく見れば鍔の中心にデッカい世界晶がハマっているし、グリップは竜の牙じゃないかこれ。RPGだったら「これを売るなんてとんでもない!」と全ての商人から買い取り拒否されそうだ。
「いや、こんな高価な物……」
『あなたの、安全の、ためです』
返そうとしたが、ずいと力強い押しつけられてしまった。実際の重量は1.2kg程度であろうが、その十倍、いや、百倍は重い気がしてくる。
どうすんだよコレ。刃毀れなんてさせたら一生掛かっても弁償できる気がしない。
しかも普段のクセで投げつけちゃったりしたらどうしよう。
怖々と腰のマウントラッチに巻き付けた多目的ベルトに吊り下げてみたが、これは本当に困った時にだけ抜くようにせねば。そうでなければ、妹達の学費云々どころの話でなくなってしまうからな。
「しかし、ここは参ったな。私のM2には対霊防御がないから、精神干渉を受けたら困ったことになる」
がりがりとヘルメット越しに頭を掻くと、装甲の内張に仕込まれた突起が反応して同じ部分を刺激してくれた。非戦闘時以外は被りっぱなしの我々を助けてくれる機能が過不足なく揃っている外骨格だが、幽霊相手となると頼りない。
さっきのように物理攻撃してくるタイプなら何とでもできるが、干渉式だとか呪いをかけられると一溜まりもないから困る。
それにアイツら、電波を反射しないからアクティブレーダーも使えないし、暗視補正をかけると視覚素子から情報を受け取ったAIがデータとして処理しきれずに映らないから困るんだよ。
となるとだ。
「しかたない」
『コウヅキ!?』
私はヘルメットの気密を解いて、後ろへ跳ね上げるように押しのけた。視覚素子やHUDが完全にお釈迦になった時の機能だが、自分の目しか頼りにならない状態でも役立つことはある。
それに念のため持ち歩いていたシューティンググラスをかければ、こいつにはスマートグラス機能も付いているため軽い暗視能力が備わっているし、マッピングデータを表示するくらいはできる。現役時代に隊員割引で安く買えたから、良いのを私物として買っといて良かったよ。
『危ない、ですよ!!』
「私はパーティーの目なんだから、目隠ししたまま進めないだろう?」
『ですが、霊は、魂の、匂いを、嗅ぎます!』
「何とかしてみせるさ」
たしかに連中に熱工学迷彩は役に立たない。だが、常に三百六中度を余年なく感知している訳ではないのだ。
潜り抜ける術は幾らでもあるし、今回初めて相手するわけでもなし。
火力として役に立てない分、斥候としての義務は果たす。
「じゃあ、マッピング作業を続けてくる」
心配そうにするアゼリアを残し、私は暗がりの中へと再び溶け込むのだった…………。